第四話 不安な夜に
サークル棟に戻った僕らは、レイナが所属するという三階の新体操部の部室へと向かった。
やhりここにも生存者は見つけられず、僕、アオイ、レイナ、ナオキの四人でこれからどうするかを相談した。
「いつまでもここにいるっていうのもな。食料も無限じゃないので、ずっと生活するのは難しいな……」
「そうですわね。ここにいるのは私たちだけなのでしょうか?」
「ざっと見渡しても校舎周囲で環境が変わっているので、校舎の中にいた人だけがここにいるようになんだ。警察や軍隊に助けを求めるのは難しいんじゃないかなと思う。生きている人がいるとすれば校舎内に隠れているんだと思う」
「携帯も使えないね。というか画面が全然起動しないね。電気を使う機器が全部おかくなっているよ」
「そもそも電気が通っていませんし、当然水道も使えないです」
「……」
「……」
「さっきの魔法みたいなの、俺も使えんの?」
重たい空気の中、オークが使ったという炎の話を聞いていたナオキが言った。続けてレイナが、
「私も何か役に立ちたいと思います」
と力強く言った。
『一人より二人、二人より四人じゃな。未熟なおぬしらに特別教えてやろう。まず性質を見極めるのじゃ。なんでもいいから、一筆書きで円と五芒星を書くんじゃ。その時に腹から引っ張った魔素を流しながらやることを忘れるな』
指輪が僕にだけ呼びかけてきた。
「えーっと、さっきみたんだけど」
僕は指輪のことを伏せて言われた通りにやってみた。
書き終えた瞬間に電気が走り、円を描いた紙が少し焦げた。
「おーっ‼」
「さあ、やってみて」
「どこで覚えたんですか?」
「ヤツらがやっているのを見たんだ。さぁ、ほら」
ゴブリンやオークがやっていたことにして適当にごまかして、腹の底に魔素があることを伝えた。魔素を体外へ取り出してもらって、三人とも同じことをやった。
レイナは書いたとたん火が上がって紙が燃えて、ナオキは紙に水が染みていた。アオイは何回かやっていたが、見たところ変化はなかった。
『風じゃ』
「アオイ、風が起きていないかい?」
気落ちしていたアオイに声をかけると、彼女ははっと気づいたように、
「そう言えば、さっきから書き上げたときに風を受けましたわ」
と言った。
「アオイはきっと風だよ」
『自分が持つ魔素の性質はこれでわかったじゃろう。あとはどうやって戦うか……ぶつけて戦うか、体や武器に覆わせて戦うかじゃ。いずれにせよ相当な修練が必要じゃ』
(僕は雷だけど、雷を武器につけられるのか?)
『できる。しかし今は無理じゃな。おぬしの魔素制御は甘い。魔素の扱いが一番うまそうなのは……』
「ちょっといいですか? さきほどのオークが落とした杖をお借りできませんか?」
さっき拾ったオークが持っていた杖をレイナに渡した。杖には赤い宝石一つ、先に埋め込まれていて、レイナが魔素を流すと光って杖先からかなり直径五十センチメートル近い火の塊が空中へ放出された。火の塊は空中を漂い、レイナが自在に操れるようだった。
「ちょっと待って! 室内はまずい」
「どうやって引っ込めるのかわかりませんっ‼」
「外に出そう!」
急いで窓を開けると、周囲に燃え移らないように室内をゆっくりと移動させたようだった。外に出してどこへ向かわせようか見ていると、窓の真下にちょうどゴブリンが通るところだった。
「あいつにぶつけられるか?」
冷や汗を流しているレイナがうなづいて答えた。空中に浮いていた火の塊は、そのまま直下降を開始してゴブリンに命中した。直後爆発が起きて、炎が周囲に燃え上がった。ゴブリンは上半身を焦がして動かなくなった。
「すごいですわ」
「はぁっ、はぁっ」
レイナは肩で荒い呼吸をしていた。
(いきなり殺傷させることができるのか……。魔素についてはレイナが一番ってことか。しかし疲労が凄まじい)
『慣れていない魔素術の維持と操作を一度にしたんだから、当然じゃ。少し休ませてやれ』
「すごい力があることがわかったよ。ひとまず休んで息を整えてくれ」
『すこし説明しよう。おぬしたちの生死にかかわることじゃからな』
そういって、漆黒の指輪はぼくだけに説明を始めた。
『生物の持つ魔素には『属性』があってさっき見た通り、おぬしは雷、アオイは風、ナオキは水、レイナという女は火じゃ。それぞれに良いところと悪いところが必ずある。火の属性は攻撃力が高い。対して水の属性は、殺傷能力という点ではさほどでもないが回復系の技を覚えやすい。これは火の属性ではなかなかできぬことじゃ。おぬしの腕の傷にナオキとやらの魔素を流し込んでみよ』
「ナオキ、お願いがあるんだ。おれの左腕をつかんで、魔素を使ってみてくれないか?」
一番初めのゴブリンに受けた傷を見せて、ナオキにつかんでもらった。アオイ・レイナとも心配そうにみていたが、ナオキが魔素を使い始めると蒼くぼんやりと腕が光って、傷口が少し治っていた。
「おぉっ⁉」
皆一同で、驚きの声を上げる。
「おれは回復役か?」
「水は回復との相性がいいみたいだね」
「くっそ。回復役なんて……」
そういうとナオキは悔しそうに窓から手を出して、空中に直径三十センチメートルぐらいの水の塊を生み出した。焦げてしまったゴブリンを見つけて近寄ってきたもう1匹のゴブリンに、背後から水の塊を顔にぶつけた。
(いや、あれは――)
ぶつけたといよりは『顔に貼り付けた』という表現のほうが正しかった。顔を覆った水で苦しそうにもがくゴブリンだが、魔素から生み出されてナオキがコントロールしている水は顔から外れることなく、しばらく暴れたのちゴブリンは動かなくなった。肌色も元々悪かったが、さらに悪くなり黒みがかった緑色の肌に変色していた。
「みろよ、俺だってほら!」
「……」
三人ともさきほど見せた回復能力と、その直後の魔素の使い方に言葉を失っていた。
「……水攻……」
「ああぁん⁉ もっと格好いい名前ないのかよ⁉」
アオイがぼそっとつぶやいた名前がそのままナオキの技になってしまった。どこでそんな発想できるんだよ……
二人の回復を待って、そのまま高所から一方的に通りがかったゴブリンを倒していった。
レイナは『水攻』の命名に憧れたらしく、名前をつけてほしいとねだられた。
三人は考えた末に、覚えやすく唱えても短い呪文のようなものが戦闘に支障ないだろうと判断して、『炎塊』と名前を付けた。技に名前を付けると威力が増したように思った。
これについて指輪は、『想像力が大事で、それは威力に影響を与える。わかりやすい名前がそのまま想像力に結びついて威力が上がった』と言っていた。
合計で五十匹は超えたのではないかと思われるが、サークル棟前には大量のゴブリンの死骸ができていた。ゴブリンは知能が低くて頭上から攻撃されることに気づけないため、一方的に倒されていった。
「魔素ってすごいな」
僕とアオイの武器は破損する危険性があったが、レイナとナオキの攻撃については魔素さえ続けば無限に、しかも一方的に攻撃できる優れたもので、戦局をひっくり返すほどの可能性を持っていた。
気づけば夕日が見え始めたころに突然、
「ウォォォォ――――――」
と咆哮が周囲に響いた。付近を歩いていたゴブリンが一斉に門の方へ引き上げていった。かなり倒したつもりだったが、まだ五〇匹以上は残っていた。
「撤退の合図……ってところか」
その日はそのままサークル棟で夜を明かすことに決めた。周囲を見回ろうかと思ったけど、ここへゴブリンを引っ張ってきてしまう可能性があり、そのままおとなしく休むことになった。
この施設には部活終わりの学生のためにシャワー設備があるようで、貯水タンクに貯められた水が蓄熱機を経由して供給されているようで、電化製品が使えない状況でもシャワーをひねるとぬるい湯が出てきた。女性二名は迷わずに『使う!』と言って、シャワー室へ入っていた。
ナオキと二人でなんとなく、入り口と階段下に分かれて見張りに立つことになった。
(明日以降どうしよかな?)
『オークは一人では行動していないはずじゃ。おそらく森の方に本隊がいると思われる。明日の生きるための戦いは、今日よりも激しくなることを覚悟せよ』
(ずっとこっちの世界にいるままなのか……何か知っていないか?)
『……』
(なぁ、何か教えてくれよ)
『……』
(だんまりかい)
『聞きたいことがあるときは敬意をもって呼べ』
(それって指輪じゃなくて人間みたいだ)
『当り前じゃ、思考もちゃんとあるぞ』
(りょーかい)
『おぬし……帰りたいか?』
(帰れるのか?)
『確信はないな。帰りたいと思うのならば、まずオークの本隊を見つけよ。こうなったのには必ず原因がある。意図的におぬしたちをこの状況に呼び込んだのならば、その逆をすれば元に戻れる可能性はあるのじゃ。その糸口さえつかめば、どうなるかぐらいは言ってあげられるじゃろう』
(よし)
『最悪、この世界にずっといることを覚悟せよ』
(えぇ…………)
家に置いてきた母親と妹のことが頭をよぎった。早く帰りたい……家族の顔を見たいな。そう思うと切なかった。
「もういいよー」
階上から明るい声が響いてきた。シャワーを浴びて表情が明るくなったアオイとレイナがいた。風呂上がりで濡れたままの髪に一瞬ドキっとしてしまい、なんとなく聞いてしまった。
「髪、どうするつもりなんだ?」
「実は事前に試していますわ」
そういうと二人は魔素を出し合って、火と風を合わせてドライヤー代わりにしていた。
「そんな技あるのか……」
『魔素も使い方次第で、大きく威力を伸ばすことができる。今回の組み合わせはその一例じゃな。戦闘用ではないが』
(一人が二種類の魔素は扱えないのか?)
『才能次第じゃ』
(才能か……)
今度は二人が見張りになってくれて、僕とナオキがシャワーを使った。少しぬるいけど全然気にならない。返り血を全部落として、近くの部室に残っていた衣類を頂戴して着替えた。
髪は濡れていたので自然乾燥を待とうかと思っていたら、女性二人が乾かしてくれると言って、『魔素ドライヤー』を使ってくれた。髪を触りながらやさしくやってくれて、今日一番気持ちよかった……。
このことについて指輪がいうには僕は『どうしようもないやつ』らしい。
******
夜、明かりのない部室で四人一緒に休んだ。合宿や飲み会後に泊まる人がいるようで、その人たちのための寝具を拝借した。ナオキはイビキをかいていて、アオイも寝ているようだった。一番端で休んでいたレイナが寝付けないようで、そっと立つと部室から静かに出て行った。
(まずいんじゃないか)
『ほれ、さっさと彼女を追いかけんかい!』
指輪に言われるままに彼女の足音をたどっていくと、屋上へ行っていることがわかった。そのまま追って屋上で遠くを見ている彼女を見つけた。屋上への扉から出た音で、人影に気づいた彼女は、
「誰ですかっ⁉」
と叫んでしまった。
「驚かせてごめん、おれだよ。シュウだよ」
警戒したようだが、僕だとわかってくれて安心したようで、彼女はこちら側へ寄って来た。
「私、全然眠れなくて……」
「無理もないさ。こんな状況で、たった一日でいろいろありすぎた。人間が死んだ姿をいっぱいみたいんだから、頭おかしくなっても当然だよ」
「この落ち着いた状況でも、まだ混乱しています。このまま生き残れるのか不安と、生き物を殺してしまった力に頭がついていけません。いまも手が震えています」
そう言って震える手を僕に出してきた。女性一人で家族と離れて校舎に残され、見たこともない生物に襲われていたことを考えれば当然だと思った。
そのまま彼女が僕をみつめてきたので、なんとなく抱きしめた。すこし背中をさすってそのまま二人で屋上にいた。
彼女の香りに酔いそうになっていると、遠方に明かりがあることに僕だけが気づいた。昼間、四階の剣道部から見た方向とは反対で、連なっている山が切れていて、渓谷のようになっているのがわかった。その遠方に目測で一キロは離れているであろう、わずかな明かりを見つけることができた。
(人が住んでいるところがあるかもしれない。だが変に彼女に希望を持たせるのはやめよう。明日にでも見に行こうか……)
そう思った時、校舎の近くにも明かりがあることに気づいてハッとした。複数であるがまとまっていて、暗闇の中で明かりをともしているが屋上からだとよく見えた。
(こんな近くにいるなんて)
今見ている明かりは今日襲ってきたヤツらに違いなかった。良くなった視力で明かりの周囲を見ると、複数のゴブリンが確認できたが、見張りと思われるヤツ以外の姿はよく見えず、オークの数もわからなかった。場所は校舎の門を出て右に曲がって百メートル近くのところですぐの距離だった。
(明日一番でみんなと相談だな。やつらの知能を考えると、先制攻撃して数を減らすのはいいかもしれない。校舎近くにあんなに目立つように場所を確保するなんて、こちらからの攻撃をまるで警戒していない)
耳元であのう……と声がした。ずっと抱きしめていたことに気づいて、慌てて体を放した。レイナはまた僕の眼を見てくる。
「私もシュウって呼んでいいですか?」
「⁉ もちろんだよ」
「シュウ様をつけた方がうれしいですか?」
「そんなことないよ」
今日この世界にきて初めてアオイに様をつけて呼ばれるようになって、正直僕はうれしかった。うれしいのが顔に出てしまってばれてしまったのであろう。彼女はそのまま、
「私もそう呼びますからっ!」
ちょっとムキになってそう言った。そんなことしなくていいよと言ってなだめた後、僕ら二人は部室へ戻って休んだ。
そして、夜が明けた。