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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第十四話  襲撃の首謀者を追えⅡ

******


 ホワンが王女に魔素術を教えてから数年が経過して、彼女は二十歳手前の立派な女性になっていた。

 そのまま何事もなければ、王の後を引き継ぎ女王となり国を統治するのだが、魔素術の才能の片鱗を政治手腕にも見せ始めていた。


(要は聡明なのだろう)


 それがホワンの結論だった。


 一時期は一週間に五回以上の魔素術指導を行っていたが、契約魔素術を覚えたころから、自学課題を与えて一週間に一度顔を出すか出さないか程度にまで、指導回数が減っていた。


 これは王女が成人した影響もあるが、王国の都市内の雰囲気がいよいよ怪しくなったのである。


 すなわち政変の前兆であった。


 魔物の襲撃が頻繁におこり、警備兵や冒険者が駆り出されて戦闘がおこり、内政が滞る。治安は乱れ、物流が滞り、民衆は荒れた。その表に出ない民の力はやがて誰かに誘導されるように、政治へと向かっていった。


(あいつらが犯人だろうな)


 ホワンが思う犯人とは、以前に王の間でけしかけてきた大臣やその側近であった。長い政治の中で生きる術を身に着けた彼らは、決して証拠を残さない。残すような阿呆ならば、とうに駆逐されているはずであった。


(気が付かないもんかね)


 ホワンは思案する。あの強そうな王が、手下の不正に気付かずに寝首を掻かれるものなのか。

 それが今一つ納得いかない彼であった。


『なぁ、ホワン』

(なんだ?)


 背中にずっとくっついていた闇も数年の間に成長していた。ある時は黒い影となり、ある時は人間の姿に擬態して、ホワンと行動を共にしていた闇はいろんな意味で成長していた。


 思考能力も上昇しており、都市内の日常生活に溶け込めるようになった。近所ではホワンが少年を連れまわしてこき使っているともっぱらの噂である。


 音による会話もできるが、いまは思念でのホワンとのみの会話であった。


『人間って争いが好きなのか?』

(うーん、難しいな。好きな奴もいるが、嫌いな奴も多い)

『いつもどこでも戦争ばっかりだ』

(ちがいない)


 純粋な心で真実を見ようとする闇の思考は、長年考えることをやめていたホワンの思考過程に刺激を与え始めていた。


 ここに指導する者と教えれる者の立場が逆転し始めていた。その事実にまもなく彼は気づき始めるのである。


「さて」


 今日の依頼をこなすため、ホワンはさっそく魔剣を装備して出発の支度をした。



 数週間後、王都内に帰ってきた彼が見たのは、人をほとんど見かけなくなった都市だった。何が起きたのかわからない彼は、冒険者ギルドへ報告を兼ねて寄った。


「いったい、どうしたんだ?」


 ホワンはここでは腕利きの冒険者である。当然顔も広い。


「ホワンさん、無事でよかった1」

「何がどうなった?」

政変(クーデター)ですよ。数人の大臣が王を牢屋送りにしたって、もっぱらの噂です」


(とうとうきたか)


「主城の門には警備兵がいっぱい待機していて、物々しい雰囲気なんです。とても近づけません」

「それで王はどうなった?」


 王よりも王女が気になった彼だったが、いきなり聞くと誤解を生む可能性がある。それぐらいにはまだ冷静だった。


「生きているとも、殺されたとも、情報が入ってきません。政府からは冒険者ギルドは治安維持に努めよの連絡のみです」

「なるほど。王の親族は?」

「それも情報がないんです」

「そうか……」


 もはや依頼達成の報告はどうでもよくなっていた。その足で自分の宿に戻って、装備を外した彼はそのまま晩酌を始める。


(酒がうまくないな)


 飲んでも飲んでも酔えないのであった。彼の様子がおかしいことに気づいた闇は、魔剣から離れて実体化して少年の姿となった。この状態であれば発声ができる。すなわち空気を介した言葉のやりとりであった。


「ホワン、心配なんでしょ」

「なにだが?」


 己の心を見透かされたようで少しムッとしていた。


「王女」

「ん」


 酒を注ぐ手が止まった。


「わかるのか?」

「ホワンを見慣れていたらきっと誰でもわかるよ」

「そうか……」


 彼はしばらく思考した後、酒を注ぐのをやめた。近くにあった水をカブ飲みして、残りで顔を洗った。


「ちょっと行ってきますか」

「そうこなくちゃ」


 外した装備を再びつけた。もうここに戻ることはないなと思いながら、懐かしそうに宿の部屋を一瞥した彼は外へ駆け出して行った。


******


 シュウたち夢幻の団の五人(シュウ、アオイ、ナオキ、レイナ、クーン)は、朝一番で冒険者ギルドへ立ち寄った。


 昨日の受付嬢アイルの話では、義眼の男の資料はなかった。だが今僕たちはその冒険者は『ウォルト』だと確信を持っている。


 再びアイルに昨日の件で来たことと義眼の男がウォルトではないかと伝えた。


「ちょっと待っていて。個人の情報はなぜか資料がなかったけど、パーティ登録の資料はあるのでそっちで探してみるね」


 冒険者ギルドの奥へ入り、小一時間ほど僕たちは建物内で待っていた。


 その間出入りしてくる冒険者たちを眺めていたが、これといって僕たちに特別な視線を送ってくる奴らはいなかった。せいぜい目立つアオイとレイナに絡むぐらいで、僕とナオキが受けるのは羨望のまなざし程度だった。


 そのうち貿易都市トレド冒険者ギルド所長のカーターが戻ってきた。僕は席を立って彼に声をかける。


「カーター」

「んん? あぁ、シュウか」


 カーターは忙しそうにしていて、僕の方を見ると『すぐに時間がなくてな』と言って、所長室の三階へ階段を駆け上がっていった。


「カーター! ウォルトという義眼の冒険者を知らないか?」

「知らん!」


 カーターは背中でそう答えると、すぐに階上へ姿を消した。


 その後アイルが戻ってきた。彼女は口をとがらせて、『ようやく見つけたんだから』と文句を言ってきた。五百枚以上はあるであろう、束ねられた紙の資料にはパーティ名と登録者、さらに追加・離脱者が記録されていた。

 当然この中に僕達『夢幻の団』の資料もあるはずだ。


「あら、どこだったかしら。……。ここね。これをみて」


 アイルは資料のあるページを開いた。そこには確かにウォルトの名前があった。苗字はないようで、元は流民でトレドへ罪すいたのかもしれないし、奴隷だったのかもしれない。


 ウォルトの所属していた冒険者パーティは『希望の団』になっていた。


(どこが『希望』だよっ!)


 声に出さないようにその資料に目を通していた時に、僕はとある名前でふと目が止まった。


「!!」


 希望の団の登録資料には『ジド』の名前があった。


(まさか……)


 慎重に、読み落としのないように、僕はゆっくりと名前を確認していった。しかしアイルは、


「はい、もうおしまい」


と資料を取り上げてしまう。


「待って、アイル。いまいいところなんだ」

「もうおしまいったら、おしまいよ」

「頼むよ」

「だーめ。これは機密資料なのよ。襲われたからっていうので特別に見せているだけ。本当は越権行為なのよ」

「そこをなんとか頼むよ。何とかするからさ」


 いくら頼んでもアイルは折れる気配がなかった。そこにナオキが勇ましく進み出て、彼女の耳元でささやいた。


「……」

「えっ!」


 彼女の表情は途端に明るくなり、さきほどまで頑なに拒否していた態度を覆した。


「どうぞ。でも、あとちょっとだけね」


 そう言ってあたりに眼を配った。


「ありがとう。このお礼は必ず」


 僕は急ぎ残りの者を名簿で確認した。


「……。あった……!」


 希望の団の構成員の名簿の中に、『ローズベルト』の名前を確認した。


(ローズベルト=ハミルトン)


 僕を無実の罪に落として拷問にかけ、レイナを奪い去ろうとして、最後は僕に殺された冒険者だった。


 ジドとつながっていることは明確だったので名前がありそうな気はしたが、予想通りにローズベルトの名前を見つけた瞬間は冷や汗が流れた。


「もうダメ。ほかの職員にみつかっちゃう」

「もう十分だよ」


 目立たないようにアイルに資料を戻した。


(事件の闇が少しずつ見えてきた)

『何がわかったのじゃ』

(以前にレイナをしつこく勧誘して、最後に僕に殺されたローズベルトの名前があった)

『それで?』

(ローズベルトは今僕が背負っている雷哮の剣を手放して、僕に盗品の罪を着せようとしていた)

『覚えておるぞ』

(ローズベルトが僕に返り討ちにあった同日のほぼ時刻に、ジドは斬り殺されていた。ジドは炎の魔素を纏った剣で斬られていたはずだ)

『で?』

(今回の襲撃者の首謀者と思われるウォルト。彼やその襲撃者たちは炎で最後は焼かれて死んだ。指輪は契約魔素術ではないかと言っていたな)

『……。そうか!』

(そうだ。きっとジドとローズベルト、それにウォルトはずっと前から繋がっていたに違いない。襲撃の手配で百人近くを従えるほどウォルトは強くなかった。ならば、炎の魔素術を仕込んだものが、影の首謀者かつジドを殺した犯人の可能性が高い)

『うんうん』

(炎の魔素術が得意で、大勢の人間族冒険者と契約魔素術を結び、あれだけの大量の人数を動員できる人物。こんな人物がそこらじゅうにいるはずがない)

『おぬし、今日はえらく冴えとるのう。一緒にいて初めて頭が良いと思うたぞ』

(指輪、うるさいぞ)

『本当じゃ。いつも気づいたら契約書に署名している姿しか記憶にないわい』

(……)


 もう一度うっさいぞと心で思って、アイルへお礼を言った。


「ねぇ、シュウどうしたの?」

「あ、ああ」


 あまりにも考え事に夢中になりすぎて、レイナが心配して声をかけてきた。


「ちょっと考え込んでいた。だいぶ襲撃者たちの関係が見えてきた。後で話すよ」


 僕たちは冒険者ギルドを後にした。


******


 その後、全員でクリス王女に会いに行った。旧ローズベルト邸宅からは大量の人骨が出たので、調査結果を聞くためだった。

 貿易都市トレドの主城の入り口で、彼女からもらった指輪を門番へ見せて通してもらう。この指輪にはトレドの領主クロスロード家の家紋である、五つの星がきめ細かく掘られていた。これがある限り、ここでは僕は『領主のお客様扱い』である。


 城内での会話は盗聴される可能性があるため、人払いをする必要があった。今回、初めから僕達五人とクリス王女にリスボンだけで部屋に入り、盗聴防止のため防音の魔素術を使用して、会話を始めた。


「みなさん、おかわりなく」


 クリス王女は相変わらず綺麗だったが、また少しやつれたようだ。


「クリス王女、早速ですがいくつか確認したいことがあります」

「なんでしょう?」


 僕の質問は聡明な彼女なら気づいているはずだった。


「以前にローズベルトが襲撃してきて返り討ちにしています。彼の邸宅からは人骨や隠し部屋が見つかりました。何かわかりましたか?」

「やはり、その件でしたか」


 彼女はティーカップの液体にスプーンをグルグルまわした。少し眺めたのち、飲まずに席の端へ避けた。


(?)

『変わった娘じゃのう』

(彼女は無駄なことはしないはずだ。あれも何か意味があるのだろう)


 僕は指輪とだけ会話をする。


「ここでの会話は秘密厳守ですよ。いいですね?」


 そう切り出したクリス王女はそのまま続けた。


「旧ローズベルト邸宅から出た骨は人骨で間違いないですが、それらはおそらく冒険者たちの者と推測されます。冒険者ギルドでは毎年大量の行方不明者が出ます。多くは依頼をこなしている最中に魔物に襲われて死亡する、洞窟から帰れなくなるなどです。ですが、ここ最近は行方不明者として捜索依頼がトレドの役所へも寄せられていました。人骨だけでは判断できませんでしたが、一部の装備品から少数ですが特定に至りました。いずれも埋められていたのは駆け出しの冒険者ばかりでした」

「なるほど」

「話はまだ続きます。ローズベルトは駆け出しの冒険者を襲ってまで、何をしていたのでしょうか? それとも装備品の奪取? それはあなたがたからの話がきっかけになって判明しました」

「僕たちの? レイナがやられたのはパーティへの勧誘で、僕がされたのは冤罪による拷問でしたけど」

「それです。人骨はそのほぼすべてが男性の骨格でした。ですが、行方不明の捜索依頼は女性が多かったのです」

「で?」


 ナオキがすっとぼけた質問を飛ばして、レイナが肘打ちをした。ぐへぇっと声を上げて彼は前向きに倒れかける。


「ばかっ。気づきなさい」

「?」


 ナオキはまだわかっていなかった。


「すなわち――」

「――人身売買、ですね?」

「その通りです」


 レイナは自分が被害者になりかけていたのですぐにわかっていた。


「ローズベルトは人身売買にかかわっていた可能性が非常に高いと考えています。トレド内の奴隷商に確認しましたが、この件には関与している可能性はないと言っていいでしょう。ローズベルト邸宅から出てきた装備品は冒険者からはがした装備品と解釈しています」

「この剣はどうなんですか?」


 この剣とは僕の愛用の魔剣のことである。


「王家の盗品である剣を、彼がなぜ持ち歩いていたかはいまだ不明です。都市にまたがって窃盗を繰り返している盗賊集団が関与しているのではないかと、当時の記録にありました。もしかしたらそこから流れた剣なのかもしれません」


 ローズベルトは僕たちが思っていた以上に犯罪に手を染めていた。


「なるほど。ローズベルト邸宅の件はよくわかりました。実は僕も彼についての貴重な情報を手に入れています」

「それは?」


 クリス王女は間髪入れずに、僕に聞いてきた。


「実は数日前にウォン商会の依頼にてトレドと娯楽都市ラファエルの間の護衛依頼を受けていました。帰り道で……」


 そう切り出して、トレド付近の平原で突如百人近い人間族に襲撃されたこと、それらは冒険者ではないかと思っていること、襲撃の首謀者は義眼の男でウォルトであったがローズベルトと同じパーティであったこと、ウォルトは最後に炎の魔素術(おそらく契約魔素術)で焼け死んだことを伝えた。


 これは僕が気づいてから誰にも話していないので、レイナを含めて驚いていた。


「そんなことが……」


 あまりの事態に言葉が出ないようだ。


「僕はウォルトを焼き殺した犯人と、ギドを斬り殺した犯人は同じだと考えています。理由は口封じのためです。駆け出しの冒険者には、契約魔素術を扱うのは難しいと思います。それもあれほど大量の人間と契約を結ぶことは難しいのではないでしょうか? これらから想像する犯人は――」

「首謀者は中級以上の手練れであり炎の魔素属性を持つ、ですね?」


(さすがだ)


クリス王女は僕と同じ答えを導き出していた。


「なかなか面白い話です。やはりシュウたちとのつながりを持って正解でした。最後になりますが、私から大事な話があります」

「? まだあるのですか?」

「ええ」


 クリス王女はそういうと従者のリスボンに目配せをした。リスボンはもう一度防音の魔素術が作動していることを確かめた。


「先ほどの件もそうですが、これからの話はもっともっと厳密に『ここだけ』の話ですよ」

「わかりました」


 彼女は深く息を吸い、言葉にした。


「シュウが渡してくれた手紙、さらには二か所で見つけてもらった遺体。あれは私の兄とその護衛者です」

「「「「「!!!!」」」」」


 クリス王女の言葉は今日一番の衝撃だった。


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