第十三話 襲撃の首謀者を追え
貿易都市トレドの教会を出たのち、僕たちは二手に分かれた。一組はアオイとナオキ、もう一組は僕とレイナとクーンだ。近接戦闘と遠距離魔素術を持つ組み合わせで、トラブル時に対応しやすいように男女へ分けると、どうしても僕とアオイは別行動とせざるを得なかった。
二組に分かれたのはつい先日の襲撃者である顔面傷だらけで義眼の男の情報集めだ。襲撃の狙いは間違いなく僕だった。次の手を打たれる前に早くこちらから見つけ出して犯人を捕まえなくては、安心して眠れない。
(追われる身も楽じゃないな)
微妙な緊張に晒される。クーンはこちら側についたのは、その探索能力と索敵に期待してのことだった。
夕方に宿で落ち合うことに取り決めて、解散した。
トレドの街は道が綺麗に整備されている。中心にクリス王女の住む城があって、そこから上下左右が東西南北にあたり、それぞれ北門、東門、西門、南の港へ通じるようになっていた。
シスターマリーの教会は城の北側の通りにあり、その直前上にガデッサの武器防具屋と、さらに北門へ進んでニーナばあやの魔素術屋があった。僕たちはその直前上にある店で、ならず者たちが出入りしそうな店にアテをつけて、しらみつぶしに聞き込みをおこなった。
「うーん、覚えていないね」
「義眼の人間は珍しいけど、記憶にないねぇ」
「だーれ、それ?」
……
…………
学生時代のアルバイトで鍛えたコミュニケーション能力だったが、断れることにはあまり慣れていないので、精神的疲労がすさまじかった。
(予想以上にキツイな)
居酒屋は営業時間外で、それ以外の店はほとんど手がかりがなかった。約二時間情報収集をしたが、これと言った情報が得られなかった。
唯一、『数か月前に冒険者ギルドにこれから行こうとしていた奴に、そんなやつがいたような気がする』と、大通りに面した武器屋で証言が得られたぐらいであった。
(結局冒険者ギルド頼みか)
やっぱりそこかと僕は思うわけである。
あまり得るもののなかったのと、疲労で三人の間を流れる空気は重たい。
「シュウ、ちょっといいかニャ?」
「ん? クーンどうした?」
何か見つけてくれたのかという期待を抱いて返事してみたが、義眼の男の手がかりを得たわけではなかった。
「ちょっと寄りたいところがあるんだニャ。というかシュウに来てほしいんだニャ」
「どうしたんだ?」
「この間話した、猫人族の相談ごとだニャ。すぐ近くに僕たちの住み家があるニャ」
(そういえば、そんな相談を受けたな)
犯人捜しで頭がいっぱいですっかり忘れていたが、冒険者ギルドは逃げないし、夜にならないと居酒屋は営業しないので、クーンの言う住み家に案内されることにした。
大通りからどんどんわき道に入り、さらに入って人間の大人一人がようやく通り抜けられるぐらい狭い道になった。ところせましと住宅が並んでいるが、整理されておらず、乱雑に立てられ、それらは日本でいう『あばら家』に相当するボロさであった。
満足に入り口、壁、窓、天井が備わっている家など見なかった。たいていそのうちの一つや二つがそろっておらず、どこかが壊れていた。
「クーン、ここは?」
「貿易都市トレドは大通り周辺には商人の店が立ち並んで、人気区画なんだニャ。僕たちは満足に稼ぐことができないので、こうして身を寄せ合って空き家にどうにか住んでいるニャ」
ほら、もうすぐだニャといって角を曲がると、いままでで一番ボロい家の集まりが見えてきた。ふと気づけば周囲から視線を感じる。
「ここはトレドの中でも古い家ばかりの区画で、みなが引っ越した後にできた空き家にどうにか住まわせてもらったんだニャ。でも、この生活はもう終わりだニャ」
「どうした? 家賃か?」
実は僕はいま手元に結構なお金を持っている。それはウォン商会の護衛依頼での追加を含む報酬のほかに、クリス王女からもらったオークジェネラル討伐の報酬で、結構潤っていた。それをパーティの宿泊料やプール金を除いて、五人に均等に分けていた。
(しかし金ならクーンにもいまはあるはず)
「家賃は関係ないニャ。元々この区画は治安が悪く、多種族が出入りするのでそんなに家賃自体は高くないんだニャ」
大きなため息を吐いて、クーンは続けた。
「立ち退き命令がでたんだニャ」
「立ち退き?」
「そうだニャ。最近トレドの犯罪件数が多くなって、治安の悪い場所が役人の目に着いたらしいんだニャ」
「そうか……」
クーンが案内する古い家に入ると、十畳二部屋のところに、十人以上の猫人族が集まっていた。みな子供~成人するぐらいまでで、クーンのような大人が少なかった。栄養状態もあまりよくなく、標準か痩せているかのどちらかだった。
みな僕とレイナに興味津々で、眼を輝かせている。
「新しい住み家と、こいつらに仕事を見つけてお金を稼ぐ方法を早急に考えなきゃいけないんだニャ」
クーンはうなだれてしまった。
「クーン、この人はだれだニャ?」
皆、黙っている中で僕のことを聞いてきたのは、クーンほどではないが成人に近いらしいスタンリーという猫人族であった。レイナが、
「私はレイナ、こっちはシュウ。どっちもクーンの仲間よ」
と自己紹介すると、警戒が解かれたようで続々と集まってきた。クーンはみんなに僕たちのことをすでに話していたようで、質問攻めにあった。
(まいったな)
言葉は問題ないが、文字が読めないらしい。これでは安定した、例えば商人などの職業としてウォンに紹介も難しいと思われた。となると、奴隷として身売りすることになってしまう……
難しい顔をして、クーンの方に向いたら、彼はそれが分かったらしく、
「それはダメだニャ。なんとしても一緒に暮らすニャ」
と語気を強めた。
「立ち退きの日程はいつなんだ?」
「まだ正式には決まっていないが、一か月以内には強制執行されると思うニャ」
「時間がないな……」
思案している僕にレイナが肘で突っついてきた。
「ねぇ、シュウ。ちょっと……」
そう言ってレイナが話してきた内容は、今の僕達にはピッタリの作戦だった。
「よし! クーン、みんな。こうしよう!」
僕とレイナの提案は、彼らを探偵として雇うことだった。義眼の男を探していることを伝えて、その特徴と装備品の一部を渡すとあっという間にみんな散っていった。
最後までスタンリーは残って、『お兄ちゃん、無料では働かけないよ。ちゃんと報酬支払ってよ』と言ってきた。
(抜け目がないな)
決してタダ働きさせようと企んでいたわけではなかった。今の僕の財布にはたっぷりとお金があったが、それはすべて金貨だった。細かいお金は今一切ない!
「あ、ああ。それなら後でちゃんと……」
――チャリン――
その時意図せずにポケットを触ってしまったら、金貨と金貨がぶつかる音が出てしまった。家を出ようとしていた猫人族全員が突如こちらへ、尊敬と畏敬のまなざしを向けてきた。
「それなら……後で……ちゃんと……」
最後の方は歯切れが悪くて何を言っているのか、僕でさえもよくわかっていなかった。
******
「シュウ、本当にすまなかったニャ」
大通りまで出てクーンに謝られた。
「でも、しょうがないと思います」
レイナがフォローしてくれる。
正直に言って、あそこまで報酬をはずむ必要はなかったのだが、全員の目線に勝てずに僕はありったけの金貨をはたいて彼らを雇うことにした。すでにお金はすべてなくなり、自分は素寒貧である。
「さぁ、打てる手は打ったからあとは連絡を待とう」
軽くなった財布を持つと、僕は妙に晴れ晴れとした気分になって、その状態で最後に情報のあった冒険者ギルドへ顔を出した。受付には今日もアイルがいた。
「やぁ、アイル」
「あら、シュウ。それにレイナとクーンも」
「嬉しいな。覚えていてくれたのかい?」
「ここは情報の集まる場でもあるのよ。あっという間にあなたたちの情報は入ってくるわ」
「なるほど。それじゃあ……」
さっそく義眼の男に襲撃を受けたこと話して、覚えのある冒険者の情報を集めようとした。
「私は日々いっぱい人と会うから、すぐに忘れちゃうけど。ちょっと待って」
そういうとアイルは、奥にある資料を取りに行った。その間依頼掲示板を見つめていたが、ゴブリン、オーク、薬草採取……年中出ていそうな依頼ばかりで目立つものはなかった。
しばらくすると彼女が『ごめんなさい』と言って、受付奥から出てきた。
「義眼の冒険者を探そうとして、人間族のギルド登録票を出そうとしたんだけど、探しても見当たらないの。普段は奥の倉庫に書類をしまっているはずなんだけど、変ねぇ」
彼女が言うには、人間族の登録書類そのものが紛失しているようだ。
「手掛かりなし、か……」
「ごめんなさい。次までには見つけておくわ」
「ありがとう。カーター所長には会える?」
カーターは冒険者ギルドのトレド所長で面識があった。向こうが僕を覚えているかは別だが、彼に直接聞けば何かわかるかもと思った。
「カーター所長はここ数日間不在なの。出張で別の都市へ出かけているのよ」
「そっか」
思いついた手が空振りに終わり、途方に暮れた。誰が見ているかわからない掲示板に捜索依頼を出すことも考えたが、真犯人に先に見つけらえるパターンもありうるので、それだけは避けたかった。
「またいらっしゃい」
アイルの笑顔に送り出されて、僕たちは冒険者ギルドを後にした。
******
夕方、風雲亭でアオイとナオキに合流した。
二人も僕達と同じで空振りに終わっていた。
ただただ人に問いかけるのが辛かったので、男にはアオイが、女にはナオキが質問していたらしい。男性はアオイに声を掛けられて最初はウキウキしていたようだが、人探しだとわかると途端に落胆していたそうだ。それでも最後は食い下がり、パーティに勧誘したり、店員として雇おうとしたり、中には持ち物交換を申し出る冒険者もいたらしい。
(レイナといい、アオイといい、大人気だな)
ナオキは彼でうまく声をかけて情報を聞き出そうとしていたらしい。ただし、義眼の男と持ち物だけで有益な情報を得るのは難しかったようだった。
どん詰まりの空気が流れてしばらく考え込んでいたら、猫人族のスタンリーが数人を引き連れて、風雲亭にやってきた。場所は教えていたが、これほど早く来るとは予想していなかった。
中へ招き入れて、僕がスタンリーに聞いた。
「もう情報が集まったのか?」
「当然。僕たち猫人族の情報網をなめちゃいけないよ」
「ごめんごめん。あまりにも早かったので」
「えぇと、それじゃ」
その時宿の扉が開いて、夕食の香りが漂ってきた。
――ぐぅぅぅぅ――
「……」
「食べながら話そうか。親父さん、夕食をまた数人分追加してください」
食事を食べながらスタンリーは集めた情報話してくれた。
「義眼の男はおそらくウォルトという冒険者だニャ」
スタンリーの情報は的確だった。ウォルトは義眼で、僕を襲撃してきた男と風貌が一致していた。さらに僕たちが得ていた装備品を、ウォルトを知っている者に確認してもらったようだが、『まちがいない』と言ったそうだ。
「スタンリーはどうやってウォルトを見つけたんだ?」
「どうせ、襲撃するような奴なんてろくな生活していないに決まっているニャ。そこで僕たちは飯屋や居酒屋を中心にあたりをつけて、聞き込んだニャ」
「素晴らしいな。でも居酒屋を回るにしても店が開いていないのでは?」
時間帯は夕方で、電気が普及していない貿易都市トレドなので、今の時間帯はようやく居酒屋が開店し始めたぐらいである。
「ちっちっちっ」
得意げな顔を見せるスタンリー。
「居酒屋は仕込みが必要で、昼過ぎからでも店の中に人はいるんだニャ。裏口からいつも食料の余りを回収する僕らにとっては、冒険者ギルド周辺の居酒屋なんて、顔見知りばかりだニャ」
「なるほど」
感心する僕たち。
「それほどお金持ちではないだろうから、ある程度安酒を売る居酒屋に絞っていたら、すぐに見つかったニャ。その店主が『ウォルトの持ち物に違いない』ってすぐに断言したニャ。ほらっ」
スタンリーは、僕たちが襲撃者から奪った弓を返してくれた。この弓を見て、居酒屋店主はウォルトの武器だと言ったという。
「犯人は思ったより早く見つかったな」
「ここからどうしますか?」
「明日もう一度ウォルトの情報を引き出しに冒険者ギルドへ行こうと思う」
そこからクーンはスタンリーたちと一緒に住み家へ戻って行った。
先の見えない襲撃者探しであったが、思わぬ協力が得られて前に進んだ僕は犯人探しにひとつの光を見出したように感じていた。




