第十二話 異能力者
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ホワンが王女の魔術指導依頼を受けてから数年が経過した。彼女の魔術の進歩は著しく、そこらの冒険者よりも才に満ち溢れていた。
彼曰く『王女にしておくのがもったいない』と。
彼女の魔素属性は雷だった。王家の女性には代々水属性が多かったのだが、彼女は違っていた。
才能あふれる魔素術士は求める理想が高かった。
毎回進歩を求める勝ち気でおてんばな王女は、その日の指導が満足するまでホワンを付き合わせた。途中でホワンは王女魔術指導が名誉職ではなく、付き添い人の休息のために作られた職務だと思い至ったわけである。
冒険者家業の傍らで魔術指導のはずだったが、すっかり状況は逆転していた。すなわち、王女からの呼び出しの合間に依頼をこなしていくのである。
パーティ内は多民族で構成されていたが人間はホワン一人だった。ホワンは人間嫌いで同族の集まりを嫌ったためだ。
だが、人間族のホワンがいないとこなせないクエストも多く、パーティメンバー全員で集まって冒険をすることがあまりできなくなっていた。
最近、王国の中もきな臭い事件が相次いでいた。
夜間に人が殺されるという事件が多発していた。一人が殺されることもあれば、一家全員惨殺という痛ましい事件も起きていた。王国内の冒険者ギルドでは、この事件を重要視する者も当然いて、ギルドで調査隊を結成すべきとの声も多かったが実現しなかった。
王国の警備兵は増員され、日中も夜間も構わず都市内の警備を続けたが、いっこうに犯人は捕まらなかった。事件が続きやがて夜間の外出自粛令まで出される始末。
(犯人は王国の警備か、それにかかわっている人間だ)
広い王都とは言え、これだけ続けば容疑者ぐらい出るはずである。
ホワンの読みは鋭かった。過去にその明晰な頭脳ゆえ、多数のトラブルを起こしては巻き込まれ、現在の状況にある。自己分析も冴えていた。
(余計な口出しは無用)
彼は無口を決め込んでいた。
その状態で毎回城の呼び出しに応じるのであった。
「ホワン、今日は何を教えてくれるの?」
そろそろ十五歳に近い王女である。成人すれば今までと同じようにほぼ毎日の魔術指導とはいくまい。魔術指導依頼を受けてから、ホワンはそれなりに指導の道筋を立てていた。まず魔素属性の把握と魔素術の基礎、次に魔素術の扱い方、最後に実践だった。
現在その最終段階へ入りつつある。
「えー、今日は……」
まだ付き添いの人がいるので、ホワンは丁寧な口調で話さなければいけない。まもなくその場から付き人が離れて、休息をとる見込みだ。王からは目を離さないように言いつけられているのであろうが、すでにその一連の行動は恒例となっていた。王女もそれを望んでいるようだ。
「まず、今までの獲得した術の確認をします」
「なーんだ、つまんない」
「そんなことを言ってはいけませんよ」
トラブルを起こさないようにホワンは言葉を慎重に選んで優しく指導する。
「では、まず魔素術の円をいっぱい作りましょう」
「……」
目をつぶり集中する彼女の周りには十五を超える円形の雷の魔素が浮かび上がった。それぞれ等間隔に配置され、形も綺麗な円を描いている。
「よろしい」
フゥと息を吐いて、王女は目を開けた。
「次は?」
「次は、雷の放出です。あれを今日は標的にしましょう」
ホワンは枯れ木を指さした。
「では、電撃を」
再び王女は集中すると一本の鋭い電撃を放った。
――バァァン――
一瞬で焦げてしまった。
「では次。雷で自分の体を防御してください」
「はい」
王女は全身に雷を纏わせた。均等に、それでいて力強く。内から外へ物を弾き飛ばすような想像をする。これはホワンが指導したものではなく、彼女が天性の感覚で体得していた。
――ビッ、ビビビッ――
試しにホワンは軽石を数個投げてしまうが、そんなものを一切寄せ付けなかった。
「よろしい。では――」
ホワンの指導はチラリとみている程度ではめちゃくちゃな指導だと思われる。しかし、攻撃→防御、放出→自己中心などのようにバランスよく組み立てていた。それに気づく者は二人、指導者とそれを受ける側だけであった。
一通りの魔素術訓練を終えて、今日はさらにそこから一歩踏み込んだ。
「では新しい『契約魔素術』を教えます」
「おもしろそう」
にこりと笑った彼女をみて、『笑顔が似合うな』と改めて彼は思った。
「契約魔素術は、いうなれば『取引』です。相手に『要求』をして、その『対価』を求めます。同時に要求を満たせない場合や対価を払えなくなった時のための『罰則』を規定します。術式は――」
ホワンの指導にうんうんと頷く彼女は真剣な表情に変わった。興味のあることにはすさまじい集中力を持つ。
「――であります。『要求』と『対価』は等しいものを設定しなければいけません。両者が合意することが前提ですが、強引に押し付けることもできます。生物としての『格』が違いすぎれば一方的な、相手の了承を得ない契約も可能です」
「へぇー」
ホワンは続けた。
「例えば、人間同士の契約を前提にします。秘密を他人に口外しないことを『要求』して、『対価』に相手へ金銭を渡すという設定です。罰則はそうですね……破った時には『頭痛がして動けなくなる』がするにしましょうか。これならば釣り合いますので契約としは成り立ちます」
「うんうん」
「同じく人間同士の設定です。自分の魔物討伐を手伝うことを『要求』して、見返りに要求者の大事な人の命をもらうことを『対価』とします。この場合は『対価』が強すぎて、釣り合いませんので契約は成り立ちません」
「わかるー」
「しかし」
さらにホワンは続けた。
「人間同士ではなく、非常に強い魔物と弱い生物の赤ん坊だとしましょう。この場合は『格』の違いが釣り合いの不均衡を埋めるので、契約として成り立ってしまう場合もあります」
「えー。信じられない」
「要は怪しい者には近づかないのが一番です」
「それはわかる」
ホワンをみて王女はクスクスと笑った。笑われている彼は何が原因だがわかったようでわからなかった。
「では、練習しましょう」
そう言って虫を捕まえてきた。
「さあ、始めましょう。初めに対象と接触して、魔素術を描きます。『要求』を五分の間だけ自分の思い通りに動くこと、『対価』を餌をあげること、『罰則』はくしゃみに設定しましょう」
「はい」
彼女は虫が苦手だったが、この日はまったく気にならなかった。
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最近、シュウの目覚めは良い。
貿易都市トレドの宿、風雲亭で一番に目覚めた彼は外を確認する。ちょうど太陽が地平線から上がって、空が明るんできた時間帯だった。
昨日、トレドへ着く直前にシュウ達は襲撃を受けた。襲撃者たちは一様にシュウを狙ったが、アオイの活躍で相手側は目的を達することはできなかった。首謀者と思われた義眼の男は何かをしゃべろうとして炎に包まれて死んだ。
さらに離れてしまったウォン商会の商隊へ戻ったシュウとアオイを待っていたのは、そこまで倒した襲撃者たちが、義眼の男と同じ末路をたどったことを知った。商隊に同じく雇われていた護衛者が、襲撃者を調べようとしたところで、全員が一度に炎に包まれて、骨も残ることなく燃え尽きたと口をそろえた。当然、その場に残ったナオキたちも目撃している。
身元を示すものは、事前に義眼の男から奪い取った装備品と投げつけられていたナイフだけだった。ここからシュウは自分を襲った犯人を何としても見つけなければいけない。
貿易都市トレドの入り口へ戻ったのはその襲撃から数時間後で再び襲われることはなかった。到着後、ウォンは護衛隊に今回の商隊は大成功だったと伝え、全員に報酬を割り増しすることを約束した。解散後、ウォンはシュウを呼び止めた。
「シュウ、今回は本当にありがとうございました」
「いいえ、助けた人が無事でよかったです。また何かありましたら、ぜひ声をかけてください」
「実はもうすでに次の依頼があります」
「えっ⁉ もうあるのですか?」
「はい。今回の取引は奴隷商を中心にしてきた私の商会が、食料品や生活必需品を扱うチャンスだったのです。娯楽都市ラファエルでの契約をいくつか結びましたので、その品物を別の場所へ運び、さばきます。注文の品物がこちらへ届き次第、次の場所へ大量の荷物を運びます。その護衛として、ぜひまたやとわれてほしいのです」
「行き先は?」
「魔術都市ルベンザになります」
「なるほど」
魔術指導の本格的な師を探していたシュウ達は、ルベンザには優秀な魔素術士が多いと聞いていたため、その依頼を受けるつもりだと伝えた。
別れ際にウォンは、
「しかし妙な襲撃でしたな。まるでシュウを狙っているような動きでした。何か心当たりでも?」
と聞いてくる。
「いや、それが全く」
全く、なわけがなかった。だが、ここに来てから数々のトラブルに巻き込まれているので、どこに火種を落としてきたかシュウ自身もよくわかっていなかった。
(これは一度整理する必要があるな)
襲撃者の持ち物と人物の特徴で誰かに聞いてみるか? と考えた。
「これはこれは。失礼なことを聞きました。実は……」
ウォンは『襲撃者の中に、昔自分の商会で扱った奴隷がいたような気がする』と言った。倒した後に確認しようとするも炎で燃え尽きてしまって、顔の確認はできなかったようだ。だが、それはシュウにとって貴重な情報だった。
(襲撃者は奴隷を使って僕に戦闘を仕掛けてきた)
それにあの赤い眼と狂気の顔つき。
(なにか人を操る術があるのか?)
『契約魔素術ならば何でも設定できる。釣り合うかどうかと、術者の技量次第じゃ』
指輪の話では、契約として成り立つかどうか、それにすべてかかっているらしかった。
「ありがとう、ウォン。次の移動が決まったら早めに連絡ください。ギルド経由か、トレド北門の古い魔素術屋に伝言をお願いします」
シュウとウォンはそこで別れた。シグレは淡々と作業をこなしていたが、チラリとこちらをみると、握りこぶしを作って空に掲げた。『気をつけろよ』、そう言いたい様子である。シュウも同じ動作でシグレへ返事をした。
それから宿に戻って休み、現在に至るわけである。
朝、僕たちは風雲亭の食堂で食事をとりながら、ミーティングをおこなった。取り急ぎ、昨日の襲撃者の正体と目撃を探ることが、解決の一番の糸口だろうという結論になった。僕たちは二手に分かれて、本日から情報を集めることにした。
と、その前に――
シスターマリーの教会へ一番先に寄ることにした。目的は第三段階とやらに達した職業と階位の確認であった。鑑定には銀貨一枚が必要だが、先日の護衛依頼で人命救助をしていた僕たちパーティには、報酬がさらに上乗せされていた。銀貨一枚かかる鑑定を五人やったところで、今はたいした出費ではない。
宿から歩いて教会に移動した。入り口を清掃していたシスターマリーへ声をかける。
「やあ、マリー」
「あらシュウ、それに皆さんも」
「今日はまた鑑定を頼みたいんだ」
「もうですか? かまいませんが」
無理もない。ほぼ毎日戦闘を行っていた僕たちを知るはずもない彼女はそう言って、鑑定のため教会内へ入っていた。僕たちもそれに続く。
まず一番初めはレイナだった。マリーはしばらく目を閉じて集中した。
(今度は『火炎術士』だ、きっとそうに違いない)
僕はマリーが話す前にレイナの職業を当てようとしていた。レイナの魔素属性は炎で、娯楽都市ラファエルでは魔物も真っ青の炎の魔素術を扱えるように成長した。周りでは魔素術士の後には、得意属性の名前が付くケースが多く、火炎術士が一般的だった。
ふぅと息を吐いて、マリーは口を開いた。
「あなたの職業は、『炎獄術士』です。階位は三十一です」
(外れた―)
「マリー、炎獄術士とは?」
「ご存じの通り魔素術士の系統は、階位三十以降にその人の得意属性の名前が付きやすいです。ですが、稀に一般的な職業の系統に当てはまらない人がいます。おそらく彼女はそちらでしょう」
「強いの?」
「最近は滅多に見かけなくなりました。強さは人それぞれです。教会の過去の記録では、強いことが多いようです」
(強いに決まっているさ)
覚醒した炎は、属性耐性を持ち始めた枝を焼き尽くしていた。それにあの熱量!
(尋常ではなかった)
武器も壊れるわけだと僕は納得した。
「では次に私をお願いします」
アオイが進み出た。
「はい、ではこちらへ」
シスターマリーはまた目を閉じて集中した。
(アオイはなんだ? 『刀姫』? 『剣の妖精』? 得意な日本刀に関連した名前が付きそうだ)
また僕は先に職業を当てようと思考を巡らせる。
再びふぅと深いため息をついて、彼女は目を開けた。
「アオイの職業は『夜叉』、階位は三十です」
「「「「「夜叉⁉」」」」」
これにはアオイのほか、四人とも驚いたらしい。
「てっきり日本刀に関連した職業だと思っていたよ」
これはナオキの発言である。どうやら彼も同じことを想像していた。
言われてみれば、心に静かな怒りを持った彼女は『夜叉』の印象に重なる。
ナオキとクーンも鑑定してもらったが、魔素術士の階位二十九と狩人の階位二十八だった。もうすぐで階位三十へ到達して覚醒する。しかし彼ら二人は自分の武器や戦闘スタイルに悩んでいて、単純に討伐の数だけで階位が上がるのならばいいが……と思うわけである。
最後に僕の番だ。
(次は何が来るか……。イレギュラー《王》とか、イレギュラー《頂点》とかか? いや一度イレギュラーから外れたいな。そろそろ『勇者』とかどうだろうか?)
すこし半笑いになりながら、シスターマリーが口を開くのを静かに待った。
……
…………
(あれ、なんか長いぞ)
いつもは一分に満たずに鑑定してくれるのに、僕だけは時間がかかった。数分後、今までで一番大きなため息をついて、シスターマリーが眼を開いた。
「シュウ、あなたの職業は――」
(さぁ、こい!)
「――イレギュラー《雷鬼》、階位は二十四です」
「「「「「雷鬼っ⁉」」」」」
「ええ、間違いありません。それに――」
「それに?」
「――、見えない力に邪魔されて鑑定がうまく通りませんでした。何か力を授かったのではないですか?」
思い当たるものと言えば、試しの洞窟で最後に飲んだ金杯。あれぐらいというか、あれしかないと思った。
「力を得たことは覚えがあります。なんの力を授かったのかわかりませんか?」
「うーん、鑑定が通らないこと自体が、私には初めてですので」
わかりません。そう言ってシスターマリーは困ってしまった。
結局、僕の予想は一回も当たらず、授かったらしい力もよくわからなかった。




