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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第十一話  燃えよ斬月

 夢幻の団を含む多数のパーティが護衛中のウォン商隊は、貿易都市トレドにあと数時間という距離で、平原のど真ん中で襲われた。


(待ち伏せだ!)


 何もなかった平原に、いきなり百人近い武装した冒険者たちが出現した。平原は背の高い雑草が生い茂っていたが、それもせいぜい人間の腰ぐらいまでで、接近すればこれだけの人数を発見できない方がおかしかった。


 先頭集団の馬車には斥候のような探索に長けた護衛を配置していたはずだったが、警戒をかいくぐって先制攻撃を受けてしまった。


 馬が突如悲鳴を上げ立ち往生して、ほぼ同時に指輪が、


『敵襲じゃ!』


と警告してきた。


 冒険者たちと推測したのは、兵士ならば装備が統一されているのが通常だが、今回はみなバラバラの得物と装備だった。

 異様だったのは全員の眼が赤く光っていた。顔も狂気の様子である。


 視界に高速で近づいて来る物を捉え、反射的に体を右方向へ動かした。直後いままでいたところに大量の矢が降り注いだ。


(……狙われているっ⁉)


 赤い眼のほとんどがこちらを向いて、迫ってきていた!


(離れた方がよさそうだ)

『人気者じゃのう』

(相変わらず……)


 この指輪はうるさいなと思いつつ、さらに迫ってくる弓矢を避けて、僕は出たばかりの馬車から平原の中へ飛び込んだ!


 周囲に味方がいると雷の魔素術が使いにくい。広範囲に威力のある術だったが、敵味方の識別能力はないため、周囲のほかの商隊護衛者たちを巻き込んでしまうのが欠点だった。


 近づいてみた襲撃者は不気味だった。


(僕を全く恐れていない。というか、自分が斬られることを考えていない)


 いうならば防御を捨てた『特攻』であった。武器と全身を僕にぶつけてくるっ!


 雷の魔素を纏わせた魔剣で一人を斬り捨て、二人目を倒して、それでも続けて三人目、四人目が襲ってくる! こんな戦闘経験は今までなく、躊躇してしまった。


(ぐっ)


 戸惑って回避の動きを鈍らせて、自分の右肩口を斬られた。襲撃者の攻撃は魔素服の防御力を越えて、直接ダメージを与えてくるぐらいの能力はあった。

 さらに複数の弓矢が僕を狙ってくる。態勢が崩れていて、回避だけだとすべてを躱しきれないと思った僕は、初めから魔剣を前面に押し出して雷の魔素術を発動させ、防御した。


(『雷壁(らいへき)』!)


 直後に甲高い音と閃光が走って、僕の前面の雷の魔素術で壁を展開した。弓矢はすべて雷で進行を邪魔されて、地面に落ちた。それでも続けて十人以上が一度に僕へ突進してくる!


(冗談じゃないっ)


 すばやくその場から引いて、もっと見通しが広くて一対一に集中できる場所を探さなければいけない。さらに僕は商隊から距離を取って平原の奥へ進む。



 襲撃者はほぼ全員でシュウを狙っていた。その動きは商隊側に居たアオイ、ナオキ、レイナ、クーンにもわかった。


「アオイッ」


 ナオキが叫んだ。


「シュウが敵を引き連れて向こうへ行った。敵の動きがおかしいんだ。ありゃ、まずいぞ」

「えっ?」

「行ってやれ」


 ナオキの声で周囲を見渡したアオイは自分側を襲ってきた敵を退ければいいと思っていたことを反省した。


「はいっ! ありがとう、ナオキ」


 斬月を受け取るとき、スミスへ誓ったことをさっそく破るところだった。


(シュウを助けなければっ!)


 アオイはシュウを追って平原の奥へと走った!



「ハァ、ハァ、ハァ」


 緊張のためか息が切れるのが早い。商隊から離れた方が全員の安全が確保しやすいととっさに判断して、移動を優先したシュウだったが敵の罠に嵌まったようだった。


 雷の魔素術を広範囲に放つか、こちらの動作がバレているのか、術を放つ直前に散開されてしまい、大人数を巻き込むことが出来なかった。しかも雷への耐性なのか、ダメージに無頓着なのか、攻撃があまり効いておらず、牽制の意味でも効果が薄かった。


 悪いことにシュウが逃げ込んだ平原の奥には、さらに人数を控えていたようだ。


(ここにも待ち伏せ⁉)


 敵集団は接近戦と遠距離戦を交互に繰り返し、人数に物を言わせて徐々に獲物を削る作戦のようだ。一度に集団で接近して近接戦闘を仕掛け、一斉に引く。次には弓矢と魔素術の嵐が襲ってきて、止んだと思ったらすぐに近接戦闘が再開される。


(特攻と大量の弓矢に魔素術の繰り返しだ)


 もう幾度となく繰り返す攻撃を凌いでいたが、衰えを知らない連撃にシュウは疲労していた。


 遠距離攻撃を防いだので次は接近戦がくるっ! シュウがそう思い込んでいた時、タイミングを外してほかの矢よりも圧倒的に早い速度で一本の弓矢が放たれた。シュウの反応は当然遅れ、矢が左足に突き刺さった。

 足は移動戦の要で、すぐに矢を抜いて自己修復をかけたい。しかし敵はそれを読んでいたように、接近戦にいままで以上の人数をかけてきた。


(やられるっ⁉)


 傷んだ足をかばいバランスが崩れて倒れかかったシュウに、襲撃者は再度人数をかけて接近戦を仕掛けてきた。シュウは背後からのダメージを覚悟して突破口を開くため、人間相手に初めて秘術『雷哮』を放つ覚悟を決めた。


――ドサッ――


 その時、背後からシュウに襲い掛かった二人が突然倒れる音がした。


 振り向くとアオイが立っていた。


「アオイっ! 助かった!」

「シュウ様……」


 左足を貫通している弓矢に気づいたアオイ。


 慕っているシュウが攻撃を受けたことに憤怒する。


 ぐっと刀を握る手に力が入るが、スミスによって新しく生まれ変わった斬月はアオイに『冷静に』と語り掛けんばかりに周囲にそよ風を吹かせた。


 顔周囲に吹いた風に我を取り戻して、そのままシュウの前面に立つ。


「あなたたちは私が相手します……」


 アオイのその宣言を聞くわけもないが、襲撃者たちはシュウの前に壁のごとく立つ彼女に狙いを定めた。シュウを防御するものを排除する作戦に変更したようだ。


――ザッ――


 前面に『風速』を使って高速移動で先制攻撃を仕掛けたアオイは、横一直線に繰り出した一太刀で二人をまず葬った。勢いそのままに左方向にいた襲撃者二人の首を一度にはね上げて、振り返って背後の一人の心臓を一突きにした。

 一連の動作は予備動作を極限までなくし、最短距離で無駄なく構成されているのが、後ろから見ているシュウにはよくわかった。さらに途中で気づいたが彼女の斬撃速度が大幅に変化していることに気づいた。人体がまるで包丁で豆腐を斬るごとく、サクサク斬られている。


(あれが新しい日本刀か)


 アオイは自信に満ち溢れた顔で娯楽都市ラファエルの宿へ戻ってきたが、シュウはその意味を今知った。


 襲撃者たちはアオイを倒さないと僕へ多人数での攻撃を仕掛けられないとみて、攻撃対象を彼女に完全に切り替えた。


 再び襲撃者たちが斬られる!


 右方向にいた一人に袈裟斬りで真っ二つ、そのまま前方の二人の首を刎ね飛ばし、後方に回り込んだ一人に正面を向いたまま刺突で腹部を貫いた。


(背後の気配もわかるのか?)


 襲撃者が防御をすることなく襲い掛かってくるため、細やかに移動して倒せる敵を倒していく。その戦術は今見事に奏功していた。


 さらに続けて三人が仕掛けてくる! 相手に武器を降らせた瞬間、『風速』による高速で背面へ移動して振り向いて一人を斬って、向き直って斬撃のタイミングが少しずれた三人を処理する。


 アオイは自身の攻撃をすべて致命傷にするために首か胴体のみを狙っていた。腕を斬り飛ばしても片腕だけで組みかかってくる気配があったためだった。


 ピーッと口笛が鳴り、襲撃者が一斉に引いた。


「アオイッ、遠距離攻撃が来るっ」


 シュウは叫んだ! 彼を苦しめた攻撃の連鎖の中で、遠距離攻撃が来る合図だった。多数の弓矢と炎の球が彼女に襲い掛かる!


 アオイは斬月の鍔部分に片手を当て、風の魔素を通した。彼女を囲むように球形の密な防風が展開され、弓矢を弾き飛ばす――! 魔素術も風の障壁を貫通することなく、小さな火球はかき消され、大きなものはサイズを失って小さくなり軌道を変えられて、周囲の雑草に巻き散ってそれを焼いた。


 シュウは自分の防壁が前方だったのに対して、囲むように展開する選択肢を知った。


(すごいな)


 技を盗むため、可憐な彼女の体裁きを目に焼き付けようと、シュウは夢中になって見つめた。戦闘中であることを忘れそうになるほど、集団戦におけるアオイの技量は高かった。


 アオイの体の周囲には青色の魔素が漂い始め、やがてそれは彼女を守る風に変化した。


(あっ!)

『ようやく気づいたか』

(彼女も第三段階(サードステージ)に到達したのじゃ)


 先日の人喰い草との戦闘でレイナがみせた変化が、今日のアオイにも起きていた。


 より早く、より正確に、より強く!


 彼女は一心にシュウを守るために斬月を振り続けた。


……


…………


 アオイはもう何十人を斬ったのだろうか。あたり一面は死体だらけだ。


 襲撃者たちは攻撃の手を休めないが、彼女の戦闘力が物量で押す作戦を上回り、とうとう一度に仕掛ける襲撃者たちが二、三人程度まで減った。黒光りする斬月はまるで彼女の手足のごとく、空中を舞った。


 舞うたびに一人、また一人と地面に倒れていく。


 シュウはこの間、自分を襲ってくる敵の気配に気を配りながら、アオイの無双を眺めていた。


 やがて、襲撃者の最後の一人が斬り伏せられた。


――ヒュッ――


 斬月についた血をその振り下ろしだけで落とした。カチャンと納刀したアオイは真剣な表情を解いて笑顔になり、シュウに近寄った。


「シュウ様」


 シュウを守り切ったことがこの上なく嬉しかった彼女は、感情に任せて彼に抱きついた。両腕を首にまわして顔を近づける。


「大丈夫ですかっ?」


 彼はすぐ近くにあるアオイの顔をみて照れくさそうに、


「アオイのおかげで命拾いしたよ」


と素直にお礼を伝えた。そのまま大胆に彼女の耳元まで口を近づけて小声で話した。


「僕の前方百メートル向こうに、一人襲撃者が残っている。おそらく襲撃の指揮官だ」


 そのままキスされると思っていたアオイは非常に残念だったが、彼の意図が分かった。


「合図したら、全力で向こうへ走ってそいつを捕まえるよ」


 戦闘中にシュウは敵の気配を探っていた。タイミングをはずして放たれた弓矢はすでに彼の足から抜かれているが、これを仕掛けた襲撃者の技量はそれまで一斉に放たれていた弓矢よりも力強くてずっと早かった。

 おそらく襲撃の後方から彼の様子を探り、絶妙なタイミングで攻撃を放ったのだ。指輪はその広範囲の探知能力で、漏れ出る魔素を見つけて彼に伝えていた。


 自分が死にかかった戦闘である。瀬戸際まで追い詰めた犯人を逃すわけがなかった。


 合図とともに二人は気配に向かって全力で走り出す――!



 僕はアオイと駆け出した。逃がさないために全力で走ったが、彼女の方が先行した。


『こちらに気づいたようじゃ、逃げとる』

(逃すかよっ!)


 草木を分けて走り続け、平原から雑木林に入る直前でそいつに追いついた。


――ヒュッ――


 逃げきれないと悟ったのか、指揮官と思われる敵は僕の方へナイフを数本投げつけてきた。アオイが目の前に立ちふさがり、日本刀に備わった新しい自動防御の術を発動した。


「『風壁』!」


 アオイと僕は密な風に守られ、ナイフが弾き飛ばされる。


(アオイ自身だけじゃなくて、複数を守るように展開できるのか!)


 襲撃者の舌打ちが聞こえるようだ。さらに接近して、とうとう追いついた。襲撃の指揮官だと思われた奴は、黒装束のような動きやすい格好に担当装備だった。顔は目以外を覆っているためよくわからなかったが、小柄だった。


 先行していたアオイは斬り伏せようとしていたが、その動きに気づいた僕は走りながら後ろから叫んだ。


「アオイ、殺すなっ! 聞くことがあるっ!」


 彼女は僕の声を聞いた瞬間、剣撃の軌道を変えて短刀を握っていた腕を斬り飛ばした。バランスを崩した襲撃者はその場に倒れ込んだ。

 すばやく取り押さえて、腕の切断面を電撃で焼いた。出血で死なれるとこの後聞くことが聞けなくなるからだ。


「っ!!」


 そのまま覆面をはぎ取ったら、顔面に傷だらけでしかも片目が義眼の男性顔が出てきた。


「くそっ」

「悪いが、いろいろとはなしてもらうぞ」


 何を隠し持っているかわからないので片っ端から身に着けているものを奪った。靴から服まで装備をはがされた男は、だんまりを決め込んだようだった。魔剣を喉元に突きつけて、自白を迫る。


「……」

「話さないとお互いに時間の無駄だ」

「……」


 話す気配のない男の首へ剣を突きつける。


「まってくれ。俺は……」


 男は間違いなく襲ってきたことに関して話そうとしていた。だが、『俺は』に続いて出てきた言葉はそいつの叫びだった。


「う、うわぁ――――」


 男の全身を魔素文字が覆いつくし、ボッと火がついて全身を炎が覆いつくした。


 僕とアオイは男がただもがき苦しみ、やがて動けなくなるまでその場で立ち尽くすしかなかった。


お気づきの方もいると思いますが、タイトルは某有名歴史小説からもじっています。

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