第九話 緊急クエスト 人喰い草を全滅させよ
中央の闘技場は一瞬で巨大な植物に覆われた。
闘技場中の観客は人間の胴体ほどの太さのある動き回る枝に絡み取られて、中心部へ連れ去られた。今、会場はあちこちで悲鳴が起きている。
「レイナーっ」
植物で覆われた視界を剣で切り裂きながら、近くにいたナオキとクーンの安全を確保した。枝は魔素を通わせていない刃物では切断するのが難しかった。
――ビューゥウウウッ――
鋭い一直線の炎が、視界を邪魔する張り巡らされた枝を焼き切った。この技は何回もみた、レイナの十八番の『炎束』だ。
「無事だったか」
「あれしきのこと、私には取るに足らない出来事ですよ」
やけに強気だったが、その理由はすぐにわかった。
この植物は炎にめっぽう弱かった。
(植物だから当然と言えば当然か)
周囲ではまだまだ枝が暴れ狂って人を攫っていたが、レイナの炎束によって一蹴された。
「数が多いな」
「埒があきません」
「潰すならば……」
「……元から断つのが良いと思います」
植物を爆発的に成長させた植木鉢はレイナが戻ってきた方向にあるはずだ。
レイナは続けて僕の剣、ナオキとクーンの刃物に炎の魔素属性を付与させた。
(同時に三つも付けるなんて! やるじゃないか)
感心する僕をよそにレイナは、
「枝が太いので中心にいけばいくほど、短剣やナイフでは不利です」
「僕もそう思う。ナオキとクーンは負傷者の救助を! 中心には近づくなよ!」
「「了解っ(ニャ)!」」
レイナと僕はそのまま植物の幹がある闘技場中心地へ向かっていった。途中何度も枝が襲い掛かってきたが、抜群のコンビネーションで焼き払い、切り刻んでいった。
(アオイとのコンビもいいが、レイナとのコンビもなかなかいいな)
隣では先ほどの司会者が眼に止めたほどの美少女が、炎を吹きまくっている。どんどん焼き切って進んで中心地に近づいた。
(!)
「レイナ危ないっ」
枝が地面を這うように横に払われてきたので、躱せないと思った僕はレイナを抱えて上でジャンプした。すでに焼き切られた枝の山に立って、少し見下ろすと今攻撃してきた枝は太さも強いが、色が違った。
「何かありそうだな」
「私もそう思います」
レイナは炎束を放ったが、今度は焼き切れなかった。
「この短時間の戦闘で耐性獲得か?」
「効果がないことはないですが、私の炎の魔素術だけでは難しいかもしれません」
しゃべっているうちに太めの枝が僕たちに二度三度と襲い掛かってきた。僕はジャンプで攻撃を躱すが、レイナは新体操みたいな可憐な動きで躱すというよりはさばいていた。柔軟なうごきで巧みに重心をずらして、敵の攻撃を最短距離で躱していった。
(綺麗だな)
横目にレイナの安全と動きを捉えながら僕は思った。
(単純な戦闘力では僕の方が上だと思っていたが、この身躱しの技術は学ぶべきだな)
彼女の魔素属性に植物もとうに気づいていたので、集中的に狙われていた。そのうちのいくつかを僕が邪魔して斬り刻む!
「レイナ、何か策は?」
「ありますっ!」
スッと攻撃を避けたレイナは僕の方にジャンプしてきた。体を預けてくる動きだったので、慌てて彼女を受け止める。僕に抱っこされる形で両腕の中に納まった。
「うふふ」
「戦闘中だぞ」
「わかっています。でも嬉しくて」
「何が?」
「知ってるくせに」
やけに今日のレイナは積極的だ。
(アオイがいないとこうなるのか?)
「あれをみてください」
指さした先は闘技場の中心で、そこには秘匿思想が地面にめり込んで、根が太くおろしているようだ。
「あれか」
「そうです。根を断ち切れば、どんな植物も弱ります」
「了解したっ」
レイナは一瞬で数本の炎束を発動させて、邪魔な枝を焼き切ると道を開いてくれた。
「さぁ、行ってください!」
僕はレイナを抱えて中心部に突入した!
闘技場の中心地。そこは地獄絵図になっていた。
巨大に成長した人喰い草は会場にいた人間を中心部へ集めるように攫っていたが、その後どうなっていたかは爆発的に増えた枝に遮られているので、中の様子がわからなかった。
いま僕はレイナを抱いて中心部へ突入したが、そこは植物に消化された人間がたまっていた。中には生きたまま喰われて吐き出された人もいて、装備品は溶けて顔面は原型をとどめないほどにただれていた。
「だずけてくれー」
「あぁー」
「……」
強い酸のにおいがあたりに立ち込めている。すでに消化された人はかわいそうだが救えないと思った。
今できることは人喰い草を倒し切ることだと割り切った。レイナは無表情となり、僕から飛び降りた。
「ひどい……」
レイナは強く手を握ったが、血がにじんでいるのがわかった。
「さぁ、レイナ。ここは危ないから、さっさと決着をつけよう!」
「……はい」
小声で頷くと、赤い魔石が埋め込まれた杖をグッと握り直した。レイナの周囲には赤い魔素が力強く漂う! 気のせいか周囲の気温も急上昇しているようだった。
『覚醒じゃ』
(覚醒?)
『第三段階へ到達したのじゃ』
(?)
『わからぬならば黙ってみて見ておれ』
さらに周囲の気温は上昇し、レイナを包んだ赤い魔素はやがて炎となった。
気づけば周りで見境なく人間を襲っていた枝は、この場の一番の脅威に狙いを定めたようだ。いきなり百本近い枝がレイナに襲い掛かるっ!
(まずいっ!)
打ち払えるだけを叩き切ったがそれでも十本にも満たない。残りはレイナに最短距離で迫りつつあった。
「レイナー!」
僕は、人喰い草から出ている大量の枝が彼女を包み込んで、一瞬で嬲り殺されると思った。
――ドゴォォォン――
しかし視界から消えたレイナはすさまじい轟音と熱量とともに再び姿を見せた。
以前にオークジェネラルが放った大火球。あれを彷彿させる大火炎術だった。あれと同等クラスの大火球を自らが中心となって周囲に放ち、そして維持していた。
そのまますべての襲い掛かる枝を焼き尽くす!
「圧倒的だ……」
自分を無視してレイナに襲い掛かる多数の枝は、その攻撃が届くことなく燃え尽きていく。
やがて攻撃の勢いが落ちて、植物が弱ってきた。根はまだ切っていないが、大量の枝を失ったことが影響しているようにみえる。
「さぁーて、最後の仕事だ」
振り返ると、ほぼすべての枝を焼き尽くされた人喰い草は、幹の部分を守る枝がほとんどなくなっていた。地面につながる幹は一か所のみ。
僕は魔剣を握り直して、人喰い草の幹を一太刀で斬った!
「大丈夫か」
ナオキとクーンが、僕とレイナのいる闘技場の中心地に走ってきた。いまはすでに戦闘は終結した。
幹を斬った人喰い草はその生命力を急速に萎ませて、すぐに枯草のようになった。緑色から茶色となり、水分をずいぶんと失ったようだ。
「これは?」
幹の横には種が散らばっていた。
『人喰い草の種じゃ』
(また暴走するのか?)
『それはないじゃろう。もっとおとなしい植物じゃ。せっかくだからもらっておけ』
指輪の勧めに従って、こっそりと大量の種を回収した。
「さてと……」
人喰い草が暴走する寸前に落とされた植木鉢があるはずだった。中心部をくまなく歩くと、土器の破片が見つかった。
(こいつは……)
『よくみよ、シュウよ。これも一種の契約魔素術じゃ』
破片には細かい文字が刻まれてたが、読めなかった。
『読む必要などない。その土器に仕込んだものがおる。仕込んだ魔素術は、せいぜい巨大化、本能亢進、錯乱、暴走、成長速度上昇。そんなもんじゃろ』
(いろいろできるんだな)
『本来はもっと精巧に刻んで、慎重に成長を促すものじゃ。どうせ……』
何者かが混乱を招くために仕込んだのじゃろうと言って、指輪は黙り込んだ。
「皆、けがはないか?」
「大丈夫だ」
ナオキやクーンは中心地から離れた後に、枝に襲われてけがをした人たちを解放していたらしい。
「シュウ」
レイナが近寄ってきた。
「ありがとう、助かりました」
「大丈夫だったか?」
「少し自分を見失いかけましたがもう大丈夫です。ですが」
そう言って手に握った杖を見せてくれた。赤い魔石は健在だが、埋め込まれた杖の部分にはひびが入っていた。
「さきほど自分の力が上限突破したのを感じました。感じるままに魔素術を放ったのですが、杖が耐えきれなかったようです」
そういってレイナは思い出深そうに杖をなぞる。いままで多数の激戦を区切り抜けてくれた杖だったが、限界だったようだ。
そのうち闘技場や貿易都市ラファエル所属の警備兵が遠目に見えてきた。
「面倒ごとはごめんだニャ」
「そうだな」
今回は緊急事態でやむなく手を出したが、僕たちは本来ウォンの商隊護衛でこちらへ来ていた。事情聴取でだれかがレイナのことを犯人だと言ったら、簡単に捕まるだろうと思ったので、すぐにその場を離れることにした。
その後、何事もなく鍛冶場へ戻ったがまだ終わっていなくて、立ち入ることはできないと断れてしまった。
やむなく僕たちは宿へ戻り、装備を外して休息した。
その日アオイは宿に戻って来なかった。
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因縁をつけてきた城の兵は一瞬でホワンに倒された。兵はホワンを格下と見下していたに違いない。事実彼は誘うようにわざと荒い剣筋で初めは合わせた。
その後、一度離れた後再攻撃をと態勢を整えるか否かの時点で、加速したホワンに胴を打たれた。
本気をすれば胴体を二つにすることなどたやすかったが、王の前でそれをするほど破天荒ではなかった。
峰部分で優しく打ってあげたら、兵は壁際まで吹っ飛び、背部を強打してそのまま地面に崩れた。
(ほら、言わんこっちゃない)
『ホワン、体調悪いのか?』
(違う違う、これを『手加減』っていうんだ)
ホワンと闇でいつもの教育講座が始まる。
(さぁて、次はどう来るか?)
王と自分に兵をけしかけたヒゲ顔の男はどうもそれなりの役職にいるらしい。王ほどではないが、周囲に腹心であろう兵が数人常に張り付いている。
「大臣、これはいったい?」
またヒゲ顔の男が入ってきた。今度の男は兵をけしかけた男よりもまともな顔つきである。そいつは国の警備大臣だと名乗った。
「ホワン殿、これは大変失礼しました」
そう謝罪してきた警備大臣は、ホワンが持ち込んだ薬草にケチをつける要因になった噂を流したという人物を捕まえ、処罰したと言った。
(王国も一枚岩じゃないな)
兵をけしかけた男はずっと警備大臣を睨んでいる。まるでこの後のうっ憤を警備大臣にぶつけようと企てているような顔つきだ。
『一枚岩?』
(あー、それはだな)
また闇がいつもの質問攻めに入った。ホワンはそれも軽くこなしていく。
「えー、オホン」
部屋に咳払いが響いた。
「ホワンよ、大変失礼した」
ホワンは驚いた。一国の王が謝罪などしないと思っていた。周囲の者たちも大変驚いたようだ。
「この度のことは確認不足であった。至らぬところがあったようじゃ。どうか許してほしい」
さらに王は続けた。
「娘が恩人に会いたがっているのじゃ、ぜひ会ってくれ。皆の者、大儀であった」
王と王妃が退出する。みな一礼するが、相変わらずさきほどの男だけは敬意のない軽い礼であった。
(王国も長くないかもな)
後に確認したら、その男はこの国の財務大臣らしい。国庫から金がぶっこ抜かれていなければいいんだがと思うが、結局そんなことはホワンの知ったことではなかった。
(さっさと王女とやらに会って、宿に戻ってうまい酒と肴をやる!)
彼は当然報奨を使うつもりだ。高鳴る鼓動を抑えるのが大変だった。
黙って案内する兵の後に付いて歩く。王宮を入り口と反対側の奥へ奥へと抜けると、綺麗な花壇となっていた。ホワンは久々に景色に見とれた。
その花畑の一角に十歳ぐらいの少女が立っていた。こちらをニコニコと見ている。
(あれが――)
王女なのだろう。近づくと綺麗な笑顔で迎えてくれた。ホワンは酒のことなど忘れ始めた。
「はじめまして、王女殿下。冒険者のホワンと申します」
「はじめまして、ホワン」
王女は十歳とは思えない立ち振る舞いでホワンを迎えた。その対応もそうだが、間合い、会話の切り出しとそのタイミングに驚いた。まるでベテランの受付嬢を相手している感覚だった。
(可憐だ)
両親の顔すらわからず、友達と呼べる人はほぼ失った彼であったが、彼女の可愛さは十分にわかった。
(これはあの王が夢中になるわけだ)
余計な大臣の介入があったとはいえ、王が犯罪の疑いのあるものに自分の愛娘を合わせたくないと思う気持ちがよくわかった。この少女はあと数年でまちがいなく絶世の美女となる。
たわないもない挨拶だけで済ませるつもりだったが、王女が彼をなかなか離さない。そのうち冒険の話を聞きたがる。
まさか魔物の話ばかりするわけにいかず、自分の経験をかなり美化して話した。王女は話の最中、ずっと興味津々に聞いていた。
やがてめぼしい話が尽きたころ、ホワンが立ち上がった。
「もう戻りませんと。王女も王が心配されますぞ」
「やー」
彼女は初めて子供らしい顔を見せた。指は彼が座っていた花壇の折れてしまった花を示していた。
「これはこれは」
王女の機嫌を直すべく考えたホワンは、花を氷漬けにして形を保つことを選んだ。
「はい」
氷の魔素術を駆使して花びらの形を修正して整えて王女に渡した。途端に機嫌が直る。
「すごーい」
彼女の眼は輝いていた。
この数日後、ホワンのもとに王女の魔素術指導係の指名が入った連絡が届いた。
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