第八話 トラブルメーカー
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武器屋主人であるローランドを無事に連れ戻した翌朝、宿屋近くの庭先でシュウはアオイと訓練に励んでいた。
ほとばしる汗が二人の鍛錬の成果を物語っている。
「また上達しましたわね」
「指導教官がいいからさ」
アオイは少し赤い顔をした後、すぐに表情を引き締めた。
二人がそれぞれの得物同士で打ち合った場合、アオイの斬月は武器損傷をしてため、シュウが圧倒的に有利だった。そのため今は木の棒で打ち合っている。
シュウは雷、アオイは風をなんとか纏わせて棒を剣や刀に見立てて、攻防を繰り返していた。剣術の進歩は目覚ましく、すでにシュウは有段者と剣術だけでみても遜色なく、アオイに至っては未知の領域へ入りつつあった。
いったい、もう何本目になるのだろうか。二人は永遠にお互いの力量を見極め、高めあった。
再び雷と風がぶつかり合って、魔素がはじけ飛ぶっ!
「くっ」
アオイの剣腕に押される。
(あの細い腕のどこにこんな怪力が⁉)
さらに押されるところでわざと身を引いて、態勢を立て直して切り返そうとした。
――しかし!
アオイは残像が出るような高速で、僕が地面に足が付くぐらいの刹那に目の前に迫っていた!
(くっ)
――ドォン――
彼女の棒振りは僕の銅を捉え、そのまま吹っ飛ばされる。壁に背中から激突して地面にずり落ちた。攻撃を喰らうと思った瞬間から、治癒魔術をかけていたためかダメージは致命傷にはならない。が強い痛みが走った。さすがの魔素服も、アオイの強力な一撃の前には布同然であった。
「アオイ、今のは?」
さきほどの高速で自分に迫った技を聞く。
「シュウ様、修行が足りませんわ。あれは風の魔素術で自分の動きをサポートしたものです」
アオイは仲間にだけ技の秘密を教えてくれた。それは自分の進行方向に後ろから風を吹かせ、空気の合間を作る魔素術だった。作られた空間に引き込まれ、さらに次の風を吹かせる。連続した風と風の合間に入り込むように移動する技だ。
さらに自分の脚にも加速の魔素術を施したらしい。
二重三重にも密に組まれた風の魔素術を彼女はそのまま『風速』と命名した。彼女らしいストレートなネーミングだが、僕はそれを気に入った。直線の動きでは無類の強さを発揮するだろうと思い、技を盗もうと思った。
「アオイ、いつの間にそんな技を……僕にも教えてくれないか?」
「あら、いいですわよ」
今日のアオイはご機嫌だ。新技が綺麗に決まったからかもしれないし、斬月の修理のメドがたったからかもしれなかった。
「では、まず……」
「……実に美しい」
二人の世界に入っていたらいつの間にか背後から声がした。
「! いつの間に」
振り向くといつの間にかスミスがいた。今日は彼に破損した斬月を修理してもらう予定だ。
「まるで伝承の『ヤマトナデシコ』ですな」
「!」
スミスの武器店は日本刀に実に似た武器を、あるいは日本刀そのものを武器として扱っていた。前から疑っていたが彼の発言で僕は確信した。
(どうやってこちらへ来たのかはわからないが、彼の武器店の創設者は日本人だろうな)
前よりもずっと彼に興味が出てきた。
「スミス、おはよう。早いね」
「お二人に比べれば全然です。それよりも――」
スミスはアオイに非常に興味があるようだ。じっと彼女を見つめている。また『美しい』と呟いた。
「どうかしましたか?」
「あまりにも綺麗で見とれていました。アオイはどこの出身ですか?」
嬉しい反面、その質問はされたくなかった。返答に困っていると『これは大変失礼しました』とその話題を彼は自ら切った。
その後は魔素術のみを使った訓練に入り、二人のほかにナオキ、レイナ、クーンも加わった。
「あなたたち『夢幻の団』は実に優秀です。朝からこれほど熱心に剣術稽古に魔素術練習とは……」
魔素術の輪はこの世界に入って実力を測る方法であると同時に、術のコントロールとしてニーナばあやに教えてもらった方法だ。初めは苦労していたが、いまでは全員が八個以上を展開できるようになっていた。一番数が少ないのはクーンで八個、多いのがレイナで十二個だった。
実はレイナはかなり前に炎の輪を十個まで展開できるようになっていたが、そこからが大変だった。十個以上に入ると格段に難易度が上がっていた。体から離れた位置に魔素術をコントロールして維持するのはとても難しかった。
最近は目新しい進歩がなく、僕たちはニーナばあや以外に魔素術を教えてくれる師匠を欲していた。
「なるほど」
僕らの話を真剣に聞いてくれたスミスは、
「それならば魔術都市ルベンザの学院を訪ねると良いでしょう。カスツゥエラ王国随一の魔素術に特化した都市ですので、必ずご自身を導いてくれる良い先生がいるでしょう」
と教えてくれた。
僕たちは娯楽都市ラファエルに入って現時点で三日目、ウォン商会の商隊出発があと二日後に迫っていた。
朝食を食べるまで待ってくれたスミスと一緒に、ローランドの武器店へ入った。
ローランドはすでに鍛冶ができるように場を整えていた。短いあいさつの後、改めてアオイの持つ日本刀斬月を抜いたスミスは感嘆の言葉を言った。続けて、
「ではこれから刀を打ち直しますが、修理以外に要望は?」
「全く新しい別の刀になるのですか?」
「これは刀身に眼に見えない無数のヒビが入っています。欠けた部分だけを修理してもすぐに破損してしまいますので、一度材料の鉄を溶かして新しい鉱石と混ぜて鍛え直し、生まれ変わらせる必要があります」
「わかりました」
少し肩を落としたアオイにスミスは言った。
「それほど気落ちする必要はありません。長さも反りも同じにしますので、そこは信頼してください。より頑丈で切れ味が大幅に増すことを必ずお約束します」
そこまで言って、僕は魔石と鉱石のことを聞いた。
「実は昨日の盗賊団の持ち物に魔石があった。これが結構立派な大きさなんだ。これを斬月に組み込めないか?」
そう言って取り出した魔石は青色だった。
実はこの魔石、初めは間違いなく無色だった。その後アオイが試しにと言って、魔素を通したら光り輝いた。短時間で光がなくなると、無色の魔石は青色に変化していた。指輪曰く『無色の魔石は魔素を通すと変化する。その変化は一度魔素を通すと戻らない』だそうだ。
そのため無色の魔石の価値は色付きよりはるかに高いと教えてくれた。
「可能です」
「鉱石については僕たちには手持ちがないのです。どうにかならなりませんか?」
「それは心配いらんぜ」
ローランドが入ってきた。
「あんたたちは命の恩人だ。それに腕のいいスミスがしっかりやりたい仕事なんて珍しい。これを使いな」
そう言った彼は鉱石を目の前に出してきた。
「そいつはあまり市場に出回らない『ミスリル』だ。魔素の伝達は申し分ないし、強度も鉄なんかとは比べ物にならない。あと問題があるとすれば、それは……武器の使い手次第だな」
「ご心配なく」
アオイは堂々と言った。
「日本刀の扱いについては、そこらの者に決して負けません」
「では、決まりです。さっそく鍛冶に入りましょう」
スミスはアオイを誘って鍛冶場に移動しようとする。
「?」
きょとんとするアオイに、彼とローランドは、
「遣い手も武器の誕生を見届けなければなりません。これはこの世であなたのためだけに作られる唯一の武器なのです。あなたが立ち会わなくてどうするのですか?」
と言った。納得したアオイは一度僕達と別れ、鍛冶場の奥へと一緒に入っていた。
ローランドの武器店を出たら、クーンがめずらしく武器を欲しがった。
「僕の今の職業は『狩人』だニャ。でも、それらしいことはなくずっと『斥候』のままの気がするんだニャ」
「たしかにな……。クーン、弓は扱えるか?」
実はこのパーティには遠距離攻撃ができるものが限られていた。十メートル、いやできれば二十メートル以上離れた場所から、相手に悟られず先制攻撃を確実に実行できる使い手が欲しいと思っていた。
クーンはそのことをすごく喜んだ。
「アオイの武器が出来たら、ローランドとスミスに相談してみよう」
「俺にも武器を考えてほしいな」
ナオキも自分の固定武器を探し始めていた。今のところ腰に差した日本から持ち込んだサバイバルナイフだけだった。当然それは日本の技術だけで作ら得ていたので、魔石は付いていない。切れ味は良いが、魔素の通りが今一つだった。
「うーん」
少し考えながら歩いていたら、レイナまで、
「私も新しい武器がほしいなぁ~」
と言った。そういえば手元にはオークジェネラルから奪った赤い魔石に、赤い魔石のついた杖がまだリュックに眠ったままであった。合計二つの未使用の赤い魔石がある。
(おいおい、僕はみんなの武器を考えるリーダーじゃないぞ)
『そういうな。おぬしが決めるのが一番良いこともある』
******
午前中には残りのメンバーで娯楽都市ラファエルの観光をした。せっかくだから旅先を楽しみたいと僕が言ったのが始まりだった。
ここに来るまでの護衛最中に、冒険者たちは中央にある闘技場が面白いと口をそろえて言っていた。アオイを除いたメンバーで、その闘技場を目指している。
やがてラファエルの中心部付近に、日本の建築でいう五階建て相当のレンガの闘技場が見えてきた。周囲は数百メートルほどあって、この世界で見る建物としては大きい。
周囲には屋台が出ていて、商売も盛んだ。皆の眼は輝いていて活気に溢れていて、どうも賭けがおこなわれているらしかった。
――ワァー!――
中から怒声や歓声が聞こえてくる!
「楽しそうですよ、行きましょう」
レイナは大胆にも腕組をしてきた。促されるまま僕は外側の階段を上り、闘技場内へ入った。
そこでは今まさに闘技の真っ最中だ。
一方は人間で四名構成のパーティで、もう片方は大きな熊の魔物一匹だった。魔物には首輪がつけられていて、魔素術の文字が光り輝いていた。
(あれは?)
『契約術の一種じゃ。捕獲した魔物を特定の場所へとどまらせる』
(なるほど、場外へ逃げないようにしてそこにもう一方が出る。すると戦闘になるわけだ)
闘技の演目は片方が空欄になっていて、もう片方は狂暴熊となっていた。エントリーなのか、指名制なのかわからないが、戦う相手を選べることに変わりはない。
(なかなか楽しいじゃないか)
他人の戦闘をじっくり眺めたことがないこともあり、近くの屋台で売っていた肉串とこちらの世界のお茶を飲みながら鑑賞する。
パーティの剣士と拳闘士が熊を引き付け、その間に別の者が足腰に弓を射って、体力を削っていた。後ろでは魔術師が長い詠唱をしていたが、突然地面から土の槍が数本飛び出てきた! 狂暴熊は足を貫かれ、やがて地面に倒れた。首を斬り、それを高々と掲げる!
――ワァー!――
地響きのような歓声が再び闘技場を揺らした。
「――さぁ、お越しの皆様、本日も大変盛り上がってきました。次なる対戦相手は植物になります」
どうも司会者は風の魔素術を駆使して、僕達の世界でいうところのマイク代わりにしているようだった。おかげで闘技場全体に声が届く。マイクパフォーマンスもなかなかうまい。
しかしアナウンスされた内容は、血を望む皆が待っていたものではなく、会場のボルテージが一気に下がった。それを見計らったかのように司会者がさらに続けた。
「しかぁーし、甘く見てはいけません。滅多に市場に出回らない『非情なる人喰い草』、その種が今回手に入りましたー」
――ワァー!――
「一体なにが驚きなんだ?」
わけがわからず座っていると隣のおっちゃんが教えてくれた。
「わかっちゃいないな。人喰い草といった植物系はその場で種を植えるんだ。特殊な苗床に植えて魔素術をかけて、その場で成長して魔物となる。これにはカラクリがあって、苗床や魔素術次第でとんでもない強さに化けちまうのさ」
「なーるほど」
「しかも今回は人喰い草だ。もし挑戦者が負けた場合にはそいつを飲み込んで、体を溶かして喰っちまうんだ」
(うへぇ)
僕は身震いがした。植物に捕まって消化させられるなんてごめんだと思った。
「さぁ、今回の挑戦者は一名だっ! だれかいるかー? 指名でもいいぞ!」
また会場に大勢のアピールする声が鳴り響く。あるものは自分を指名するように、別の者は自分の知っているものを指さした。
視線があちこちに移動していた司会者だったが、突然こちらに向いたまま動きが止まった。正確には僕の隣に座っていた美少女が目的だったようだ。
「では挑戦者は、そこの綺麗なお嬢様だー!」
司会者が叫ぶと、そういうと階上の係員がレイナのわきに立って、立ち上がるように催促した。
場の雰囲気に飲み込まれて立ち上がったレイナだった。しかし、すぐにとなりのおっちゃんが、
「バカヤロウ! 立ち上がったら『挑戦する』の意味だ! 戦えないなら立っちゃいかん」
と言った。
(そんなルール知るかよ)
会場中がレイナに視線を送る。一気に具合が悪くなった僕だったが、意外にも
「あら、楽しそう」
と全くひるむ様子をみせないレイナ。
「さぁー、お嬢さんこちらへ」
軽やかな足取りでレイナは階段をおり、さきほどまで熊が転がっていた場所へ飛び降りた。
「お嬢さん、所属と名前を教えてくれー!」
司会者はこれから命のやり取りをする雰囲気を出さず、会場をあおり続ける。
「夢幻の団にいます、レイナですっ」
レイナは場慣れしているのか、誰が見てもかわいいと思うしぐさで会場に挨拶をした。まるでアイドルの挨拶である。
途端、再び闘技場が割れんばかりの歓声に包まれる!
「ちなみにぃー、結婚や彼氏はいるのかー?」
「はい、いますっ」
ハキハキと答えたが、今度は会場が大ブーイングに包まれた。
「いったい、お嬢さんのような綺麗な女性を捕まえたのはどこのどいつだー」
(……。嫌な予感がする)
「パーティーリーダーのシュウと付き合っていますっ」
レイナは僕の方を指さしたため、会場の視線が僕に向かった。そのほぼすべてが殺さんばかりの視線である。隣のナオキが耐えきれず、
「殺されるならおまえだけにしてくれ。俺は何も知らん」
と突き放してきた。
(ナオキ……)
土壇場で見捨てられた僕は非常に居心地が悪い。
「なんとー! 同じパーティ内の恋愛だったー。だが今回は相手が強いぞー。果たして彼女は無事でいられるのか? ではご注目ください。これが今回の対戦相手だー」
レイナから離れた距離に小さい植木鉢が置かれ、その中に一粒の種が落とされた。途端に植木鉢が輝く!
『おぬし、あれはまずいぞ』
(えっ!)
レイナの強烈なパンチを喰らった僕は、植木鉢が放つ邪悪な気配に気づかなかった。
種が鉢に落ちた途端、爆発的な成長速度で闘技場全体を植物が覆った!
応援よろしくお願いします。




