第六話 人間の性
翌朝、僕たちは朝一番で娯楽都市ラファエルを出発した。夢幻の団全員(僕、アオイ、ナオキ、レイナ、クーン)に加えてスミスもついてきてくれた。スミスは今回戦闘要員ではなく、案内人兼依頼人の立場である。行方不明の武器店当主であるローランドの妻カレンも朝の出発準備を手伝って、見送りにまで出てくれた。
「大事になっていないといいんだけど」
出発後はローランドを心配して全員早足で移動した。
こちらの世界の気候は日本の気候と似ていて、草木が一番伸びているような季節だった。少し歩くと額に汗がにじんでくるが、空気は澄みきっていて足取りは軽かった。
ローランドが向かった『試しの洞窟』は、ラファエルから徒歩一時間程度の場所にある。移動の最中にその概要を、経験者であるスミスは話してくれた。
「私もローランドと一緒に行ったことがありますが、試しの洞窟はそれほど難易度の高い洞窟ではなく、むしろ初心者向きです。地下へ地下へと降りていく洞窟になりますが、最深階で五階です。戻るには単純に洞窟を上がれば良いのです。出てくる魔物も決して強くありません。教会の分類する階位で五以上での挑戦が妥当であると聞きました。どの職業でも十以上あれば間違いないと言われています」
「どの洞窟で起こりうる異常事態は?」
ナオキがどうしてそんな洞窟で経験者が帰って来られなくなるのか不思議だと言わんばかりに聞いた。
「だから私も不思議なのです」
スミスも首をかしげながら話す。
「以前に何回も一緒に素材を獲得しにローランドと行きました。その時は厚革と角の獲得に『血に飢えた牛』の討伐目的で、それほど苦労なく目的を達しました。彼は『鍛冶師』であることを明かしてくれましたが、それでも討伐には支障ありませんでした。洞窟も一般的な洞窟で、迷路みたいに入り組んで迷うような構造もしていないのです」
「ふぅん」
ナオキも話を聞く限りでは不思議なようだ。ほかのメンバーも同様の意見だったようだ。
「ただし最深階だけは別です。そこは階段を降りてすぐに魔素術が張り巡らされた門があります」
「それだけ?」
レイナが尋ねる。
「はい、扉があるだけです。しかしそれだけというのは語弊があります。扉の先に私は行ったことがありません。と言いますのは、試しの洞窟の最深階はその名の通り『試される場所』だとされています。そこにはすさまじい魔物が待ち構えていると言われていて、皆そこまでは行きません。扉は開けさえしなければ、あとは戻ってくるだけです」
(なるほど)
「過去に最深階に挑戦した者もいますが、帰ってくるものがあまりにも少ないので、だんだんと誰も挑戦しなくなったと聞きます」
「待ち構えるものとはいったい?」
「それが戻ってきたものは一様に口を開かなかったようです。なんでも討伐に対して褒美が出現するようですが、それに関係しているとかで。無理して最深階まで挑戦せずとも得るものが多いですから」
「褒美?」
「はい。この洞窟では、最終回への到達者にはある能力が授けられるようです。『洞窟の挑戦を退けた勇敢なものに足りないもの』が与えられるとか」
「なるほど、それで『試しの洞窟』か」
(行方不明のローランドさんは、クーンのにおいや足跡追跡で見つけてもらうのがよさそうだ)
そんな話をしているうちに洞窟の入り口に着いた。
小さい規模の洞窟であるが、入口前に番人の居場所と負傷者のための小屋があった。
「ちょっと待つニャ! 血の匂いがするニャ」
クーンの一言で緊張が走る! 『茂みに隠れろ』の合図が狩人になったクーンから放たれ、僕らは散開して茂みに隠れた。
(……。洞窟と小屋の前にそれぞれ一人ずつ倒れている人がいる)
その様子はクーンもわかったようで、しばらくして『問題なし』の合図が出た。
茂みから出た僕たちが小屋の前に倒れている人に近寄ると、すでに事切れていた。洞窟の前の人も同様で、殺されたのは駐在している番兵に違いなかった。切り口は鋭いものでおそらく剣の類で殺されたものと思われた。問題はその手口だった。
「後ろからやれているな」
二人の死体はどちらも喉を描き切られるように横に切り裂かれていて、闇討ちのようだった。
(犯人の目的がわからないな)
「クーン、犯人の足跡がどちらに行ったかわかるか?」
「ちょっと待つニャ」
しばらく周りの地面を観察するように歩き回ったクーンは、それから洞窟の中を指さした。念のため番兵の練度を聞いたが、娯楽都市ラファエルの警備兵になって間もないものがここに毎日交代で派遣されていると教えてくれた。
(無警戒なら簡単に殺れたかもしれないけど、いずれにせよ要注意だな)
僕たちは危険があることがわかったので、武器破損で戦えないアオイとスミスを都市へ戻すことにした。
「気を付けてくださいね。無理しないで」
二人と別れた僕達はローランドの無事を祈りつつ、試しの洞窟へ足を踏み入れた。
洞窟の中は教えてもらった通りで難しい構造がなかった。天井も高く道幅も一定にあって、足元も悪くない。分かれ道も二つあればどちらかはすぐに行き止まりという形で、たまに四方五十メートルぐらいの広場にでるが、その程度だった。
クーンは狩人になってからは追跡のほか、地図作成の能力が急上昇していたので、隅々まで潰すように探索しながら最深部まで行くことにした。
「恐ろしいぐらい順調だニャ」
敵らしい敵に出会うことなく、探索開始数時間ですでに三階まで到達していた。
「あれ!」
レイナが指さした先には牛の集団がいた。十数匹いるがその中には一体大きい個体がいて、その角は金色に光り輝いていた。
「めずらしいニャ。あれは血に飢えた牛の集団の長だニャ」
そう言った牛の集団は距離三十メートルぐらいで、僕たちが見下ろす優位な位置関係だ。長といったやつは高さ二メートルぐらいで、そのほかは一メートルちょっとぐらいだ。日本の平均的な牛に、大きめのが一匹交じっている感覚だった。長はたまに集団に出現するらしい。
牛たちは洞窟の中を流れる川の水を求めて移動してきたらしかった。
「どうする?」
ナオキが聞いてくる。クーン曰く、目の前の牛はそれほど強くないと。
「得られるものは得る」
「オーケー」
「ナオキ、あの川の水を操って周囲に振りかけられるか?」
「?」
しばらく考え込んでいたナオキだったが、僕が魔素術発動の真似をすると意図に気づいてくれたようだった。
「なるほど」
「レイナ、クーンは待機してくれ。もし敵の中で逃げてきた個体があったら、頼むよ」
可能な限り茂みの中で近づいて、ナオキに合図した! ナオキは打ち合わせ通り水の魔素術を発動させた。
ナオキの魔素属性は水で、その効率は炎や雷に比べると悪いと僕たちは結論付けていた。それは魔素術を発動した術者が魔素との関連を打ち切っても、水や土のようにその場に存在できる魔素の系統はそれ以外よりも大量の魔素を必要とする。ナオキの使い方をみていると炎や雷に決して劣るとは僕は思っていなかった。ただし水で大量の牛を溺死させるには、この場合大量の水でプールを作る必要がある。いまのナオキの技量ではそれは難しかった。
僕が指示したのは、横を流れる川を利用して、水をばらまくように指示してた。ナオキはむうぅんと唸る!
静かに川の水の流れが上方の空中へでき始め、牛の集団の真上に水たまりが出来つつあった。大量の水をため込んだ後、そこからシャワーのように集団全体に振り注いだ。
――ザザァ――
(やるじゃないか!)
思っていたより広範囲に大量の水を浴びせてられた牛は急な変化に周囲を警戒し始めた。
(遅いっ!)
水に伝わらせるように、加減なしの『雷伝』を放つ!
――ズババァン――
大量の牛が一度に気絶した。数匹は感電だけで気絶から逃れたようだったが、レイナの『炎束』や再びナオキの『水攻』の餌食となった。
中央付近で怒り狂った長の牛がこちらへもう突進してくる! この個体だけは僕の先制攻撃に耐えたようだ。
(そうこなくっちゃ)
牛の突進をさらりとかわした僕は、横を通り過ぎる際に前足を斬った。斬られた足では巨体を支えきれずにそのまま前のめりに倒れ込んでしまった。再び立ち上がろうにも先ほどの電撃のダメージと前足の損傷でもがくだけである。構わずに近づいて止めを刺した。
(この魔物も……)
普段はこれほど単純に倒せる相手ではあるまい。仲間を大量に殺されたため怒り狂って、攻撃が力任せの突進になってしまったため、簡単に餌食になった。自分もそうならないように気を付けようと、自戒を促す。
「クーン、討伐証明部位は?」
「その二本の角だニャ。角はギルドでも買い取ってくれるし、薬や工具の材料になるから重宝されるニャ。きっとこの個体の角はいい値段で売れるニャ」
この後人探しが待っているため、手早く角だけ回収して先に進んだ。
四階へ降りると、先ほどまでとは雰囲気が違っていた。僕でもわかるような血の匂いが降りたすぐのところに出ていた。
「そこ」
指さしたところから洞窟奥に向かって血が伸びていた。続いて複数の人数、おそらく四人以上の足跡を見つけた。どれが加害者と被害者なのか、そもそも被害者が生きているのか状況がわからない。
「レイナ、広範囲探知を頼む」
今までは僕とクーンが先行して後方数メートルをレイナとナオキが歩いていた。対してレイナが探知主体で行くときは密集隊形となる。これは探知に集中するレイナを守るために組んだ隊形だった。念のためナオキにも消音の水履きを作ってもらい、全身に水のガードも作ってもらった。
(ゆっくり、慎重に)
洞窟探索を開始して数時間経過していたが、今が一番大事な時間帯になっていた。
五十メートルぐらい階段から離れたところで、レイナの熱探知が反応した。
「そこ、岩の影に何かあります」
こちらから見ると何の異常もない岩である。通常は通り過ぎるだけだが、少し回り込むと後ろ側に隙間ができていて、こちらからは人間と思われる足がみえた。
「ローランド?」
小声でそっと聞いてみる。
「おっ、おれだ。なんだ⁉ 助けか?」
「そうです。スミスと奥さんのカレンさんが心配しています」
「助かった!」
もぞもぞと岩の影から出てきたローランドさんは軽装で装備をほとんど失ったようだった。
「水も底をついてどうしようかと思っていたんだ。本当に助かった」
足の軽傷以外は移動に支障のある怪我がない。
「いったいどうしたんですか?」
「襲われた。野盗にしちゃ手際のいい冒険者ふぜいが後ろから声をかけてきたんだ。水を少し分けてほしいってんで、少しやったらいきなり襲い掛かってきやがった。一緒に雇っていた荷物持ちはあっさり殺されちまった。どさくさに紛れて茂みに逃げ込んで足の回復を待っていたんだ」
その怪我はすでにナオキが治癒中であり、まもなく完治する予定である。
「敵は?」
「わからない。人間の三人組だ。全員剣を装備している」
「レイナ、探知を」
「はい」
依頼主を見つけたので、出口へ戻ろうとしたところで再度レイナが言った。
「向こうから三つ来ます」
レイナが指さした方向は僕たちが三階から四階へ降りた付近で、待ち伏せしているようだった。
(やむを得ないか)
小声で僕が作戦を伝える。
「戦闘やむなしと思う。相手は三人でローランドを襲った可能性が非常に高い。可能ならば捕縛したいところだけど、取り逃がしたり捕縛している最中に逃げたり襲い掛かってくるのを考えるとそのリスクは取りたくない。今回は全滅させようと思う」
犯罪者を取り締まる技術に僕たちは自信がない。死体になってもらうのが依頼達成かつ僕たちの安全確保に一番だと判断した。
皆、頷いてくれた。
「僕が出ていって中央の奴に仕掛けるから、レイナとナオキはそれぞれ左右を一人ずつ殺ってくれ」
接近を気づかれないようにそっと階段付近へ近づき、僕だけが茂みからゆっくり立ち上がり、相手に認識された。
三人とも僕に気づいて声をかけてきた。同時に囲むように広がり始めた。
(犯人だな)
その動きは助けを求める冒険者ではなく、獲物を狩る冒険者の動きであった。
「そこの冒険者、すまないがすこし水を分けてくれないか?」
中央の体格も装備も良い男性が声をかけてきた。僕はその要求に応じるつもりは一切ない。
「こんな簡単な洞窟で水不足なんて、冒険者として失格じゃないか?」
「そういうなよ、な。たのむ」
少しずつ僕との距離を詰めようとする冒険者たち。そろそろ手が届きそうな距離まで接近させた僕は、相手に先制攻撃を譲った。
「死ねやっ」
お粗末な剣さばきで襲い掛かってきた中央の冒険者の一撃を得意の『雷変』でかわして、背後に回った。斬ったはずの相手がいないことに気づくが時すでに遅い。相手の背中側から腹側にかけて剣が突き出る。これは僕の突き刺した魔剣である。
力を失った冒険者は膝をついた。周囲をみると、残りの二人もレイナとナオキが倒していた。
「さて、こいつらから情報をいただくか」
そう思って僕が刺した冒険者に近づこうとした時、最後の力を振り絞った冒険者が魔素術を放った。途端に地響きが起きる!
『罠じゃ、すぐに離れろっ!』
指輪の叫びもむなしく、僕たちは周囲の足元が崩れて下に落ちていった。
「みんな大丈夫か?」
崩れた地面と一緒に下へ落ちた僕達だったが、ローランドを含めて全員幸いにも擦り傷程度だった。すぐに周囲の索敵をするが僕たち以外にはいないようだ。
落ちたところはちょうど五階の階段を下りた広場であった。広場と言っても十メートル四方程度で階段と反対方向に大きな扉があるだけだ。
『あやつはあらかじめ土の魔素術を地面に張り巡らせておいたのじゃ。最後の力で起動させて、おぬしたちを落としたのじゃ』
(その肝心のあやつとやらは?)
『そこでくたばっておる』
冒険者は扉側に倒れていた。
その瞬間、状況がわかった僕は息を呑んだ。
「!」
僕が倒した冒険者はまちがいなく息絶えていたが、その手は試しの洞窟の五階にある大きな扉にかかっていた。
扉には魔素術を発動させる文字が光り輝いていた!




