第三話 すれ違い
足音を忍ばせて大学校舎一階にある食堂に入って、すぐに二人でゴブリン達に攻撃を仕掛けた。
特に打ち合わせもなかったが、お互いにターゲットが重なることなく、連撃を繰り出していった。食堂内でそれぞれのターゲットに夢中になっているゴブリンは僕らの恰好の餌食となった。
僕はバット、彼女は日本刀で、互いに一定の距離を保って、手当たり次第に近くにいるゴブリンの背後から打撃と斬撃を浴びせ続けた。
一匹目を頭からつぶして、
(ひとつっ!)
さらにその横のヤツを横殴りにして、
(ふたつっ!)
振り向いてこちら側に気づいたヤツに正面上から、
(もーいっちょ!)
彼女のほうへ視線を投げると、すでに四匹目を切り倒していた。そのまま室内に散乱したイス越しに自分の獲物を見定めて、戦闘を再開する……
合計一五匹食堂にいたが、全部倒し切った。すべて一撃で葬り去ることができたのが大きく、仲間を呼ばれることはなかった。すでに息をしていない人が多かったが、襲われている途中で僕らに助けられた数人はなんとか生きていた。
ようやく話せそうな人を見つけて声をかけた。
「大丈夫?」
「ありがとう、ひどい目にあったよ。」
「けがは?」
「おれはそうでもないよ。でも一緒にいた人たちは殺されるか、どこかへ連れていかれてしまった」
「私も見ました」
すぐに近くにいた別の女性は、大学校舎入り口の門のほうから人間を引きずって持っていく後ろ姿を目撃していた。殺すのと攫うのと何が違うんだろうとふと思った。
「最初は緑色の生物と一緒に、もっと大きな体つきをしていて僕らと同じぐらいの身長で豚の顔をした生物が、指示を出していたんだ! あいつが指さした人は攫われていってしまった。そいつは一通り食堂内を見渡すとすぐにいなくなっちまった」
『オークじゃ』
(オーク?)
『そうじゃ、ゴブリンよりも知能がある』
(強いのか?)
『今のおぬしとその娘ならば倒せるじゃろう』
「そいつはどっち側にいった?」
「追うつもりか⁉ やめとけ。やられちまうぞ。見ろよ、そこにいるやつ。最初に抵抗したんだが、あいつに殴られて倒れて囲まれてすぐに殺されちまった」
見れば、無残な男性の死体が入り口付近にあり、特に顔面の損傷がひどかった。
「むごい……」
「だろ? それより安全なところへ案内してくれよ」
すがるような視線で見上げられ、サークル棟へ案内しようか返答に迷ってしまった。その時、食堂内で視線を感じてその方向を見ると知った顔があった。
「シゲ⁉」
******
シゲは駒田重幸といって、元々同じ小学校・中学校の同学年だった。
小学校までは結構仲が良くて一緒に遊んでいたが、中学校に入ってちょうど思春期ぐらいからグループが外れて、接点がなかったやつだ。
しかも中学一学年時の秋の学校祭あたりから全体とは一緒に行動しないで、グループを作って派手に遊ぶようになっていた。僕は、そこから彼を嫌煙するようになっていった。素行も悪くなり、たばこや酒を飲んだり授業中に校舎内の防火スイッチを押したりと、派手な行動であっという間に不良グループのリーダー格になっていった。
家は近所だったが同時期に一軒家を建てたとかで都内の高級住宅街へ引っ越していった。彼はなにより金に困っていなかった。遊びについていけず、かつ金をかけられない僕が、距離を置くしか選択肢がなかったのが二人の関係を希薄にさせた一番の原因だった。
高校からは別の学校に通うようになって、僕は公立へ、彼は有名私立高校へ通うようになっていた。まさかこんな大学校舎内で再開するとは……
******
「シゲ⁉」
『嫉妬……』
「⁉」
考える暇なく、再会したシゲから質問を浴びせられた。
「おまえ何やってんだよ⁉」
「僕だってわかんないよ」
「いやいや、なんだよ、それ。簡単にあいつら倒してんじゃないか」
「いまさっき覚えたんだ」
「ふざけるなよ、それ貸せ!」
勝手に僕からバットを取り上げようとしたが、
「待ちなさい」
彼の横暴な態度にアオイが待ったをかけた。
「シュウ様はその武器を渡す必要はありません。それは彼が自分で探すべきです」
「なんだ、おまえは?」
シゲはアオイをみたが、その格好にまとわりつくような視線を浴びせて、品定めするような視線を浴びせ続けた。気を遣うような様子は一切なく、もう一度僕に一瞥くれると、
「へぇ、おまえらデキてんのか? シュウ、俺に紹介しろよ」
と言ってきた。
「彼女とはついさっき出会ったばっかりだ」
「ならぁ、誰のものでもないのか。おれは駒田重幸だ」
「……」
あからさまに嫌悪感を態度に出して、アオイはシゲのことは相手にしなかった。そっぽを向いたときに、
「おいっ、声かけてんだろうがっ」
「やめろっ‼」
「うるせぇ、貧乏がっ‼」
とシゲは怒りをあらわにした。
前からわかっていたことだったが、直接言われるとこんな状況でも心の底に響いた。しかし彼女の実力を目のあたりにして、刀へ視線を向けたシゲは、それ以上しつこく絡むことはなく、舌打ちをして奥に引っ込んでいった。彼はその場にいた人をまとめて食堂の奥に去っていった。
そういえば、さっき入り口に置いてきた女性はどうなったのだろう。
(大丈夫かな)
『大丈夫じゃ。生きておるし、あの場所から動いていない』
(探知できるのか?)
『おぬしよりは、な。はるかに芸達者じゃよ』
(また、隠し玉か)
『おぬしが未熟なだけじゃ。この世界ではある程度熟練したら、誰でもできるわい』
シゲと別れて、アオイと一緒に入り口付近に保護していた女性を見つけて、リュックを返してもらった。
彼女は震えていたが、中のゴブリンをすべて倒したことを伝えて、どうにか落ち着かせて事情を聞いた。名前は桃井麗奈と言った。アオイに並ぶ綺麗な女性であったが、どちらかというと美少女ではないかと思った。
「ここはまた戦闘になる可能性がある。いったんここを離れないか?」
「はい」
澄み渡るような綺麗な声だった。
『また惚れたな……女たらしめ』
(うるさい、好き勝手に心を読むな)
『無理な注文じゃな。もはや、おぬしと一心同体じゃ』
(勝手に一緒にするな、俺は俺だ)
『ほう。それでこそ、強欲』
(?)
すぐにその場を離れたかったが、彼女がもたらす情報も貴重であった。やはりゴブリンとそれを率いているオークとかいう個体を目撃していて、それらは門を出て校舎から外側の森林へ出て行っていたと教えてくれた。ならば生きて連れていかれた人達は追えば、救出できる可能性があると思われた。
するとそこへ、
「はぁ~。助かった、助かったっと」
と呑気な声がした。今朝からの緊張が一瞬で溶けてしまうようなのんびりした声で、ゆっくり食堂から出てきた男性が一人いた。
その男は短髪・革ジャン・ジーンズで比較的体格が良く、相馬直樹と名乗った。見たところ同年代ぐらいであろう。
「助かったよ、本当に」
「あんたも襲われたのかい?」
「食堂で朝ご飯食べていたんだよ。鮭・卵定食だよ。でも途中で邪魔されちまったよ。変なやつらが入ってきて、物騒だったからさっさと隠れていたんだ」
「そうか、食事のことは残念だったね。でも命あってのことだよ」
「いいよ。それよりあんたたちは?」
「シュウ。こっちはアオイ。でこっちがレイナだ」
「よろしくな。いきなりで悪いんだけど、一緒に行かせてくれないか? ほら、こんな状況で一人だと心細いしさ」
女性二名の姿はところどころ破れている服で刺激が強かったが、彼女たちにナオキはノリがよさそうに見えつつも明らかに配慮していた。シゲよりもはるかにまともそうに見えたナオキと、さっき合流したばかりのレイナ、それとアオイの四人で行動することになった。
「当面の目標は……」
「水と食料ですわ。あと、そちらの二人にも早くゴブリンを倒していただいたほうが良いかと」
「気づいていたのか?」
「なんとなく。一人目を倒してから、体の動きが変です。なんというか体から力が湧いてくるような。」
「?」
「?」
「あの緑色の生物がゴブリンというらしいんだけど、なぜかはわからないんだが一匹を倒すと身体能力が上がるみたいなんだ」
「私もそのように思います。上段の先生方が真剣で竹を切っているところをみていますが、竹は固くて手を抜いて切れるようなものではありませんでした。さきほど私は真剣を使って、簡単に骨まで断っています。これは真剣の性能だけでは説明がつきません。足も速くなったように思います」
「よし、ゴブリンを見つけてまず倒すこと。次に食料は……」
「待ってくれよ。外に助けを求めたほうがいいだろう? さっさとズラかろうぜ」
「実は……さっきサークル棟の四階から見てわかったんだけど、校舎周囲は森林になっているみたいなんだ。外界と変わっていて、元の環境じゃないことだけは確かなんだ。携帯電話見てみろよ」
「つながらないな……」
「あと正門の方、ほら」
さきほどと同じく、門の外側の森林を指さして伝える。
「マジか……」
「高い場所に行ったら、もっと見えやすいけど、今は僕の話を信じてほしい」
「あのぅ……食料のことですが、この大学は災害時の物資が保存されています。保存食もあると思います。保管庫を目指してはいかがでしょうか?」
レイナと名乗った女性が保管庫のある校舎を知っていて、食堂のある場所から百メートルほど移動した校舎の地下に見たことがあるという。周囲の状況を探りつつ移動することになった。
******
移動中襲われることはなく、目的の校舎にたどり着いた。その間僕らはアオイと二人で先頭を、サバイバルナイフを渡したナオキと鉄パイプを持ったレイナが後ろというフォーメーションに至った。
ナオキはいざとなれば自分で切り抜けそうな雰囲気があるが、レイナは難しい印象だった。後方にも気を配りつつ、校舎内に入って地下倉庫への階段を下りた時に、金属音が鳴り響いてきた。
小声でアオイが、
「あそこをご覧ください」
と言って僕らを手招いた。
角からそっと廊下突き当りをみると、ゴブリン五匹と豚顔のオーク一匹が保管庫と書かれている標識のある扉を殴りつけていた。扉は見るからに頑丈であったが、かなり損傷しているようで、もうすぐ開きそうだった。
中には食料があって匂いがわかるのか、ヤツらは夢中になって入ろうとしていた。
「確かゴブリンはにおいに敏感だったな」
「どうしますか?」
「あれを倒さないと、扉の向こうには行けないだろう。倒してしまおうと思う」
「えっ、あれやるの?」
「ここにいるなら、いつかあいつらと戦うことになります。ここで数を減らしておくのが正解だと思います。それにあの身長の高い個体もどんなものか気になります」
「オーケー。ゴブリンの実力は知れているから、気づかれる前にオークをやろうと思う。ぼくがオーク、アオイがゴブリンに先制攻撃。残り三匹は適当に。レイナは上の階の見張りをしてもらって、ナオキはこの場に待機でどちらにも助けに行けるように」
広い廊下に高い天井で、戦闘に支障はない。目的・方針を明確にさせて、僕とアオイはそっと保管庫側へ近づいて行った。
頑丈な扉に業を煮やしたのか、オークは持っていた杖を扉側に向けて、しばらくじっとするとすさまじい火の塊が杖から放出されて、勢いよく飛んで行って扉に命中した。
その衝撃で扉はとうとう人が通れる大きさがあるほど破壊されてしまった。一瞬戦おうか迷って歩みを止めた二人だったが、ゴブリン一匹がこちらに振り向きかかった。
――僕とアオイは走り出した!
「はぁっ」
「っ‼」
オークが後ろ姿のまま、僕は渾身の一撃を後頭部に下ろした! 打撃を受けたオークは、鈍い音とともによろめいて膝をついた。
視界の隅では切り伏せられたゴブリンが倒れているのが確認できていたので、残りのゴブリンを僕はわざと肩に打撃を与え無力化して寝かしておいた。オークはよろよろとしていたがまだ倒れず、こちらに振り向いてまっすぐに僕を見据えたが、すでに僕が第二撃を振り下ろす直前であった。
「もう大丈夫」
「どうでしたか?」
「一撃で倒せなかったので、ゴブリンよりはこっちのほうが強い。でも頭は僕らと同じで弱いみたいだ」
ちょうど見張りの二人が戻ってきて、
「こっちは大丈夫です」
と言った。
「ありがとう。ここに二匹まだ生きている奴がいるから、それぞれ止めを刺してくれ」
ナオキはサバイバルナイフをゴブリンの胸に突き立てて止めを出した。残りはレイナだけになったが、彼女も戸惑うことなく、頭に鉄パイプを振り下ろした。ゴブリンはしばらく痙攣した後、死亡したことを確認できた。
(レイナにも変なことしたら絶対だめだな。殺されてしまう)
『おなごは怖いのう……』
(また勝手に思考に入ってくるなよ)
『そう冷たいこと言わんと……そのうちさっきみたいな魔素術の使い方を教えてやる。オークの魔素は良かったから、今日は機嫌がいいぞ』
(指輪のくせに、機嫌なんて)
「あのう、どうかしましたか? 食料を確認しませんか?」
話しかけられてハッとした。指輪との会話は僕との間でしか成立していないので、周りは立ち止まった僕を不思議に思ったのだろう。
「ごめんごめん、ちょっと考え事していた。中をみてみようか」
オークの持っている杖も武器に使えそうで回収した。保管庫の中には大量の水と缶詰といった保存食を見つけた。
しばらく食料に困らないことに安堵して、一度仕切りなおすことにした。拠点は一応鍵のかかるサークル棟に決めて、僕らは持てる限りの食料を持って戻った。