第四話 魔の森の洗礼
第一章までの登場人物紹介を追加しました。
「あれは……」
「あいつらが魔の森の正体だ! 気を抜くなよ。離れるな!」
横にいた鷹の団リーダーのコーサが警戒を促した。今僕たちは魔の森の道半ばで、馬車の車輪故障にてやむなく立ち往生している。
そう遠くない暗闇からは赤い目が埋め尽くすように僕らを凝視していた。
どうも彼らには赤い目だけが視えているようだったが、僕にはその正体がはっきりわかっていた。それらは小さな無数の蝙蝠の目で、僕たちを囲むように集まっていた。
数は多いが一匹一匹は小さくて、どれもただ様子を伺っているだけのように思えた。
「アオイ、レイナっ! 無事かっ!」
「無事です!」
「問題なし!」
離れた位置にいる仲間の確認のため大声を出したが、すぐに返事が来た。
「ナオキ、クーンは?」
「大丈夫」
「問題ないニャ」
二人は比較的近くにいるようだ。
「この赤い目はすべて小さな蝙蝠だ」
「「「「了解っ(だニャ)!」」」」
僕は比較的先頭に近い馬車にいたため、壊れた馬車の様子も良く視えた。壊れた馬車の荷物を至急載せ替えて、早めに再出発をする作戦のようだ。
(いい判断だ)
赤い目の正体はわかったが、ここは魔の森と言われているだけあって何かがおかしかった。
急に周囲の気温が下がったようになり、肌寒い風が吹き荒れる。
「何か来るぞっ!」
先頭のグループからさらに警戒が促される。途端にバサバサッと大量の蝙蝠が上空へ向かって飛び立った。
「!」
「あせるなっ! 落ち着け!」
誰かが叫ぶ!
赤い目がほどんどいなくなるかどうかのタイミングで、今度は白く光る眼が地面を這って、僕らを取り囲むように迫ってきた。
再び叫び声が響く!
「魔犬だーー!」
二十匹近くの魔犬が僕らに接近して獲物を見定めていた。別パーティからは弓や放出系の魔素術で遠距離攻撃を盛んに飛ばしているが、素早く動く魔物にはなかなか当たらない。
――ギャー――
先頭の方で一番小柄で軽装だった男性が足を噛まれ、森の奥へ引きずり込まれていった。周囲の者は悲鳴には気づいているが、だれがどの方向に攫われたのか気づいていないらしかった。
(ちゃんと視ろよ)
文句を言いながらも僕は、
「レイナーっ! 誰かが攫われた! 取り戻してくる」
と叫んだ。
「シュウー、大丈夫―っ?」
「戻ってくるのに炎を焚いておいてくれー!」
僕は攫われた男性と魔犬の群れを追うべく街道から外れた。
魔犬の群れの移動は素早く、予想以上に統率されていた。しかし暗闇でも地面に落ちている木の葉まで見分けられた僕は、犬よりもスムーズに移動出来てすぐに群れに追いついた。
体を覆う魔素を強くして、魔剣にも纏わせる!
(この群れのリーダーは……)
犬の群れには順位があるはず。群れの中で一番体が大きくて、集団の後方で動いている一匹を見抜いてそいつに狙いを定めた!
隙を見せないように地面の石を複数拾って魔犬の群れに投げつけた。
僕の投げた石をかわそうと隊列が乱れ、リーダー格の大きな一匹への道が開ける!
間髪を逃さずに魔素を纏わせた効き足で地面を力強く蹴って、目的の一匹へ急接近した。
(足元の敵にはっ!)
そう言ってこちらへ来る前に仕込まれたジュウゾウさんの剣術を思い出す。上から下へ振り下ろす斬撃もいいが、この魔剣の切れ味ならば振り上げる形でも十分な威力が出た。
瞬間に剣先を下げ、魔犬の腹に狙いを定めたっ!
――キャンッ――
腹を切り裂かれた魔犬の断末魔が響き渡った。
(まだやるつもりかっ⁉)
リーダーを失った魔犬の群れはそれ以上僕に絡むことなく、連れ去ろうとした男を見捨てて逃げ去った。
僕が助けた男は気絶していたが軽傷だった。足や手に噛まれた跡はあるが、頭や首、動体には目立った傷がなかった。とっさに持っていた飲料用の水で感染を防ぐために傷口を洗う。
(気絶しているならば)
感染症防止の抗生剤を打ち込んだ。起きていれば品の出所を聞かれる可能性があり、面倒くさいため使うつもりはなかったが、気絶しているのであれば話は別だ。
(よいしょっと)
肩に男を背負った僕は元通りの道を探し始めた。
(まずいな、道がわからなくなった)
付近の様子はしっかり視えているが、一匹の魔犬の死骸が足元にあるだけで後は雑草や木々あるだけ。地面には所狭しに木々や葉、雑草が生い茂っていて自分の足跡を探すのは不可能と思われた。
レイナに頼んだ目印の炎は周囲のどこにも探しても見当たらなかった。
そこから十分以上かけて僕は自分の痕跡を探して魔の森を彷徨ったが、いまだに商隊の場所へ戻れずにいた。
(くそっ。クーンがいればな)
焦る気持ちを抑える。クーンなら痕跡を逆にたどったり、匂いで戻ったりできるはずだと僕は思った。しかしいまは何としても自力で戻らなければいけない。
(おい、指輪。レイナの位置を探知できないか?)
『……。探知できる範囲にはレイナの魔素を感じないぞ』
また寒い風がヒューっと吹いた。
(さぶっ)
異世界の気候は日本と似ていて季節も同じようだったが、幾分こちらの方が過ごしやすい印象だ。日本でいう東北かそのぐらいの地域の気候と同じだと思った。その感覚で言ってもこの季節に寒い風が吹くわけがないので、やはりこの森は何かがおかしかった。
(小屋がある……)
密集した木々を避けるように小屋が建っていた。小屋と言っても長い間誰にも使われていないのがわかるぐらい、壁はほぼ朽ち果てている。人が住んでいるとはとても思えなかった。念のため中をのぞいたが、ぼろぼろの机に椅子があるだけで、床板からは雑草が出ていた。
(そりゃっそうだよな)
商隊まで帰還する方法が見つからない僕は、こちらから火を焚いて見つけて貰おうと思い、古木の板を外して火を起こした。
――バチィン――
『雷伝』を軽く放ったがうまく火がつかない。繰り返すこと十数回。望み通りにいかないので、あきらめようと板から目線を上げた時に空中を漂っている黒い物体を見つけた。
「!」
そいつは空中を泳いでいるように見える薄っぺらい存在だった。ゆっくり僕の方に近寄ってくる。
(なんだこいつは?)
魔剣を握る手に力が入る。
(やる気かっ!?)
『魔素がほしいのさ』
指輪が教えてくれた。
さらに黒い物体が近寄ってくる。良く視ると半紙ぐらいの大きさの個体が十数匹集まっていた。
(魔素がほしい? 贅沢な奴だな)
『そいつらはレブナント。小屋の影に隠れていたのに、おぬしが魔素術を使ったので、近くの魔素に引き寄せられて出てきちまったのさ』
(どうすればいい?)
『敵じゃないよ。単純に魔素にあやかりたいだけさ』
僕は魔素をそのまま空中へ少しだけ放ったが、すぐにレブナントの集団が取り囲んだ。
『そいつはレブナントの中でも、レブナント・イニティウム。一番小さい始まりの個体さ』
(かわいいもんだ)
ほれ、ほれと僕は魔素を少しずつ放出していた。
ずっとこんなことをしているわけにはいかないと思い直した時、レブナントは妙に僕へなついていた。
(離れないぞ)
『おぬしが魔素をくれるから気に入ったのじゃ』
(困ったな)
『邪魔をするわけでもあるまい、つけさせてあげたらどうじゃ?』
(なにか役に立つのか?)
『その個体ではできることは非常に少ない。せいぜい物にはりつかせることぐらいか』
(ふーん)
会話の中で閃いた僕は、レブナント・イニテイゥムを雷哮の剣に取り付かせた。剣鞘を覆うように取り付き、おまけに黒布で覆ったように擬態までしていた。
(便利だ)
『これなら盗品の剣だとわかるまい』
レブナントを気に入った僕はこいつらを飼うことに決めた。僕に懐かなかった個体もいて、それらは地面から離れて上昇して行って、そして消えた。
(そういえば、まだ木々の上から探す方法は試してなかったな)
木登りは得意ではないが、枝から枝へ飛び移り、木々のてっぺんまで登った。
(こうなっていたのか)
木々のてっぺんは森の暗闇から抜け出ているので確かに明るかったが、その手前五メートルぐらいは、密集した枝と葉を取り除かないと、日の当たる部分へ出られなかった。魔の森の成り立ちを垣間見た気がした。
(あっちか、だいぶ遠いな)
五百メートルぐらい遠方にレイナが放ったのであろう炎の塊が空中に浮いていた。
一度地面まで戻った僕は、気絶している男を担ぎ、再び木に登った。この状況だと、木々を渡った方が目的の方角を見失いにくいと考えたからだ。
使える魔素が増加した影響はここでも発揮され、木々へのジャンプはそれほど苦にならなかった。枝が折れても落ちなければいい。
それほど時間かからずに炎が漂っている付近の木々へたどり着き、木上から真下へ降りた。
――ザザザザァ――
ドン! と着地の音をまき散らして、先ほどの位置に戻った。慌てたやつらが僕に弓を向けようとする。
「待てっ! 夢幻の団、シュウだ! いま男を連れて戻った」
「ホントかっ?」
商隊の大男に、軽傷であることと気絶しているだけと伝える。
「助かった、ありがとう。このお礼は必ず」
「おーい、荷の積み替えが終わったぞ。さっさとこの森から出るぞーー」
どうやら故障した荷台の荷物はすでに別の荷車へ積み替えられたらしい。
「レイナありがとう」
「キャ」
レイナはあまりよく周りが視えていなかったらしく、近づいて声をかけた僕に驚いたようだ。
「ごめんごめん。驚かすつもりはなかったんだ」
「いいです。それにしてもビックリしました。よく私を見つけられましたね。アオイと離れないようにずっと手を握っていたぐらいでした」
「? もしかして僕の顔が視えていない?」
「これだけ近ければ視えますっ!」
思い切って顔を近づけてみたらレイナにもちゃんと視えるようになったらしく、恥ずかしい顔をしている彼女がかわいかった。
「ごめんよ」
「いいですよ。それよりもよく戻って来れましたね」
「レイナの浮かべた炎を見つけたからね」
「良かった。森の中に浮かべてもたいして明るくもならずにどんどん小さくなってしまうのです。思い切って木の上まで『炎塊』を打ち上げてみました。この森はやはりおかしいです」
「ああ、そうみたいだ」
また寒い風が来そうだと思ったら、すぐに商隊の馬車が動き始めた。乗り遅れないように僕も荷台に乗り込んで移動した。
まもなく馬車は魔の森を抜けて、陽の当たる平野へ出ることができた。
(えらい違いだな)
つい先ほどまでいた森を振り返って眺める。
(あの十メートル先が暗闇なんて信じられないな)
「よう兄ちゃん、良く帰ったな」
「優秀な仲間がいますので」
「普通だとあの暗闇で正確に俺たちの場所が見つけられまい。探知系の技があるのか?」
「それを言うのは勘弁してください」
「そうだったな」
ガハハハと先ほどの冒険者は笑い飛ばしていた。
レイナもほかの人たちもあまり視えていないようで、僕には不可解だった。
やがて馬車は中間地点に到着した。今回はトラブルがあったけど、思ったより早く魔の森を抜けることが出来たらしい。急ぎ休息拠点を作り、代わり番で見張りをしながら夜を明かした。
二日目の行程は特に大きなトラブルなく、お尻が痛かった以外には無事に移動ができた。
そしてトレドを出発してから三日目の昼、待望のラファエルに到着した。
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娯楽都市ラファエルは前に同席した冒険者に教えてもらった通りの都市だった。外周を二メートル近い強固な石壁で囲んでいるのはトレドと変わりない。トレドはどちらかというと生活重視の街並みであったが、ここはテーマパークに近い街のようだ。
ラファエルへ入る門の番兵にウォンが通行手形を提示している。まもなく許可がおり、門をくぐったところで一度全員集合した。
「今回は大きな出来事もなく、無事に到着できました。トレドへの出発は四日後の早朝になります。皆さま、抜かりないようお願いします。それでは今いるパーティのリーダーの点呼をおこないますので、こちらへ来てください」
そう言ってパーティリーダーだけが集められ、諸注意と再度集合時間の厳守が伝えられた。
「シュウ殿」
ウォンに僕だけが呼び寄せられた。
「なにか?」
「この度は魔の森で当商会の職員を助けていただきました。このお礼は必ずさせていただきます」
「無事でよかったです。楽しみにしています」
パーティみんなのためにも報酬に上乗せしてくれることを期待してしまった。
一時解散後、全員が集合した。
「クーン、この都市の宿でいいところを知らないか? 安全で女性が泊っても大丈夫なところがいい」
「わかったニャ」
クーンについて移動を始めた時、アオイが
「ちょっとあれを」
と言った。
今僕たちは入り口門をくぐった広場にいたが、そこには出発と到着の需要に合わせて、多数の露天商が出ていた。アオイが指を指したその先には多数の武器を並べている店があった。




