第二話 夢幻の団 結成
クリス王女はローズベルト宅から盗品と人骨が出てきたことを全員へ告げた。
素直なクーンは驚いていたが、ローズベルトが僕を襲ってきた様子から初犯ではないと思っていたのでそれほど驚かなかった。
「良ければこれから一緒に現場へ行きませんか?」
「はい、わかりました」
リスボンは盗聴防止の魔素術を解除し、部屋からクリス王女が出て、僕たちが付いていく形になった。
すぐに城を抜けて、トレドの街にある元ローズベルト宅へたどり着いた。家門には少ないが警備兵が立っていて、立ち入り禁止の看板が出されていた。
「ご苦労様ですっ!」
警備兵はクリス王女へ挨拶をして、家の中に案内してくれた。庭は人が住まなくなってから手入れがされておらず荒れていて、邸宅もどこか汚くなったように思えた。
「こちらです」
ローズベルト宅の中も埃だらけになっていた。人が住まなくなると家が傷むというのはこういうことを言うのだと思った。玄関からすぐの床がポッカリあいていて、中をのぞくと地下への階段となっている。ここは以前に僕がレイナ達と一緒に訪れた時に、足音に違和感があった場所だ。
「足元が暗いので気を付けて」
警備兵が用意したろうそくの明かりを頼りに暗くて狭い階段を下りていく。階段の下は扉になっていたが、開けると予想以上に広い空間となっていた。
「ここから多数の盗品が出てきました。ほかに剣や盾、拷問に使われたと思われる手錠なども多数確認しています」
部屋全体はどこか湿っていて暗く、ところどころカビている。
「ローズベルトはここを収集した盗品の保管場所として使っていたようです。オークジェネラル討伐後、私はすぐにここの家探しを命じました。初めは何も出てきませんでしたが、地下への階段を発見、多数の盗品などを回収しました。そのため、人手を増やして探索や周辺情報を確認したところ、庭からは大量の人骨が出てきました。」
「どのぐらいですか?」
「五十人近いと推測されます」
「五十人……」
クリス王女は続ける。
「ローズベルトは執事たちを雇っていたはずですが、彼らの姿が見当たりませんでした。彼らはローズベルトが行方不明になった後に、実家や兄弟の家へ身を寄せるようになっていることがわかり、家探しを開始した翌日に私は彼らに事情を聞くよう指示しました。しかし、指示を出した当日の夕方や翌朝にかけて、彼らがことごとく殺されていることがわかりました」
「クリス王女、それは……」
クリス王女は深いため息をつく。
「念のために聞きますが、ローズベルトが行方不明になった時、彼らは生きていたんですよね?」
「はい、まちがいなく彼らの家族なり友人なりは生きている姿を目撃していました」
クリス王女は複数の者に指示を出したに違いない。携帯電話がないこちらの世界で、それほど短時間にこちら側が接触を図った人間が殺されているということは……
「内部情報が洩れている。あるいは内部に暗殺者がいる」
「シッ」
僕のつぶやきに、声が大きいとクリス王女に怒られた。
「やはりシュウも気づきますか。さきほど城内にも関わらず私はまた防音の術をリスボンに使ってもらったのは、こういう事情があるからです」
今この地下には僕たちのほかにクリス王女とリスボンしかいなかった。皆、表情は暗かった。
「そういえば……」
このローズベルト宅に隠された地下室があるのはわかったが、確か一階にも間取りのおかしい部屋があるはずだった。クリス王女はそんな報告は受けていないと言う。
再び僕らは一階へあがり、玄関横にある部屋と外観からみて、隠し部屋がありそうだと思っていた場所を見てもらった。
「確かに……」
「クリス王女、良ければ僕に任せてもらえませんか?」
そう言った僕は壁に手を付けて密着させた状態で、『雷伝』を放った。
――バギバギッ――
雷の魔素術で壁を吹っ飛ばした僕は、本来見えるはずの部屋が見えず、狭い部屋を確認した。中には硬貨や金、それにいくつかの装備品のほか、机が置かれているのが見えた。
「まだ隠し部屋があったのですね」
クリス王女はそう言って新たに見つかった部屋の中に入っていく。
部屋の中は今僕が壊した壁の破片やほこりが飛び散っていた。ローズベルトがどうやってこの部屋に入っていたのだろうと思っていたら、隠し部屋の隅の床が外れた。そこからのぞくと、先ほどまでいた地下室へつながっているのが確認できた。
「隠し部屋から行く『隠し部屋』ですね。下からは梯子がないと上がれない」
クリス王女は元ローズベルト邸宅の警備兵にすぐに城へ行って役人を呼んでくるよう強い口調で指示を出した。
今、家の庭には僕達とクリス王女にリスボンしかいない。
「シュウ、ありがとうございました。あなたにまた助けてもらいましたね」
「いいえ、僕たちの同胞の帰還に助力いただきましたので、このぐらいは」
フフフと笑うとクリス王女はまた上機嫌になった。
「あっ、そういえば」
別れ際になって僕はクリス王女に気になっていた物と渡した。
それは手紙だった。
二回目にこちらの世界へ転移した時に大学校舎から貿易都市トレドに至るまでに、二度遺体を見つけた。その時に衣服なり金銭を回収させていただき、そのおかげで今日の自分たちがいるわけであったが、同時に手紙を回収していた。手紙は蝋で封がされていたが、蝋はクロスロード家の紋章となっていた。当時はカスツゥエラ王国語がわからずに、いたずらに開いて意味が分からず閉まっていた手紙であった。一時はレイナのスーツケースに保管していたが、土中に埋めていた時期もあり、存在を忘れかけていた。
彼女はそれを見ると、先ほどの機嫌はどこかへ消え失せてしまって、たちまち難しい表情になった。
「シュウ、これを一体どこで?」
「それは……」
クリス王女へ二回目の転移のときに、通り道で遺体から回収した手紙であることを告げた。その場所やクロスロード王家の紋章が入った鎧を着ていた複数の遺体の場所も、僕が覚えている限りで彼女へ伝えた。
この間リスボンは全く反応していなかった。しかし、クリス王女がリスボンへ手紙を渡すと彼女もとたんに険しい表情になった。手紙は丁寧に折りたたみ、しまい込まれた。少し目が赤くなっているようなに見えたが気のせいだろうか。
その場に居ずらい空気を感じていたら、城へ使いに出された警備兵が役人を連れて戻ってきた。僕らは、これからウォン商会の護衛依頼を受ける予定を告げてその場を後にした。
******
奴隷商であるウォンの店に行く間、ずっとクリス王女のことを考えていた。彼女は前に『私には信頼できて戦える味方が少ない』と嘆いていた。
(変なことにならないといいんだけど)
考え事をしながら歩いていたら、いつの間にかシスターマリーの教会へ来ていた。
「せっかくだから一回鑑定してもらおうか」
教会内部はシスターマリーが一人で清掃をしていた。
「あら、シュウ。お久しぶりです」
「こんにちは、マリー」
「今日はどうしたの?」
「近くまで寄ったので、せっかくだからまた鑑定してもらおうと思いまして」
「あらあら。それではこちらへいらして」
まず初めにアオイをみてもらう。
「あなたの今の職業は、侍で階位は二十五です」
そのまま続けてもらう。
「ナオキは魔素術士で階位が二十四、レイナも魔素術士で階位が二十八になります」
レイナの階位が一番高かったが、得意の炎の魔素術で多く敵を討伐しているので当然だと思った。クーンはお金がかかるので鑑定を遠慮したが、必要経費と割り切ってやってもらったら、狩人で階位が二十一だと言われた。
「よかったな。クーン」
「シュウ達のおかげだニャ」
猫人族は戦闘で能力を発揮できるものが少なく、二十越えの階位を持つものはそれほど多くないようだった。
(さて、お楽しみの……)
最後に僕の鑑定だった。しばらく集中した後にシスターマリーは、
「あなたはイレギュラー《雷人》で、階位は十九です」
と言った。
(階位は上がったけど、それだけだな)
この職業とやらのシステムが良く分かっていない僕達だった。うかない顔をした僕らをみたシスターマリーが、
「少しお時間があれば、職業について説明しますが、どうしますか?」
と言ってくれた。
「ぜひお願いします」
「職業とは……」
そう言ってシスターマリーが職業のことを教えてくれた。こちらの世界は十五歳になると成人となり、職業を授かるようだ。教会などで調べてもらえばわかり、自分の特性を知ることが出来る。
職業では得意・不得意があって、例えばナオキやレイナの魔素術士とやらは、魔素を使った術を使うのが得意だが、近接戦闘にはあまり向かないとされていた。身体能力にも補正がかかるようだが、筋力はあまり上昇せず、魔素の保有量や術の威力に補正がかかっているようだった。
階位は『生物の存在としての強さ』を表しているとされている。魔物討伐をするとどんどんと上昇する。感覚で言うと『レベル』の概念だと僕は理解していた。階位が十ずつで職業名が変わるようだった。今のところそれぞれの変化を見ていると、アオイは戦士《見習い》→戦士→侍ときているので、自分の適性に進むように思っていた。
あとこちらの世界で僕らが知っているルールだが、生まれて初めて魔物討伐をすると身体能力が劇的に上がる。その後も身体の能力の上昇は続くけど、実感する程度としてはその時が一番大きい。
(自分が一番気になる)
オークジェネラル討伐の時、討ち取ったのは僕だったし、起動した魔素陣を吸収しつくしたのも僕だった。経験値で言えば僕が一番入っているので、階位が一番上がっていいるはずだ。しかしクーンを含めた仲間五人で、一番階位が低い。
「シスターマリー。質問があります。階位の上がりには条件があるのでしょうか? 例えば特定の職業によっては上がりにくいなどあるのでしょうか?」
「良い質問です」
「僕は前回鑑定してもらってから、かなりの数の魔物を倒しました。しかし階位の上がりが遅いように思います」
「魔物にも階位があります。強い魔物を倒した時ほど、階位の高い魔物ほど、倒した時の階位の上昇は得やすくなります。逆に、弱い魔物をたくさん倒しても階位が上がらない現象が報告されています」
「なるほど」
「職業別でも同じゴブリンを十匹倒したとしても階位が一上がる職業もあれば、上がらない職業もあります。なので皆さんが一様に同じ経験を得たとしても、階位に同じように反映されるものではありません」
(合点がいった)
「職業によっては、魔物を倒す以外にも階位を上げる方法はいくつかあります。例えば、商人という職業。この間あなたたちのお仲間だったシグレさんがたしかそうだったと記憶しています。商人は取引を成功させると経験となり、階位が上がることがすでに分かっています」
だいたいこんなものでしょうと言ってシスターマリーは説明を終えた。
おおよそ自分の想定と同じだった職業について今時点で追加の疑問はなかった。
(そういえば、この後ウォン商会に行くんだった)
今日中に依頼まで受けたい僕たちは、教会を出てウォンの奴隷商の店へ移動した。
「こんにちは」
立派な建物で遠目からもすぐにウォン商会がわかった。店の正面入り口から入り、挨拶をする。窓からは庭でせわしなく荷造りをしているシグレが眼に入った。
「シュウ殿、お久しぶりです。それにお仲間も」
すぐにウォンが出てきて対応してくれた。
「お久しぶりです。ウォン」
「いやぁ~ちょうどよいところに来ていただきました」
「前回依頼を受けていた護衛の件を引き受けたいと思ってきました。どうでしょうか?」
いまのウォンと僕たちは依頼主と冒険者ギルドを通した受注者となる。
「もちろん、あなたたちに依頼しようと思っていました。しかし最近連絡が取れないことがあるとのことで、ほかの冒険者にも声をかけざるを得ませんでした。良ければそこに加わっていただく形でお願いしたいと思います」
ウォンの言う連絡が取れないというのは、日本へ戻っているからであろう。この事情を知っているのは今のところ、ニーナばあや、クーン、クリス王女、リスボンの四名だけであった。
「申し訳ありませんでした。ぜひ受けたいと思います」
「おお! 心強い。ではさっそく依頼を冒険者ギルドに出しておきます。あなたたちのパーティは何という名前でしょうか?」
「あっ! そういえば」
パーティ名を決めていなかったことを思い出した。
「シュウ様」
いままで成り行きを見守っていたアオイが口を開いた。
「そろそろ名前を決めてもいいころだと思います。私に一案があります」
実は僕がいま背中に持っている魔剣の名前もアオイにきめてもらった経緯があった。
「アオイに任せるよ」
ナオキ、レイナ、クーンはそれぞれがアオイの命名は上手なことを知っていたので頷いた。
「では『夢幻の団』というのはいかがでしょうか?」
「なるほど」
アオイの意図がわかった。クーンを除いて、僕達四人は本来こちらにいないはずの人間であった。
(夢に幻か。アオイの命名は今回もイケてるじゃないか)
ピッタリだと思った僕は僕たちのパーティ名を決めた。
「ウォンさん。ではお手数ですが冒険者ギルドに夢幻の団宛で依頼を至急かけてください。私たちはすぐにそれを受諾します」
「承知しました。よろしくお願いします」
出発は明日の早朝だったので、僕たちの来訪はギリギリだったようだ。一緒にウォンと冒険者ギルドまで行って、クエストの発注と受注を済ませた。
「また明日。トレド西門に日の出の刻に会いましょう」
そこでウォンと別れた。
いろいろあった日だったが、最後のパーティでの行動としてガデッサの武器防具屋に顔を出した。
「こんにちは」
「なんだい?」
相変わらずむさくるしい顔のドワーフ武器職人のガデッサは変わっていなかった。
「どうしたんだ?」
「この破損した武器を修理できますか?」
そう言ってアオイが日本刀の斬月を抜いた。それは魔石を散らばす加工をガデッサの店で受けたが、オークジェネラルと戦ったときに刀身を破損したままだった。
「うーん」
しばらく刃を見たガデッサは唸って
「無理だ」
と言った。
「こいつは前に見せてもらったと思うが、刃の部分にわしの知らん金属や加工をしている。それにわしは元々武器よりも防具の方が得意なんじゃ!」
少し怒りながら斬月を戻した彼は言った。
「仲間の職人にも聞いてみるが、難しいと思うぞ。ほかの都市の武器職人をあたるなり、別の武器にするなりしたほうが良い」
「ほかの都市といいますと?」
アオイは自分の武器なだけに真剣であった。
「うーん、城塞都市ルクレツェンや王都ならば知っている者がおるかもしれん」
「そうですか」
アオイは残念がったが、日本の技術で加工された刀をこちらで元通りにという方が無理な要望だと思った。仕方なくアオイには魔石なしの剣を買った。しばらくはそちらで代用だ。
「断ってばっかりで悪いんで」
そういってガデッサは店奥から、魔素服を二つ持ってきた。それは僕やアオイ、クーンがすでに装備していた防御力が高くて軽い、魔素を通しやすい体に密着するタイプの服だった。日本に通販されているスポーツウェアのインナーに似ていた。ガデッサは前回僕たちが注文してから、すぐに不足していた分を作ってくれていたみたいだった。
「ありがとう、ガデッサ。またくるよ」
「フンっ」
彼の返事は機嫌が良いときの唸りだった。
できる範囲での装備を整えた僕たちは、宿に戻り今日の出来事をノートに記録して、遅くならないうちに就寝した。横になったナオキはすぐに眠りについたらしい。
(さて、明日からどうなるやら)
まもなく僕も眠った。




