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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
26/129

第一話   出発

第二章です。

******


 カスツゥエラ王国よりはるか遠方の地。生きている人間が近づけない秘境。高い木々に加えて生い茂る植物ばかりで、地面には太陽の光は届かない。それらは一部踏み倒されているが、そこは野生の獣や魔物の通った道である。喰うか喰われるかの生存競争が日常となった、人間の生活圏からはるか遠い土地で()()は生まれた。


 空気中を漂う多数のごくごく小さな魔素。同じ魔素同士でぶつかり合って少しだけ大きくなる。それだけでは長時間存在できずに再び分裂し戻ってしまうが、稀にさらにぶつかり合ってまた大きくなる。永遠に分裂と合体を繰り返していた。


 長い年月の中で、偶然が重なり大きな魔素の塊が生まれた。光のない世界で誕生した魔素は空気中をゆっくりと漂い、そのうち自分の意思で動くようになった。周囲を漂っている小さな魔素を吸収し、少しずつ少しずつ気の遠くなるような時間をかけて大きくなった。やがて()()は秘境から人の生活圏へ出た。


 魔素に惹かれた()()は、その場にいた人間族の一人にぶつかった。


「ん?」


 背中に何かを感じた人間は、仲間に違和感の正体を見てもらう。


「ホワン! 背中に魔物が付いている!」

「待ってくれ。ダメージをもらったわけじゃない」


 仲間が攻撃しようとするのを制する。ホワンという男は、背中に着いた正体を確かめたが、()()は黒い影であり、『()』そのものであった。男性の拳ぐらいの大きさで、ようやくその大きさになったばかりの塊は、まだまだ吸収合体できる魔素を探していた。体を覆う魔素が一番強かった者に取り憑いたのだった。


「悪い気配を感じないな。どちらかというと無邪気に感じる」

「珍しい」


 その場にいたエルフ族はそれの正体を知っていた。


()()は小さな精霊よ」


 そう言ったエルフ族は『闇』を優しく両手で包み、自分へ引き寄せた。


「闇の精霊ね。光の当たるところへ出てくるなんて珍しいけど、すごく小さいわ。あなたの魔素に惹かれたんだと思う」

「そういえば、気配探知の魔素術をずっと使っていたな」


 ホワンやエルフ族、その仲間は魔物たちの巣窟である人外の秘境から特殊な薬草を探すために、冒険に来ていた。秘境の魔物は、魔物同士での生存競争に勝った種しかおらず、強さは尋常ではないと言われていた。その中で安全にクエストを達成するために、彼らは探知の魔素術を広範囲に使っていた。


 両手に包み込んだ『闇』は、スルリとエルフ族の手を抜けて再びホワンに取り憑いた。


「ふふ。あなたが気に入ったみたいよ」

「そうか? 女性にはモテないんだが」


 小柄だが腕の逞しいドワーフ族がホワンに声をかける。


「どうするんだ? ホワン。探索の途中だぞ」

「嫌な感じがしない、このまま取り憑かせておこうと思う」


 それほど時間がかからないうちに目的の薬草にたどり着いたが、そこには凶暴な猿の魔物が巣を作っていた。


「どうするの?」

「戦うさ」


 ホワンを始めとする彼らは、冒険者の中で手練れであった。魔素術で攪乱を起こした後、弓で先制攻撃を仕掛け、ホワンが突入する。突然の攻撃に群れで反撃すべきだが、足並みがそろわない猿の軍団は、リーダー格がいつの間にか斬り殺されたのがわかって取り乱した。ほぼすべてが秘境側へ逃げ込み、別の魔物の餌となった。


「圧倒的だな」

「そうでもないさ」


 そう言ったホワンは魔物の血が付いた剣を振り下ろした。地面に大量の血液が散ったが、彼の剣は新品同様の輝きを放っていた。


 さきほどの『闇』は、首なしとなった猿の魔物の長に取り憑き、すぐにまたホワンに戻った。


「ずっとついてきそうだぞ」

「さっき気づいたんだが、魔素があるところに寄ってくる習性があるみたいなんだ」


 そう言って背中の剣を指さすホワン。彼の剣は魔剣に分類される武器であった。


「さ、戻ろう」


 そう言って彼のパーティは秘境から別の魔物に出会わないようにゆっくりと離れ始めた。


******


 うたた寝していた僕は夢から覚めた。今僕達は異世界へ来ている。日本から転移術によって消えた大学校舎内の部屋で休息をそっていたが、そろそろ見張り交代の時間だった。


 今回僕のほかに、アオイ、レイナ、ナオキ、さらにジュウゾウさんと警察・防衛省側の人間がこちらへ来ていた。警察・防衛省側からは、警部補の佐々岡(ササオカ)さんと陸上自衛隊司令部所属の板垣(イタガキ)さんがこちらへ来ていた。彼らは数名の部下を連れてこちらの下見の真っ最中である。


 この数時間前、日本にある元大学校舎敷地に唯一残された呼ぶ『門』で、僕は魔素を放出してこちらの世界へ転移した。転移後に消えたはずの大学校舎が目の前にあったとき、僕たち以外は一様に驚いていた。


 これから彼らは大学校舎周囲にある、転移に巻き込まれて魔物の襲撃で命を落として埋められた日本人の遺体を回収して、日本へ持ち帰られなければいけない。今回の転移はその下見段階であった。


 到着後大学校舎とその周囲の土地を二組に分かれて探索をおこない、安全を確保した僕たちは交代で休むことになっていた。初めは僕とレイナが休息組で、すぐそばでは楽しそうに彼女が座っていた。


「起きたの?」

「ああ」


 僕はレイナに異常がなかったことを確認する。


「珍しく夢を見た」

「あら、どんなの?」

「どんなのって言われても……こちらの世界で冒険している夢だったよ」

「ふふふ、シュウってこちらの世界へ惚れすぎじゃないの?」

「そんな風に見える?」

「だって、あなたこちらに来るか聞かれたときに全く迷わなかったでしょう?」


 その通りだった。理屈でなくこちらへ惹かれている自分がいた。


「さて、戻ろうか」


 立ち上がった僕は、教室の床に置いていた雷哮の剣を背中に背負った。日本からこちらの世界に来ると、魔剣は自らを解き放てと言わんばかりに魔素を要求する感覚を覚え始めていた。この感覚は以前にオークジェネラルと戦闘する前にも感じていた。どうもこの魔剣には意思があるようだ。


 魔剣のほかにも、左手に指輪を二つ装備している。一つは初めての転移でゴブリンの襲撃を受けた時に偶然拾った指輪で、こいつには明確な意思があった。会話もできるが、僕の頭に直接響いてくるようで、ほかの仲間はその事実に気づいていない。二つ目は貿易都市トレド王女のクリスから別れ際にもらった指輪だ。


 さらに左手の甲には黒い十字紋が二つ出ていた。指輪はこの意味を知っているようだったが、特別痛みはなく今のところ放置していた。



 大学校舎入り口にある呼ぶ『門』にはすでに全員が集まっていた。日本からの依頼でこちらへきた板垣さん達は、周辺の地形を地図にしていた。電子機器は使えないが、フィルムタイプのカメラも準備していて、あちらへ戻ったら現像するつもりだと教えてもらった。


「もう十分な情報は取った。予定通り私たちを一度日本へ戻してほしい」


 陸上自衛隊司令部所属の板垣(イタガキ)さんが言った。


「大学校舎から少し離れたところに渓谷があります。その先にも日本人の殺されてしまった人たちの遺体が埋まっています。そちらはどうしますか?」

「すでにアオイ君とナオキ君の案内で、その元野盗の集落とやらの位置も確認済みだ」


(さすがに手際がいいな)


一度全員で日本へ戻るための返す『門』のある洞窟へ移動した。転移陣の上に板垣(イタガキ)さん達を誘導して魔素を放出して起動させる。こちらへ残る僕、アオイ、ナオキ、レイナは陣が起動する直前にその場から離れた。


 吹き荒れる風の中、ジュウゾウさんが叫んだ。


「あまり無理するでないぞ! 何かあればすぐに戻るか、物だけでもこちらへ送るように!」


 次の瞬間、彼らが視界から消えた。


 今回こちらに転移する前に、僕らに何かあった場合の取り決めも当然行っていて、その場合は日本からジュウゾウさんが応援隊を引き連れてこちらへ来る予定となっていた。ただし、日本からこちらへの転移は呼ぶ『門』を使うが軌道に必要な魔素はごく少量であったのに対して、こちらから日本へ戻るための返す『門』に必要な魔素は大量だ。


 それを僕たちは複数人の魔素を受け渡しつつ増幅するという方法で往復を確立させていた。日本から応援が来る場合には、彼らは片道切符となる可能性があり、なるべくなら避けたい状況であった。


「帰ったな」

「予定通りだ。みんな、魔素はまだ十分に残っているな」

「ああ」


 ナオキが頷く。


 こちらで最後にオークジェネラルを倒した時に突然起動した魔素陣を無力化するため、僕はありったけの魔素を引き抜いていた。その時に体内にとどめて置ける魔素の量が格段に上がっていて、いまなら自分だけでも日本への返す『門』を起動させられそうだった。今回の転移のために使った魔素の量は微々たるもので、僕も当然十分な力を残していた。


「さあ、行こうか」


 四人で洞窟を出て、貿易都市トレドへ向かった。


******


 トレドに入るには大学校舎側から移動した場合には、陸路の北門が一番近い。トレドは貿易で発展した都市で、南側に立派な港を、東西に大きな街道から入る門を構えていた。北門は一番人の出入りが少ない門で、そこの門番はたるみ切っていた。


「あー、お前か。通っていいぞ」


 やる気のない門番は、僕が冒険者ギルドから発行された身分証をみて、通行料をくすねることができないとわかるとすぐに通行を許可した。


 北門近くにある、魔素術屋のニーナばあや宅へ顔を出す。


「ニーナばあや。ただいま」

「おかえり」


 ニコッと笑ったニーナばあやは紙の切れ端で折って作った鳥を空中へ放った。ふらりふらりと移動を始めた鳥は窓から外へ出て行った。


「あれは?」

「クーンにあんたたちが戻ってきたことを知らせるのさ」


(そんなこともできるのか)


 僕たちは日本から持ってきた荷物をニーナばあや宅へ預ける。今回僕たちは再び宿をとる予定であったが、盗難の危険があるので日常的に使わないものを置くことにしていた。比較的長期の滞在になるので、日本から目立たないようなリュックを作ってもらい、衣類や医薬品を持ち込んでいた。これらはこちらの世界のバランスを崩してしまう可能性があるので、あくまで自分たちのためだけのものだった。


「シュウ!」


 勢いよくドアがあけられて、猫人族であるクーンが入ってきた。再開を喜んでがっちり握手をする。


「いつ来たんだニャ?」

「今日の朝一番で来たんだ。トレドに入ったのは昼過ぎだけど」

「今回はどうするつもりだニャ? また冒険者ギルドの依頼をこなすなら一緒に行動したいニャ」


 僕たちはまずクリス王女に会い、それからウォン商会との約束を果たす予定で来たことを伝えた。


 クーンと一緒にニーナばあや宅を出て、途中で前回もお世話になった犬人族が経営する風雲亭に宿を取った。相変わらず主人は無口だったが、二回目の僕達は以前よりも少し歓迎されているようだ。


******


 貿易都市トレドの中心には、カスツゥエラ王国の四大公爵であるクロスロード家の居城がある。クリス王女はそこにいるはずだった。


 トレド内の城の入り口には、鎧装備をしているトレドの警備兵たちが番をしている。城内へ入る彼らにクリス王女からもらった指輪を見せて通してもらった。ここの警備兵はトレド外壁の番兵たちと違って、規律が正しかった。当然不正などないであろう。この指輪にはクロスロード家の紋章が入っていて、どうも僕たちはクロスロード家に縁のある冒険者とみなされたようだった。丁重に城内の一室に案内された。途中でオークジェネラル討伐の時に居た兵士のローレンスとトムもいたが、彼らはよくやっているようだった。


 部屋の中でしばらく待っていたらクリス王女が入ってきた。ほかに従者であるリスボンも付き添っていた。


「お久しぶりです、王女殿下」

「こんにちは、シュウ。それにお仲間たちも」


 そう言って僕たちをテーブルに着くように促した彼女は、リスボンへ目配せをした。すぐにリスボンは部屋全体へ魔素を張ったが、僕にはそれが防音のための魔素術だとわかった。


「シュウ、『王女殿下』ではなく『クリス』で良いのですよ?」


 上機嫌に笑う彼女を横に、アオイとレイナの機嫌は悪そうだった。ナオキはどこ吹く風という顔で、クーンは不機嫌になっていく二人と僕を見比べていたがよくわからないという様子だった。


「さて、あなたたちから別れてからのお話をしましょうか。」


 そう言って用意されていた紅茶に口をつけようとしたが、ふと彼女はそれを飲むのをやめて話をつづけた。近くで見て思ったのだが、少し痩せたように思った。


「あなたたちがオークジェネラルを討伐したあと、オーク達に囚われていた人達とお父様の近衛兵とトレドへ戻り、お父様に報告を済ませています。お父様は非常に喜んでおりましたわ。未曽有の厄災になる可能性があったことを防いだから当然だと思いますが、私の部隊だけで討伐したことになっていますのでその点は悪しからず」


 またリスボンに目配せをすると、僕の前にどさっと重たい何かが置かれた。これも僕にはすぐに何かわかった。


「あなたたちが連れ帰ったそちらの世界の住人については、こちらで問題になっていません。解放した捕虜の集団から早く離脱させていたことも幸いしています。良い判断でしたね、シュウ」


 彼女に褒められるとなぜか照れ臭かった。


「これはあなたたちのオークジェネラル討伐報酬になります。受け取ってください。オークジェネラルから出た魔石やその装備品であった杖についても、私は一切認識していませんので、シュウ達が好きなようにするのが良いと思います」


 お金に目ざとい僕は置かれた袋の中身を確認したい衝動に駆られるが、理性で何とか抑えていた。


(ここで開けてはいけない。ここで開けてはいけない)


 視線を外してクリス王女を見ると、彼女は皆に視線を送りながら語るように話しかけていた。ナオキも彼女に好意を持っているらしくニタニタしているのがわかったので、それが僕にはとても嬉しかった。


(いいぞ、ナオキ。俺たちは同じ男性だ!)


 アオイとレイナは敵対するわけではなく、淡々と話を聞いていた。クーンは深々と頷いていた。


「ところでローズベルトのことですか、何か聞きましたか?」


 クリス王女は報酬の話を終えると、ローズベルトのことを切り出してきた。


 ローズベルトというのは僕とレイナに因縁をつけて、僕が牢屋送りになったきっかけを作った()()()()()()()()()であった。彼はレイナをパーティに引き抜こうと暗躍して、僕に罪を被せ、そして僕に斬られて死んでいた。彼と出会わなければ今手元にある、カスツゥエラ王家からの盗品である雷哮の剣とも出会えず、それに目を付けたクリス王女との縁も生まれなかった。そこだけはこの腐れ冒険者に感謝せねばなるまい。


 雷哮の剣を手に入れた後しばらくは隠していたが、クリス王女の見破られてしまっていた。彼女とは盗品を黙殺するという取引をしていたが、その出所については最後に話していた。


「いいえ、まだ何も聞いていません」

「あなたたちと別れた後、さっそく彼が住んでいた邸宅に家探しを命じました。隠し部屋が見つかり面白いものがたくさん出てきましたよ」


 クリス王女はさらに続けた。


「彼の邸宅からはいままで行方の分からなかった別の盗品が出てきました。さらに庭からは大量の人骨も見つかりました」

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