第二話 めぐり逢い
連続して投稿します。
僕は体育館正面から入ろうと思っていたが、寸前でやめて横へ回った。
さっきの戦闘から、ゴブリンが何匹いるかわからないところに自分一人で登場するのはまずいと感じたからだ。
体育館横には換気のため、窓が低い位置に並ぶように設置されている。窓には破損しないように中から鉄格子がつけられて、ボールなどの衝撃から窓が割れないように守っていた。
しかし老朽化やみんなの使い方が荒いため、ところどころ壊れていて十分に人が入れるスペースがあり、日中は窓の鍵もかかっていないことが多かった。
空いている窓から身を入れて体育館の中を覗き見る。
ちょうど十メートルぐらい向こうに数匹のゴブリンが背中を向けて立っていて、さらに押し倒されるようにスカートの女性が一名襲われていることが確認できた。こちらからは足をばたつかせてもがいているように見え、ゴブリンのほうが優勢なのはすぐにわかった。
(四匹いるな。あの子はこのままでは殺されてしまう)
足音を立てないようにそのまま体育館内に侵入してパイプ椅子を手に取って、馬乗りになって後ろ姿を晒しているヤツの頭を側面から思いっきり殴りつけた。一緒に隣にいたヤツも吹き飛ばす算段だ。
見事に命中したパイプ椅子はへこんで、奇襲を受けたゴブリンは吹っ飛び、隣のゴブリンも思惑通りに地面に転がった。
右側面の二匹が気づいて立ち上がり、ターゲットを切り替えたようで僕に威嚇を始める。間髪入れず、近くにいたヤツの腹にヤクザキックをお見舞いして、そいつも後ろにいたヤツを巻き込んで一緒に吹っ飛んでいった。
「立てるかっ?」
「はい」
襲われていた女性は服がところどころ破けていたが、大きな傷はないようで反応もよかった。すぐに腕をつかんで立ち上がらせると、近くにあった木刀を利き手に握って、彼女とゴブリンの間にかばうように位置をとる。
「いまやっつけるから、そこで待っていてくれ」
「はい」
短いやり取りだったが、声が綺麗で心に響いてくるような声だった。
初めにパイプ椅子で吹き飛ばした時の後ろ側にいたゴブリンが立ち上がりそうで、走って助走をつけて思いっきり上から殴りつけて倒した。相手への加減など一切ない、この一撃で決める! そんな気合の入った一振りであった。
「はっ!」
木刀が頭部に直撃するとそこが少しだけ陥没して、ゴブリンはふらりふらりとして倒れた。続けて後ろへ振り向いて、ヤクザキックで転がした二匹のうち一匹も同じように仕留めた。
残り一匹には噛みつかれそうになったが、もう一度キックをして地面に転がしたら、木刀を捨てて組み付いてつかみ倒した状態にもっていって、果物ナイフを突き立てて首を切る。大量に出血した後、こいつも動かなくなった。
「危なかったな、もうだい……」
『まだ一匹生きているよ。しっかり決着つけな』
彼女へ声をかけようとして、指輪に自分の甘さを指摘されてしまった。パイプ椅子で頭を吹き飛ばした初めの一匹は倒れていたが、まだ床に這いつくばりながら息をしていた。
止めを……
『待ちな! 彼女に殺させな』
(僕がやる)
『そうじゃないよ。彼女に経験させなって言ってるのさ。それで階位が上がる』
(階位?)
『そう、階位。生物としての『存在の強さ』じゃよ。さっき一匹殺した後に、体がよく動くようになったじゃろう。それを彼女に経験させるのじゃ』
(先に言えよ)
『言わなくてもわかってるもんだとおもっとった』
「まだ一匹生きてるんだ。これで止めをさして」
「はい」
僕はそう言って、彼女へさっき落とした木刀を拾って手渡した。
ゴブリンは昏倒していて、地面に座っている状態であった。目の焦点もあっておらず、腰の位置に頭がある。
(これなら容易に頭を打てるだろう)
そんな考えを巡らせていたら、彼女は木刀をすっと振り上げる。
「はっ!」
木刀の凄まじい振り下ろしが頭に放たれた。ゴブリンはもう一度地面に倒れ込んで、二度と動かなくなった。
「ふぅ……」
「……すごいね」
「いいえ、とんでもありません。それより、さきほどは危ないところを助けていただいてありがとうございました」
「なんでもないよ。僕は黒田修二、一年生。君は?」
「如月葵といいます。体育学部体育学科二年になります」
「僕のことはシュウでいいよ」
「では私はアオイでお願いします」
アオイといった女性は、身長百七十センチメートル近いと思われる。髪は肩より下の長さで黒髪ストレートをポニーテールにしていて、全体的にスレンダーな体型であった。出るところは出ていて、街中を歩いていれば十人中十人が振り返るような美人であることは間違いない。綺麗な白シャツが汚れてしまってところどころ破けていて、胸元からは黒い下着が出ていた。そしてスカートは……
そこまでして彼女を舐めるように見てしまったのに気づき、咳ばらいをして顔を上げる。
「ごめん」
アオイは赤い顔で胸元の前で手を組んで身をよじる仕草をしたが、かえって自分の胸が強調されてしまった。
会話が切れるとなんとなく心地が悪いので続けようとアオイの顔を見たが、二重の奥に綺麗な瞳があってこちらも赤くなってしまい、何を話したらいいかわかんなくなってしまう。こんなに間近で美人の女性を見たことなんて、しばらく記憶になかった。
(彼女にしたい……)
『スケベじゃな』
(うるさい、しょうがないじゃないか)
『もっと素直になったらどうじゃ』
(十分、素直だよ)
『どうだか』
指輪の邪魔な会話を振り払って次の会話を探していると、
「こちらこそこんな格好でごめんなさい。先ほど部室から出て体育館に来たら、そこの緑色の怪物に襲われてしまいました。初めは木刀で追い払おうとしたのですが、横から組み付かれてしまい、倒されてしまいました」
とアオイという女性が話を続けてくれた。
「アイツ、ゴブリンっていうらしいよ」
「ゴブリンですか?」
「そう」
「そのゴブリンはどこから来たのでしょうか?」
「そういえば……」
無事に彼女を助けたが現状はどうなっているのか、二人ともよく分かっていなかった。
「部室は横の大学校舎かい?一度上がって見てみないか」
「はい」
一緒に動き出した僕たちは体育館裏口から抜け出して、横のサークル棟校舎へ入った。彼女に案内されるまま階段を上がったが、先に上がる彼女の黒スカートもところどころ破けていて、チャイナドレスのスリットのような形になっていた。ニーハイソックスと、スカートの破けた隙間からのぞける綺麗な脚に、また目のやり場に困ってしまう。
『スケベ』
(うるさいぞ、指輪)
この指輪は僕と感覚を共有できるらしい。それにずいぶんとおしゃべりだった。
そのままサークル棟校舎の四階まで上がって、トイレ横二つ目の部室に入った。中は二十畳ぐらいの広さで畳が敷き詰められていて、左右には剣道道具が立てかけてあったので彼女が剣道部だとわかった。
「剣道してるんだね」
「はい」
「どうりで、さっきの一撃がすごかったわけだ」
「いいえ、私はまだまだです。ほら、ここから見れば外がわかりますわ」
畳であったが靴を脱ぐ気持ちにはなれず、土足のまま上がらせていただいた。窓から外を見下ろすと、大学校舎の一部と最初にゴブリンと戦闘したところ、敷地入り口にある門など周囲が一望できた。
大学校舎の周囲にあるはずの都会の建築物が一切なく、森林が生い茂って、そのすこし遠方には山が囲むようにそびえ立っていることがわかった。
敷地内にはゴブリンが多数、それより大きい個体が少数、騒がしく動き回っていて人を襲っていた。すでに十人以上動かない人が倒れていることもわかった。
「ここも危ないな」
「そう思います」
そういうと彼女は部室の奥に飾られていた日本刀を手にした。
「真剣?」
「はい。本当はいけないのですが……」
彼女は斬月という銘刀だと教えてくれて、刀を抜いて状態を確かめたらすぐに戻した。振り返って、
「ここからどうしましょうか?」
と聞かれた。素手とナイフで次の戦闘をするのは心細い。
「ひとまず僕に武器が欲しい。果物ナイフじゃ戦いにくいな」
「近くにほかの部室がありますので探してみましょう」
そのまま四階のほかの部室を探し始めてみる。近くにあった野球部で金属バットを、その隣にあったワンダーフォーゲル部でサバイバルナイフを手に入れた。バットは手に持って、ナイフは腰に装着した。
ナイフは刃渡りが二十センチメートル以上あって、持ってみると適度な重さがあった。武器をこの二つへ切り替え、果物ナイフはいったんしまうことにする。ほかに水の入ったペットボトルや携帯食料をリュックに詰めた。リュックの中は元々書類ばかりだったが、今は役に立たないと割り切ってそのまま部室に置かせてもらった。ヘルメットも発見したがこれは臭すぎてあきらめた……
「さて、ここからどうしようか?」
「安全な場所はないのでしょうか? もうすぐここにもゴブリンが上がってくると思います」
「少数だとどうにかなるけど、多数で来られたらまずいよね」
「食料の問題もあります。水も今見つけたもの以外にありません」
「食堂か……」
きっとそこには、食料もゴブリン達もいることは容易に想像できた。聞けば食堂のある校舎もサークル棟のすぐ近くで、まず外から様子を伺ってみることで一致する。四階から二人で階段を降り始めて二階にさしかかったとき、下から複数の足音がして唸り声も聞こえた。
(ゴブリンだ! しかも複数いる!)
反射的に二階のトイレへ入って安堵したが、ゴブリンが嗅覚で自分に気づいたことを思い出して、僕は清掃用器具の扉を開けて掃除用の塩素をわざと床にばらまく。
(においがきついけど仕方ないか)
そのまま狭い清掃用具室に二人で入って扉を閉めた。扉を閉めると幾分か塩素臭は落ち着いたが、清掃用具を置くためだけのスペースだけなので狭かった。
アオイと正面で密接する形となり、僕の胸に彼女の胸が重なった。間近でもう一度見ると大和撫子という言葉がぴったりで、女性の香りが鼻をくすぐった。
(まずい……)
『スケベ』
(うるさい、何度もしつこいぞ)
『『欲望』に素直になったら、どうじゃ?』
(そんなことできるわけないだろ)
『そうかな⁉ 彼女も気分が高まっているぞ』
恐る恐る視線を天井から壁、そして彼女へ落した。白い頬がほのかに赤く染まって、じっとこちらを見つめている。
顔も一切そらさずに至近距離で一直線に僕を見ている。意識してしまうと目線のコントロールがますます難しくなってきた。
(この状況、まずすぎる)
「グギギギ」
「グゲゲゲ」
「グギギギ」
そう思っていた時、複数の唸り声と足音がトイレの入口まで来ていた。二人で息を殺して、音との距離を探る。すぐそこにゴブリンの集団がいる状況が、さっきまでのやりとりを僕らに忘れさせた。
――緊張が走る!――
音はさらにこちらに近づいてきた。バットをもう一度握りしめて、扉外の広さを思い出していた。
(もしここに居ることがバレたらまず出て、近くのやつを殴って倒そう。横振りは場所が狭いのでだめだから、縦に振って頭を殴る形で……)
戦闘をシミュレーションしていたが、そのまま唸り声と足音は遠くへ離れていった。塩素バラまき作戦は成功したようだった。
「キャーーーー」
その時、サークル棟の外でまた叫び声がしてゴブリン達の足音が次第に遠くなり、トイレから離れていったのがわかった。恐る恐る扉を開いて、清掃用具室から出て周囲の安全を確認する。
「ごめん」
「……」
彼女は答えなかった。嫌われたかな、そう思って下の階へ降りるとぴったりとついてきてくれた。
(まだ望みはあるかな)
『鈍いのぅ』
(どういうことだ)
『質問ばっかりじゃな、少しは自分で考えぃ』
サークル棟の玄関から出ると広場へ出て目立ってしまうので、裏口から出て道路向かいの校舎にある食堂を目指すことになった。彼女が先頭で僕が後ろからついていく形。校舎の間の整備された道路を渡って誰にも見つけられていないと思った時、横の茂みから、
「グギギーー」
とゴブリンが飛び出してきた。四匹もいきなり出てきて、ゴブリン達は僕とアオイを一瞬見た。すぐに一匹が僕に向かってきて、残り三匹はアオイに向かった。
(しまった!)
もはや得意技となった腹蹴りで一匹を蹴り倒して地面に転がし、バットで殴りつけて頭を変形させた。後ろを振り返ったら、すでに残り三匹は地面に倒れている……
(あれ?)
『一瞬だったぞ、おぬしがゴブリンを蹴ったときに一匹目、武器を振り上げたときに二匹目、頭をつぶしたあたりで三匹目だったかな』
(ハハハハ……)
『そんなに気を落とさなくてよいぞ。なかなかいい攻撃だった。褒めてやる』
(うるさい)
「大丈夫?」
僕はわかっちゃいるけど建前としてアオイに聞く。
「はい、シュウ様が一匹倒していただいたおかげで、楽に倒せましたわ」
「ハハハハ……。生物殺したことがあるの?」
「いえ、ありませんわ。でも殺るか殺られるかですので、躊躇はありませんでした」
「剣道何段?」
「四段です。ですが、それ以上の実力はあると先日先生にお褒めの言葉をいただきました」
今までおとなしい様子だったが、剣道の話になると話が止まらなかった。
(変なことしないように気を付けないと……恐ろしすぎる……目線にも気を付けよう)
彼女へのさっきまでの行いを反省しつつ、そのまま二人で宿舎の窓際まで移動して、食堂内を覗き込んだ。案の定、中には多数の人間とゴブリンが入り混じっていた。散乱するテーブルと椅子の間に、ゴブリンと戦っている人間、すでに事切れていると思われる倒れた人間、ゴブリンの集団に襲われている女性……
「シュウ様、どうしましょうか?」
「助けよう!」
すぐ近くの入り口から女性の悲鳴と、それに続いて複数のゴブリンが一人の女性を囲んで、広場へ引っ張り出していくところだった。すぐに取りついているゴブリンにまたヤクザキックをお見舞いして、残りをバットで叩き潰して女性を保護した。
かなり取り乱していたが、落ち着かせてもう一度茂みに隠れて、窓から中の状況を確認した。彼女からまだ十匹以上が食堂にいて、襲われている人もいるとの情報もあった。
さっきまでの戦闘経験から、ゴブリンだけであれば十匹以上は相手にできるという感覚があったので、女性を校舎入り口横の茂みにそのまま待機するよう伝えてリュックを預ける。
僕とアオイは食堂へ突入した!