第十九話 取引
「――それはカスツゥエラ王家から盗み出された品です」
クリステル王女殿下は静かな声で僕に告げてきた。付き添いの魔術師でいまこの部屋にいるのはリスボンだけだが、彼女は非常に驚いた様子で王女殿下から事前に話の内容を知らされていなかったようだった。
「さらに私の家系にとっては忌まわしい剣でもあります」
僕は焦りながらも自分の立ち回りを必死に考える。
「話は私の祖父が今のトレドの領主となるよう王家に封じられた経緯まで遡ります」
王女殿下が続けて話す。
「元々私の家系は公爵ではなく、伯爵としてカスツゥエラ王国の首都に住んでいました。祖父の代は周辺諸国との戦争が続いて国土は荒れました。祖父は戦争終結のために周囲と強調して我が国を侵略する外敵を退け続けたため、その功績が王家に認められて公爵となりました。しかし戦争終結のどさくさに紛れて首都からいくつか王家ゆかりの品が盗み出されました。その中の一つが、あなたがいま背負っている剣なのです」
もう一度王女殿下は僕を指さした。
「王家からの盗品など許されるはずはありません。祖父を含め諸侯が必死になって探しますがほぼすべてが行方不明でした。あるものは城の警備兵の盗みを噂し、あるものは言われのない罪で死罪となり、またあるものは噂に巻き込まれることを危惧して首都を離れました。必死になって探したそうですが肝心の盗品は戻ってきませんでした」
(どこかで聞いたような話だな)
『そうそう。おぬしも窃盗罪で死にかかったのぅ』
(うるさいぞ)
「王は祖父を含めて戦争で格上げしたばかりの公爵家のうち、警備や防衛に関わっていた家を挙げて無能だと罵りました。王の怒りは凄まじいものだったと聞いています。公爵家当主には死罪が検討されたようですが、戦争での英雄を処罰すると国が弱体化して民の気持ちが離れますので、側近に諭された国王は公爵家を維持したまま首都以外への移動を命じました。名目を『地方防衛の立て直し』にして、です。首都に残ったほかの公爵家はすべて侯爵家以下へ落されました。祖父は失意の中、移動を命令されたこのトレドへ移り住みます。当時はこの地方は荒れていましたが、見事祖父と父の代で息を吹き返しました」
「なるほど。王女殿下、歴史はわかりましたが私が持っている剣がなぜ盗品だと言い切れるのですか?」
「あなたのその背中の剣は――」
僕は綺麗な青い瞳で射貫くように見据えられた。
「――あなた以外には扱えないのではないのですか?」
背中を冷や汗が垂れるのがわかる。僕はすさまじく緊張していた。
(なぜそれを⁉)
『完全に言い負かされておるぞ。何か言い返してやれぃ』
(お、おぅ)
「その剣に使われた素材は雷鳥です。それもほかの個体より二回りも大きかった長の個体を、国の部隊と冒険者ギルドが協力してようやく討伐しました。多数の死傷者が出ています。使われている素材も魔石も雷鳥から得たもので、国が抱えている腕の良い武器職人が作製しました。出来上がった剣はすさまじい威力を持った魔剣として記録されています。そして、特定の者しか装備できなかったとも書かれてあります。それは――」
クリステル王女殿下は青い瞳を光らせて一歩一歩僕に近づいて来る。
「――雷の魔素を扱える者しか剣が扱えない、という特性を持っていたと記録されています」
顔面蒼白になった。
(ローズベルトの野郎! そういう算段だったのか! あの場で僕が勝っても負けても盗品の剣の罪を被せるつもりだったんだ!)
『そんなこといまはどうでもよいわい。おぬし、このままだと二回目の窃盗罪じゃぞ。しかも今度は王家の品を盗んだ罪じゃ。なんとかせいっ!』
(お、おぅ)
さらに弱くなった僕に王女殿下はたたみかけてくる。
「その剣、見せていただいてもよろしくて?」
「はい……」
ゆっくりと剣を外すと鞘ごとテーブルの上にそっと置いた。彼女は軽々とその剣を持ち上げた。
(まさか……⁉)
「雷鳥から作成された魔剣ゆえ、雷の魔素属性を扱えるもの以外受けつけない。鞘から剣を解き放つには雷の魔素属性を流す」
クリステル王女殿下は剣を一切見ないで、僕の瞳だけを見つめ続けている。途端に鞘に収まっていた鍔部分が開いて、彼女が剣を抜いた。
「実は私も雷の魔素属性を扱えますの」
僕は完全に彼女の術中に嵌まったことを悟った。王女殿下は剣を鞘に戻してリスボンに渡したが彼女はその重さの余り一度落としてしまう。当然剣は鞘から抜けない。
「さて、もう一度本題に戻りましょう」
目の前に出された紅茶の良い香りが鼻をくすぶるがそれどころではない。僕自身がこの剣を武器に暴れても、仲間は連絡が取れずに別場所にいる。しかもここは城内で、そこら中に警備兵がいた。
「シュウ、そう怖い顔をしなくてもよろしいですよ。私は貴方達と敵対するつもりはありません。あなたがその剣をどうやって手に入れたかなど、私にはもはやどうでもよいのです。いまさら王家へ返却しても、力をつけたトレドに目をつけられて逆に因縁をつけてくる可能性があります」
今度はテーブルについてリスボンにも着席するよう促すと、王女殿下は僕に、
「取引しましょう」
と言った。そのまま紅茶が注がれたティーカップへ優雅に口をつける。僕は手が汗で滑って紅茶を味わうどころではなかった。
『ダメじゃな、こりゃ。この女に完全に取り込まれておる』
(うるさいぞ、指輪)
「私の依頼内容はオークの討伐です。このトレド周辺にオークが集結しつつありますが、魔物の居住を許すつもりはありません。先ほどのあなたの『城の兵士を使えないのか?』という質問ですが、私には城の防衛兵や警備兵を動かす権限がありません。担当大臣はブラウン=クルーガーという者ですが、情報が届いていないのか、情報そのものを今確認しているのか不明ですが、今のところ兵には動きがありません。王女ですが若い私が進言しても取り繕ってくれないのは目に見えています」
そこまで言ってもう一口紅茶を飲んで一息ついた。
「私には信頼できて戦える部下が少ないのです。そこにいるリスボンも数少ない、私を理解してくれる者です。そこで私は自分の戦力になりそうな者を探すことにしました。するとさっそく足を運んだ冒険者ギルドで、盗品を持ちながら依頼内容が張り出された掲示板を夢中で見ている強そうな男性がいるではありませんか。そのものは最近売り出し中で、今は下級に属していますが依頼を次々にこなし、あっという間に中級冒険者まで達しようとしていると聞いています」
「ハハハ……」
「というわけです、シュウ。この依頼受けていただけますね? 私の依頼はオーク討伐に力を貸すこと、報酬は私がその剣のことを黙殺すること、です。リスボンにもこの約束は守らせます。幸いにもこの都市でそのことに気づいているのは城の古書を読み漁っていた私以外にいないと断言できます」
しばらく考えたがこの依頼は受けざるを得ないだろうと結論に達して、この場で自分の判断で決めることにした。『討伐依頼を引き受けます』と言うと、王女殿下が『では契約をしましょう』と。
「王女殿下はそこまで魔素術の扱いが得意なのですか?」
「クリスで良いですよ」
どんどん親しくなったように振る舞う王女殿下に戸惑いつつも僕は続ける。
「ではクリス王女と呼ばせていただきます」
「よろしいです」
「クリス王女は契約の魔素術を扱えるのですか?」
「はい」
そういうと彼女は近くにいた蝶々に向かって、魔素言語を空中に描いて放った。途端に彼女の指先の方向へ蝶々が操られるように飛び始めた。
「適正と契約の魔素術のコツを知っていればできます」
「ぜひ、今度教えてください」
「はい」
そういう彼女はさきほどの悪魔のような微笑みはなくて、屈託のない素敵な笑顔であった。
彼女が僕の右腕をつかみ、僕が彼女の左腕をつかむ形で向かい合って立つと、魔素言語を描いて自分の腕へ放った。
「シュウジ=クロダはクリステル=クロスロードのオーク討伐に力を貸します。その対価にクリステル=クロスロードはシュウジ=クロダの盗品のことを口外しません。シュウジ=クロダはこの契約を認めますか?」
「はい、認めます」
「ここに契約は成り立ちました」
すると両腕に魔素言語が浮き上がって、すぐに消えた。
(あっけないな)
「クリス王女、これで終わりですか?」
「はい」
「前に仲間が魔素術で契約していたのですが、その時は腕に魔素言語が刻まれていましたが」
「それは術式と契約を破った時に受ける罰則の違いによります。内容が複雑で術式が長くしなければいけない時や約束を破ったときの罰則が重たい時は、体に契約の魔素言語が表出しやすいのです」
「クリス王女は何を罰則にされたのですか?」
「ふふふ、それは秘密です」
肝心なことを僕にしゃべってくれなかった。そもそもクリス王女の言うなりに契約してしまった自分が浅はかだったとあきらめた。
(討伐すれば問題ない)
『その通りじゃ』
(指輪。クリスが設定した罰則がわかるか?)
『設定した本人以外わからん。最も推測はできるが』
(推測とは?)
『契約の内容は一件のオーク討伐と情報漏洩しないことの交換条件で、いずれも契約魔素術の中では軽い約束に相当する。当然そこに設定できる罰則も軽くなる。せいぜい体調不良だとか頭痛とか下痢するとか、その程度じゃないかと思うぞ』
仲間をずっと待たせて心配させるのが嫌だった僕はすぐにクリス王女とリスボンと一緒に元の部屋に戻った。仲間は心配そうに僕をみてきたが、なんともないと言ってオーク討伐依頼を受けたことを告げた。
「決行はいつですか?」
「あなたたちの準備もあると思いますので、四日後の日の出の刻にトレドの東門前で集合することにしましょう。そこからオークが集結している場所の近くのサモラという町へ案内します。馬車で四時間程度かかりますが、そこにはすでに配下が準備を整えています。そこから徒歩に切り替えて、約二時間程度でオーク達の居場所へ着きます」
そこでその日は解散となった。宿へ戻るとクリス王女とのいきさつを隠さずに話した。契約したのは僕だけなのでオーク討伐参加についてはみんなの意思に任せると言ったが、パーティリーダーの決断に皆が続いてくれた。日本人が残されている可能性も高いとも思われた。
残る時間は基礎訓練のみに費やして体調を整えた。雷哮の剣で木を試し切りにしたら豆腐みたいに切れてしまうだけで得るものがなく、ひたすら木刀で訓練することにした。この訓練にはアオイとジュウゾウさんが良く付き合ってくれた。日が上ってから落ちるまでみっちり稽古を重ね、一対二の模擬訓練も教えてもらった。血の通った二人の連撃は強烈でたびたび木刀を落として打ち据えられることがあったが、技量の高い二人なので致命傷になることはなく、また僕の高まった治癒術もあって数分後にはすぐに訓練を再開していた。クーンはときどき『戦闘狂』と表現したが、たしかに一日中やっていたらそう言われても仕方ないと思った。
さらに三日後、ガデッサの武器防具屋へ寄ってアオイとクーンの全身の黒色防護服を受け取った。すぐにアオイは装着したが、ボディラインが丸見えで目のやり場に困るし、街中では目立ちすぎるので、その上から服を着てもらいローブで隠すことにした。クーンも同じくしてもらった。防御の性能も間違いなく上がっていて、木刀で軽く叩いたぐらいではダメージが入らないことが確認できた。後衛のレイナとナオキは僕が前に使っていた鎖帷子を売ってもらって装備することにした。
******
オーク討伐への出発当日、準備を整えて貿易都市トレド東側の門に僕、アオイ、ナオキ、レイナ、クーン、ジュウゾウさんで集まった。
「おはようございます」
目立たない冒険者風の馬車三台のうち真ん中の一台から、クリス王女とリスボンが降りてきた。彼女たちも戦場へ赴くので戦闘用の装備をしていたが、クリス王女の装備は一目で貴族だとわかる装備になっていた。彼女が言うには、『これぐらいが指揮官にはちょうど良いのです』と。
「ふあーあ、眠たいわ」
緊張のないリスボンが大きな欠伸をした。
「さてみなさん、準備はよろしいですか?」
「こちらは大丈夫です」
「それでは出発しましょう。シュウ、ちゃんと私を守ってくださいね」
美少女と言っても過言でないクリス王女にそう言われると照れ臭くなった。
「必ず守ります」
勢いよく返事をしたら、アオイとレイナに両足を思いっきり踏まれた。
『幸先の良い出だしじゃな』
(ああ、最高だよ)
馬車には僕達が三人ずつに分かれて乗り込み、クリス王女の馬車を真ん中に挟む形となった。馬車の中で揺られ一時間以上して先頭馬車に一緒に乗っていたクーンが話しかけてきた。
「なぁ、シュウ。この依頼が終わって、シュウの世界の人間達を取り戻したら、もうこっちには来ないつもりなのかニャ?」
僕は前回シュウとニーナばあやの二人だけには協力を得る必要があったので、僕たちがこの世界の住人ではないことを告げていた。クーンは僕たちがいなくなってしまうと寂しいらしい。
「アオイ達はわからないけど、僕はここと向こうを行き来するつもりだよ」
「それは良かったニャ」
「そんな心配するなって……」
「敵襲っ!」
襲撃を伝える声が響くと、すぐに馬車が止まって荷台から僕たちが飛び出す。複数の矢が射られてくるが馬車に数本が刺さる程度だった。すぐにクーンが前方から人間のにおいが複数近づいて来ると言った。
「前方から野盗と思われる人間が複数っ! 弓あり」
後列に情報を伝えてクリス王女達に荷台から出ないように促すと雷哮の剣を抜いて前方へ駆け出す。
(八人はいるな)
目視で五人を確認、先ほどの弓矢を放ったものがまだ隠れていて三名以上と判断した。位置を移動しつつ遊撃することにして、アオイと前面へ出た。今の僕たちの技量は先ほどのただ放っただけの弓矢ならば問題にならない。
野盗が一人僕の前面に出てきた――瞬間に急加速して雷哮の剣で袈裟斬りする!
攻撃を受けた野盗は持っていた剣、両腕、上半身を斜めに切断されて崩れ落ちた。
僕は材木で一度試していたが、この魔剣の斬撃ならば防御の術を持たない場合にこうなることを予想していた。だが魔素術はどうだろうか?
続けざまに野盗二人へ『雷伝』を放つ――!
空気を裂くような甲高い音とともに二本光線が走る。受けた野盗二人は感電してそのまま動かなくなった。近寄ると眼球が上転していて、すでに息をしていなかった。
残りの野盗はすでにアオイ達によって倒されていた。
「シュウ様、この服は使いやすいですね。相手の石礫を数発もらってしまいましたが、触れられた感触しか残りませんでした」
「大丈夫なら良かった」
(それよりも――)
この魔剣が気になった。魔素術の威力が跳ね上がっていることに驚いた。これから大量のオークを討伐する僕にとってうれしい誤算であるが、人を斬った後にやけに高鳴る鼓動が気になった。魔剣はモノではあるが性格があると指輪に教えてもらった。
『武器を操る者が、逆に武器に操られることがある』
魔剣はその性能ゆえ正しく使えるものが少ない――城内で雷哮の剣を見破られたとき、クリス王女はそう嘆いていた。その点、神剣は持ち主に干渉することはないのだという。
魔剣は僕に魔素を要求しているようだった。まるで『我を解き放て』と言わんばかりに。
******
野盗を退けた僕らはサモラの町へたどり着いた。その間小競り合いが数回あったが、いずれも短時間で討伐した。魔剣は人間や魔物を斬る度に鼓動を力強くして、雷の魔素を強く流すよう求めてきたが、僕はそれを行わなかった。放てば相当な術が発動する感覚はあったが、それをするには相手が雑魚すぎた。
到着したサモラの町はすでに廃墟と化していて、主要道路と思われる広い通りには草が生い茂っていた。
「あの旗が見える家へ向かってください」
廃屋の中に一つだけ貿易都市トレド領主であるクロスロード家の旗を掲げている家があり、中では武装した十数名が待機していました。
「敵の状況は?」
「ここから北へ一時間かかる場所にオークが集結しています。我々はそこをかつての都市の名前で『ミランダ』と呼んでいます。ヤツらはミランダの中心に城壁を築きつつあり、数日おきにこちらから偵察部隊を放っていましたが日に日に堅固になっています。築城は人間が担っていて、最低でも三百人以上いると思われ、いずれも奴隷扱いです。またオーク達は周期的にミランダ周囲を巡回しています」
「敵の数は?」
「外壁に確認できるものだけで五十匹はいます」
オーク五十匹で三百人以上の人間を使役するに十分とは思えず、正確な内部の状況がわからない以上は今の二十名前後では戦力不足と思われた。
「クリス王女、提案があります」
「なんですか? シュウ」
「僕はオーク言語を話せます。見回りのオークを攫えば、敵の内情を知ることが出来かもしれません」
「なるほど、名案ですね」
ではさっそくと言ってクリス王女は部下に捕縛を命じた。僕が行きますと言ったが、『こちらも精鋭ばかり集めています。強いのはあなただけではないのですよ』と言われてしまった。
「それよりも過去に測量したミランダと周囲の地図があります。あなたたちには地形の把握が必要です」
そういえて教えてもらったミランダは、東西南を森林に囲まれているが北側は崖に面していて北へ通じるがないことがわかった。僕らはミランダからみて、南側の町に今隠れている。
「風はミランダにとって海側である東から常に吹いてきます。オークの嗅覚を警戒して、ミランダ襲撃時には西側から仕掛けます。東と西側の築城が遅れていることも確認済みです。またこちらのほうが地面も乾いていて、進行を遮る川もありません。罠はこちらとこちらに仕掛けて、万が一の敵の追撃を受けた場合に進行を遅らせます。退路は……」
クリス王女には初めて会ってから二回ほどだが、様々なケースを想定して戦略を説明する彼女の聡明さに僕は惹かれつつあった。同い年ぐらいだが、指揮官としては非常に優秀だとよくわかった。
そのうち縄で縛られたオーク二体が運ばれてきた。二体は傷こそあれ、全身状態は良好だった。
「これからコイツらに話を聞きます。が、会話だけでは話を聞くことはできません。要するに――」
「拷問のことを言っているのならば、私は構いません」
「しかし」
「これから戦闘の指揮をとる者が、この程度の場にいられなくて皆が従ってくれますか?」
「わかりました。凄惨な現場になりますので覚悟してください」
僕はオークを別々の部屋に引き離してもらい、そういうと腰の剥ぎ取り用のナイフで一体の口輪を切った。
「よぅ、話せるか」
「オマエたちなどとはなすことはない」
「そういうなよ。お前たちはあそこで何をしている?」
「……」
沈黙するオーク。ちらりと後ろを向いた僕はクリス王女が頷くのを確認して、腹を蹴り上げ、続けて下肢を踏み砕いた。
「★〇△×■!!」
声にならない悲鳴が部屋中に響きわたる。休む暇を与えずに頭を掴んでこちらを向かせる。
「もう一度聞く、お前たちはあそこで何をしている?」
「……ニンゲンをカっている」
こいつは以前に拷問したオークと違って話が通じそうだった。
「目的は?」
「……」
再び腹を蹴ろうとすると、
「ま、まて。まってくれ」
とオークが言う。
「はなす。はなすから、けらないでくれ」
「はやくしゃべろ」
「ショウグンがニンゲンをつかっておおきなショウカンをするそうだ。それにはニンゲンがいっぱいひつようになる。そのニンゲンをとじこめておくのと、じぶんたちのしろをつくるのをいっしょにできる。そういってショウグンはわらっていた」
「仲間の数は?」
「……。いっぱいだ、いまでヒャクいじょうはいるし、もうすぐふえる」
「捕まえた人間はどこにいる?」
「……」
オークは顔を背けて話す気配がないため、残る足も踏み砕き、頭を掴んでこちらを向かせて片方の眼にナイフを突き立てた。声にならない悲鳴が室内にまた響く。
「もう一度聞く。捕まえた人間はどこだ?」
「ガガガガ」
口からよだれを垂らして歯ぎしりに近い音を出した後、また話し始めた。
「ガガギギギィ。……。…………。タイヨウのでているじかんはシロをつくっている。くらくなったらあつめてねるようにメイレイする」
「どこだ?」
「……ショウグンのいるばしょのちかくだ。あのまちのまんなかぐらいだ」
「ショウグンとやらの能力は?」
そこまで聞いたところで、突然拷問を受けているオークの眼付が変わっていきなり咆哮を放ってきた。すぐに鳴り止んだが、離しておいたオーク一体がいるはずの部屋からパリンという音と、続いてグオォォォォォと凄まじい空気の振動が発生した。すぐに部屋に様子を見に行くと、見張りが咆哮の後にこちら側の一体が両足を地面にたたきつけて、足に着いていた何かが割れた音だと言った。敵の狙いがすぐに分かった僕は、
「すぐにここを離れろ! オークがやってくるぞ!」
と叫んだ。すぐに拷問していたオーク達に止めを刺して、皆でサラサの拠点を撤退した。クーンは離れた位置に残ってくれて、僕らが退却した数分後には武装したオーク五十体ほどが拠点を襲ってきたことを教えてくれた。
「敵の位置を知らせる合図でしたのね」
森の中で敵から得た情報を整理していたクリス王女が話しかけてきた。
「おそらく部下に指示を出したのは自動に近い何らかの契約を結んでいたんだと思う。きっかけは『ショウグン』に関するなにかじゃないかな?」
真相はわからないままだった。
「敵のおおよそ人数と捕虜の位置はわかりました。そのショウグンとやらの居場所も。いつ仕掛けますか?」
「明日の夜明けにします。捕まっている人間は場所がわかっていて固まっている方がやりやすいです。決行は敵の増援が来る前にやります。トム、来なさい」
クリス王女は側近のトムという兵士を呼ぶと二通の手紙を渡した。
「これはお父様と冒険者ギルド所長あての手紙です。一番足の早い馬でトレドへ行きなさい。緊急事態の権限を使うことを私が許します」
「ハッ」
手紙を受け取ったトムという兵士はすぐに駆けて行った。全員にクリス王女が声を張って伝える。
「作戦は明日の早朝、日の出とともに西側から仕掛けます。侵入を拒む壁はシュウとその仲間に壊してもらいます。部隊を二つに分けて、少数は脱出経路を死守、残りで敵拠点内に侵入します。捕虜となっている人間を確認したらすぐに脱出経路へ導いてください。敵を全滅させる必要はありません。支援に対して、冒険者ギルド側から何人が来るかはわかりませんが、お父様からの支援部隊の到着は作戦決行の直前だと思います。私たちはここにいる戦力で仕掛けますので、その覚悟でいてください」
「なぜ、支援がその時間だと思うのですか?」
ナオキがクリス王女に聞くと、『組織とはそういうものなのです』と言われてしまった。僕たちは簡素な野営地で一晩明かして、日の出前にミランダの敵城塞西側にたどり着いた。
******
作戦決行日は曇っていた。雨は降っていないが、大気はわずかに湿気を含んで気圧が低そうに感じた。肝心の城塞は僕が思っていたよりもはるかに強固なものであった。周囲をしっかり縄で組んだ丸太を地面に指す形で囲んでいて、ごくわずかに空いた隙間程度では中の様子は全く見えなかった。城壁周囲の森林は伐採されており、その手前の雑木林に身を隠しす。明らかに警戒されているようでかがり火がいくつも立てられていて、クリス王女の手下は昨日よりも警備が厳重だと言った。
「では、僕があの丸太塀を切って侵入路を切り開くのですね?」
「はい。と言っても直接切る必要はないと思います。その魔剣には強力な秘術があると記録されていました。それを使ってほしいと思います」
「秘術?」
「魔剣の求めるままに魔素術を放てばあたり一帯に雷が降り注いで地面は焼け焦げたとされています。心当たりはありませんか?」
「……あります」
そう返事した僕は、雷哮の剣を鞘から抜いて軽く雷の魔素を通すと剣が帯電し始めた。おそらくそれを放出すればその秘術がでるのだろうと予想がついた。
「あぶないので部下を僕から離れるようにしてください」
「はい。シュウ、頼みますよ」
右眼でウインクしてくれた僕はまた照れ臭かった。もはや完全に彼女の従僕になっていた。
『底なしの女好きじゃのう』
いつものとおりうるさいと思いつつ、先陣を切るのであれば相応の威力があった方が良いと思った僕はさきほどの王女のウインクに毒された影響もあって、体内にため込んでいた魔素を雷に変換してどんどん注いでいった。帯電がどんどん増えていったが、それに加えてすぐに大気が震え始めて僕を中心に突風が吹き始めた。
ヒゥゥゥゥウウウウウウウウウウ――――――――――――――
(こ、これはっ⁉)
『ひょ~、これは面白いことになるぞ』
さらに雷の魔素を注ぎ続け、わずか数秒で僕を中心とした嵐が出来上がった。この技は途中から僕が魔素を注いでいるのか、魔剣が僕から吸い上げているのか、わからなくなっていた。敵も異変に気付いて見張りが集まり始める!
森林から出た僕は一直線に城塞へ向かって走った! 襲撃に気づいたオークは弓なり魔素術なりを放つが、嵐に阻まれてすべてがかき消されていった。
帯電が極限まで高まったのを感じ取った僕は雷哮の剣を振り抜いた――――!!!!
その瞬間、魔剣からさらに高まった嵐と無数の黒い雷撃が放出される!!!!
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォォォォォ――――――――――
一瞬で僕の正面にあった丸太の壁は吹っ飛んでしまい、秘術はその後ろ側へ貫通、威力が衰えないどころかさらに高まっていく!!!!
バリリリリリリリリリリリィィィィィィィイイ――――――――――
嵐の中を天災と言ってよいであろう雷が無数に走り抜けて、地面はえぐれ、草木は焼け焦げた。
わずか数秒後には雷嵐はおさまり、窪んで焼けた平地がそこにあるだけだった。
(なんていう威力……)
術を放つ直前に、無意識でミランダ中心部に当たらないように南寄りに放っていた。目測ではあるが街の南側三分の一を消し飛ばし、西側から南側にかけて焼け野原の更地が出来上がってしまった。
(『雷哮』という剣のイメージにぴったりの秘術だ。こいつは使いどころを間違うと大変だな)
フレンドリーファイアどころの話ではない。後ろではみな唖然として立ち尽くしていたが、すぐに冷静を取り戻したクリス王女が侵入開始を合図した。
(ちょっと当初のイメージとは違うけれども、結果オーライだ)
剣を構えなおして先陣を切って走りだす!
(さぁ……)
『……蹂躙せよ!!』




