第十八話 貿易都市トレドの王女
第一章終盤です。
「ジドが殺されたニャ。今朝、警備兵が忙しく動いていたので後を追って行ったら、ジドの寝床だったニャ。案の定、殺されていたニャ」
「いつ頃殺されたんだ?」
「それがどうも昨日の夕方頃らしいんだニャ」
僕がローズベルトを殺して一件落着だったはずの事件。彼がジドを殺して僕に戦闘を仕掛けてきたのならば良いが、クーンが掴んだ情報ではまだ別に犯人がいる可能性があることに落胆した。僕はいい加減にこの件を解決させたいと思うようになっていた。
「斬り殺されていたけど、切り口が火傷していたらしいニャ」
「つまり炎の魔素を使って斬り殺したってことか」
念のためローズベルトの魔素属性を確認したいが、いま動くと行方不明の冒険者を嗅ぎまわっているものとしてまた厄介ごとに巻き込まれる可能性があった。警戒したまま依頼を受け続けることを考えていたら、ひさびさに宿へジュウゾウさんが戻ってきた。この世界の経験者であるジュウゾウさんは日本からの依頼をこなすために別行動していたがいくつかが片付いたと教えてくれた。
「ちょっと相談を――」
ジュウゾウさんは口を挟むことなく、僕がローズベルトを斬り殺したところまでしっかり話を聞いてくれた上で、『今は下手に動かない方が吉である』と言ってくれた。僕の投獄のことも当然知らずに初めて聞いたので、事態がどう動くか見極めるまで一緒に行動することにしてくれた。
この日の午前は僕らの財布が大変潤っていたのでガデッサの武器防具屋へ行くことにした。もちろんローズベルトが持っていた剣も一緒にみてもらうつもりだ。ちなみに財布の中身は昨日の戦果である。
ガデッサの店は相変わらずわかりにくい場所にあった。
「ちょっと見てほしいんだ」
店に入るや、すぐに包装を解いたローズベルトの持っていた剣と鞘をガデッサに見せた。
「ちょっとした縁で手に入って。使える武器なのかわからないんだ。特に鞘から剣が外せなくって、呪いか何かが掛けられているんじゃないかって思って」
「こいつは……‼」
ガデッサは両腕で重たそうに剣を取るとまず鞘を舐めるように鑑定してくれた。次に剣を抜こうとするがやはり抜けない。
「シュウよ、おぬしは魔素を通してみたか?」
「あっ!」
店についてきてくれたジュウゾウさんの指摘で僕は魔素を試していなかったことに気づく。軽々と鞘ごと持ち上げて、剣に魔素だけで通したが反応はなかった。まさかと思い、雷に変化させた魔素を剣と鞘につたわせた途端、カチャリと鞘に嵌まるように固定されていた鍔部分が展開されて剣の抜き出しが可能になった。逆らわずに剣を抜いて、天井高く掲げてみる。
「美しい……」
思わず声が出てしまう。わずかしか店内に入らない日光をよく反射する剣身は約一メートルで細かい言語が多数掘られていた。柄頭には無色でこぶしぐらいの魔石がはめ込まれているが、再び僕が雷の魔素を通すと反応して黄色に変化した。握りもこれ以上ないと言えるほど僕の手に合っていた。
「それは魔素言語じゃ」
僕が剣身の文字を読もうとしているとガデッサが教えてくれた。
「これは相当な業物だ。どうやってこれを入手したのかは知らんが、作った人は相当に腕が良い武器職人じゃ。見てみろ、この掘られている魔素言語の数を。」
『シュウよ、こいつは面白い剣じゃ。何より魔素をわずかであるが放っている』
(魔素を放っている?)
『そうじゃ。強い魔物の素材でできていると生きているかのように素材となった魔物の特徴を受け継ぎ、魔素を宿すのじゃ。宿している魔素はわずかであるが放出される』
(強い魔物でできた剣ってことか?)
『そうじゃ。それも頑張れば出会えるクラスの魔物ではない』
ガデッサはしばらく眺めたのちに、魔素術に長けていないと魔素言語を武器や防具に刻むことはできないが、武器の強度や魔石の質によって武器が耐えられる魔素言語数の上限が決まってくることを教えてくれた。刻む数が少なければ弱い武器となり、多くなれば強くなるが武器そのものが耐えきれずに朽ち果ててしまうのだと教えてくれた。
「頑強、切断、……。…………。もはやわしでは読めん! 刻まれた数からみても、相当な材料と魔石が使われておる」
怒り気味になったガデッサだったが、僕は素直に鑑定に感謝すると機嫌を直して照れ臭そうに剣を戻してくれた。このままだと二本差になるが、握った感覚からこの一本で十分と判断した僕は数回振ってみて、元々持っていた剣を彼へ売ることにした。
「剣の名前は――」
「『雷哮の剣』」
アオイが意識せずにつぶやいた名前は僕の剣へのイメージと重なっていた。もしかして名前を知っていたのかと冗談で聞いたら、ただそう思っただけですと。背中に背負う形で装備したが、このまま街を歩くと盗品だとバレる可能性があるので鞘部分に布を巻き付けて隠す形にした。
「ところで防具のことなんだけど」
本日二つ目の相談をガデッサへ持ち掛ける。先日ローズベルトに切り裂かれた鎖帷子を見せた。
「こいつはまた鋭い刃物でやられたな」
鎖帷子をしらべていたガデッサは薬が塗ってあるようだと言った。切り裂かれた部分に良く視ると白い粉がついていた。
「薬の成分はわかるのか?」
「知り合いに聞いてみないとわからねぇな。こいつ預かってもいいか?」
十中八九、毒であろう。僕は『雷変』で無傷だったことまでは言わなかったが、しかしこれから依頼を受け続ける中で、この防御力では心配だった。
「そいつは持って行っても構わない。こいつを着ていても魔素の通りが悪くて、戦闘時に防御力がそれほど上がらないんだ。もっと魔素の通りが良くなるような素材でできた防具はないのかい?」
「あるぜ!」
そういったドワーフは、店の奥から潜水時に使うダイビングスーツように首から下を覆うタイプの黒服を持ってきた。これをつけてみろとガデッサが自慢げに言うので、やむなくその場で装着してみた。初めは小さいかと思ったが伸縮性が凄まじく、ぴったりと体に張り付くよう形になった。魔素の通りは確かに良く、『雷変』を使うのには支障がないようだ。
「着心地と魔素の通りは問題ないようだが、防御に関しては?」
「そいつは蚕の化け物が大量発生した時期に手に入った糸で編んだ特殊な防御服だ。蚕と言っても、通常は二~三メートルぐらいなんだが、変異個体で十メートルはあった。みんなでどうにか倒して手に入れた糸を街で共有したんだが、売り出された分を確保して密かに作っていたんだ」
「なるほど」
「デカイ魔物ほど素材の質や魔石が良くなるのは常識だからな。そいつは中途半端な刃物や矢は通さないようにできている。それに俺はどっちかというと武器より防具制作の方が得意なんだ。防御に関する魔術言語も施してあるぞ」
「これをもらっちまっていいのか?」
「バカヤロウ! 売るんだよ。お前が戻してきた剣のほかに金貨五枚は必要だ」
ちらっと僕はパーティを見たが、そのまま買えと言ってくれた。
「じゃあ、こいつはもらうよ。同じものをあと四つ作れないか?」
「四つは無理だ。素材が足らねぇ。せいぜい二つってところだ」
「よし、じゃあ二つ頼む」
「誰のサイズに合わせる」
一つは前衛で敵からの攻撃を受ける機会の多いアオイにすぐに決めた。皆で話し合って、もう一つはクーンに合わせて作ってもらうことにした。クーンにはこのところ無理を聞いてもらっていたし、斥候という職業上敵の眼に触れる機会も多くなると考えた。
「よっしゃ、数日後また来な」
先に支払いを済ませてガデッサの店を出た。
僕らはそのまま六人で大通りへ戻ると、白馬二頭に引かれた豪華な装飾の馬車が目の前を横切った。馬車は速度を落とさずに城から外壁につながる門方向へ走り抜けた。通行人は馬車を見ると途端に避けて、畏敬のまなざしを送っていた。
「あれは……?」
「クロスロード家の所持する馬車だニャ。ほら五つの星が刻まれた旗を掲げているニャ。あれがカスツゥエラ王国の四大諸侯のうち、クロスロード家にだけ掲げることが許されている旗だニャ」
「なるほど」
(どこかで見た記憶が……)
薄れゆく記憶を思い出しながら、馬車の後を追うように移動をはじめる。冒険者ギルドまで来ると、ギルド建物前にさきほどの馬車が止まっていた。
中に入っていつも通りに依頼を受けようとしていたところで掲示板に大きな張り紙が出されていた。
「ちょっと。そこのあなたたち」
女性の声が室内に響いた。振り向くと清楚な服装に似合わない防具を装備した女性とすき添い数名の男女が立っていた。
「そうです。そこのあなた」
「僕でしょうか?」
さきほどの様子から貿易都市トレド領主に関係する者達だと容易に想像できた。だがこちら側が探し物をしている中で、後ろ側からいきなり声をかけてきたのが気に入らなかった。
「オホン。クリステル王女が声をかけているのに聞き返すとは何事ですか?」
今度は隣に付き添っている女性が僕に諭してきた。コツンと肘で僕を突っついたレイナが切り返す。
「大変失礼致しました、王女殿下」
敬意を示したレイナはすばやくその場を取り繕ってくれた。
「いいえ、私の方こそ自己紹介もなく、身勝手に呼びつけてしまい申し訳ありませんでした」
そういってたたずまいを直したクリステル王女は僕に向き合った。
「改めまして、私がクリステルです。そこの身長の高い冒険者の方がリーダーとお見受けします。私の要望を聞いていただけないでしょうか?」
クリステル王女は十歳代後半ぐらいの年齢に思われ、細身で幼さを残していた。僕の妹と同じぐらいの身長であった。髪は金色に瞳は青色、先ほどの装備さえ除けば王女という名にふさわしい立ち振る舞いを身に着けていた。
「クリス、そんな冒険者ごときにあなたが直接依頼する必要はなくってよ」
「あら、リスボン。だめよ、そんな物言いは。それでは民は従ってくれませんのよ?」
クリステル王女はその従者をリスボンと呼んだ。リスボンはアオイやレイナと同じような身長で、黒髪でクリステル王女に決して劣らない美女であった。
(だが、口は悪そうだな)
レイナとのやり取りをみてすばやくリスボンの装備を確認した僕はおそらく魔素術士だろうと推測した。ほかにも装備を固めた男性がいたが、この二人が主格だろうと判断した僕も挨拶を返した。
「王女殿下、私の方こそ大変失礼しました。冒険者のシュウジ=クロダと申します」
「冒険者シュウジよ。私から依頼があります。聞いていただけないでしょうか?」
「はっ。何でしょうか?」
「それは……」
言いかけたところで、冒険者ギルド建物二階からカーター所長が降りてきた。心なしが眼もとに隈ができていて疲弊しているようにも見えた。
「ここでは何ですので、後で城の方へいらしてください」
それではといった王女と付き添いの者達はギルドから出て馬車でトレド中心部の城へ戻って行った。
「シュウ」
カーター所長に声をかけられる。
「すごい数の依頼をこなしていると聞いた。さすがは俺が見込んだ男だ」
はっはっはっと所長は笑っていた。
「もう間もなくこなした依頼で貯めた点数が、冒険者等級七級から六級へ届くぞ。六級へ進級するには点数のほかに試験を受ける必要があるから忘れずにな」
カーター所長はまた笑いながら、先ほどギルド内にいた王女一族のことは一切触れずに話しかけてきた。ふと僕の背中にある剣に眼が行った。
「そいつはずいぶんとたいそうな武器を持っているじゃないか」
「ええ、まぁ」
ローズベルトを葬り、新しい武器を鑑定した直後でもあって、柄部分を布で覆っていなかったので魔石が見えてしまっていた。雷哮の剣のことをあまり触れてほしくない僕は話題を変えた。
「先ほどクリステル王女殿下から依頼の話を受けました。カーター所長は何かご存じですか?」
「はっ! アイツか。対して報酬を払わないくせに、城壁領主の命令を盾に安く冒険者の命を貸せと言う。やむなく許可したが、言いたいことは言ってやったぞ」
あからさまに不機嫌になった。
「依頼内容はオーク討伐だ。それも大勢が集まっている根城がわかったらしい。捕虜がいる可能性もあるそうだ」
(捕虜か……)
こちらに来た目的のうち、日本人を連れて帰るという契約をまだ達していない僕はすぐにクリステル王女殿下に会いに行こうと決めた。不機嫌なカーター所長を後にして、僕は冒険者ギルドを出てその足で王女殿下の待つ城へ向かった。
貿易都市トレドは海岸に接しているが、陸路も発達しており東西に大きな街道がある。さらに南側にはこの都市が大きく飛躍する契機となった港を構えていた。街の中心部にはトレド領主であるクロスロード家が住む家と領内の政治など主要機関が集った城塞がみえる。
城塞は高さ五メートル程度の石垣で囲まれるように守られていて、城内へ入る道は一直線の石で補整された道と両脇に芝生、さらに植木がされていて四大諸侯にふさわしい門構えであった。門の向こうにはすでに領主が住んでいる城が見えているが、この都市の繁栄にふさわしく豪華なステンドガラスのような窓がいくつもあり、中心にそびえ立つ塔と言っても差し支えない建物はトレド内のどの建物よりも高く、上には五つの星が描かれた旗が掲げられていた。
城内手前の門兵に王女殿下に呼ばれた冒険者であることを名乗ると城内へ招き入れられた。城内の一室で僕ら六人が待機すると、ギルド内で会ったリスボンと言った魔術師が出てきて、僕たちに武器を渡すよう命じた。いわくつきの武器を渡すつもりはないので、『来る場所を間違えたみたいです。それでは帰ります』と言って戻ろうとしたら、慌てて止められた。
「失礼しますね」
クリステル王女殿下が声を上げて入室してきた。
「従者のリスボンがあなたたちに失礼をしたようですね」
王女殿下はすでに用意されていた椅子に座ると僕達にも促して謝罪した。その後すぐに用件を切り出してきた。
「すでにお聞きになったかもしれませんが、オークが集まっている場所がわかりました。過去に戦争で破棄した小規模の町がこのトレドからそう遠くない場所にあるのですが、そこに住み着いて城壁へ築城されていることが先日わかりました。オークが大量に住みつき、付近から攫った人間を労力として働かせていることがわかっています。トレドとして放置はできず、討伐依頼をすることにしました」
「王女殿下、質問があります」
「なんですか? シュウ」
王女殿下が僕のことをすでにシュウと呼んだことに違和感を覚えながら続ける。
「なぜトレド警備側から出兵せずに、冒険者ギルドから募るのですか?」
「それは……」
急にクリステル王女殿下は黙った。場が静まり返ると、
「あなたたちのパーティーリーダーはシュウで間違いないですね? シュウと私二人で話せませんか?」
と驚きの提案をしてきた。
「クリスっ! それは危険です。こんな今日会ったばかりの冒険者風情に」
リスボンが大声を出す。
(風情ではなくて、ちゃんとした冒険者なんだけどな)
「ではリスボンも一緒に。そちらのパーティの方はいかがでしょうか? 決して悪いようにはしません」
僕はパーティ全員の顔を見るとみな頷いた。何かあればジュウゾウさんがうまくやってくれるだろうと思い、王女殿下の案内されるまま別室へ入った。最後にリスボンが入ってきて扉を閉めると、あらかじめ打ち合わせされていたみたいで魔素術を部屋全体にかけた。
「さぁ、これで盗聴の心配はありません」
美人の笑顔に弱い僕はその言葉を信じてつい気を許してしまった。
「初めに言いますが、あなたはこの依頼を受けざるを得ません。絶対に、です。」
「なぜそう思うのですか?」
クリステル王女殿下は、僕が背中に装備している雷哮の剣を指さした。
「あなたが背負っているその剣は――」
ギクリとした僕は呼吸が止まる。
「――カスツゥエラ王家から盗みだされた品です」
お読みいただきましてありがとうございます。
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