第十七話 追跡
牢獄から解放された後、僕の体は順調に回復していった。三日ちかく食事なしで一時的に痩せてしまったが、すでに体重も戻りつつあった。戻ってみて鏡で自分をみて思ったが、間違いなく大学入学前より身長が数センチメートルは伸びて、体格も筋肉質になった。おそらく今なら魔素の力を借りずともスポーツ選手と身体能力で劣らないのではないかと思うぐらい、体の発達が目覚ましいのを感じていた。
剣術と魔素術の稽古も続けている。いまはジュウゾウさんとは別行動なので、アオイがしばらく稽古をつけてくれていた。良く視えるようになった眼でアオイの体裁きがわかると再現するのはたやすくなりつつあった。ただそれをひたすら繰り返して、体に覚えさせる。
「素晴らしい進歩ですわ」
アオイは最近よく僕を褒めてくれるようになった。
「出会ってから一か月少しでここまで上達する方を見たことがありません」
そういうアオイも僕との稽古の後に自分の稽古をするのだが、居合という技の練習の時に剣筋が眼で追えなかった。
(どれだけ速いんだよ)
気が付けば準備された木々が切断されていた。
魔素術も目覚ましい進歩を自覚していて、特に体を雷に変化させる術と治癒術はさらに磨きがかかった。体を雷に変化させる術を『雷変』と名付けた。これは全身に雷の魔素を行き渡らせて、体を雷そのものに一時的に変化させて近くで実体化する術であった。治癒術も当然進歩しているが、あいかわらず他人への治癒術を施すのはすごく苦手だった。
隣ではレイナとナオキが魔素のコントロール訓練をしている。以前こちらに来た時、レイナの魔素のコントロールは上手だと言われていたが、その時は初心者としては上手であるという領域だった。しかし今、レイナは全身から等間隔に離れた炎の円を十個ほど維持させていた。ナオキも八個も維持させていて、ニーナばあやは驚異的だと褒めていた。
(繰り返す戦闘と訓練の賜物なんだろうな)
僕らは全員で行動を続けていて、日中の日の高い時間帯はオーク討伐を中心に依頼を受けて、日が暮れる前に帰ることを繰り返していた。冒険者ギルドに寄るがローズベルトやジドを見かけることはなく、クーンの探索に任せていた。もしもトレドに入るときに門の警備兵に容疑をかけられたら、今度は全員で大学校舎の転移門まで逃げて日本へ戻ることに決めていた。
そこから一週間ほど何事もなく過ぎていった。
******
ある日の早朝にクーンが宿へやってきて、
「ようやく見つけたニャ」
と言った。窃盗罪に関与していたと思われる男性二名を見つけたという報告で、すぐに僕らはクーンの案内に従って移動を開始した。男性二名はトレド内の繁華街区画の奥の通りに住んでいたと言う。
「見つけるのに苦労したニャ」
「ありがとう、クーン。このお礼は必ず」
「いいのだニャ。それよりここを曲がると見えてくるニャ」
角を曲がると狭い小道で両脇に民家が多数並んでいる。そこには人が集っていた。嫌な予感がした僕は周りの人に話を聞いてみた。
「殺人だってよ。二人殺されたらしい」
人をかき分けて見に行くと、二人の男が惨殺されていた。二人とも正面から一太刀で斬られていて、抵抗した様子がなかった。
「まちがいないニャ」
殺されていたのは追っていた男二人で間違いないとクーンは言い切った。うち一人には耳にレイナが放った魔素術で受けた火傷の跡があった。
「一足遅かったか……」
後ろから警備兵が来るのが見えたので、足早にその場を去ろうとした時、人ごみの中でジドを見つけた。ジドは僕たちに気づかずに、その場を立ち去るところだった。クーンに目配せして尾行してもらって、残る仲間と合流した後で殺害現場からそう遠くないジドの自宅と思われるあばら家に押し入った。
「よぉ」
僕はジドへ声をかける。
「ひいっ」
これから何をされるか悟ったジドは腰が抜けていた。
「元気か、ジド」
「……」
返事をしないジドに僕は腹パンをする。
「返事はどうした? 口がなくなったか?」
「た、たすけてくれ! 殺さないでくれ!」
「俺は死にかけたが、自分は助けてくれと?」
「このとおりだ、たのむっ! 何でも話す!」
右腕を掴んで肩関節を外してやると、ジドが悲鳴を上げた。うるさいのでもう一度腹パンをして地面へ転がす。
「じゃあ聞くが、なんであの男たちが殺された現場にいたんだ?」
「そ、そ、それはっ……」
「お前がやったのか?」
「ち、ちがうっ! 俺じゃねえ!」
「じゃあ、誰がやったんだ?」
「わからねぇ。きっとローズベルトだ! そうに違いない」
「俺が捕まって拷問で死にかかっている時に、お前があの殺された男二人とローズベルトの家にいたことはわかっている。お前、俺をハメたな?」
「おれじゃねぇ。おれがやったことじゃねえ!」
今後はわき腹を蹴り上げる。ゴホッゴホッと咳をしながら、
「すまねぇ、許してくれ! あの男が金をくれるっていうからよ」
ジドはローズベルトに金をもらって、冒険者ギルドで僕とレイナに絡んだことと、その後宿に財布を置いて騒ぎ立てたことを白状した。
「聞きたいことは大体聞いた。お前が証言するなら殺さないで生かしておいてもいい」
「えっ、本当か?」
「ローズベルトの罪を明らかにするときに、お前の証言が必要だ。それをするならば、今日は殺さずに、後で捕まっても警備兵に減刑や金銭での釈放をかけあってやろう」
「本当か? 助かる」
「しばらくこれで身を隠せ。男二人が殺されているんだ。顔を上げて表通りを歩いたら、自分がどうなるかわかるな?」
そういって僕は銀貨十枚を床に投げて、外した肩を戻してやった。
「すまねぇ、助かる」
「五日後にトレドの北門付近の魔素屋に来い。来なければ探し出して必ず殺す」
「ひっ、わかったよ。おれは長生きしてぇんだ」
「間違ってもこの家には戻るなよ。殺されるだけだからな」
そういってジドは慌てて部屋を出て行った。アオイが、
「あの男はシュウ様との約束を守るでしょうか?」
と話しかけてくる。
「近くでずっと拘束しておくより、あいつを泳がせるとまた何か出てくるかもしれない。殺されてもどちらでも、ローズベルトを殺すことに僕の意思は変わりない。クーン、頼むよ」
「わかったニャ」
再びクーンに尾行を頼んで、ジドの部屋を捜索した。地面には空の酒瓶が散乱していて、ここ数年は部屋の掃除を入れていないような有様だった。めぼしいものはなく部屋を出ようとした時に、外から濃厚な殺気を感じた!
窓を突き破って剣が十分に使える幅のある道へ出て、戦闘態勢を整える――。
「……」
殺気はしばらくそこに居座っていたようだったが、すぐに気配を消した。僕と同じで気配を感じていたアオイが、
「……いなくなりましたね」
と言った。最近レイナが熱探知を使えるようになったので、
「レイナ、熱探知はどうだ?」
と僕が聞く。レイナは、
「探知範囲の中には何もいません」
と返事した。約三十メートル周囲は探れるみたいで、その範囲内には人間の熱量を感じないようだった。
(指輪、わかったか?)
『ダメじゃ。魔素は一切感知できなかった』
(ちっ)
最後の殺気を放ってきた襲撃者と思われる人物を見失ってしまったが、ジドからの証言は非常に大きいものだった。
「シグレやウォンなら何か知っているかもしれない。それに僕を助けてくれたお礼をまだ言っていなかったな」
僕達四人は油断なくトレド内を城の近くにあるウォンの奴隷商の店まで動いたが、濃密な殺気が再び襲ってくるようなことはなかった。
奴隷商の店内にはシグレもウォンもちょうどいた。
「先日はありがとうございました。命拾いしました」
「いや、いいよ」
シグレがそう言うと、ウォンは黙って店の奥に引いていった。僕は気になって聞く。
「何かあったの?」
「いや、別に」
「今日はちょっと情報が欲しくて。何か知っていたら聞きたくて店に来たんだ」
「ひとまず奥に来なよ」
シグレは僕達四人を案内して店奥の一室に入れてくれた。お茶持ってくるから待ってと言って一度退出した。
「店でうまくやっているようね」
「そりゃそうだろう、何せ日本の教育を受けているんだ」
呑気な会話をしていたら、お待たせと言ってシグレが戻ってきた。店にすっかり馴染んでいて、まるで店長みたいな振る舞いだった。
「で、欲しい情報とは?」
「この間俺が捕まっただろう。その時に窃盗罪を被せてきた犯人がわかって、ローズベルトとジドという冒険者が絡んでいるまでつかんだ。二人のこと、何か知らないか?」
「悪いけど、それは話せないな」
「えっ⁉」
今まで協力的だったシグレの態度に僕達四人はびっくりする。
「どうしたんだよ? いきなり冷たい態度になっちまって」
ナオキが怒りを抑えて言った。当然僕もシグレに同じ思いを持ち始めた。するとそこへ、
「その件については私から話しましょう」
とウォンが部屋に入ってきた。
「シグレは話したくても話せないのです。私との契約があります」
「それはどういうことですか?」
まず僕がウォンに聞いた。
「先ほど申し上げた通りです。シグレは私と魔素術によって契約しています。内容は『シュウを助けるため罪を消すことに協力すること』、見返りとして私は『生涯私の部下として働くことと今後シュウ達が依頼してくることを断ること』を条件として提示しました」
「「「「‼」」」」
僕だけでなくみんなが一斉にシグレを見た。シグレは左腕を捲って地肌を見せてくれたが、左腕を一周する形で黒い文字が刻まれていた。ウォンはそれが契約の魔素術だと教えてくれた。
「そうだったのか……」
なぜウォンが僕の釈放のため金を払ったのかようやくわかった。
「シグレは非常に優秀な人材で、将来ウォン商会を代表する器でしょう。しかしあなたの周囲には血なまぐさい事件のにおいが付きまとっているのです。大事な部下を危険から遠ざけるため、私は交換条件で彼と魔素術で契約しました。今の彼は契約に縛られていますので、あなたとその件を話せないのです」
「ウォン……」
僕は肝心なことを忘れていた。彼も商売人であること、利益のないことはしないことを。生半可な覚悟だった自分に腹が立つ。テーブルの下で拳を握りしめて一呼吸おいてから、
「わかりました。ウォン、シグレ、ありがとうございました」
と言って部屋を出た。店を出る時シグレは部屋にそのまま残り、ウォンだけが一緒に出てきた。
「ウォン。僕の釈放のために払ったお金をあなたに戻せば、シグレの契約を解除してもらえますか?」
「難しいですね。先ほども言った通り、私は彼を手放したくありません。契約は双方の合意ですし、お金を返却すれば解除することを条件には組んでいません。またお金を積まれても私は断るつもりでいます」
「そうですか……」
ウォンのことを考えれば当たり前の返事だった。シグレの身売りがわからなかった自分にまた腹が立ってきた。皆会話がなく、重い足取りで宿まで戻った。続いてクーンが戻ってきて、新しいジドの寝床を確認したと教えてくれた。
夜、部屋に集まって皆で今後のことで僕が考えていることを伝えた。
「クーンの追跡のこともあるし、ジドの証言もある。ローズベルトを捕まえようと思う」
「捕まえるだけかい?」
ナオキが間髪入れずに聞いてくる。
「ふぅ。状況次第だな。相手が先に攻撃してくれれば楽だが」
「そりゃ、ごもっとも」
やはりナオキも、僕が奴を警備兵へ突き出すだけのつもりではないことに気づいていた。
「それでローズベルトの家へ訪ねてみようと思う」
「戦闘は?」
「もちろん、アリだ」
「オーケー」
******
翌日クーンはローズベルトが家から出ていないことを近所から聞き込んで宿へ戻ってきた。武装の準備をしてローズベルト邸へ午後に向かう。入り口に立つと、中から執事と思われる綺麗な服装の年老いた男性がすぐに出てきた。
「ようこそ、お待ちしていました」
丁寧な対応で僕たちを中に招き入れる。執事はあらかじめ僕たちの到着を予想しているようだった。
(やりにくいな)
初めからケンカ腰で刃物を抜いてもらえれば非常にやりやすかったと僕は思った。
「失礼します」
ローズベルト邸は周囲と比較しても庭が整備されており、綺麗に使われている家だった。中に入ると古い家具が目立つがどれも磨かれていてホコリ一つ落ちていなかった。室内には使用人と思われる複数の女性がいて、僕らを客間まで案内した。
「やぁ」
やわらかい声で室内に入ってきたローズベルトは気さくに僕らに話しかけてきた。
「シュウとレイナじゃないか。それにお仲間まで。今日は何かの用かい?」
まったく悪い様子を見せないルーズベルトに僕は、
「ローズベルトこそ思い当たる節があるんじゃないのか? ずいぶん迎えの手際が良いように思えるが」
と切り出す。
「うちはこのとおり使用人の配慮が行き届いているからね。それとも何か、僕と一緒に冒険者をやりたいとでも?」
両手を広げて大げさにアピールしてくるローズベルト。
「いいえ、一緒に行くつもりはありません。私はシュウに付いていきます」
レイナはわざと僕の腕を組んで仲良しアピールする。これは打ち合わせの通りだった。
「ふぅ……残念だよ」
「ローズベルト。あなたはシュウに無実の罪を被せましたか?」
レイナが単刀直入に聞いた。部屋の中が沈黙する。
「シュウが窃盗罪で捕まっている時、私にシュウと離れて別のパーティに入るよう要求してきた男がいました。勧誘してきた男は二人で、いずれも私への勧誘とシュウが釈放される可能性を告げた後にこの家に戻りました。さらにジドという質の悪い者の冒険者が同日この家に入っていったのを仲間が目撃しています。ジドにはつい先日居場所を確認して、あなたが指示していたことを証言しています」
「ほぅ」
ローズベルトの眼光が鋭くなる。
(この眼……レイナを勧誘しようとしていた時のあの『眼』だ)
「君たちは何が言いたいのだ?」
「僕たちが言いたいのはこれだけです。それでは失礼しました」
僕はすばやく腰を上げると、足早に家を去った。帰る時は使用人が見送りには来てくれなかったが、家主に喧嘩を売っているのだから当然だろう。最も先に手を出したのはローズベルトの方だが。
僕はこの家に出入りするときの構造がおかしいことにすぐに気付いていた。入り口すぐの廊下で絨毯に覆われているところに足音が変わる部分があり、地下には何かあった。また廊下の壁には一部改装した部分があり、外観と部屋の位置関係がおかしい印象があった。
(何かあるな)
帰り道に考え事をしているとレイナが、
「来ませんね」
「今日は来ないようだな。作戦を練っているのかも」
と僕は警戒を促す。ローズベルトの目標はあくまでレイナであって、その障害となっている僕にはあらゆる手段を使ってくるだろう。あるいは直接レイナを攫って魔素術で縛ってしまうことも考えられた。大通りではこちらから戦闘を仕掛けることはできないし、向こうの方が知られている分、戦闘が発生すると自分に不利な証言が集まる可能性があった。もちろん捏造の可能性も。
僕らは日中の依頼を受け続けるが、場所をトレド外にして奴の攻撃を誘うことにした。
しばらくは積極的に冒険者ギルドの依頼を受け続け、帰りが夕方になるよう設定した。行動がわかりやすい方がローズベルトは僕のことを襲ってきやすいだろうという結論だったからだった。また帰り道では、パーティにわざと先に帰ってもらって僕一人となり、帰路も決めておくことにした。日没までにトレドに入らなければトラブルありで、アオイ・ナオキ・レイナは戻ってくる予定だ。
******
数日後、日没前に僕が一人でトレドへ戻っている途中で、再び『やぁ』と声をかけられた。振り向けば、野暮ったいボロの装備をした冒険者雰囲気の男性十数人とその後ろにローズベルトが見えた。
「シュウ、調子はどうだい?」
「絶好調だよ」
「それは良かった。ところで……」
「先日の件だろ?」
「さすが。察しがいいね」
「いつ来てくれるのかと待っていたよ」
「ほぅ」
またあの時の鋭い眼光になったローズベルト。僕と彼との間に冒険者が割り込んでくる。
「取込みのところちょいと悪いんだけどよぉ」
「なんだい?」
「……死ねやっ!」
あくまで先手を相手に譲る。最初から殺気丸出しだった冒険者たちは予想通りに仕掛けてきた。日々の鍛錬と討伐でオークの集団ですら個人だけで倒せる技量に達していた僕は、訓練されていない冒険者集団に脅威は感じなかった。後ろに体を引いて斬撃を簡単に躱して、隙だらけの右肩から魔素を伝わせた剣を振り下ろした。先制攻撃をしてきたこいつは、途端に大量の血しぶきをまき散らして膝から崩れていった。
(アオイの剣筋を見ていると、こいつらは人間が武器を振りまわしているだけだな)
反撃を許さずに今度は僕が仕掛ける。棒立ちになっている数人の前に強化した脚力で移動して、腹部を横なぎに払うと三人が倒れ込んだ。彼らは一瞬で僕が目の前に現れたようにしか視えなかっただろう。魔素の気配を感じた僕はその場から移動してさらに二人を斬る。さっきまでいたところには炎が散乱していた。
(あいつは美味しそうだ)
『吸い取ってしまえ!』
炎を放った魔素術使いは簡単に接近を許してしまい背後を取られてしまう。首を絞めつつ、魔素をありったけ吸い取った。仲間が僕に弓を引こうとするがその正面にはほぼミイラ化している仲間がいて、もう死ぬ寸前なのだがその判断ができない弓持ちは射ることができない。そのうち呼吸も止まって朽ち果ててしまった。
残った雑魚が背を向けて逃げ出す。
(一人も逃がすかよ)
ここで逃走を許せば後の災いとなるのはわかっていた。逃げかかった数人に『雷伝』を放って硬直させておく。走り始めたばかりのやつは派手に転んだ。寝ている奴らの首を掻き切っていく。最後の一人だけは、またゆっくり魔素を美味しくいただいた。この間ローズベルトを観察していたが、ただ後ろで腕組して戦闘を見ていただけであった。
夕焼けはもはや沈みかかっている。冷たい風が二人の間を吹き抜けた。僕はローズベルトの真正面に立つ。
「……」
「さて、ローズベルト。貴様はどうするか?」
自分の中で何かがはじけるのがわかった。理性を越えて戦闘を好む僕がそこにいた。
「……。まいったよ。降参だ」
僕が期待していた答えではなかった。
「降参だ。君の勝ちだ」
「俺が勝つと言うことは、貴様が無実の罪を着せてきた犯人だと認める。そういうことだぞ」
「あぁ」
あっけない答えに拍子抜けしたフリをする。
「このままトレドへ連行して警備兵へ突き出すぞ」
「君に従うよ。戦っても僕に勝ち目はない」
そういうとローズベルトは背中から剣を外して鞘ごと足元へ放り投げてきた。
――ドスッ――
(ずいぶん重そうな剣だな)
剣は前に冒険者ギルドで会った時や家の中では見たことがなかった。初めてみたが、たしかにそこから鼓動のようなものを感じた。
(これは⁉ 普通の剣じゃないな)
「何をしている」
「降参の意思表示だよ」
ローズベルトは戦闘なしにトレドまで一緒に移動するような奴ではない。僕はその剣を拾い上げるつもりで屈んでわざと目線を切った。頭上からスッと衣類がこすれる音がして、奴が急接近して何かを突き出してきた。ローズベルトから見れば体勢の悪い相手への必殺の一撃だったのだろう。当たる寸前に奴の顔とナイフを繰り出してきた姿を捉えたが、今まで見てきた中で最も凶悪な顔つきで下品な笑い方をしていた。
(ああ……)
ローズベルトは僕の思っていた通りの奴だったと思ったら、自然にこちらも笑顔になった。
奴が突き出してきたナイフが鎖帷子を貫通して僕の体に刺さる――。その瞬間突き刺さったはずのナイフが体を素通りした――。鎖帷子はその場に残り、体はそのまま雷となって消えた。
(『雷変』)
僕を見失って焦るローズベルト。そのまま奴の背部で雷から実体化した僕は、たっぷりと雷の魔素を通した剣を振り下ろした。奴は右肩から先の一部とナイフを失った。
「ぐっ、なにを⁉」
出血する腕をもう片方で抑えて僕から距離を取ろうとする。
「そんなのはわからなくていい」
これから死にゆく者にわざわざしゃべる気はない。再び強化した脚を使って一瞬で移動した僕は、ローズベルトの口元を手で塞ぐように掴んで、奴の魔素をしっかりといただく。
「う……、っ……」
大量の出血に加えて急激に体内の魔素が抜かれていくので、著しく生気を失っていくローズベルト。
「…………」
まもなく抵抗する力もなくなり、体がミイラ化していく。絞りつくしたところで僕は奴を放した。
「さて、これからどうするか?」
周囲には散乱する死体ばかり。
「警備兵にこのまま見つかるのはまずいか……」
死体からめぼしい所持品をいただいてから、雷の魔素術で土をえぐり、死体を入れて土を被せた。
ローズベルトが捨てた剣は土に埋めないことにした。奴は重たそうに持っていたが、僕が持つ分には重さを感じなかった。
(おかしいな……)
違和感があるが、今はこの場を離れることが優先だと思い直し、剣をローブに包んで目立たないようにして、アオイ達と合流すべく急いで帰路についた。やがてトレドの寸前でアオイ達が向こうから来ているのがみえた。
トレドの外で状況を確認すると、ローズベルトは僕たちの動きを把握していたようで、帰宅の遅い僕を迎えるためにトレドから出ようとしても警備兵が冒険証の確認だとかいろいろ難癖をつけてきたので合流が遅れていたのだった。アオイは僕を大変心配してくれて全身を確認し始めたが、怪我はないことをわかってくれた。
「無事で良かった……」
「ローズベルトはやはり僕が思った通りの犯人だったよ」
「自白したのですか?」
「行動でね」
僕はすでにローズベルトとその一味を葬ったこと、死体を埋めてきたことを話した。警備所へ届け出をだそうか迷ったが、ローズベルトが手をまわしているならば逆に犯罪者扱いされる可能性があった。すでに投獄を経験済みでトレド警備兵の立件の甘さを実感していたのでこちらからは行動せず、彼の失踪について何を聞かれても知らぬ存ぜぬの方が良いと思った。この点は皆の意見も変わらなかった。
トレドへ入るときは少し緊張したが問題なく、ニーナばあやとクーンへ報告をして宿に入った。
翌朝、朝一番でクーンが報告のため宿に来ていた。昨日ジドが殺された、と。




