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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第百一話  炎龍と雷虎Ⅳ

「!!」


 カーターはすぐに自分の足元に絡みついた人食い草を、熱と自身の脚力で引きちぎって僕と距離を取る。だが、まだ自分が何をされたのか分かっていない。

 魔素文字をかき消そうと炎の魔素術で消しにかかったが、すぐにやめた。これが契約の魔素術だと気づいたためだった。


「貴様っ! 何をしたっ!」

「すぐにわかるさ」


 契約の魔素術はカーターの周囲をぐるぐると回り、徐々に文字輪を縮め、やがて消えていった。終わると同時に、胸元から炎の精霊(サラマンダー)がヌっと顔を出してきた。その表情は明るい。

 テクテクと歩いて、そのままカーターの胸元から空中へ浮遊、大学校舎とは反対の森のどこかへそのまま飛んで行った。


 混乱するカーター。


 後ろからアオイが戻ってきた。


 僕たち二人は格上に対して爆発的に体内の魔素を消耗しながら実力の底上げをして戦っている。元々魔素の量が少ないタイプのアオイは、後方でニーナばあや特製の魔素補充ジュースで魔素補充をしていたのだった。


 唖然としながら自分が縛っていた精霊が飛び去った森の方をまだみているカーター。


「そろそろ降参するか?」


と問いかけた。

 こちらに向き直ったカーターの顔は、この世の者とは思えないほどに歪んでいた。


「シュウぅぅ~~」


 低い声が地面に響く。奴の周りの取り巻く魔素が赤黒く変化し、大気が今まで以上に熱を帯びてきた。


(先ほどの炎と接近戦で、ナオキの「水壁」がかなり削られている。もう一撃もらったら術が崩壊しそうだ)


 敵が持つ予想以上の火力。


「何をしたぁぁ!」

「かわいそうな精霊を開放したのさ。見てわかるだろう」


 僕も体内に保有している魔素が半分近くまで減っている。どこかで補充したいところだが、カーターはそうさせてくれない様だ。


「許さんっ! 焼け焦げて死ねっ!!」


 カーターが後ろに飛び退き、大学校舎屋上まで跳躍した。同時に身に纏う炎の魔素術が極限まで高まり、炎の龍剣へと注がれるっ!


 時刻は夜明け。ちょうど向こうの地平線から太陽が昇ってきた。

 地平線から降り注ぐ赤光に、カーターが重なるっ!


(化け物めっ!!)


 秘術が来る。


 それは必死の一撃。


 避けるか、それ以上の一撃を放つしか、生存の道はない。敵の技量からみて避ける選択肢はない。ならば打ち破るのみ!


「背後の校舎に隠れろっ」

「シュウ様、補充は?」

「大丈夫だ。自分で何とかする。それよりも打ち負けた時はしっかり躱せよっ」


 すでに敵は発動の準備を進めている! 僕も魔剣へ濃密な魔素を注ぎ込みつつ、力強く地面を蹴って、さらに雷変を使い敵と反対側の校舎屋上に上がった。


 奴と空間を隔てて正面から向き合う。その凄まじい熱量! それはまるで一つの恒星。


――コォォォォ――


 低い唸り声をたてて、体内の魔素と左手甲十字の紋章から出した魔素を混ぜて魔剣へ注ぐ。ちょうど体内の魔素が残り一割を切った段階で、指輪からゴーサインが出た。


(こんなに高い威力なのか⁉)


 自分の術に対してではなく、カーターの秘術に対して思ったことである。奴は精霊の加護を失ってまだこの威力を打てるのかっ⁉ と。

 魔剣は見たことのない量の魔素に満ち溢れ、大気が歪んで見えた。


――コォォォォ――


 周囲に生物の気配はない。隠者の里連中も目的を達したら速やかに距離を取る様に伝えてある。


「シュウぅぅぅぅ、この罪は重いぞ~」

「もとより有るべきところへ解き放っただけだ。罪ならばお前の足元に遠く及ばないぞっ」


 向こうの屋上にいるカーターの輝きがひと際高まった。


(来るっ)


「死ねぇぇぇぇーーーー!」

「唸れぇぇぇぇ! 雷哮(らいこう)ぉぉーーーー!」


 魔素充填が終わった魔剣同士の秘術打ち合い。

 大気が割れんばかりの豪音と共に炎龍が打ち出され、奴の頭上からかみ殺すかのようにこちらへ迫ってくる!


 僕も極限まで高めた秘術「雷哮」を解き放った。雷光を纏った虎が形成されて、大きな牙をむき出しにして、龍を迎え撃つ!


 両者の中間地点で秘術同士がぶつかり、お互いをむさぼり、食い破ろうとするっ!


――ドッゴォォォォーーーーーーーーン――


 術と術の間に衝撃波が発生。


 大学校舎の窓が全割れしてはじけ飛ぶ!


 僕は数秒ほどその場で耐えたが、やがて後ろ側へ数十メートルまで吹き飛ばされた。さらに地上まで落ちて、回転するように転がり、大学校舎の壁に体を打ち付けて止まった。


 炎龍と雷虎。


 両者のぶつかり合いは指輪のほぼ予見通り互角であり、中間地点で魔素が爆散して二度目の衝撃波が発生、炎と雷を盛大に周囲にまき散らして消えた。


 僕はすぐに打った肩に自己治癒をかけて回復を図った。保管庫(インベントリ)から魔素ジュースをまとめてつまみ出して、封を切って喉に流し込んだ。

 チラっと空を見上げる。一度は覗いた太陽であったが、新たに大学校舎のある区域上空では雲が覆い始めていた。


(よしっ! あいつは……?)


 カーターは健在と思われた。自分が吹き飛んだだけなのだから、向こうも対してダメージは負っていないだろう。

 指輪の示す方向のアオイと合流、ナオキの「水壁」をかけ直して、さらにお互いに補助魔素術をかけ合い、すぐに追撃を開始した。


 指輪の探知が勝り、爆炎の向こうにカーターを見つけた。


 再び攻撃を開始する。


(ことごとく先手を打つ!)


******


――僕が貿易都市トレドに半年ぶりに戻り、クリス王女と作戦会議をした日――


「作戦は――奴を、カーターを徹底的に『嵌め』ます」

「というと?」


 クリス王女が聞き返す。


「奴一人と戦える状況をつくります。それにはここにいる皆さんの協力は元より、隠者の里、トレド、冒険者ギルドの協力も不可欠です。敵は僕に深く執着しているので、そこを利用します」

「おびき出すのね? 具体的には」

「深夜の人気のない場所のクエストを受け続けて、僕の行動パターンを敵に知らせます。場所はトレド北側の野党集落か、僕たちの転移した大学校舎がいいでしょう。そこに襲われたフリをして敵を誘い出します」

「うんうん」

「周囲の敵については、予め配置した隠者の里の連中にやっつけてもらいます。これもカーターとの闘いに集中するためです」

「でそこからはどうするの?」

「まずカーターの巨大な戦闘力を落とします。炎の精霊(サラマンダー)は無理矢理縛り付けられているはずで、それを解除(はず)します。僕の契約魔素術の特性(スキル)を使って、契約を上から上書きしてしまいます。これで縛りがなくなり、炎の加護を奴は受けられなくなります。接近戦ももっとしやすくなる」

「ちょっとそれだけではこころもとないわね」

「接近戦前にはナオキに創ってもらう魔素玉を展開します。魔素玉には水の障壁、そうですね『水壁』とでも呼びましょうか。それを仕込んでもらいます。これで熱と炎の魔素術のダメージを軽減できます」

「なるほど」

「敵はこちらの半年間の急激な階位上昇(レベルアップ)を知りません。僕の戦闘技術も大幅に上昇しました。前回打ち合った経験からですがこれで奴に届くと思います」

「現実的ではある」

炎の精霊(サラマンダー)が外れたら、接近戦主体に持ち込みます。奴の秘術は僕が打ち合いますので」

「負ける可能性は?」

「自分が使える魔素量は皆さんが思っている以上に多く、秘術同士の打ち合いでも相打ちに持ち込める見込みです。こればっかりは信じてもらうしか……」


 実際には指輪の計算が働いているのだが、そこは皆には伝えなかった。


「それでも奴を討ち取れなかった場合には、後詰をお願いします。冒険者ギルド所長でもいいですし、こちらもケンザブロウさんという隠者の里長に依頼します。私のことは捨て置いて、とにかく奴を倒してください」

「……そこまで覚悟があるということね」

「接近戦では、僕とアオイが攻撃しますが、僕が陽動と盾役をして、主にアオイに攻撃してもらいます。彼女の斬撃は奴の魔素防御を打ち破れる強さです」


 チラリをアオイの方を見たが、迷うことなく頷いていた――


******


 カーターも衝撃波によって吹き飛ばされ、地面を転がっていた。


 先ほどの影響ですべての「黒霧」が消し飛ばされ、周囲に仕掛けていた罠も潰れていた。しかし視界には、秘術同士の競り合いが生み出したコンクリート破片と粉塵が巻き上がり悪い状況が続いている。そこらじゅうが燃え上がり、帯電しているため、カーターの熱探知が効きにくかった。


 ちょっとでも斬られた場所の回復を図ろうとしたとき、粉塵が波打つような空気塊が体にぶつけられた! 今度は踏みとどまったが、その中からヒュと二つの影が飛び出して自分の肩口と脚を斬っていた。


「グッ!」


 着地後、僕は油断なく正眼に構え、またその右後方にアオイが陣取る。


 カーターは術中に嵌りつつあるのを感じていた。


 回復するスキを与えないため、さらに連撃をおこなう。

 僕が奴の正面へ斬りかかる。受け流されると次の攻撃が無効化、あるいは反撃が来るため、流せないように奴の態勢を直前に見極めて打ち込む。できれば鍔迫り合いの型に持ち込み、その隙にアオイが横から斬撃を繰り出して四肢を斬ってすぐに離れる。


 繰り返すこと数度。奴のイラつきを全身で表現するようになってきた。


「ゴミ虫どもめがぁっ!」

「どっちのセリフだよっ」


 たまらず炎の魔素術を練って放出を始めた。火炎球が向かってくるが、「雷伝」ですべて相殺した。


――ズババァァァンンン――


「ちっ、クソがっ!!」

「もう芸がないのか? 元ギルド所長も大したことないな」


 指輪はカーターが保有する魔素量がそれほど多くないことを伝えている。


 奴はキッとこちらを睨んだ。


 すると先ほどまで持っていた炎の龍剣をなんと鞘へ戻した。


「!」


 これにはアオイも驚いた。


 続いて「むぅん」という唸り声の後、カーターを取り巻く魔素は弱まるどころかますます力強くなった。

 どんどん魔素が溢れてくる。

 目を凝らすとその無限とも言って差し支えない魔素は、魔剣と鞘から供給されていることに気づいた。その総量は先ほどの秘術の比ではない。目の前に炎の龍が生まれるかの熱量を放っている!


(何だっ? 急激に魔素が奴に流れ込んでいるっ!)


 隣で「あれはいけないっ!」とアオイが叫ぶ。


『爆発させるつもりじゃ』


 今日一番の大きな指輪の声が頭に響き渡った。


(爆発っ⁉)

『そうじゃ、炎龍の怒り(だいばくはつ)が来るぞっ!』

(そんなの早く言えよっ)


 「アオイ逃げるぞ」と言いかけて、カーターと大学校舎の今の位置関係に気づく。


(! 近くに呼ぶ『門』がある……)


 距離にして五十メートル程度。


 呼ぶ『門』は、はじめ大学校舎が転移されられた時から存在していて、日本からこちらへ来る際に使う大事な入り口にあたる。呼ぶ『門』と返す『門』は一対。どちらかが壊れたら、もう片方も壊れて、最悪日本へ帰れなくなる可能性があった。

 指輪が大爆発というぐらいだから、魔素術にはめっぽう強い転移門も破損する恐れがあった。


 咄嗟の判断で僕は防御することを決意する。


「アオイっ。僕を信じて」


 腕を取り、急ぎカーターから離れて、呼ぶ『門』の正面に立つ。奴から見て、僕とアオイが呼ぶ『門』を守る様に立つ。


「門を守るのですねっ!」

「そうだっ! 合図したら自分と門だけに防御魔素術を張り巡らせろっ!」

「そんなことだとシュウ様は?」

「僕のことはいいっ! とにかく自分と門だけに魔素術を展開しろっ。いいなっ!」


 すでに先のカーターは周囲が炎で取り巻かれてその姿は見えない。先ほど太陽と重なった奴を「恒星」と言ったが、今の奴は「太陽」そのものに見える。大爆発はどの規模か想像もできないが、秘術よりも高い威力であることは違いないだろう。


『構えよっ、シュウ! 来るぞっ!!』

(今だっ!)


「アオイッ!」

「はいっ!」


 アオイの返事が響く前にカーターが立っていた中心地から光が漏れ始め――


――ボボボボボォォォォオオオオォォーーーーン――


 大爆発の瞬間、視界が真っ赤に染まった!


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