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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第百話   炎龍と雷虎Ⅲ

 迫ってくる影を背中に感じながら、適度な速度で僕とアオイは駆け抜けた。いつかの野党集落を抜けて、さらに北側へ――


 その間、敵集団は襲うことなく、一定の距離を保ってきている。息切れを装いながら、把握している敵魔素を誘導する。自分たちが今以上に移動速度を上げることは可能だが、引き離すぎて彼らに見失わせてはいけない。


 今日、ここで確実に仕留める必要があるのだから。


 間もなく渓谷の入り口に到達した。敵が前方から現れる場合も想定していたが、今のところその気配はない。

 チラリとアオイの方を確認、二人で一度止まった。僕と彼女は息一つ乱していない。


(よし)


 ヒュッと自分の足元に矢が撃ち込まれる。


 予想の範疇。バックステップを踏んで躱す。そのまま木々の間から襲撃者たちが顔を出してくるのを待つ。先ほどの攻撃と同じならば遠距離からの攻撃は無効。この印象は深く刻み込んだはずだから、追い付いて直接攻撃に切り替わる想定だ。


「ちっ」


 十数人の襲撃者が音もなく顔を出してきた。そのまま輪をじりじり狭めてくる。


「多いなっ、アオイ! こっちだ!」


 また腕をつかんで無理矢理引っ張り、渓谷の上へ上へと駆け上がる――! 今度は全力で移動する。階位四十を越え、かつアオイの風の魔素術で後押しを受けた僕らは、敵に追いつかれる可能性は極めて低いと踏んでいた。


「あそこだっ」


 僕らは最後の坂を抜けて、正面に大学校舎を捉えた。


「上にっ!」


 逃げるように校門をくぐり、四階建て校舎の屋上へ――! 自分は雷変で、アオイは風の魔素術で自らを吹き上げて、屋上のコンクリートへ着地した。


 正眼に構えたまま、階下の動きを探る。指輪の魔素探知は、敵は初めて見た大学校舎に戸惑ったがそれでもまた取り囲むように陣取ってきているのを捉えた。


(さて、出てくるか……)


 二人で油断なく構えていると、階下から熱量の塊である何か飛んできた。


 僕は来たなっ! と思いつつ、着弾点から飛び退いた。ボゴォンと屋上のコンクリートを焼いて抉った。

 アオイもこんなのろまな攻撃を受けるほどではない。


――この状況で自らの存在を誇示するように炎の魔素術を放つ敵は一人しかいない!――


 続いて軽やか登ってきた影が一つ。着弾点で弾けた炎に照らし出される。


「カァータァァーー」

「シュウぅぅぅ、久しぶりだなあ~」


 ここまでの誘導は完璧だった。



 夜明け前の大気がピリピリする。戦意むき出しの魔素を纏い、奴が――カーターが出てきた! 得意の炎の龍剣ファイヤードラゴンソードはまだ背中に装備しているだけで、彼は腕組みしていた。明らかに油断している。


(時間稼ぎ……いや、まず合図だ)


 順番を間違えそうになる。


「半年ぶりか? よく生きていたな。嬉しいぞ~、あの攻撃で崖から落ちて死んだとずっと思っていたからな」

「しぶといのが取り柄でね」


 僕はカーターに攻撃をすると見せかけて弱く練った魔素を雷に変換、真横へ「雷伝」を放った。雷伝は一見すると屋上のコンクリートを焼いただけに見えるが、予め仕掛けておいた導火線に着火している。

 じりじりと火は進み、数秒後ヒュ~と上空へ打ちあがる火の玉――これは予め仕掛けておいた花火だった。


――ドーン、ドッドーン――


 大学校舎屋上から打ち上げられた数発の花火が、夜明け前の空を染めた。花火は日本から持ち込んでもらい仕込んでいたのだった。


「なんだ? 俺を攻撃しないのか?」

「お前が知る必要はないな」

「そう邪険に扱うなよ、シュウぅぅ~。もっと仲良くいこうじゃないか」

「どの口が言うんだ! 貴様のせいでどれだけ多くの人が死んだと思っているんだ!」


(時間稼ぎに付き合ってくれるのならば好都合……!)


 階下には僕たちを取り囲むように配置されている敵集団。そのさらに外輪に魔素が複数出現した。

だが慌てることはない、これは僕たちの仲間だ。


 先ほどの花火で「カーター出現」の合図を送った僕は、奴との戦闘に集中するべく、周囲の敵排除を依頼していた。土中に隠れて待機していた隠者の里連中に闇討ちをかけてもらう、その合図だ。


 広範囲探知ができる闇の指輪が、すでにあった魔素に後方から別の魔素が近づき、前者の魔素が探知できなくなる状況を伝えていた。作戦は順調で、僕は慌てることなく時間稼ぎに徹する。奴は仲間が、こうしておしゃべりしている間に一人ずつ消されていることにまだ気づかない。


「俺のことを調べていたようだな」

「ルベンザで俺を襲わせたのも貴様だなっ⁉ 早くから俺たちのことを目に付けていたなっ!」

「当たり前だろう。俺以外に誰がいるんだ? 死にかけて阿呆になったか?」

「無駄なことをっ。なぜ俺に付きまとうっ⁉」

「目立っていたからな。短期間での功績、若い人間族の集団、頭の回転も冴えている。必然的に間引くのよ」

「間引くだと!」

「冒険者ギルドに強い冒険者は要らないんだ。何せ強い魔物は俺が倒すからな。何でも言うことを聞こうと頑張って冒険する、うだつの上がらない冒険者でいいんだよ」

「……そういうことかっ!」


 クリス王女からの報告書には、不自然に行方不明者になった冒険者には一定の傾向があり、新鋭と呼ばれる若い冒険者が多いことを指摘していた。こいつは過去十年以上にわたり、貿易都市トレド発の若手冒険者の芽を摘んでいた。


 怒りで左腕の紋章が輝きをさらに増すが、僕の首元をアオイの――敵に悟られないように発動した――風の魔素術が通り抜けた。ひんやりとした空気で我に戻る。


(怒るな……装うだけでいい。冷静に。相手は格上、忘れるな)


「なぜそのようなことを?」

「調べたはずなのにわかっていないのか。都市の弱体化が狙いだ。いずれ国崩しをするつもりだったからな、その下準備というわけだ」

「北の宗教国家の指示かっ⁉」


 カーターの顔つきが、北の国の名前を出されて不快な顔に変わる。


「しばらく見ないうちにどこかで芸を身に着けたようだが、それでもまだまだ青いな」


 カーターも抜刀した。これ以上会話に付き合う気はないようだ。奴の愛刀である炎の龍剣も三人しかいない屋上で圧倒的存在感を放っている。


 自分の魔剣を握り直す。


 新しい魔剣からは「恐れ」の感情は感じない。むしろ初めて持った時からこの時を待っていたと言わんばかりに、「目の前の敵を切り刻んで魔素を吸わせろ」と語りかけてくるようだ。


(いける……!)


 自分と十字の紋章。二か所から魔素を高めて引っ張り出し、混ぜて、自分の全身に纏わせる。どのぐらい俺が強くなったかは、奴がこれから身をもって知るのだ。


 この間も奴の知らないところで、襲撃する側が襲撃される側に変わっている。魔素が一つ音もなく消え、また一つ消えた。


「んっ?」


 カーターが唸った。視界の向こうにある大学校舎地上階で炎が上がった。予め予想していたが、今回襲う連中にもカーターは炎の魔素術で契約をかけているのだろう、散命したため契約が実行され、その遺体を焼いていると推測された。


――キーン――


 続いて金属音。襲撃者側が後方から襲ってくる隠者の里連中に気づいたと思われる。それは僕とアオイ、対峙するカーターの耳にも入った。予想しない場所とタイミングで戦闘音、再びカーターが眉をしかめ、一瞬前方への集中力が途切れた。


 この半年間の僕たちのレベルアップを奴は知らない。音を置き去りにする速度で僕とアオイは申し合わせた通りに急接近! 初手を仕掛けたっ!



――ボフッ――


 以前よりはるかになめらかに発動、時間を短縮した「雷速」で僕が接近、肘打ちを奴の顔面に打ち込んだ! 続いて僕の背後から出現したアオイが斬撃を繰り出す!

 強烈な一撃をもらったカーターだったが、僕が狙った顎には命中せず。若干ふらついた奴ではあったが、実力は高くその後の不用意な大ダメージまではもらわない。

 すぐに態勢を立て直し、アオイの追撃を裁く。

 アオイも大振りすると手痛い反撃をもらうので、致命傷を狙うのではなく手傷を負わせること特化した斬撃を繰り出している。


――ズバババァァンン――


 続いて奴の足元へ「雷伝」の束。また一瞬、カーターの動きが鈍る。気を吐いたアオイが先ほどよりも踏み込み、今度は奴の肩口を斬った!


「ちっ!」


 ブシュっと血しぶきが舞う。カーターは飛び退くと同時に炎の魔素術を数発放った。僕とアオイはあえて避けることをせずに、僕は雷伝で相殺、アオイは風を纏わせた残月にて術を斬った。


「なめやがって」


 いら立つカーター。すると四肢に力が漲り、大気が震える。眼も体も赤くなり、濃密な魔素が覆う。チリ、チリチリと大気中の埃が燃えていくのがわかる。


(……とうとう本気で来るな)


 アオイに目くばせする。ベルトに予め取り付けていた魔素玉にわずかな魔素を流し込み、それぞれが自分の体に打ち付けた。


――ボワァン――


 魔素玉に仕込まれていた術が発動、僕とアオイは水膜で全身が覆われた。


 魔素玉の中身はナオキが全力で仕込んだ水の魔素術だ。カーターと接近するとその熱量で体力が削られ、さらに火傷を負うことになる。このダメージを遮って、戦いを有利に運ぶために僕が予め頼んでいた。

 かつては足裏に張り付く程度だったが、階位(レベルアップ)にて全身を保護する膜に変換可能となり、この球一つ一つに彼の全力が封じられていた。

展開された膜をみてカーターはその性質を悟ったのであろう。


「どこまでも目障りな奴だなっ! シュウ!」

「俺も同じことを思っている。今日ここでお前を倒すっ」

「そんなチンケな術ごとき。貴様らごと消し飛ばしてくれるわっ」


 奴の防具から、ぬっと炎の精霊(サラマンダー)が顔を出してきた。相変わらず悲しげな表情をしている。


 戦いはまだ始まったばかり。


******


 シュウとアオイが雷伝にて花火を打ち上げた同時刻。


 音は貿易都市トレドまで届いていた。午前未明の時刻であり、気づいた者は不思議に思っただろう。

これを合図に都市内で待機していたコトエと隠者の里連中の一部、タクヤとケンタロウらは敵拠点へ一斉攻撃を仕掛けた。元々見張っていたのだが、本日は二十人近い数で、それも深夜から出かけたのを確認していたため、部隊に緊張が走っていた。


 スラム街奥の施設では闇に乗じて、一人一人と気絶させられた。人数が多い部屋には雷の魔素玉を使うことになっていたし、敵の数は多くはない。コトエたちは正確に、それで急ぎながら役割を実行していった。


 彼女の頭の中には、シュウの心配が大半を占めるようになっていた。親玉のいない敵拠点の制圧はそれほど難しくなかった。


 彼は、自分とアオイで敵親玉を倒すと言っていた。実力は、自分とシュウが共通して知っている実力者のうち、隣国の守護聖に赴任したビヨンドに近いと言っていた。ならば少しでも加勢があったほうがいい。


(向こうにはギンジと里長(ケンザブロウ)がついている。彼らは首尾よくやっているだろうか)


 間もなく施設の制圧が終わった。こちらの損傷は軽微、対して敵は気絶して捕縛か、殺されている。ここでの勝敗は明白だった。


 役人とは予め連絡をつけてもらっているため、制圧の報告をタクヤたちに任せて、コトエは部下数人を率いてすぐにトレド北門から出た。


******


 魔剣を再び正眼に構え、対峙する。僕の右後ろにアオイが続いて構える。彼女は残月を担ぎ、右耳横に沿わせるような構えをとった。


「やるぞっ!」


 返事を聞かぬうちに二回目の連携攻撃を仕掛けた。


 幾度となく練習した連携攻撃。僕が先に仕掛ける「虚」の攻撃、アオイが後ろから「実」の攻撃。受け方を間違えれば途端に二人から切り刻まれることになる。カーターはこの連携攻撃の性質を早くに見切って、虚に惑わされることなくアオイの斬撃に合わせている。


――ガキィィィンン――


 アオイとカーターの鍔迫り合い。必ず二対一になるように。そう刷り込んだ自分の戦闘シミュレーションに従って僕は側面から魔剣で突くように攻め立てる。


「邪魔だっ」


 競り合い中のカーターからノーモーションで炎の魔素術が放たれ、僕を直撃する! ボっという音で、浮き上がり、燃え上がる自分の体。息が苦しくなる前に、自分の体に「雷壁」を造り上げ、炎を吹き飛ばした。


 アァーーという怒号と共にアオイが発奮。魔素術を放って奴の力が弱くなったところで、鍔迫り合いを押し切り、カーターの重心が高くなる。


 チャンスと見た僕はすかさず、「雷変」を発動。そのまま最高速度でカーターの体に体当たりをした。

 元々二人の連続攻めで後ろに引きさがりつつあった奴は、大学校舎屋上の隅に追いやられていた。そこへ体当たりをまともに受けたため、地上階へ落ちていく。


 すかさず追撃。


 屋上から迷わずに飛ぶ。カーターの着地地点を狙って「雷変」で高速移動だ。


 一方。地上階では、僕たちが戦闘している間に周囲の敵戦力を削ぎ取った隠者の里の連中は、魔素玉をそこらで展開していた。この魔素玉には闇の魔素術である「黒霧」を仕込んでいた。それも大量に。

 そのため、現在大学校舎周辺の地面は黒い霧で覆われていて視界不良だった。


(だが僕たちにはハッキリ見える)


 黒霧の影響はこちら側にはない。カーターは落ちていく途中でこの光景に気づいている。奴の身に纏う炎の魔素術で黒い霧を意識せずに散らしているが、周囲一メートル以上の視野はないはずだった。

 それでも僕の「雷変」の魔素を嗅ぎつけたのか、雷光が漏れたか。上空からの斬撃は虚しく空振りに終わった。


「小癪な手をっ!」

「アオイっ!!」


 突如カーターにぶつかる突風。言うまでもなくアオイがおこした風の魔素術「突風」。空気の塊を高速でぶつける術。

 ドンっと奴の体に空気がぶつかる音。強固な魔素で身を固めている奴にダメージはない。

 だが奴とはいえ、三歩ほど後ろによろついた足を送らざるを得なかった。


――バキィン――


 カーターの左脚のうち、足首下から地面に埋まった。予め仕掛けておいた隠し穴とそこを覆う土。こいつを目立たなくするためわざわざ「黒霧」を展開していたのだ。

 同時に甲高い何かが割れる音がした。穴には衝撃で発動する魔素玉を仕掛けてあった。

 ヒュッヒュッと左脚に取りつき、捕食した獲物を食らいつこうとする「人喰い草」――ナオキの魔素術だ――!


 熱に弱い植物系統であるが、カーターをその場に留めるには十分すぎる威力を持っていた。


(一瞬で十分)


 カーターがよろついた時点で一秒後の未来予想図を見た僕は、再び魔素玉を取り出し、魔素を流して発動寸前の状態にした。奴に急接近、足元に気を取られると同時に左肩に魔素玉をぶつけた。


――ボワァァン――


 鈍い音を出して、魔素玉が展開される。今までになく緻密に描かれた魔素文字が奴の周囲に展開されたっ!


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