第九十九話 誘う者
あれから二日後。
本日、アリサがとうとう日本へ帰還する。
早朝。夢幻の団は彼女のささやかなお別れ会を風雲亭で開いた。食事を宿の主人、女将に頼み、さらにアオイとレイナも手伝った。普段はテーブルに並ばない豪華な食事に、アリサはすごく喜んだ。
アリサの喜びを越えて、ナオキが食事にガっついていたのは言うまでもない。彼には作戦準備で連日フル稼働してもらっているので仕方ない気もする。
この後、彼女は自衛隊の帰還組と一緒に移動を始める。
アリサから全員にお別れの言葉があり、会が終了した。皆と最後の挨拶をしているアリサに近づく。僕もさよならをした。
「待って! シュウ」
立ち去ろうとする僕にアリサは紙を渡してきた。
「これを」
「?」
「実はあれからずっとあなたのことを占っていたの。どうしても力になりたくて」
「ありがとう。でも僕を占うことはできないのでは?」
「そうなの。それでアオイに相談して占う対象を変えたの。あなたがアオイと共闘すると聞いたの。それで……」
「! アオイを占ったんだね?」
「そう。昨日までは、たいしたことない内容だったの。でも今朝の結果がこれなの。何回占っても同じで、伝えようか迷っていたの。そしたら彼女が伝えてほしいって」
――相対する炎と雷の結末を見届けるであろう――
炎はカーター、雷は自分の暗示だろう。どちらが勝つとも書かれていない。
実はこのお別れ会の十数分前。隠者の里の連中からシュウに連絡が入っていた。
内容は二つ。
ルベンザで襲撃した者を返り討ちにしたが、その遺体を隠者の里に運び込み、調べてもらうことにしていた。調査で犯人の侵入ルートが割れた。襲撃者の一人は北の宗教国家から直接ルベンザ入りしていた。日付は僕がルベンザに戻った後だ。敵は何らかの方法でルベンザへ僕が戻ってきたことを知り、暗殺者を都市内に潜伏させたことが確定した。しかも例にもれず、北の宗教国家絡みである。素性を調べるには同国へ入る必要があるが、そこまでリスクを背負うことはしなかったと。
それ以上の情報はどんなに調べても、ルベンザや隠者の里からは絞り出せなかった。
二つ目はトレド領内のことである。クーンが半年かけてピックアップした犯罪組織の可能性がある拠点は、すでにトレド入りした隠者の里の連中に引き継がれ、あの手この手で見張られている。総勢百人を超える人数を配置して、頭領であるケンザブロウさんも現在こちらへ滞在していて、総指揮に忙しい様子だった。
警戒していた拠点のうち一カ所の動きが慌ただしく、厳重警戒になったそうだ。それが昨日深夜のこと。周囲には人が配置されて、近づけなくなったという。
だが近づけないからといって、そこで終わる僕たちではない。ずっと「音球」を使用して動きを探っていた。これは魔素球にアオイの得意系統である「風」の魔素術を仕込み、「盗聴」するのである。魔素球は二対で、「発信」と「受信」に分かれる。「発信」を封じ込んだ魔素玉を警戒地区の建物にぶつけておけば後は勝手に音がこちらに流れ込んでくる。尚、二対の発想はシュウが最近多用している転移の魔素術をみて、アオイが真似た技術であった。盗聴した内容はとぎれとぎれではあるが、頻繁に「シュウ」・「襲う」という言葉が多かったと。
残念ながら音球も万能ではない。まさか室内に投げ入れて魔素玉を展開するわけにはいかず、必然的に屋外――例えばスラム街の住宅の壁など――で展開するしかない。周囲の音も拾ってしまうし、室内奥の方の会話は拾えず、魔素玉の術が発動した近い位置の会話しか拾えないのである。
だが、今のシュウたちには十分な情報であった。
(カーターがトレドに戻ってきたな)
僕は確信を得た。
「ありがとう、アリサ」
「あなたがいなかったら私は日本に戻ってこれなかったわ。本当にありがとう」
「そんなたいしたものじゃないよ、僕は」
「お願い! 生きて帰ってきてね」
「ああ、約束する」
あまり心配させないように僕はアリサをハグした。
その後、風雲亭の入り口で彼女たちを見送った。
******
僕はコトエ、ギンジを除いた夢幻の団員を引き連れて、トレド内の冒険者ギルドに顔を出した。アリサを見送った翌日のことである。
「やあ、アイル。久しぶり」
受付には今日も背筋ピンのアイルが立っていた。
「シュウ~、立派になって。身長が高くなったんじゃない? それに装備もなんか立派になっちゃって」
「そうなんだ。いろいろとあってね」
「半年もどこへ行っていたの?」
「ちょっと野暮用でルベンザと隣国まで行っていたんだ」
「へぇ~、すごいね。トレド防衛戦から、瞬く間に駆けあがっちゃって。で、今日はいったいどうしたの?」
懐かしの会話が終わると業務にスッと戻るところに彼女のプロ根性を感じる。
「久々に戻ってきて、肩慣らし程度の依頼があればなぁと思って。戦闘はこりごりで見回りや警備、荷物の移動みたいなのがいいんだ」
「あら、それならあるわ」
カウンター奥から複数の依頼書を取り出してきた。
「一定の実績がある人向けなので、依頼掲示板に張り出していないの。依頼内容の割には報酬が高いのよ」
「そりゃ、いい。何せ金欠で……」
「トレドの危機を救ったシュウとは思えない発言ね。はいっ!」
渡されたの依頼書。その一枚一枚を見逃しのないようにチェックしていく。
(トレド内 商業地区 夜間見回り、報酬 銀貨二枚/日、期間は一週間、依頼人 ウッソ商会……)
丹念に自分の記憶と照合しながら見ていく。そのうち「トレド北 狼や幽霊討伐依頼 銀貨一枚/日 ただし討伐数に応じて上乗せあり、ペルー林業商会」という依頼書が目に入ってきた。
(……これだ)
知らない顔をしてそいつもめくり飛ばして、最後まで依頼書に目を通して、
「なかなか。体力的にキツいやつばかりだな」
と大きな声で言った。
「そんなこと、シュウが言っちゃいけないよ~」
「そっかそっか。ところでこの依頼書なんてどうだろう?」
見せたのは先ほどのペルー林業商会の依頼である。
「あら? これは見回りというより討伐よ。それに夜じゃないと幽霊タイプは出てこないわよ」
「いや、これでいいんだ。日中は別件の依頼があってね。対して強くないだろう、この手の魔物って」
「そうね。シュウがいいのなら、別にギルドはいいんだけど」
受付印をポンと押した。期限は一ケ月で、その間合計二十日間の依頼条件を満たす行動をとればクリアの依頼であった。受注したクエストは早速明日から取り掛かると伝えてその場を後にする。
気を付けてね~と送り出す受付嬢の後ろを、半年前カーターの後に赴任した冒険者ギルド所長マルコーが、僕らを見ることなく通り抜けて二階へ行った。視線の隅で彼を捉えるが、直視はしない。彼にはクリス王女経由で依頼が入っているはずである。応じてくれるかは疑問で、今のそっけない態度だと難しいのかもしれない。
呼び止めたい気持ちをグッとこらえて、そのまま冒険者ギルドを後にした。
風雲亭へ戻ると。宿の犬人族主人が伝言を持っていた。無愛想な顔で、折りたたまれた紙が二つ。
礼を言って僕はそのまま二階の借りている自室へ戻る。紙には、クリス王女と隠者の里長ケンザブロウからで、どちらも「準備完了」の連絡であった。
(よしっ! 決行だ)
******
貿易都市トレド北の街道にて。
現在は深夜。あと一~二時間ほどで日が顔を出し始めるだろう。数日前までは、雪解けの草原に雑草が好き放題に生え始めているだけだったが、ここ連日の見回りで多少は道ができ始めていた。
僕とアオイは武装を整えながら、それでいてゆっくりと歩いている。四方の警戒を怠らない。
「……」
「……」
これで見回りを開始して五日目。そろそろ誘いにのってくるかと予想していたが、本日も音沙汰なしだった。
初日は夢幻の団全員で、次の日も。そこから徐々に人数を減らして、本日から僕とアオイの二人になっていた。
「今日も見つかりませんでしたね」
「ああ」
敵はどんな方法でこちらの会話を拾っているかわからない。最小限の会話に留めておいて、警戒を緩めることなくさらに歩みを進める。
間もなくトレド北側の城門が見えてきた。
結局、この日は何もなく二人で風雲亭まで戻った。
主宿到着から約数分後。音もなく二つの影が宿に入ってきた。
「ご苦労様」
「いえ」
ギンジとコトエである。彼らには僕らからかなり離れて付いてもらっていた。
「何か見つけたかい?」
「なにもないです」
「そろそろかなって思ってるんだけど」
「隠者の里の仲間からは、敵拠点と思われる場所の出入りが激しくなり、さらに警戒が上がったと連絡を受けています。スラム街ですが住人も雰囲気が悪くて近づけないんだそうです」
「それは貴重な情報だ、ありがとう。くれぐれもケガはしないように。戦うタイミングはそこじゃない」
「承知しています。里の者で勇み足をするものはおりません」
奥から武装していたナオキとレイナ、それにタクヤとコウタロウが出てきた。ナオキに至ってはでっかい欠伸をしている。
彼らも僕ら全員の帰還を確認すると、装備を外し始めた。
――今日は空振りだった――
この生活を続けて敵を誘うのである。
「みんなありがとう、また今夜に備えて十分寝ておくれ」
僕は宿の二階へ上がった。
******
――あれからさらに十日が経過――
今宵は月のない夜。周囲を照らす明かりは一切ない。
日付も変わり、午前二時頃から始めた依頼の見回りは、トレド北の城門から出てそのまま北側へ一直線に向かう。もう少しだけ進むと渓谷が見えて、その上流には転移した――今は荒れ果ててしまった――僕の進学した大学校舎がある。
例のごとく僕とアオイは油断なく、渓谷の手前まで進み、引き返している。目立つように松明を焚きながら、警戒を怠らない。松明なんかなくても特性で、日中と同じくように視えているのだが。
もう三十分ほど戻るとトレドの北側城門が見えてくる。
――ヒュッ――
その時は突然来た。
濃厚な殺気が複数出現。指輪の警告が頭に響く。僕は合図をしたが、アオイも肌で感じたらしい。
――ヒヒュッ――
甲高い音の到着と同時に高速で放たれた矢の束であったが、すべてが周囲の地面に落ちた。
襲撃者の狙いは正確――だが放たれた無数の矢は、先に察知したアオイが起こした強烈な風によって軌道変更を余儀なくされていた。
十数本の無駄打ちを終えて、風が止む。
再び夜の街道には静けさが戻る。
(十五から二十人)
攻撃の前には急に複数の魔素が取り囲んだことを指輪が警告していた。地面に落ちた矢の数、それに魔素の数で敵の襲撃人数が割れた。敵は巧妙に魔素を隠していたが、攻撃に移る際に漏れる。それを指輪が見逃すわけがなかった。
(この攻撃はカーターじゃない)
指輪は遠方から強力な魔素を纏った攻撃が来ると警告した。魔素は次の攻撃もカーターの持つ魔素パターンではないと言う。
「アオイっ、僕の後ろへ」
「はいっ」
指輪の警告する方向へ正面立ちした。すでに抜いていた魔剣を正眼に構え、自らの眼に魔素を集中させる。十字の紋章はすでに起動させていつでも魔素を引っ張り出せる臨海態勢だ。
指輪のカウントと同時に魔素を纏った攻撃が超高速で僕へ向かってくる、その一端を凝らした眼で捉えた。
(高速矢による長距離狙撃)
これも予想された攻撃。
左手甲の十字の紋章から引っ張り出した魔素と自分の魔素を混ぜ合わせ、威力の底上げした「雷伝」を魔剣から複数解き放つ。
――スババァァァンン――
雷の魔素術の方が速く、強い。一直に向かってくるのであれば迎撃には十分。タイミングを合わせて放たれた雷の束はいともたやすく敵の第二波を叩き落とした。
そこから数本、等間隔で同じ方向から解き放たれるが、同じことをまた繰り返した。
(強力な弓の使い手は一人。この方向にいるぞ)
僕が残した情報は周囲へと伝わっただろうか。
再び静寂。だが濃厚な殺気は遠方から徐々に僕たちの位置に迫りつつあった。僕はアオイの腕をつかんだ。
「逃げるぞ、アオイっ」
「は、はいっ」
僕たちはトレドへ戻る道とは逆、すなわち今見回りをしてきた道を戻る様に、トレド北側へと逃げ出した。




