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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第九十八話 覚悟

「だ・か・ら、そこは譲るなって言ってるんだニャ! さっきから」

「し、しかし……」

「警備には人件費だけじゃないニャ。それに安全と信頼を引き換えに対価をもらうんだニャ。警備員の質向上のための研修、対人や魔物を想定した戦闘指導の料金も含まれているんだニャ。大きな商会だからと言って、値段は下げてはいけないニャ!」

「はっ、はいっ!」


 ギーっと中の様子を無視して扉を開ける。一応ノックはしたのだがそれに気づく様子はない。クーンは職員とのやり取りに夢中になっているようだ。

 会話で叱られていた男性(人間族である)職員がせわせわとすれ違い、一階へ続く階段へ消えていった。


「やぁ、クーン。久しぶり」

「シュウ!!」


 ピンと耳が立ったクーンがこちらに寄ってきた。


「シュウ~、久しぶりだニャ。元気しているようで何よりニャ」

「クーン、すごいじゃないか。警備会社の社長なんだって?」

「なーんもだニャ。ただの代表なんだニャ。全部アオイとレイナに整えてもらったニャ」


(はて、そんな話言ってたかな?)


「シュウ様。私の方から説明しますわ」


 コホンとアオイが咳払いして続けた。


「シュウ様が行方不明になって、私達だけでトレドに戻った半年間前。クリス王女と相談してこの事業を起こしました。昨日聞かれたとおりです」

「うんうん」

「日本でいう銀行と企業の関係がよいと思い、銀行をトレド領主、企業をクーンとして、警備会社を設立しました。破竹の勢いで事業が伸びています。人出は足りていますし、ありがたいことに猫人族の皆さまは熱心です。裏切りませんし、盗みもしません」

「そうだよね、この業界は信頼が一番大事だよね」

「代表はクーン、会計には実は私とレイナが入っています。警備派遣などの業務代金の設定は私たちがこの都市の物価を参考に算出しました。初めは手伝っていましたが、軌道に乗ってからはほぼ関与しておらず、会計も今は私たちが報告書に目を通すだけ。実質クーンの会社です。成果は御覧の通りですわ」


 クーンが胸を張った。服装も前のような汚い恰好ではなく、上質なベストとスーツだ。こちらではあまり見ない格好だった。


「新しいものは強いニャ。この世界、舐められたら終わりだニャ」

「ふふっ。まるで商人みたいだな」

「商人ではないが、完全に冒険者でもないニャ。感情だけでは動いては、従業員を路頭に迷わすことになってしまうのだニャ。それだけは避けねばならないニャ」


 強くなったなと思う。


「クーン、隣の建築中の建物。あれも警備会社の設備なのかい?」

「その通りだニャ。あっちは職員兼戦闘員の待機所になるニャ。その後ろの空き地でいつもみな訓練しているニャ」

「これだけの土地、探すの大変だったろうに」

「汚職していたトレド大臣のブラウンが死んだことで売りに出された土地が結構出たんだニャ。それよりもお金の方がきつかったニャ」


(ああ、そうか)


 半年前の夢幻の団が稼いだお金は、実はクーンの会社起こしに使われたことを思い出した。


「お金足りたのかい?」


 ありがとうニャ。十分だったニャ。その答えを予想して出した質問に、クーンは予想外の答えを言ってきた。


「ぜーんぜーん足りんかったニャ。困って困って、アオイたちがどうにかこうにかクリス王女たちと話をつけてくれたんだニャ」


 ここらへんから僕は違和感を覚え始めた。後ろでナオキがにやにや笑っている。

 クーンが瞳を潤ませて、僕の手を自分の両手で取った。


――スリスリスリ――


「本当、シュウには感謝してもしきれないニャ。僕にできることはなんでも協力するニャ」


(なんだこれは? よくない感じがする)


「クーン、もう一度聞くけど会社設立の資金はどうしたんだい?」

「夢幻の団のお金は土地を抑えるので消えたニャ。それでアオイたちがクリス王女と話をつけて資金を調達してくれたんだニャ。シュウたちの世界でいう「ギンコウ」の約束ニャ。資金を借りて、事業を営んで利息を払う――単純な契約だニャ、うん」


 自信満々にクーンがいう。


「で、会社と土地を担保に入れたのかい?」

「ん? そんなことでできないに決まってるニャ。猫人族がこれから世に売り出すのに、そんな大きなリスク背負うことはできないニャ」

「話が見えてこないな……」


 ここで先ほどより大きな声でコホンと咳払い――アオイだった。隣のナオキがますますニヤついている。


(嫌な予感がする……)


「シュウ様、ここからは私がまた説明申し上げますわ」

「う、うん……」

「通常は土地と建物を担保に資金を借ります。御存じの通りですわ。ですが、それをクーンがど~しても嫌だと、猫人族の将来がかかっていると、そうおっしゃいますの。困り果てていたところに……」


 アオイがちらっとナオキの方に視線を送る。ピューと小さな口笛を彼が吹く。


「困っていたところに、ナオキが名案を出しまして。その条件というのが……その……」


 いつになく歯切れが悪い。


「もういっちゃえよ。終わったことなんだし」

「しかし、知らない方がシュウ様のためかと……」

「ここまできてそれはないだろう。だったら俺が言うよ」


 勇ましく一歩前に踏み出すナオキ。


「単純にいうと『シュウの未来』を担保にしたんだな」

「どゆこと?」

「元金は返す、利息も払う。それに加えて『シュウが無事に戻ってきた時はトレド領主、まぁ実質クリス王女の頼みを聞く。それも無制限で』、って内容にした。クリス王女はえらく喜んで、即決だったな」

「……」


 沈黙が部屋を支配する。

 僕は視界が白黒になったようで、今にも倒れそうだ。


「アオイ、レイナはそれを了承したの?」

「ええ、話の流れで……」

「ごめんね、シュウ」


 レイナがかわいい顔でウインク。


「なんだニャ。シュウ知らなかったのかニャ?」


 知らなかったどころの話ではない。契約は無関係のシュウに著しく不利な詐欺案件である。


「署名は?」

「そんなもん代筆に決まってんじゃん。日本からシュウのフルネーム記載のある書類を取り寄せて、なぞる形で署名としたよ。すごーく丁寧に描いたから、日本に持ち帰って筆跡鑑定しても見破るの無理じゃねーかと思う」


 言葉がでない。


「あっ、それに担保にはシュウが得たトレドの土地、貴族としての地位も入っているからな~。シクヨロっ!」



 その後クーンやトレドに住まう猫人族たちに頼みたかった案件をアオイたちが説明した。クーンも当然協力すると言ってくれたようだ。

 僕はその場でずっと、宿に帰ってからもずっと、脱力したままだった。


******


「ここから曲がったところが最後だニャ」


 時刻は深夜、人通りのない貿易都市トレド内のスラム街。家と家との境界がない、捨てられたごみが散乱した道が曲がりくねって奥まで続いている。

 そこを足音を消して進む二人。


 先頭を案内するのはクーン、続いて僕だ。


 クーンは半年の間、猫人族のネットワークで犯罪組織の拠点やその疑いのある施設、地区をくまなくリストアップしていた。いずれくる対戦を読んだクリス王女はトレド内の候補施設を探すよう命じた。巨大な貿易都市内の警備と探索を任されたクーンはめげずに、膨大な時間と労力をかけて、お世話になったシュウに恩返しの思いで調査を続けていた。

 今回っている場所が、チェックされていた最後の家であった。


「なるほど」


 小声で僕が応答する。


「ここもやつらが好みそうな建物、位置だ。何かあれば都市防衛の土壁から野外へ飛び出せそうだ」

「夜は全く警戒されていないニャ。もう少し近づくかニャ?」


 音を立てないようにゆっくり自分の後ろの通路奥を振り返る。数秒待ったが何も音沙汰はない。

 念のため指輪には魔素探知をかけてもらったが、どの場所もカーターと一致する魔素は存在していなかった。どのみち魔素を隠せないような奴ではないので、そこは期待していなかった。


 今宵の目的は闇組織ハモンの拠点になりそうな位置を覚えることであった。


 現在、ギンジとコトエの手引きで隠者の里の連中が大量にトレド入りしている。もちろん正体を隠して。彼らに見張ってもらう施設の場所をギンジに伝えるのだが、僕も実際にみてみたかった。襲撃の可能性がないわけではないが、まだカーターがトレド入りしていないと思っていたし、襲ってくるとしても広い場所を好むだろうと予想していた。


――クリス王女から渡された資料。そこにはトレド冒険者ギルドが知る限りの全てのカーターに関する情報が書かれていた。彼は功績を挙げて副所長→所長と出世したわけだが、ほぼすべてが単独でのクエスト受注だった。それも高難易度になればなるほど、単独でこなしていた。


 ()()()()()()()()()()()()


 思えば僕を自ら襲撃した時、必ず一対一で仕掛けてきた。あれほど襲撃に失敗した僕を自分の手で殺したいだろう。術は広範囲に影響を与えるので、仲間と一緒に攻撃した場合、彼にとっては常にフレンドリーファイアのリスクを背負うことになる。秘術も同様で、威力は凄まじく、これで僕をけちょんけっちょんにしたいはずだ。それにはもう都市内で仕掛けてくる可能性は低い。


 自分が戦闘しやすい開けた場所で仕掛けてくる。


 この見解はクリス王女が導き出した結論だった――



「もういいよ。ありがとう、クーン。引き上げよう」


 ん。とクーンが頷く。

 二つの影がスラム街奥から消えた。



「おう、戻ったか」


 風雲亭の食堂にて。

 夜明け前にもかかわらずナオキとレイナ、それに遅れて合流したタクヤとコウタロウ、さらにはアリサや、イタガキさんを含む自衛隊関係者も起きていた。


「戦闘は?」


 ナオキが温かい飲み物を三つ食堂から持ってきた。今は三月中旬、まだこの時間帯は底冷えする風が吹いている。冷え切った体にはこれが一番効く。


 僕たちは――夢幻の団は――これから作戦に備えて風雲亭を借り切った。ここを作戦本部とするためだった。尚、食堂も自由に出入りしていいと主人より許可をもらっている。


「全然なし。敵が本当にいるのかなってぐらい静かな場所ばっかりだった」


 間もなく自分の雷探知で宿の外に二つ気配を感じた。


「入って」

「はい」


 電気(静電気を探知している)パターンがギンジとコトエだったので呼んで宿内に招き入れる。彼らには本日僕とクーンを一定距離で離れた状態で尾行してもらった。もし追跡者がいれば尾行を、襲撃があれば挟撃、の作戦であった。二人そろって戻ってきたということは空振りに終わったわけである。


「誰も(シュウ殿を)追っていませんでした」

「ありがとう、休んで」


 重要なメンバーがそろっているので、作戦会議にそのまま移った。


「イタガキさん、日本の方はどうなっていますか?」

「先日返事が来た。『シュウ君のこちらの世界での活動については、日本政府が依頼した内容以外については預かり知らぬことである』だそうだ。大臣の署名で命令書を確認したから違いない。アリサさんは明後日こちらの世界から日本へ戻ることになった」


(よし! ありがとう、イタガキさん)


 カーターを倒す作戦についてどうしても日本側に事前に知らせておきたかった。そもそも僕たちは今回日本政府の依頼でこちらの異世界に来ている建前だ。

 アオイたち友人を巻き込んでいたので、僕は免罪符が欲しかった。その交渉をしていたのだがようやく取り付けることに成功した。


 足の悪いアリサは明後日、トレド北側の転移した大学校舎にある返す『門』から日本へ戻る。彼女にとっては一年ぶりの帰国となり、すでに記者会見まで用意されているという。


「しかしシュウ君、日本に帰らなくていいのかい?」

「いいんです。一度戻るとこの緊張の糸が切れてしまいそうで」

「いや、しかし。君のお母さんと妹さんはすごく心配していて、すぐにでも戻ってきてほしいと言っていた。縛ってでも日本に連れてきてほしいと懇願されてしまって。まいったな、こりゃ」

「僕も家族に会いたい気持ちがないわけではないんです。むしろ強いんです。でも、それよりもカーターが転移してしまって日本側に引き込むことの方がよっぽど怖いです」

「それは一理あるが……」


 日本政府は数か月かけて、転移した旧大学校舎周辺の土地を買い取り、魔物が転移した場合に備えてバリケードと内部での攻撃装備を充実させる対応を取っていた。カーターが転移した場合に、発見後即座に悪と判断して討ち取ってくれるか? 答えは「ノー」であろう。


「タクヤたちは――」

「俺たちはシュウと一緒に日本に帰るぜ。ここまで来たら仲間だろう」

「……ありがとう」


 アリサと同じく、タクヤとコウタロウも自分の意思に反して異世界に転移させられた日本人である。彼らは僕と一緒に日本に戻ることを選んだ。すなわち、これからの作戦に協力してくれることを意味していた。


 対カーター作戦を自衛隊側に伝えた時、関係者には当然反対された。彼らの主張は「彼と敵対することはなく、どうしてもというのなら現地の人に解決させたほうが良い」だった。僕とカーターの因縁はそんな一言で片づけられるものではなく、どちらかの死を持ってしか終われない。


――戦闘能力は人外、しかも狡猾――


 野放した場合の貿易都市トレドの被害は想像に難しくなく、場合によってはこちら側に来ている日本人、はたまた日本にも影響が出るかもしれない。

 そいつが僕を狙っている現在の状況を利用して最大のリターンを得た方が良い。何より僕がカーターと戦うと言っている。

 説得にはアオイとレイナが協力してくれて、ようやく先ほどの約束を取り付けたのである。


「よし!! 準備ができてきた。明日から作戦第二段階に移りますか」


一部修正をしました

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