第九十七話 因縁を断ち切る作戦
襲撃を受けた日の明け方に、コトエとギンジはルベンザの主宿に音もなく戻ってきていた。
一応、見張り代わりに宿敷地内に配置した僕の支配下にあるレブナントが侵入者として察知した。が、彼らは驚くことなく(知っているので当然である)、レブナントたちを自分の背後に付けながら、僕の部屋に堂々とノックをしてきた。
ちなみにレブナントに与えた命令は、『侵入者を発見したら付きまとえ』だった。僕はレブナントとの契約で、その位置がわかる。だから慌てることなく、でも音もなく部屋の前に一直線に来たので仲間だと先にわかっていた。
隠者の里からの伝言は、『数日後に連絡する』であった。コトエとギンジは僕の行動を先読みし、情報を得たら貿易都市トレドにまで連絡するよう伝えていた。
太陽が昇るまでの間、僕の思考が冴え渡る。半年間で考えていたカーターとの戦闘をもう一度練り直していた。
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翌朝、僕らはとうとう魔術都市ルベンザの主宿を引き払った。わずかな眠気があったが、階位の上昇で耐性がついたのか、異世界での生活に慣れたためか、それほど苦にならなかった。本日の行程でとうとう貿易都市トレドまで戻ることも自分の気分を高揚させていた。
曇り一つない青空の中、お世話になった宿の主人と女将に別れを告げ、僕らはルベンザを出発した。馬と一緒に一番トレド近くに描いた転移陣まで一気に移動する。
そこから隊列を組み、馬でトレドまで駆ける! 襲撃をすばやく察知できるようコトエとギンジの二人が先行、その後方にレイナが熱探知を効かせ、僕を中心に据える形だ。
(VIP扱いだな)
『敵の狙いはお主なのだから当然じゃろう』
指輪も探知に協力してくれた。
しばらく見ないうちにナオキも馬術をこなせるようになっていて、夢幻の団の中では僕の馬術が一番下手になっていた。
途中休憩をとり、移動すること数時間。馬の扱いも慣れて、そろそろ尻が限界になってきたころで、
「……見えてきたっ!」
陽が沈む前に懐かしいトレド城門が遠くに見えてきた。予定通りかいくぶんか早い到着だ。
(あそこに違法門番がいたんだけっか。元気にしているかな)
トレド門番兵には事前に連絡が入っていたらしく、顔パスに近い形で都市内へすぐに通行を許された。そこから何かと思ったがそのまま警備隊と一緒に、トレド中心部の城内まで案内された。
(襲撃の可能性がトレドまで伝わっている⁉)
これまた懐かしい城門をくぐり、クリスに契約の魔素術を教えてもらった庭を横目に、城内へ入った。格式高い一室へ通されると、彼女と従者たちがすでに待ち構えていた。
「お久しぶりです」
正直驚いたが、彼女のことだからきっとなにかあるのだろうと思う。
「シュウ、お久しぶりですね」
「はい。死にかけましたが、五体満足でどうにか戻ってくることができました。不在の時はいろいろと支援ありがとうございました」
「どういたしまして。早速ですがお互いが持っている情報を合わせましょう。皆さまもかけてください」
「では遠慮なく……」
クリス王女、リスボンに続くその従者たち、兵も見知った顔だったため、僕たちは席に着くことにした。
「僕がカーターと斬り負けてから……」
クリスたちにこの半年間の出来事を話した。
******
「……なるほど」
一通りの話を口挟むことなく、黙って聞いたクリス王女が話す。
「無事に帰ってきたのですが、シュウにとってはまだ問題が山積み。ということですね」
「そういうことになります」
「で――そちらの方というのが?」
クリス王女は隠者の里で新しく仲間になったギンジたちを当然知らず、気になっていたようだ。
「紹介します。隣国の隠者の里で仲間になったギンジとコトエです」
二人をクリス王女へ紹介した。
「隠者の里? あまり聞かない名前ですね」
「隣国で所縁ある者が集まってひっそりと暮らしている場所があるのです。そこらへんはあまり詮索しないでください。ただし彼らの人物は僕が保証します」
「ふぅーん、シュウがそういってもねぇ……」
ジーっと僕を見るクリス王女をみて、ギンジとコトエがクスクス笑い出した。
「失礼しました、クリス王女。私はギンジ=イシカワ、隣の者はコトエ=タイラと申します。以後お見知りおきを」
一都市の王女との会見があまりにも和やかで、彼はその場に合わせた挨拶をした。
「あら、その名前。ニホンジンですか?」
「いいえ。私たち二人はこちらの世界の人間です。先祖がニホンに縁があったようですが、かなり年数が経っているので私たちの代で詳しく知っている者はもういません」
「そうですか。意外なところでみなさんつながってくるのですね」
僕はクーンがこの場にいないことが気になっていた。
「クーンはどうしているの?」
「彼は今、会社社長ですよ。トレドで最も大きな警備会社ができてそのトップです」
「えぇっ!!」
あのクーンがっ! 警備会社っ! と思うわけである。しかも社長だ。
「あなたがトレド不在だった期間、こちらも状況がかなり変わっていまして……」
クリス王女は元々貿易に力をいれていたトレドで、(僕の活躍もあり)役人の汚職が一掃されたため、加速度的に貿易が活発になった。その影響で人の出入りが多くなり結果、宿、食品、衣類の需要が爆発的に増加しているという。トレド貿易港は海運の中継地点として、非常に活用しやすい場所にあったこともさらに追い風になっていた。
(そういえば――城門を通過するまで人手が多くなっていた。城門に入るまでの時間もずいぶんとかかったし)
「人が多くなると犯罪の件数も増えます。しかし役人はすぐに増やせません。そこで――」
「クーンの出番か」
「ご名答。貿易関連の倉庫番、荷物番、さらに荷物移動に需要が出たのです。私――正確にはあなたたちの世界のアオイ殿やジエイタイなる人たちのアドバイスをいただき、治安の維持を兼ねて警備会社を起こしてもらったのです。今まで人間族優先の社会では不遇だった猫人族などを優先的に採用していて、現在トレドで急成長を遂げている会社の一つです。ちなみにジエイタイの人たちも私たちの土地や風習に慣れてもらう間、積極的に働いてもらっています。短期間ではありますが、彼らはすごく評判がいいのですよ」
「へぇ~」
「猫人族や、長年スラムで燻っていた彼らの労働意欲は凄まじく、数週間の研修を受けた後に労働契約を結び、安価ですが綺麗な住まいも提供することにしました。専属の食堂もあり、早朝~日没まで食事提供もされています」
「なるほど!」
さっきから関心しっぱなしである。思えばアオイとレイナは政治手腕について輝く才能を持っていた。というか、両親は日本でえらく金持ちだったし、会社や不動産を営んでいる雰囲気あったし。
(後でクーンにも戻ったことを報告、というか会いたいな)
「さて、シュウ」
声のトーンが急に変わる。僕を見つめるクリス王女。ブルーの瞳は瞬きすることなく、僕を――正確には僕の思考を――見抜く。
「カーター」
一息おいてもう一度。
「――カーターを、どうするつもりですか?」
ふぅとため息をつく。
「やはりその話は避けて通れませんね」
「この忙しい中で私が到着前にわざわざ待機していたのは、お茶友達の会話をするためではなくてよ」
「でしょうね。実は――」
一呼吸おく。
「ずっと迷っていました。が、先日のルベンザでの襲撃を受けて決めました」
「……」
「僕はカーターを倒そうと思います」
『倒そう』という表現にとどめた。
「……殺すのですね?」
クリス王女の表情、声に変化はない。
「……そうなると思います」
「覚悟を持った。そのように受け取ってよろしい?」
「はい」
僕は元の世界ではもちろん、こちらの世界に転移してからも、意図して人殺しになったつもりはない。襲撃してきたものを返り討ちにすることはあれど、正当防衛といった理由はあり、またそのほとんどが突発的だった。
――人を殺す――
一人でいる間にずっと、ずっと考えてきた答えを今はっきりと、みんなの前で示した形になる。
僕の決意を受けて、クリス王女は横に積んでいた紙の束を差し出した。
「私たちが調べたカーターの資料です」
「えっ、そんなことを?」
「思えばカーターが就任してきた時から、どこか私や領主を見下す雰囲気がありました。因縁はきっちり絶たねばなりません。これをあなたに渡します」
僕は資料をパラパラとめくった。彼について、トレドのギルド赴任前からの記録が綴られている。
「どうやってこれを?」
「私を誰だと思ってるの? カーターの犯罪が表立ってから指名手配と同時に、彼の過去を徹底的に洗いました。分かったことはそこに書かれていますが、彼は北の宗教国家から流れ着いています。当時はトレドの冒険者ギルド職員としてですが、数々の功績をあげてあっという間に副所長、まもなく所長になっていました」
「また北の宗教国家ですか?」
「ご存じ?」
「私を何回か襲ってきた組織が闇組織ハモンと呼ばれているようですが、すべて北の国絡みです。ルベンザでも調査をしたようですが、役人が消されてしまったと領主が言っていました」
「ほう。では彼はすでに逃亡して北の宗教国家にいると?」
「仮に今別国に滞在していても、彼はこちらにきますよ。なぜなら――」
「――あなた(シュウ)がここにいるから。でしょうか?」
「そう考えています。私がこれだけ目立ってトレド入りして、クリス王女と会談したこともいずれ彼に情報として伝わるでしょう」
「いい心構えね。それぐらい読めなくてはいけなくてよ」
「私はカーターを倒します。必ず」
クリスを見返して僕はもう一度カーターと戦うことを告げた。
「彼はすごく強いわよ。私は戦闘能力を持ち合わせていませんが、まともにぶつかったらあなたの勝ち目は少ないように思うの」
「ええ。残念ながら僕もそう思います」
「で、どうするの? まさか全員で彼一人袋叩きにします、なんて言わないよね?」
「もちろんです。作戦は――」
言いかけて僕は周りを一瞥した。クリス王女、リスボンのほか多数の者が在室している。そのことを目線で彼女に伝えた。
「心配無用よ。ここにいる者は私が幼いことからの従者ばかりです。もちろん『契約』もしていますし、部屋には防音の魔素術をかけています」
「それは安心です」
「彼らはあなたたちが別の国『ニホン』から来ていることも知っています。遠慮せずに伝えてください。作戦については私も知恵はきくほうだと思っています。まずはあなたの作戦を教えてください」
「わかりました」
僕は席を立ち、テーブル端へ移動した。皆、僕の一挙一動を注目している。
「作戦は――」
******
そこから数時間が経過。
あたりはすっかり暗くなっている。僕たちは城を出て警戒しながらトレドの風雲亭へ移動、各自食事後に就寝した。
あの場で――クリス王女との打ち合わせ場で――半年間、僕が練りに練った作戦を伝えた。
仲間や彼女たちは真剣に作戦を聞いてくれて、全員の協力を取り付けることに成功した。彼女やアオイからは作戦の修正案がいくつか出たがおおむね僕の作戦が通った形だった。
翌朝。
いつも通り早起きして体調を確認、ストレッチと負荷トレーニングを自主的にこなし、アオイと打ち合い、さらに連携技の確認をした。立案した作戦では僕とアオイが主力となり、カーターを仕留めることになる。その連携の確認だった。
稽古が一通り終わる。
太陽が高くなる前にアオイ、ナオキ、レイナ、ギンジ、コトエで懐かしのニーナばあやの魔素術屋へ行った。ニーナばあやは「おやまぁ」と歓迎してくれた。彼女が言うには、「行方不明になったと聞いたけど、あんたならきっとなんとかするだろうと思っていたよ」と。
そこからニーナばあやの案内で、クーンの警備会社に向かう。カーターを倒すためには猫人族たちの協力が不可欠で、その約束の取り付けに行ったのである。
警備会社は大きな二階建てで立派な門構えをしていた。
(『クーン警備会社』か……)
大きく張り出された看板が目に入る。尚、看板と同じ字体・色使いで、ここに来る途中も宣伝を見かけた。これはアオイたちの提案で、事業の成功はみんなに認知してもらうことが重要なのだそうな。
横の空き地には建設中の、これまた大きな建物が伺えた。隣地と接していて、というか境界に塀などがなく、明らかにクーン警備会社の所有地と思われた。
事業は順調どころではない。
(情報通りだな。それにしてもすごいな、クーン)
僕は約一年前に仕事がなく、ニーナばあやの魔素術屋で腐っていた猫人族を思い出していた。
入り口の扉をくぐると受付デスクが、その横には商談デスク、さらに奥に職員控えと思われる部屋が複数あるようだった。木製であるが清掃が行き届いている。こちらの世界にはないタイプの店構えだった。
受付でクーンの友人であるシュウジ=クロダだと伝えると職員は驚いていたが、すんなりと奥へ通された。階段を上がって二階に。一番奥まで案内された扉には、社長室と書かれている。
扉越しに懐かしい声が聞こえてきた。




