第九十五話 使命
秋です。
鳴りやまない歓声を聞きながら僕と夢幻の団一行は出口で合流後、闘技場を後にした。直前には忍者二人がチャードの部下と思われる役人と今回の御前試合の報酬を交渉していた。やがて二人が満足そうな顔で戻ってきたので、上手くいったのだろうと思った。
すぐに大きな箱が一つ運ばれ、それらを自分の保管庫へしまい込む。相当の金が支払われたように思うが僕が勘定をすることは今も、これからも永遠にないのだろう。
アーシャから改めて王都クラスノの警備関連の職で勧誘を受けたが丁重にお断りした。どうも士官クラスにしてくれるらしい。が、先ほどの戦いを見ていたのならば士官ではなく、上級の将校として勧誘してほしいなと思わないわけでもなかった。決して役職に不満があるわけではなく、僕はこの国の警備には興味がないため、その感情を読まれないよう注意しながら結局は断るのである。
闘技場を立つ前にタウロスに挨拶しようかと思ったがすでに居場所がわからなかった。だが彼も役目を果たしているので望み通り王都の役人となり、チャードを含む上司の指示で動くようになるのだろう。
明日からは王都も平常時に戻る。
御前試合から街中へ戻る人ごみの中を歩き出して気づいたが、自分が思ったより疲れていた。精神的な緊張が続いたためか、はたまた魔剣へ魔素を注ぎすぎた反動か。疲労の色濃く、王都クラスノの賑わいでさらに体調を悪くさせてしまいそうだった。アオイを中心とした仲間たちはすぐに異変に気付いてくれた。
僕の顔色に優れないとみるやアオイの提案で今日はこちらの宿に延泊しようとなる。
一応ナオキとコトエの二人に治癒術をかけてもらったが「かけないよりはわずかにマシ」というところで、やはり完全回復とはいかなかった。
紋章の力に頼って全力で戦うとそのフィードバックがあることに注意しなければいけないと学んだ。
火雲亭への帰り道にて。
道中での会話は僕とビヨンドの御前試合ネタばかり。「あそこはこうだ」、「こうしたほうがよかった」と外から試合を観戦していた仲間の意見は、試合に集中していた僕の頭にはなかった視点である。あとで反省と修正をしなければいけないと思った。
秘術『雷哮』についてはコトエやギンジのほか、観客席から見ていた仲間も以前とは段違いの凄まじい威力を感じたようだ。秘術を見た瞬間、アオイ、ナオキ、レイナの三名は闘技場フィールドの防御魔素術が崩壊すると直感したため、瞬時に仲間たち前面に壁となる魔素術を全力で展開したらしい。ただしそれでも防ぎきれるのか? というイメージを抱いたという。
宿に着くと、装備を外して軽くお湯を体にかけて寝台につく。
すぐに強烈な眠気が襲ってきた。
******
――ストラスプール国 王都クラスノ、火雲亭 早朝――
太陽の光が宿の一室の窓から差し込み、僕の寝台に当たるおかげで目が覚めた。う~んと背伸びをして肢体を軽く伸ばす。体調はバッチリ戻っていたし、体内の魔素も全快していた。
今日はこの国からサヨナラする日だ。長くお世話になった宿を引き払い、アリサと合流して隣国カスツゥエラ王国魔術都市ルベンザまで、僕が設置した転移陣を使って魔境を横断して移動する予定だ。
次々と起きてくる夢幻の団員。最後にナオキが眼をこすりながら起きてきた。
「おはよう、ナオキ」
「お~は~よ~」
ずいぶん眠そうでどうしたのかと聞いたら、昨日の御前試合でどうも「賭け」ていたらしい。勝敗のわかる試合なので賭けが成り立つのかと思ったが、それは異世界基準。圧勝と辛勝の二つで、ナオキは僕の仲間なのに「ビヨンドの圧勝」で全財産を賭けたんだとか。
(ひでぇな)
昨日の試合を観衆は圧勝とはみなさないわけで、胴元も同じだったようだ。だがいちゃもんをつければ少しでも戻るかもという思いから、少しでも自身の財産を取り戻すべく胴元と話すため、夕方から夜にかけて宿を離れて交渉しに行ったらしい。結局同じことを考えた数百人が胴元に詰め寄っていて密集状態。一言も話せずに最後は諦めたらしい。
僕の保管庫に御前試合の報酬が入っていることがわかると、
「ちょっとだけ。なぁ! ちょっとだけ確認させてくれ」
と言い、アオイに宿裏の空き地までぶっ飛ばされていた。
(さすが銭賢者様……)
朝食を取り終わるとコトエとギンジが合流、そこから先に迎えに行ったアリサと合流して、王都クラスノの隠者の里所縁の者が経営する茶屋へ入った。奥に転移陣があるので、もう一度全員揃っていることを確かめて転移陣で順々に移動を始めた。
一回目に飛んだ先は隠者の里である。そこは中継地点の予定だったが、里長のケンザブロウが待っていた。
「……ようやくきたか」
「おはようございます、ケンザブロウさん。どうしましたか?」
「どうしたもこうしたもあるかっ!」
彼は少し怒っていた。
事情を聞くとこれから里帰りする前に自分に挨拶しないのはどういうことだ、と言いたいらしい。世間体を気にしたのか、当たり障りのない会話をしてお別れしようとしたが、隠者の里内の蔵に日本由来の転移者が残したと思われる歴史的な書物があることを思い出した。仲間内ではアオイとレイナが文学に詳しそうで、もう一度見せてもらうことにした。
蔵は土の中だったので魔素術で取り出してもらう。さらに入り口には黄泉の装備があったため、二度二人は驚いた。
「うーん……。確かにシュウの言うとおりに読めそうな気がするわねぇ」
「あまりにも古すぎて私たちで一語一句読み取るのは……紙も劣化していますわ」
どうやらいろんな意味で時間が経過しすぎていたようだ。借りて日本へ持ち込めば歴史学者が見たがるだろうが、そのままの状態で返却できる保証がない。結局、書物は残念ではあるがそのまま蔵へ保存してもらうこととした。
ところでケンザブロウさんとアオイ、レイナが会うのは初めてである。二人の美貌、特にアオイは彼の趣味に合ったらしく、このまま隠者の里に、しかも好待遇で居住しないかとめちゃくちゃ勧誘されていた。
アオイははっきりと断ったのだがケンザブロウは食い下がる。あまりにも勧誘がしつこく、さらに彼は尻に手を回そうとしたため峰打ちをお見舞いされてしまい、「ひぇー」と叫びながら遥か向こうの茂みまでぶっ飛ばされていった。
(今朝も見たがアオイの剣筋がずいぶん早くないか?)
僕は慣れっこなので、ケンザブロウさんのことは全く気にならない。ガサガサとした茂みから葉なり枝なりが破れた着物に取りついた状態で彼がヨタヨタと戻ってきた。
「ちょっとは手加減せんかい! 年寄じゃぞ」
「年寄であれば、そのように振舞うべきではなくて?」
「うむぅ! むむ……」
弁はアオイの方がたつようだ。
「お頭、それではこの後の交渉が上手くいきませんぞ」
「そうじゃった」
ギンジは予め彼が待っていたこととその要件を知っているらしい。
「シュウよ」
「はい」
嫌な予感がする。
「昨日、王都クラスノの御前試合で大活躍したようじゃのぅ」
「耳に入っていましたか」
「もちろんじゃ。里の者は至る所におるからな。昔は「草」と呼ばれて各地の情報をいち早く掴んで流し、逆に噂を広め、戦では敵の混乱を招いたと言われておる。見物者に聞いたところだと新しい守護聖ビヨンドと互角に闘ってみせたとか」
「とんでもないです。向こうの方が上です」
「相変わらず謙虚じゃのう。ところでお主に少~し考えてほしいことがある」
「はて?」
「儂もいい年になってきて、里の引継ぎが心配じゃ」
「はぁ」
「若い衆の実力はある。が、こう……なんというか世間を知らない者が多い。商人とも冒険者とも、儂から見ればどの駆け引きも下手くそじゃ。あやうく搾り取られる寸前までいったことも数知れず。コトエとギンジに里を出て人生経験を積む機会を出したのはこういう事情もあった」
話が一向に見えてこない。
「そこでだ!」
急に彼の顔が迫ってくる。
「お主、里長なんてどうじゃ? やってみね?」
「……」
「なんなら里長の補佐でもよい」
まずいな、と僕は思うわけである。この手の交渉事に自分はめっぽう弱い……と思っていたら、アオイとレイナが前に出てきて代わりに断ってくれた。また少しだけ押し問答をしたようだが、現状で僕がこれ以上抱えるのは難しいと思う。
「なんじゃ。せっかちじゃのう。少しぐらいは考えてくれてもいいだろうに」
周囲で話の成り行きを見守っていた里の仲間――もちろん数か月前に魔境で魔石集めをしたり、直近では誘拐されて取り戻した子供たちとその両親――が落胆しているのがわかった。
「決して嫌だ、やらない、と言っているわけではありません。僕自身がこの里には大変お世話になりましたので。またの機会があれば、その時にぜひ考えさせていただきたい。そのように受け取ってください」
完全に断られると覚悟していた里の仲間たちは僕の返事に安心したらしい。
(あれ? 日本でいう丁重なお断りだったつもりだが、これってもしかして上手く伝わっていない?)
魔術都市ルベンザまで戻ると自衛隊のイタガキさんたちと合流して、脚の悪いアリサを引き渡した。知らない土地(異世界)での一人身女性の苦労は計り知れないものがあったのだろう。日本からきた自衛隊をみるとアリサは泣き崩れた。
僕とアオイ、それにイタガキさんは場所を移して今後のことを話し合った。
転移の魔素術は利便性が高く、アリサや自衛隊の安全な移動、さらにはチゴリ鉱山などから日本への鉱石搬送にも使えるため、予想通り僕が魔術都市ルベンザから貿易都市トレドまで転移陣を引くことになる。
トレドからルベンザまでは馬車で集団移動しておおよそ一週間だったが、馬での移動として行けるところまで行って転移陣を作製して戻ってくる……という過程を繰り返すのならば、おそらく二~三日間ぐらいでできるだろうと見込んだ。
結局、今日は十分に休んで、明日夢幻の団員を何人か連れて出発することとなった。
******
――カスツェラ王国 魔術都市ルベンザ、宿「海雲亭」早朝――
いつも通りの朝稽古をこなして宿から出ると、昨日手配した馬数頭がすでに宿の厩舎に繋がれていた。今日はアオイ、レイナ、ナオキの久々の初期夢幻の団で移動と転移陣作製をおこなう予定だ。
昨日の時点で必要な物資は買い込み、僕の保管庫へ突っこんである。転移の魔素陣を描く大岩も同じくすでに収容してあるので、すぐに出発した。
途中の雑魚には目もくれず、進路上の邪魔な魔物だけを排除した。
僕がいない半年の間に彼女たちもパワーアップしていた。魔物は遠くからレイナの熱探知により発見され、『炎束』により撃ち抜かれていった。その射程は五十メートルを越えていた。
馬で到達する前にはすでに戦闘は終わっていて、ただただ倒れている敵から魔石を回収するだけである。小さいゴブリンなどは倒れたらそのまま放置であった。
彼女曰く、
「探知で感知できる熱にも実は形があって、だいたい心の臓は高い熱量を持つので、そこを狙う」
だそうな。
仲間の階位も上昇していて、
アオイ 阿修羅 階位四十二
ナオキ 大賢者 階位四十一
レイナ 焔天使 階位四十六
だと言う。
それぞれの職業鑑定の結果に対して、僕は「阿修羅→その通り、大賢者→守銭奴賢者ではないか?、焔天使→彼女は決して天使ではない!」と思うのだが、パーティ内の平和のため決して声には出さなかった。
聞けば彼女たちも階位四十手前で燻っていたようだが、最近急激に階位が上昇した気がして職業と階位の鑑定を受けたという。時期はやはり僕が魔境の奥深くにて、闇の魔素を大量吸収した頃に一致していた。
(経験値が僕から契約の魔素術を使った仲間に分配されているのではないかという話は確定事項だな。それに階位の大台を越えるには僕が制約条件になっている可能性が出てきたな)
これはまた検証事項が増えたぞと思うわけである。
途中の休憩を挟んで移動を続ける。隠者の里で教えてもらった馬術と馬が賢いのでどうにか芸達者のアオイとレイナに大きく遅れずに済んだ。ナオキは僕の後方を走っていたが少し休めばすぐに追いつける距離を保っていた。彼も女性陣の大変厳しい指導を受けていたらしい。
馬ごと風と水の魔素術で、それぞれ加速と向かい風から体温を奪われない恩恵を受けた僕たち四人は快調に道のりを消化して、おおよそルベンザとトレドの中間地点へ夕刻前にたどり着いた。
僕がいない半年で何回も往復していたアオイたちがここを中間地点だとはっきりと分かったらしく、それに従い馬を降りて転移の魔素陣を取り出した大岩に描き始めた。
三十分ほどで転移陣を描いたのだが、その間に魔物の襲撃はなかった。見ないなと思っていたアオイとナオキは時間を持て余していた時に、近くで面白い魔物を狩っていた。
それは羊の魔物だった。
日本の二倍ぐらい大きさはありそうで、角が凶悪に伸びている。どうやら羊毛は魔素を弾く性質がるらしく防具として売れるそうだ。
そいつをアオイが仕留めていた。
「なぁ、シュウ。この肉、上手いんじゃないか?」
「美味しそうだ」
羊の肉と言えば成吉思汗である。久々に日本に近い食べ物にありつけるとわかった僕は涎が出てきた。桃色がかった肉は質も味も良さそうだ。
「今日は宿まで帰ったら、焼き肉にしよう!」
読んでいただき、ありがとうございます。
追記 2021.10.27
投稿が途絶えていますが、ブックマークや評価をいただいたことを確認、すごく嬉しく思っています。時期をみて更新します。




