第九十三話 御前試合Ⅱ
闘技場内の控室から、以前にビヨンドと模擬戦をおこなったフィールドへ出る通路を歩く。タウロスは先ほどから緊張しているようだが、出口――すなわち闘技場内のフィールドが見えてくるとさらに緊張して顔が引き攣っていた。
出口からは向こう側の観客席が見えて日の光が差し込んでくる。観客席は見えた範囲で超満員、この分だと闘技場全体が人で埋め尽くされているだろう。さらに椅子席の奥にも立ち見客がズラリと並んでいた。
客席から歓声が聞こえてくる。
「緊張してきましたか?」
コトエが聞いてきた。
「さすがに万以上の人前となるとね。一年前はこんなところで戦闘するとは思わなかった」
「そろそろ客席から見えてしまう所になりますよ」
もう一度お面と服装をチェックする。魔素を意図的に流してはずそうとしなければ、お面が取れないことはしっかり確認した。
「わかっていると思うがビヨンドは強いよ」
コトエとギンジに警告する。
「はい。直接の戦闘はありませんが、あれほどシュウ殿とアオイ殿が毎朝訓練していたのを見ています。こちらはこちらでどうにかしますので、ご心配なく」
「僕が奴と向き合うので、適当に間を割って入ってくれ。頃合いをみてフィールド内からはけてほしいけど、そこらへんも任せるよ」
「「了解です」」
今、太陽が一番高い位置で輝いている。
会場内がさらに騒がしくなってきた!
******
「――さぁーー――」
闘技場の中心に一人の、司会者と思われる男性が立って声を張り上げていた。声は風の魔素術にのせて拡散され、民衆のざわめきにかき消されることなく闘技場内の端から端まで響き渡っている。
「――闘技場内にお集まりの、紳士、淑女の皆さまー――」
――ワァーー――(闘技場の観衆)
「待ちに待ったぁー、新しい守護聖の就任式だぁぁーー――」
――ワァーー――
「――まぁずは我が国の国王である、ストラスプール十三世の入場でーーす!――」
観客の視線が闘技場内の貴賓席へ上がる。国王の入場が見えると観客は静まり返った。横に控えていたチャードがちょうどこの入場口の真上にいるはずだと付け加える。
しばらく後着席したと思われるタイミングで司会がさらに進める。
「――それではぁーー、我ぁが国の新守護聖、ビィィヨォォンド=ストラァァァァーーードォォォォーーーー!」
――ワァーーーー――
――ワァーーーー――
――ワァーーーー――
ビヨンドが僕たちの入場口と正反対の位置から闘技場のフィールド内へゆっくりと姿を現わす。模擬前で対戦した時と同じ強い魔素を秘めた剣と防具を装備している。その表情は読めないが、威風堂々たる立ち振る舞いだ。
(あの時から彼はこの装備での対戦を決めていたんだな……)
――ワァーーーー――
――ワァーーーー――
――ワァーーーー――
中心部まで来ると胸に剣を抱え、国王に向かい一礼した。
「――続いてぇーー、本日の一番目の対戦相手の入場だぁーー――」
タウロスは緊張をぶっ通り越して青白い顔になっていた。
(予行もなしに一番手か。これはさすがにキツイな)
選抜試合はあったが、せめて観衆を置いての予行演習はあってもよかったのかもしれない。
「タウロス」
僕は彼に話しかける。
「緊張するなとは言わない。後はこっちで上手くやるから適当に暴れてこい」
「おっ、おう……」
(こりゃダメだな)
武器の棍を持つ手が震えている。
「タウロス殿」
後ろで控えていたギンジが彼に話しかけた。
「これを。きっと気分が良くなります」
彼はひょうたんみたいな陶器を渡した。
「それは一体?」
「ニホンシュという故郷に伝わる酒です。古来より私たちの先祖は戦の前にニホンシュを飲み、気分を高め、戦勝を祈ったとされています」
演技が良いとわかったタウロスはためらわずに一気に飲み干した。元々酒好きだったのかもしれないが、飲み終わるとアルコールが回ったおかげで幾分リラックスできたらしい。
「シュウの仲間の方、ありがとう。どうにかなりそうだ」
「いってらっしゃい」
タウロスは闊歩でフィールド入口へ向かった。
彼が入場するとひと際歓声が大きくなった。体長二メートルを超える大男と長い棍。遠目からでもはっきりと敵役として映るのだろう。フィールドの中心でビヨンドとタウロスが相対する。
「――さぁーー、第一試合ぃぃ、はじめっ!――」
司会者の合図とともに両者とも前方へ駆け出した! 同時にフィールド四方に魔素陣が展開されるが今回のは色なしで中の様子が丸わかりだ。音も貫通する。魔素陣は防御タイプで万に一つも攻撃の魔素術が国王や招待客、観衆に届いてはならないためであるとチャードが教えてくれた。
ガキィィンという武器と武器のぶつかる音。そこから体術と棒術、剣術の出し合い、見せあい、押し合い。タウロスは土の魔素術が得意なようで土槍が地面から突如湧いてくると観衆は盛り上がっていた。 尚、両者の魔素術はぶつかり合って飛び散り、何回も観客席に入りそうになるが、魔素陣に当たると貫通することなく散開していった。
……
…………
体感で十五分から二十分程度だろうか。戦い続けた二人だったがついにタウロスが折れた。
開始からビヨンドは彼の棒術を正面から受け止めることはしてなかったが、頃合いだと思ったのだろう。纏う魔素を強めてタウロスの棍を剣で受け止めると、なんとそこから押し戻した! そのまま接近戦へ持ち込むと見せかけて瞬間的に移動し、彼の背後に突如出現すると脇に強烈な不意打ちを入れた。
タウロスはその一撃で片膝をつき、首を垂れる。肩にはビヨンドの剣が載せられたが、戦闘においてこの行為は『降伏』を示す。予定通りに負けたのだ。
よちよちと戻ってきたタウロスは全身に傷と打撲を負っていたが、命の別状はなく、自力で控えの通路までたどり着いた。
「よくやった」
チャードと僕たちは笑顔で彼を迎えた。
「いやぁ、勝とうと思って闘ってはみたがやはりビヨンドは強い」
「観衆は盛り上がったぞ。立っていられるか?」
「問題ない。君たちのおかげで緊張がとれた。あの酒が効いたよ」
「後は任せてゆっくり休んでくれ」
「ああ。俺も観衆として楽しませてもらおうと思う」
僕は紋章の力を使って自分の使える魔素の総量を底上げして、全身に纏った。続いて雷哮の剣に魔素を通して鞘から抜く。
(……さて、ここからが本番だ!)
フィールドの中では司会者がビヨンドに連戦が可能なのか確かめていた。先ほどタウロスは傷を負っていたが彼の方は無傷である。頷くのをみると司会がさらに進めた。
「我らが守護聖は連戦を認めたぞぉーーーー」
――ワァーー――
「それではぁーー、対戦者の入場だぁぁぁぁーー」
――ワァーー――
この試合の対戦者について正式な告知はされていない。観衆は慣例から人対人であることを知っているのみである。ただし情報漏洩の完全防止はこの時代において不可能である。
数日前より巷では対戦者が王都クラスノの役人側から出ずに、冒険者ギルドから引っ張った事実を貴賓席に知らぬものはいない。一般観衆にも当然漏れている。
若干興ざめであったが、結局目の前で血が出る試合を見せられた多くの観衆は一試合目にそれなりに満足していたようだ。
僕は黒霧を発生させて自分側の闘技場フィールド入口から、徐々に地面を覆う形で展開させた。同時に闘技場の天井にあたる吹き抜け部分も少しだけ覆って、太陽の光をフィールド内の地面まで届かなくする。結果、闘技場内全体が薄暗くなった。
瞬く間に広がった黒い闇に会場は静まり返る。
黒霧はビヨンドまで届くが覆い隠すことはしない。本日の式典の主賓を隠すほど僕は無粋ではない。
また彼は光の魔素属性系統であるため、纏う魔素が若干光を帯びている。薄暗いフィールド内で輝いて目立つようになった。
そのまま黒霧を操作して地面から上昇させてビヨンドに襲い掛かる演出をする。黒霧はダメージを与える能力はなく、ただ視界を塞ぐだけである。それがわからない者は黒霧がビヨンドを喰らい尽くそうとしているように見えただろう。
ビヨンドは民衆からは見えない、通路奥にいる僕の存在に当然気付いている。出てこいと挑発せんばかりに、周囲に光壁を発生させて黒霧を弾き飛ばした。
二回、三回と四方から黒い霧が立ち上がり、彼に向かっていくことを繰り返す。が、すべて光壁で遮ったため黒一色のフィールド上でさらにライトアップされるような格好になった。
「そろそろ頃合いかな」
「こんな入場にするなんて聞いていませんでしたよ」
通路内から外の様子をみていたたコトエが呟く。
「観衆は静かになった。ちょうどいいじゃないか」
すでに理性の指輪が程よく光っている。戦闘前の軽い高揚状態だ。
魔剣を右手に持ち、右前方に肩までの高さを維持しながら、通路内をゆっくりとフィールド方向に向かって歩み始めた。
ビヨンドは黒霧に取り乱すことなく冷静だった。ほどなくして僕の姿を捉えたであろう。
闘技場内の視線は地面を覆いつくした黒霧に集中していたが、やがてその上を歩く僕を見つけると少しずつ騒がしくなった。
――なんだ、あれは――
――あいつがやったのか?――
――主催者側の演出だろ――
観衆の推測は止まらない。
僕の後方からコトエとギンジが入場し、左右に展開した。三人でビヨンドを取り囲む構図である。
距離二十メートルまで近づくとビヨンドは強い魔素を纏い、その一部を上方へ光の術として解き放った。すると闘技場上を覆い、太陽の光を遮っていた黒霧が散開させられた。途端に会場内に太陽の光が差してくる。
「シュウ、面白い演出だな」
「それはどうも。気に入っていただけたようで」
「前に会った時とずいぶん雰囲気が変わったな」
ビヨンドは僕の名前をしっかり憶えていたらしい。
「装備品の影響でしょう」
「嘘つきめ……」
わかるものには階位の上昇がわかるらしい。
「聞いたかもしれませんが、諸事情でこれが最終試合だそうです。式典ですので人数を増やさせていただきました」
「どうせじぃの手配なんだろう?」
「そのとおりです」
「なんでもいいぞ。それより退屈させるなよ……!」
「ええ」
このやりとりは観衆には聞こえない。僕とビヨンド、それにその場にいたコトエとギンジだけが聞いていた。真横に掲げていた魔剣を正面に戻して八双に構える。彼も応じた。
「――さぁぁーー――」
ざわめきが大きくなったタイミングで司会の進行が再開する!
「――第二試合ぃぃ……始めっ!――」
(やってやるぞ!)
******
開始の合図で僕の方から仕掛ける! 一直線に駆けだして飛び上がり、ビヨンドに上段振り下ろしを浴びせた。
――ガキィィンン――
僕の新しい魔剣は彼の剣(おそらくは聖剣の類なのだろう)との打ち合いを拒む様子はなかった。潜在する強い意志によって「どんどん打ち合え、魔素を注ぎ込め」と要求してくる。
(武器損傷は……なし! いけるぞ!)
通常ならば避けてくれと言わんばかりの攻撃を僕は選ばない。しかし今は御前試合。観衆を沸かせると同時に、剣そのものが打ち負けるか否かを確かめた。
続いて後方からコトエがナイフを数本投げる。空気を割く音を拾った僕は素早く身をかがめてフレンドリーファイアを回避した。ビヨンドは巧みな剣裁きでナイフを叩き落とす。
さらにギンジが接近戦を仕掛けた。先ほどまでのやり取りでビヨンドと直接対戦したことがなかったが、彼の技量がわかったのだろう。力強い魔素を纏い、蹴りを繰り出した。途中までは僕が前面に立って視界を塞ぎ、反応を遅れさせることを忘れない。
背後から突如現れたギンジに対してビヨンドは慌てることなく、蹴りを剣腹で受けて上方へ飛ばした。空中に四、五メートルほどまで舞い上がり、受け身を取りながら着地してその場を素早く離れた。連続して僕は身を屈めたに近い姿勢から横一直線に魔剣を振るう。が、それも意図的に彼が振り下げた剣で受けられた。
再び甲高い音がフィールド内へ響く。
――力と力のせめぎ合い――
「……シュウ。……いい仲間がいるじゃないかっ」
「それは……どうもっ!」
「仲間と……一緒にどうだ? 部下にならないか?」
「ここで勧誘とは……熱心ですねっ!」
鍔迫り合いをビヨンドが切って後方へ飛んだ。
コトエが二刀流で迫る! 小太刀の同時攻撃を弾いた彼はさらに後方へ飛んだが、そこはギンジが待ち構えている。
これは魔境で培った僕と忍者たちの戦い方だ。どちらかが陽で、もう一方が陰。一方の攻撃に集中力を取られた敵がその場を凌いだと思った時、さらなる追撃が待っているのだ。だがこの二連撃を彼は巧みな剣術で防御しきった。
(ビヨンドは本当に強いな。魔素もそうだが剣術が抜けている)
僕が闇の魔素を吸収して階位を上昇した時間帯と同じくして、コトエやギンジもその実力を上げていた。どうも鑑定士が隠者の里にいるらしく、
コトエ 上忍 階位四十二
ギンジ 上忍 階位四十三
になったとひそかに教えてもらっていた。
そのクラスの二人の攻撃をいかに御前試合とはいえ難なく裁くのである。
連携した魔素術ならばどういう反応するかを見たくなった僕は攻撃方法に術主体に切り替えた。
僕が魔素を強く練ると気づいた二人が巻き添えを喰らわないように離れる。その瞬間雷伝を幾つも放つ!
――ズババァァンン――
首をすくめるような甲高い音と空気の焦げた匂い。ビヨンドは躊躇することなく、光の魔素術で迎撃した。その反応速度と術の発動時間が以前より早い。
二人の間でぶつかり合った光と雷の魔素術は互いの魔素を削り合って散った。互いに打ち合わせたわけではなかったが、僕の反応を見る前に次弾の魔素術を練っており、何回も繰り返した。ぶつかるたびに光線が飛び散り、観客が歓声を上げる。
打ち合いがひとしきり終わった頃合いをみて、コトエが水の魔素術を、ギンジが土の魔素術を発動させた! それぞれ水遁、土遁と呼んでいる。
コトエは周囲に何もない空間から水が生み出し、自分の体を一周した後にビヨンドに覆いかかる演出をした。ビヨンドは一瞬水遁の魔素術に飲み込まれたと思わせておいて、実際にはすでに移動していた。コトエの背後にて実体化した彼は回し蹴りを放ち、コトエの体が屈曲してフィールドの外へ弾き飛ばされた。
(見えたぞ! 光の魔素術を使った移動!)
以前は確かに捉えることのできなかった光の魔素術。実体は先に魔素術で影――光の像とでも呼ぼうか――を予め置き、術が来る前に光に変化して高速移動していた。術が影に襲い掛かっても実体ではないので、あたかも高速で回避したように見えるだけだとわかる。
ギンジは土遁で土槍を生み出す! 術は土の予備動作なく、ビヨンドの足元下から筵となる槍が突き出てきた。が、彼はフィールド内を自由に移動し、その都度土槍が追う。たちまち高速移動でギンジの背後に出たビヨンドは剣で一蹴する! ギンジは上手く受けたがその速度と彼の技量を受けきれずに、フィールドの外まで弾き飛ばされてしまった。
残ったのはビヨンドと僕。
剣から手を放して僕の方に向けて、人差し指をクイッと動かす。
(挑発か……面白いっ!)
観衆から見て二人は離脱している。ここからは二人だけで魅せろと僕は解釈した。
魔剣を握り直すと相対するビヨンドの魔素が再び膨れ上る!
お読みいただき、本当にありがとうございます。




