第八十八話 クリス王女と日本政府
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「君が行方不明となった後、アオイ君たち一行はこの魔術都市ルベンザ内へ逃げ込んできたんだ。襲った連中は執拗に追ってきたようだが、一都市に入り込んでしまえば手が出せない。そう敵は判断して撤退したと聞いている」
「そうでしたか」
「すぐにルベンザからトレド経由で日本へ戻り、五木マネジメントを介して状況の報告をした。君のお母さんと妹さんは大変心配されていたよ。犬人族同士の不思議な連絡網で生存の連絡がきた時、皆が喜んでいた。シュウ君の仲間たちはどういうことかわからないけど、それ以前にちゃんと君が生きていることを知っていたようだけどね」
「それは契約の魔素術の効果だと思います。お互いの生存や位置を知ることを目的として結んだのではありませんでしたが」
「いいんだ。そろそろこちらへ到達しそうだとの連絡を受けて自衛隊は待機していた。今の彼女たちは私の指示の元に動いている。先ほどのアオイ君たちの動きをみると、君たちの方がずっと強そうだがね」
イタガキさんは照れくさそうに話してくれた。シェリルによれば自分を罠に嵌めた冒険者はあれから行方不明らしい。状況から察すると別都市まで移住したか、カーターかその仲間に消されたと考えた方が妥当な線だろう。
「半年の間に状況はずいぶんと変わったんだが、一番は転移陣が頻繁に出てきたことに尽きる。君たちが日本の一番目の転移事例であったわけで規模も大きかったんだが、半年後から(僕が行方不明になった頃から)数週間おきにやられている。これは日本だけじゃなくて世界中で起きていることなんだ」
「えっ!」
「国内一番目の転移は君たちの大学。二番目は都内の一軒家で、そこから空き地、神社、商店街の一角と続いた。先月は港区の公園の一部が飛んだ。初めの一軒家の住人はおそらく全滅、次は被害者なし。そこから被害者と少数の帰還者が出るようになってきている。君たちが残した情報を政府が公開して、転移しても魔物を倒して魔素を扱ってどうにか日本に戻ってくる人たちが出始めているんだ。これには警察と自衛隊が即座に行動して飛んだ先へ転移して救助にあたっていることが大きな要因でもある」
イタガキさんは被害者の方が多いとも付け加えた。
「そんなことが……。日本以外はどうなんですか?」
「アメリカ、中国、ロシア。イギリスとドイツ、南アフリカの国々や南米もやられている。事例は君たちの事件が一番早そうだが、中国とロシアは例によってどの程度情報公開しているかわからない。もしかすると君たち以前に事件を掴んでいた可能性もある。さらに戻ってきた人たちや転移先へ移動した隊員の話を聞くと文明はこの世界と同程度。つまり同じ時間軸に転移した可能性がある。この点は現在確認中だ」
「それでイタガキさんはこちらの世界の探索者になったのですか?」
「君が異世界で行方不明になったため捜索隊としての任務で、というのが理由の一つだがそれだけではないんだ。今回私は政府高官の交渉役としてここに来ている。目的はそこのシェリル殿で、鉱石の買い取り交渉のためだ」
事態が良く飲み込めない。
(日本と異世界側で交渉?)
「半年前に君たちが持ち帰った鉱石を分析した。結果、微量の鉄や銅の一般物質のほか、コバルトやニッケルなどの希少金属が多く含まれていることが分かった。彼らはその金属を使わない。そこでアオイ君の祖父であり、異世界経験者だったジュウゾウさんに間に入ってもらって、トレド王女クリステル殿と交渉を開始、同都市とは非常に良好な関係を築き、彼女たちが不要とする鉱石をこちらへ回してもらっている。今は彼女の推薦をもって、鉱山を有するほかの都市との交渉を開始した段階だ」
チラっと横目で見るとナオキがレイナに突かれていた。鉱石を持ち帰る予定などはそもそもない。犯人は……。
(やっちまったな、ナオキ。だが資源のない日本で不足している希少金属が得られるようになるなら、結果オーライかもな)
「鉱石の見返りとして日本側では何を提供するのですか?」
「農耕技術や土木建築技術、一部の植物の種や苗、可能な範囲での医療技術の提供が主な内容だ。日本政府はこちらの世界に干渉することを極力避けていたが、希少金属を確保できて、かつ自衛隊や警察の異世界での行動とそれに伴った階位の上昇が必要となれば、話が変わった。世論も藤原さんが上手く操作して反対されないように話をもっていったんだ。さらに現状の品や種類であれば、日本からの輸出によってこの世界の既存の産業と大きくぶつかることはない。両者とも win-win の関係でいられる。医療技術については提供するのは知識と一部の抗生剤や包帯程度に絞っているが、おそらく今後は拡大される」
「植物は反対する者が多かったのでは? 生態系に影響を与えるように思います」
「そこは揉めに揉めた。だが他国が同じように技術協力を始めて見返りに異世界から獲得しやすい物質があることが分かった時、日本だけが置いていかれるわけにはいかないとして結局はゴーサインが出たんだ。反対に限られた施設においてだけだが、こちらの植物や生態系の研究も始まっている」
僕がいなかった半年間に日本は激変していた。
「ところで貿易都市トレドはどうなっていますか?」
「それは私の方から説明しますわ」
アオイが言うには、貿易都市トレドも大きく変わったという。
先ほど述べた農業や土木建築技術提供などの関係で、自衛隊など現地(異世界)で活動するための防衛力強化が必要となり、そのため魔素獲得と階位上昇が必須となった。自衛隊の中で異世界部隊が結成されて、現地での安全確保と管理に務めている。おかげで貿易都市トレドに三百名規模の自衛隊員が住まう区画ができて、日本人街を形成しているという。皆階位一以上二十未満で、現在防衛活動をしながら、同時に冒険者として鍛えている最中だという。
貧民街の改善を僕たちに約束していたクリス王女は、貧民街の一区画を買い取り整備、宿舎を建築していた。同時に学校と職業訓練所も造り、読み書き、算数、武術、生活の基礎知識など一般項目を教員までたてて、教え始めたという。さらには希望する者には戦闘訓練と初期の階位上げまでサポートするという。これによる冒険初期の死亡率低下と都市へ移住して住まわせて税を納めさせるという統治者側の問題をクリアしようと試みているようだ。尚、一つの宿舎は百人規模の住まいとして異種族混合とし、過去の軽犯罪までなら許容されるというところから、大規模な応募が殺到。溢れた人たちが多すぎて、現在宿舎や教員の増築・増募中である。これらにはある程度日本政府側が知恵を入れたんだそうだ。対外的にはクリス王女が発表しているため、彼女の功績が民衆や他の都市に高く評価されており、政治家として内外で知らぬものはいないらしい。
「そういえばクーンがいないけど」
僕は彼ならば来てくれているものと信じていたので、いないと分かった時に残念な気持ちになっていた。
「クーンは事業を立ち上げて代表をやっているよ」
「えっ!」
あのクーンがかっ! と僕は思うわけである。
クーンはトレド内の治安維持や都市間の移動に関して警備会社を立ち上げていた。特定人物の護衛や、紛失物探し、盗難事件の解決、移送の護衛……その手に関しては一切を引き受けているらしい。特に紛失物や行方不明者探しに関しては、猫人族の連絡網を使っているため、解決率が高いという。
(これは戻ったら顔を出さないとな)
あのひょろっとした猫人族クーンは僕のいない間に強く逞しくなっているようだ。
「ほかにも嬉しいお知らせがありますわ。私やシュウ様たちと一緒にこちらへ強制的に転移してしまい、行方不明だった(死亡扱いされていた)大学関係者二名の生存が確認されて、すでに日本へ戻りました。奴隷商会のシグレを覚えていますか? 彼の協力は続いていて、奴隷商同士に呼びかけてとうとう日本人を発見、幾多の交渉事を経てですが最終的に確保することができました」
「幾多の交渉事とは?」
「要は……」
ナオキが突然会話に入ってくる。
「……これよ。これ!」
そういう彼は親指と一指し指で円を作る。
(ああ。いつもの金か)
僕は納得する。結局世の中金なのだ。
「どれぐらいだったんだ?」
「そりゃ、もう何人もの権利者と交渉して、交渉して……。レイナなんかその過程で見ず知らずの奴と結婚させられそうになっちまった」
思わず笑ってしまう。彼女に惚れる現地人は多いだろうし、力づくで奪おうとする輩もいるだろう。
「そんで怒っちまった彼女が相手方をコテンパンにやっちまったんだな、これが」
「ん?」
話が怪しくなってきたぞ。
「そんでそんで、当初の何倍もの金額を吹っ掛けられて。向こうが全部悪いとは言えないんで、やむなくその条件を飲んだんだ」
「ふぅん」
はて? 僕は違和感を覚える。この話は政府と奴隷商人が交渉するはずだが、話はあたかもナオキたちが交渉したような話だ。そもそも政府の代理はイタガキさんを代表とする自衛隊だが、彼らはこの世界の通貨を潤沢に持っているのだろうか?
(まさか……⁉)
「大当たりだぜ、シュウ」
ポンッと軽~い手が僕の肩に置かれた。
「じぇーんぶ、夢幻の団の財布を使った」
「!」
「自衛隊の駐屯費も当初は賄っていた」
僕は思わず立ち上がる!
「さらにクーンの開業資金もそこから出した」
両手で頭をかきむしる!!
「今はどちらも自立しているが、まぁそういうことだよ。それに……」
もうやめてくれと僕は思うわけだ。
「……トレド内の教育施設などの建設資金も提供したんだ。クリス王女は大変喜んでいたよ」
傍からみた僕はどんな顔をしていたのだろうか?
「おかげで今は夢幻の団の財布は素寒貧なんだ。こっちでいい暮らしをするためには、みんなでクエストを受けて金を稼がなきゃいけない。ちなみに今パーティの財布係はアオイだ。これからの宿や買い物は彼女の(機嫌と)判断で決まるからな」
一部小声で注意事項がささやかれた。続いてもう片方の手が僕の肩にポンッと置かれる。
「ところでシュウの背負っている剣。ずいぶんと立派だなぁ。ちょっと見せてくれないか? ちょっとだけでいいからさっ! ほんのちょっとだけ。なっ?」
(この銭賢者め……)
どうやら金策に困り果て、金を得るため仲間の装備まで売ろうとしているらしい。ナオキが今まで会った中で一番悪い顔をしている。武器は譲れないし、前と形は違うが雷哮の剣と同じで雷の魔素術を扱えないと剣が装備者に従ってくれないことを伝えた。彼は半信半疑だったが、そのまま鞘ごと渡したら重さを支えきれず後ろにそのまま倒れた。それをひょいと担ぎ上げて証明したら、ようやく信じたらしい。
「お金の問題は後でなんとでもなります。今は再会を喜びましょう」
先ほど峰打ちで僕をぶっ飛ばしたアオイが言うセリフだろうかと思うわけだが決して口には出さない。円滑な人間関係が大事である。
「オホン! 君たち。久々の再会もいいだろうが魔素術の進歩は一体どうかな?」
シェリルが間に入ってきた。
「いいでしょう。お見せしましょう」
僕はこの半年、剣と稽古と魔素術の練習を愚直に繰り返し繰り返し重ねた。
歩み出てまず魔素術の扱いを披露する。即座に僕を中心に半径一メートルほどの雷に変化させた魔素による球体を三つほど、すなわち三メートルの規模で展開する。形も歪んでいない、綺麗な球体だ。
「いいね」
シェリルが褒めてくれた。
「ほかにも契約の魔素術で転移が可能になりました。あと保管庫も会得して、魔素術を封じ込める魔素玉という技も開発しました」
これにはシェリルに続いて、アオイたちも拍手で称賛してくれた。
到着してからすでに一時間以上過ぎている。話に花が咲いていたが、ここでコトエが(隣国の)王都クラスノのタクヤたちにはどうしますか? と聞いてきた。誰かが戻らないと、向こう側に残っている仲間が心配すると思ったからである。僕は戻ろうか迷ったが、本日はこちらに泊まることにした。代わりに転移陣を作成して、コトエにはタクヤたちの場所まで戻ってもらうことと、明日日中に王都クラスノ側へ行くことで打ち合わせた。
転移陣を刻む岩を保管庫から出す場所がないか聞いたところ、家主であるシェリルは隣接する土地に物置があるので、そこに転移陣を隠すのが良いと勧めてくれた。
約三十分後には物置に隠れた真っ二つの岩に転移陣が描かれることになる。
話の成り行きで夢幻の団は一度隣国の王都クラスノまで行ってみようとなった。イタガキさんは渋い顔をしたが、行方不明の日本人三人が――それも足の悪いアリサまでいるとなると放置はできない。だが予定していない行動であるため、イタガキさんはここから動けず、やむなく僕たちに依頼する形をとる。自衛隊はルベンザにしばらく留まり、後に合流予定となった。
コトエが魔素を放ち転移していく。もう夕方だが、彼女と今の魔境ならば一人で問題ない。
彼女を見送ると、ツンツンと肘でナオキが突っついてきた。顎でアオイの方を示す。ああ、そういうことかと思い、
「アオイ、今日は僕もこちらの宿に泊めてくれないか?」
と許可を得るべく聞いた。一人分の宿泊料金が増えるのである。
「いいですわよ」
一瞬眉間に皺が寄ったのを、鍛えに鍛えた僕の動体視力は見逃さなかった。
作者より
「新入大学生~」をお読みいただきありがとうございます。たまにブックマークや評価(と感想)が入ると、狂喜乱舞しています。評価ポイントが小説家になろうの全てではないと思っていますが、モチベーションを上げる要因であることは違いありません。皆さまのご支援にてようやく300を超えることができました。
今後もよろしくお願いします。
蜜柑




