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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第八十三話 報酬と約束

「ちっ」


 僕は構えを崩さずにビヨンドの出方を伺うが、チャードの制止で気勢がそがれたのであろう。舌打ちをした奴の魔素が急激にしぼんでいく。すぐに剣も鳴りを潜めた。


「もうよい、双方とも剣を納めよ」


 数えきれないほどぶつけ合ったこちらの剣は微細なひびが無数に入っていた。

 僕はこれ以上戦いを続けると死ぬと思ったので剣を鞘に納める。ビヨンドも同じだ。


(悔しいけど完敗だな)


 チャードが闘技場の中心に歩いてくると、僕とビヨンドも歩き出した。


「ビヨンドよ、けがはないか」

「見ての通りさ」


 まだ俺は戦えると言わんばかりだ。


(冗談じゃない)


 これ以上はごめんだった。が、ほんの少しだけ先ほどの秘術を見たかった気持ちが残った。


「シュウよ、見事な戦いじゃった」

「どういたしまして」

「けがはないか?」

「私もほぼ無傷です」

「わかった。この後で報酬と今後の話がしたい。先ほどの部屋に先に行ってくれるか?」

「わかりました」


 すでに理性の指輪は光を失い、僕の左手を飾っているだけだ。チャードとビヨンドという対戦者を闘技場内へ残して、僕は待機部屋へ戻った。


******


 シュウの背中を見送った後。チャードとビヨンドはその場で今後のことを打ち合わせた。もちろん今回の模擬戦は、自身の守護聖となる御前試合の対戦相手選抜である。その相手には今戦ったシュウ、その一人ほど前の模擬戦者である棍を扱うタウロス、他に魔素術師一名が選抜された。


 二人の意見はこの三人で一致し、これで選抜試合が終わる。


 チャードは闘技場内の待機室へ向かおうとした時、ビヨンドに呼び止められた。


「ところでじぃよ。なぜあそこで止めた。いいところだったのに……」

「そう急くな。相手が死んだらお主もわしも困るじゃろう」

「加減もするし、あいつはそれぐらいじゃ死ななかったと思うぞ」

「それほどの実力者なのか?」

「そうだ」

「なおさら都合が良い」


 にやりと笑うチャードを理解できなかったビヨンドは続ける。


「どうしたんだ? 体調でも悪いのか?」

「いや、全然。すこぶる良いわい。髪の毛も……ほれっ」


 そういうとチャードは自分の帽子をとって見せた。そこにはわずかばかり頭皮の直射日光を避ける髪の毛が残されている。


「……たいしたことないだろう」


 ビヨンドは一蹴した。


「たいした、とはなんじゃ! たいした、とは!」

「あー、わかったって」


 ビヨンドはこれ以上聞くと話が長くなりそうだと思った。ビヨンドは少年の頃にチャードにその才能を見出されて以後長い付き合いだ。彼のことは知り尽くしている。今は髪の毛が自慢で、機嫌がいいときはそれで言い訳をするのは慣れていた。


 ビヨンドの質問を躱してチャードは待機部屋へと向かう。


(見つけたぞ……雷の魔素術を扱う実力者。これは難題が二件も同時に解決しそうじゃ)


 役人お抱えの医者に彼が髪の毛を守る方法はないか尋ねたとき、負荷(ストレス)を避けてくださいとキッパリ言われていた。

 ここ数年で一番のストレス解消がもう目の前まできている彼は、これから髪の毛がいっぱい生えてくるのではないかとひそかに期待した。


******


 僕が待機部屋へ戻る。するとタウロスの方から話しかけてきた。


「おっ。シュウ。お前も結局戻ってきたのか?」

「戻ってきた?」

「そうだ。多分、俺らは合格ってやつだ」


 周囲を見回すと彼のほかもう一人細身の男が座っていた。こちらには見向きもせず、地面に向かって手を組んで座り込んでいた。


(不気味な奴)


「合格っていうのは、チャード執政官のお目に適ったってやつか?」

「間違いない。さっき俺は模擬戦が終わった時に、チャードから金とこの後の話をしたいって言われた。俺の前の奴はしょんぼりして帰っていく途中ですれ違った。奴はここには来ていないから、間違いない。ここにいるのは合格した者だ」

「なるほど」


 ほどなくチャードが待機部屋に入ってくる。えらく機嫌がいいみたいだ。


「残った者たちよ、模擬戦ご苦労じゃった」


 チャード執政官の護衛はいるが、部屋の人口密度はぐっと減り、模擬戦が終わったこともあって幾分気が楽になっている。


「これから約束の報酬と今後のことの相談に移る」


 そういうと今回の模擬戦の目的を話し始めた。僕を含めた三人はさきほどの対戦者がビヨンドであると正式に明かされた。指輪が先に指摘していたから僕は驚かず、タウロウは全く気付かなかったようですごく驚いていた。不気味だと思ったフードを被った冒険者の表情は結局読めない。


「今から二十日後、この国の守護聖就任式が開かれる。場所は当然この闘技場じゃ。多数の観衆と来賓、それに国王様に見ていただく御前試合でもある。そこでお主らにはビヨンドの対戦相手を務めてもらいたい。むろん報酬は本日支払う金額どころではないぞ」

「なるほど」


 不気味なフード冒険者が初めて口を開いた。


「イカサマをやれっていうことなんだな?」

「イカサマとは人聞きが悪いのぅ。御前試合はお主らにとって名誉でもある」

「その名誉のために、いいところで負けろってことだな」

「いかにも。そこまで事情を読んでくれるのであれば、こちらとしてはいうことはない」


(わかったぞ)


 ようやくビヨンドと模擬戦がつながった。ここにいる三人は御前試合の対戦相手を選抜する意味だった。対戦相手ともなれば、あの闘技場で満員の観衆の中で戦闘しなければいけない。参加者を冒険者から引っ張ったのはよくわからないが、選抜に選抜を重ねた事情はわかった。それも高額の報酬で釣ってまで選んだのである。


 だが同時にこれ以上の参加するのが良いものか悩ましい。僕はそもそもここに来た理由を思い出す。


 それは法外な報酬に惹かれてであって、名誉のためではない。半ば成り行きで参加を決めたのはあったが、これ以上公衆の面前で自分の手の内を晒す必要はない。


(断ろう。無論、今までの報酬はしっかりいただいくが)

『正解じゃ』


 指輪とも意見が一致する。


「ではそれぞれの意思を確認する。お主は?」


 チャードはフードの冒険者と向き合う。一人目は首を縦に振った。


「よろしい。これは約束の報酬じゃ。御前試合の望みは金でよいか?」

「そうだ」

「後で役人を向かわせる。そいつと交渉してよい。参加当日は正午前に、本日と同じ場所に迎えに行くから忘れぬように注意せよ。言っておくが、不在は逃亡とみなし、国王への不敬罪となるからな」

「いいだろう」


 フードの冒険者は金を受け取り、待機部屋から出ていった。


「さて、次じゃ。タウロスといったかな。お主はどうする?」

「条件次第だ」

「なんじゃ? もし金が望みならば先ほどと同じく後で役人と交渉せよ」

「そうじゃない」

「というと?」

「俺を王都の役人として待遇してほしい。文官は無理だが、力関係なら自信がある。警備でもいい」

「ふぅむ……」


 チャードは腕組をして目の前の大柄な男を凝視する。しばらくして、


「よいじゃろう」

「本当か⁉ やった!」

「御前試合を無事に終えた場合、という条件つきじゃ」

「それぐらいはわかる」


 タウロスは報酬を受け取り、喜んで部屋を出ていった。


「さて、最後はお主じゃな」


(待っていました)


「シュウとか言ったな」

「はい」

「お主には報酬とそのほかに話がある。が、ここではできん。ついてこい」

「……はい?」


******


 いったいどこで金がもらえるのだろうか。そもそも今はどこに向かっているんだろう。


 闘技場内の待機部屋から半ば強制に出された僕は、ビヨンドとチャードを中心とする王都クラスノの役人十数人に囲まれながら来た道を戻っていた。気のせいだろうか、役人の数も増えた気がする。


 やがて闘技場から大通りに出てそこから数分歩いた後、通りから一本脇道へ移動した。脇道と言っても、日本でいう二車線道路ぐらいの道幅はある。左右にあるのは住宅ばかりであったが、一つ一つが大きな敷地と囲むようにレンガ塀が配置されていた。一部には薄く魔素文字が描かれていて、魔素術が仕込まれている。


(侵入者防止の術か?)


 周りをきょろきょろしながら歩いていたら、王都クラスノの貴族や重職の役人が住む区画だと説明が入った。


 さらに奥へ進み、一角を占める広大な邸宅で一行は止まった。


 ビヨンドは集団より進み出て、門に手をかざす。すると門は淡い光を出して、魔素文字が浮かび上がり、しずかにその入り口が開いた。僕は魔素術で認識の魔素術を使っているのだろうと推測した。魔素文字配列を見たかったが、すぐに消えてしまい、初めの一行しか覚えられなかった。


「さっ、入れ」


 邸宅の中には先行するビヨンドとチャード、それに僕だけだった。それ以外は門の前で待機らしく、整列したままであった。


 中は西洋庭園。綺麗に刈り整えられた草木が配置されている。残念ながら今は冬で花はないが、それでも春から夏にかけては華やかな景観になることは想像に難しくない。

 五十メートルほど歩いてようやく正面玄関にたどり着いた。再びビヨンドが魔素を放って扉が開く。


(こちらの魔素術はカスツゥエラ王国側よりも防壁や認識に長けているのかもしれないな)

『同感じゃ』

(さっきの文字列、記憶できたか?)

『いや、全然』

(役に立たないな)

『さっきまであれほど魔素探知に頼っていたくせによく言うわ。なんなら彼らに頼み込んでみたらどうじゃ?』

(それもありかもな……)


 指輪の嫌味をさらりと躱す。

見えてきたエントランスは予想通りというか豪華な作りだった。金に敏感な僕はその費用を想像してしまう。


「ようこそいらっしゃいました。そのままおあがり下さい」


 戸惑っている僕に話しかけたのは長い耳をもつ女兎人族で姿勢がいい。


(あの耳、フサフサだな)


 耳を見てずいぶん気持ちよさそうだなと思っていたら、


「アーシャだ。この家で使用している」


とビヨンドは僕へ紹介した。彼女の耳がピクピク動いている。


「戦闘と魔素術が得意で重宝している」


(僕が彼女のことをタイプのように見ていたから、勝手なことをするなよって牽制か?)

『助平丸出しだからしょうがない』

(そんなやましい気持ちはないよ)

『どうだが』


 聞いてもいない紹介まで受けてしまった。


「ビヨンド様には遠く及びません」

「先にこの旅人を応接室に通してくれ」

「かしこまりました」


 アーシャについて家の奥へと案内する。後ろにはチャードがついてくるが、どうもこの家をよく知っているようで足取りに迷いはなかった。

 案内された応接室も素晴らしい調度品で揃えられていて、腰かけるのもためらわれる椅子であった。が、立ったままもなんなので結局座って彼を待つ。向かい席にはチャードが座っていて、アーシャが運んできた飲み物に口をつけた。


「ほれ。遠慮しないでいいぞ。檸檬(れもん)を絞った紅茶じゃ。うまいぞ」

「ありがとうございます」


 今さら毒殺はないと思うが警戒して僕は飲まなかった。沈黙したままで時間が過ぎ、向かいのチャードはずっと僕の方を見ていた。密かに魔素術を発動していたようが、指輪がすぐに念話で教えてくれた。


 しばらくして貴族服へ着替えたビヨンドも席に着く。先ほどは兜で分からなかったが精悍な顔つきに整えられた髭。予想通り体格は鍛えに鍛えぬいた筋肉を纏っていた。


「さて、なんだな。早速だが話の続きをするか」


 どさっと椅子に腰を下ろしたビヨンドが切り出した。


「ええ。いったいいつになったら報酬がもらえるのでしょうか? まさかここでの飲み物がその報酬代わりだなんて言わないでしょうね?」

「ま、そういう意味もあるな」

「えっ?」

「そこらへんはチャードから聞いてくれ」


 不安になってきた。


「さて、ようやく報酬の話ができるのぅ」


 今度はチャードが話し始める。


「先に確認するが、お主は御前試合に出るか?」

「出ないつもりです」


 キッパリと断ってやる。


「ふーむ。どうしてもか?」

「どうしてもです」

「ならば仕方ない」

「何がです?」

「お主の正体を聞かねばならんのぅ。残念じゃが」


 チャードは何かが入った袋を僕の前に投げた。綺麗でつながった木目、おそらくは一本の長寿の木から切り出されて作製されたであろう木製の机にぶつかった袋はチャリンと音を出した。


(金貨だっ! それも多いぞっ!)

『シュウよ! みっともないぞ! 落ち着け!』


 奪い取りそうになる衝動を抑え、背中と尻を椅子にどうにかくっつけた状態を保つ。


「正体とは?」


 視線を金の袋から離すことができない。


「今年の秋、王都周辺に巨大な組織がはびこり、王都の経済活動を大きく邪魔しおった。ドルドビ盗賊団という組織じゃ。聞いたことあるじゃろう?」


 急に心拍が早くなる。袋から視線をはずした僕は、


「ええ、まぁ」


と歯切れ悪く返事をした。これがまたいけなかった。ニヤリと笑ったチャードが間髪入れずに続けてくる。


「ドルドビ盗賊団には王都の警備兵たちが手を焼いていた。なにせその拠点がわからないまま、街道を行き交う人や物が襲われ続ける状態であった。被害届も日に日に増えていくばかりで、王都の役人は神経をすり減らしていた。ところがだっ!」


 僕の反応をみながら、語尾を上げてくる。びくつくのを抑え込みながら、僕は無意識に飲み物に手を出してしまう。


「なんと()()()()()()()()()が、だ。盗賊団員の拠点を調べ上げて王都側に知らせてくれるではないか。それもいくつかの拠点はすでに潰され、少なくない盗賊団員が捕縛された状態で、だ」

「ははは。すごいですね」

「そうじゃろう。おかげさまで盗賊団はもう存在しないぞ。そこにおるビヨンドが文字通り本拠点を吹き飛ばして壊滅させたわ」


(さっきの秘術か。やはり途中でやめてよかった)


「で、その()()()()()のことなんじゃが……」


(ギクリ)


「……どうもそやつは雷の魔素術を使えるようじゃ。王都内の盗賊団拠点が根こそぎ壊滅させられていたが、広範囲の雷が部屋内に降り注いでいた。室内の様子からは就寝中に襲われたようで抵抗した後はない。しかも複数拠点を同時に、じゃ。どうやったのかは知らんがな」

「まるで私がその『心優しき者』だとも言わんばかりですね」

「別にそうは言っておらん。ただ……」

「ただ?」

「……雷の魔素術は一般に知られておるが珍しい。そこらにおる冒険者百人を引っ張ってきたら、一人いるかいないかじゃろう。それでいて複数拠点を襲えるほどの実力者となると、千人から一万人、あるいはそれ以上に巡り合う可能性は低くなる」

「……」


 背中はもう汗びっしょりだ。


「先ほどお主が使った雷の魔素術を鑑定した。正確にはその影響を受けた闘技場の足場じゃがな。それと盗賊団拠点で使われた雷の魔素術との照合。結果は……」

「……」

「儂が言わんとするのは()()()()()()()()。さて!」


 ポンと膝をわざとらしくチャードは叩く。


「本題に戻ろう」


 続けて彼は檸檬紅茶のお代わりをアーシャに要求した。


「もう一度聞く。御前試合のことじゃが、お主はどうするつもりじゃ?」


 お読みいただき本当にありがとうございます。

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