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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第八十二話 選抜Ⅱ

 誤字脱字報告を多数いただきました。ご連絡いただいた方、ありがとうございました。

 案内されたのはやはり一度通り抜けた闘技場。円形の戦闘フィールドの四隅には先ほどはいなかった、頭まで法衣を纏った役人側と思われる人間が確認できた。指輪はあの位置から魔素術が発動されていたというから術者なのだろうと推測する。


(あいつらが情報漏洩の防壁魔素術を張るんだな)


 同時に自分の魔素術を見られる相手でもある。僕は念のため指輪に彼らの魔素パターンを覚えてもらうよう伝えた。


「ここで待て」


 室内から案内していた兵士が闘技場の中心に僕を待たせる。間もなく向こう側の通路から対戦相手と思われる人物が歩いてきた。その横にはチャードも確認できる。

 徒歩でゆっくりと歩いてきた人物をみて、まだ戦っていないが重心と足運びから相当な実力者だとわかった。まだ魔素は纏っていない。今は少ないのではなく、魔素が全く体から出ていないのである。


(……不気味だ)


 自分の利き手である右手を少し動かして感覚を確かめた。今回の状況では不意打ちは仕掛けられないと思うが、それでも警戒しなければいけない。魔素服の中を背中から汗が伝わり落ちて、尻側まで届いく。緊張しているのだ。


 近くまで来た対戦者は僕と同じぐらいの身長だったが、胸板ははるかに厚そうに見える。顔面を覆うタイプの兜と鎧を装備していて表情は分からない。

 残る装備は背負った剣なんだがこいつがまた問題だ。魔剣や聖剣の類だと一目でわかる輝きで、魔素が大量に循環している。


「貴様で最後か。また今日の相手はデカイやつが続くな。まぁ、それぐらいのほうが都合いいのか……。魔素術もできそうだな」


 声は四十歳代ぐらいだろうか。兜の中でニヤリと笑っているのが透けて見えそうな声色だ。


「シュウとやら、準備はいいな」

「……ええ」


 チャードは僕に確認すると、模擬戦の巻き添えを喰らわないためフィールドの端まで走っていった。


「それでは……はじめっ!」


 風の魔素術で拡大されたチャードの声が闘技場内を響く! その合図をきっかけにフィールドの四隅から空間が切り取られた。控えていた四隅四人の術者が秘密漏洩防止の魔素術を発動したのである。


「これは……⁉」


 僕は展開された魔素術が乱れることなく発動したことから、術者たちの技量が相当高いことがわかり、それを見届けるため視線を上げた。複数の術者が同じ術を発動しようとしても、技量や魔素量が違うと発動しなかったり、反発してしまうことを知っていたからだ。


「よそ見していいのか?」


 はっとして対戦者へ眼を戻した途端。奴の体からも凄まじい魔素が溢れだし、続いて姿が消えた。正確にはまず体の輪郭ブレたと言ったほうが表現として近い。今まで見ていた中で段違いに速い。


『まずっ……』

(……っい!)


 鎧装備の見た目で『敵の素早さは低い』と勝手に解釈していた。

 指輪の警告が頭に鳴り響く前に、強い危機感を持った僕は半ば反射的に全力で雷の魔素を全身と武器に纏わせ、敵の魔素方向を感知、左前方へと今使える一番強くて慣れた防御の型を使った!


――ガキィィンン――


 遅れて出された短剣と対戦者の剣がぶつかり合う! 軍配は後者にあがり、短剣は折れて上後方へ飛んでいった。ただし雷の魔素は敵の剣と鎧を伝わり、幾ばくかのしびれとほんの少しの貴重な時間を稼いだ。


 雷の魔素術は相手にとっても意外だったらしい。


 相手の剣を有効に使わせないため、そこから敵の懐へ僕は踏み出して蹴りを放った。幾多の意識を刈り取ったジュウゾウさん仕込みの蹴りである。


 しかし!


 体重と魔素を練りこんだ僕の上段蹴りを、奴は逆らわずに剣の重みを利用してその軸で体を回転させることで、その威力を大幅に軽減させた。ドゴッと鈍い音を響かせるが、巧みな体術と装備している鎧に阻まれた僕の蹴りはノーダメージに近い結果だった。


(兜も鎧も相当な物だ)


 普通の鉄製では今の僕の全力蹴りを阻むことはできず、陥没したり、部分的に欠損したりする。だがこの兜は傷どころか、少なくとも蹴った僕の足に痛みを返す強度があった。


 対戦者が蹴りを避けたときの回転が弱まるかぐらいで、僕は雷変を使って奴の懐へ再び急接近。右手の人差し指と中指を一つにまとめて、兜の隙間からのぞく眼へと突き刺すような突きを放つ!


(死ななきゃいいんだろうっ!)


 武器を失ってでも戦闘が続くのであれば、敵の戦闘意欲を削ぐしかない。そのためには目潰しは非常に有効である。チャードとの約束も破ることにはならない。


 手の角度と僕の態勢から局所狙いの攻撃だと分かった対戦者は、焦ったように首をひねって後ろ側へさらに逃れる。この動きは初めに僕に接近した時よりさらに早く、それを予想できなかった僕の攻撃は空振りに終わった。


(今のが本気の速度(スピード)かっ!)


 ここまでのやりとりで数秒に満たない。そこから遅れて、先ほどの初撃で折れた僕の短剣が地面に突き刺さった。


「……」

「……」


 お互い無言で構えを直す。僕は短剣以外の使用可能な武器がないため、折れた短剣を捨てて素手で構えた。


「……これじゃあ面白くないな」


 対戦者が構えを解いてフィールドの四隅側へ向いた。


「おい、じいっ! 何か代わりの武器はないかっ⁉」


 どうも『じい』というのはチャードのことで、そちらへ話しかけたようだ。


「こいつに手頃な武器を渡してやれっ!」

「わかった。ちょっと待っとれ」


 すぐに魔素陣が解かれ、チャードに命じられた部下は駆け足で闘技場内の通路へ消えていった。


(助かった……)


 あのまま武器なしでやりあったらまずかった。以前にカーターとの戦いで瀕死に追い込まれたことがあったが、その時に近い強さだと肌で感じ取った。手探りの段階でこの強さを感じるのならば、もしかすると奴はカーター以上なのかもしれない。それほど体を纏う魔素は密で力強い。


 もう一度さきほどのやり取りを頭で反復する。次はあの速度についていかねば、勝負にならない。


『思い出したわぃ。あいつは竜騎士団副団長のビヨンドとかいう奴じゃ』


 指輪が敵の正体を教えてくれる。一呼吸おいて僕は以前に会ったはずのビヨンドを思い出した。


(……そうかっ!)

『魔素を使わなかったので直前までわからなかったが今ので確信した。奴の魔素パターンじゃ。違いあるまい』

(なるほど。強いわけだ)


 僕には魔素のパターンで敵を識別するという指輪みたいな能力はない。しかし秋ごろに王都クラスノの門ですれ違ったときを思い出し、今目の前にいる人物がビヨンドだという指輪の話に納得した。


『まだやるのか? 降参したらどうじゃ?』

(したくても相手がそれを許さないだろう)


 ちらりと通路の方をみているチャードに視線をやる。彼は模擬戦を再開させたいので、早く武器を取りに行った兵士が戻ってこないか見つめながら待っていた。


 ビヨンドはリラックスしながら、でも隙なく立っている。


 目の前にいるのは、もうすぐ一国の軍事力の頂点である守護聖になろうという、時の人だ。この模擬戦、おそらくは王都を賑わせている竜騎士団長就任式に関連しているのだろうと予想がついた。


(降参は無理だろう。やるしかない)

『徹底的にやられるぞ』

(そうはならない)

『策は?』

()()をやる)

『ほう』

(指輪も協力しろ。相手の出先を教えろ)


 相談をしていたら、間もなく兵士が何人かを引き連れて、武器を運んできた。


「これを使ってください」


 兵士は剣複数本のほか、槍や斧というありふれた武器を一通り持ってきていた。それぞれを握っては一振りしてさらに魔素の通りを確かめ、一番頑丈そうな剣を一本選んで手元に残し、残りの剣はすべて鞘を外して闘技場内の地面に刺した。


「これでいい」


 握っている剣は鉄よりも丈夫な金属で造られていて、魔素言語も『頑強』が刻まれていた。通常は魔素の通りやすさは武器の強さに比例する。選んだ剣は先ほどの短剣より魔素を通しやすかった。さらに剣の形状ではあるが微妙に曲がりが入っていて、日本刀に近い使い方ができると思ったので選んだ。兵士はこれがファルシオンと呼ばれる型の剣だと言った。

 地面に突き刺した残りの剣は、これから剣が折れたときの代用のつもりだった。


「遠慮がないな」


 地面に刺さった剣の数をみてビヨンドが呟いた。


「当然だろう。あんたの剣はどうみたってそこらに売ってる剣じゃない。それと打ち合う武器を貸してくれるっていうんだからな」

「いいだろう」


 再び武器を構えて、今度は正眼で対峙する。


「がっかりさせるなよ」

「そっちこそ」


(指輪、わかったな⁉ 協力しろよ)

『要求はいいが、お主からの対価はあるのか?』

(いまさらか。ちゃんと指輪の言うことを聞いてやるよ)

『大した対価じゃないな』

(わかったよ。なんでもいうことを一つだけ聞いてやる。必ずだ。何ならどこぞの龍の魔素でもかっぱらってきてやるぞ)

『お主、言ったな。絶対忘れるなよ』

(ああ。一つだけだぞ)


 今はなんでもいい。ビヨンドとまともに戦えるのならば……。


 四方に魔素陣が再び張られた。


 その瞬間、今度の僕は陣の発動にかまうことなく、ビヨンドへと雷突を発動した。


 狙いは鎧の腕関節部分。そこを貫けば、腕が胴体から離れて試合続行は不可能になるだろう。


 瞬間的な雷となって突撃、対象を貫通するのが雷突だが、初めて手にする武器の変化に手間取り、コンマ数秒の遅れが出た。その時間は敵が動くには十分すぎたようで、雷となった僕の初撃は躱されてしまう。その後ろ数メートルで僕は実体化した。


 体が戻る時に背後に気配を感じて頭を下げ、そのまま剣を後方へ振りぬいた。それはビヨンドを斬ったと思われる瞬間に光となり、剣はその像をすり抜けた。追撃をしてこない奴へと向き直り、再び正眼に構える。


(あれは……。高速移動というよりは……)


 ビヨンドはこちらに向かって構えてはいるが、今後は動く気配がない。


(やっぱりでたらめに速い)

『魔素術じゃな。お主の雷変と似ておる』

(めちゃくちゃだぞ)

『そうじゃろう。あれは光の魔素術じゃ』

(光?)

『奴がこの場所を選んだ理由がわかったわ。上から照り続ける太陽。光の魔素術を使うには格好の条件じゃ』

(初めから相手の陣地だ。いまさら文句言う気はない)

『それでもやるのか?』

(俺の意思は変わらない!)


 向こうは鎧で防御を固めていて、それでいて速度は向こうが上。もしこのまま僕は負けを認めれば、目の前の奴は模擬戦を続けようとしても、チャードとかいう奴は止めに入るだろう。依頼の内容は分かったので、もう引き下がってもいいという考えが頭をよぎる。


(だが……これは俺の望む形じゃないな。やられっぱなしは良くない)


 自分の実力不足を理由にあえて怒りの感情を自ら引き出す! 左手の理性の指輪、続いて左手甲に刻まれた二つの紋章が輝き出した!


(仲間同士で試したと言っても、所詮は知り合い同士での稽古だからな)

『あやつで試すのじゃな?』

(ご名答)

『やりすぎるなよ。相手は格上じゃぞ。それも紋章の力を使っても届くのかわからん』

(わかっている。適当なところで引くさ)

『力に飲み込まれるなよ』

(わかってるって!)


 僕は紋章から力を引き出し、自分の魔素とミックスさせて、全身と与えられた剣に纏わせた。


「ほぅ。まだ力が上がるのか」

「あんた、余裕だな」

「当たり前だ。始めから全力でかかってこないあたりが小賢しいな。試しているのはどちらか教えてやる」


 ビヨンドは地面を這うような無駄のない動きで僕との距離を圧倒言う間に詰め、剣先で突きを放ってきた。


(さきほどのお返しというわけかっ)


 突きはしばらく見ていないアオイの剣術を思い出させるほど鋭い。しかし、突きの剣術を仕込まれていたことと紋章の力と混ぜた魔素の力が予想以上に身体能力に反映されていて、躱すことができた。


(……いけるっ!)

『やってしまえぃ!』


 突きの勢いが弱まった時。反撃のため雷変を使い、ビヨンドの背後に実体化して斬りこんだ! 武器にも無理やり魔素を通して変化させた、さきほどよりもはるかに速い移動と変化である。奴はそれを予想していたようで、僕の攻撃が振るわれる直前に光となって、逆に僕の背後に回り込んだ。僕はそれに対応すべく、もう一度雷変を使って奴を追う。


 時に剣と剣がぶつかり合い、奴の剛腕に押し込まれ、さらに武器に纏わせた魔素が相手方の魔素に押し負けて弾き飛ばされそうになった。


 繰り返し使われる雷と光の変化の魔素術。区切られた闘技場内の至る所で化かし合いと武器同士の衝突を繰り広げ、やがて地面を離れて空中へと戦闘の場を移した。周囲の者たちは視線で追うのがやっとの高速戦闘だったはずではないだろうか。



 僕は攻撃を乱さずにビヨンドを追い続けたが、徐々に奴が速度を上げて、それについていくのに必死になっている自分に気づく。


(この状態でもまだこれほど差があるのかっ⁉)


 少しずつに生まれた変化術の時間差は、やがてビヨンドの二回連続攻撃へとつながり、僕は上から振り下ろされる剣撃を雷変で躱しきれず、剣の腹を上方へ出して受け止めようとするのが精いっぱいであった。


 金属と金属のぶつかり合いのエネルギーは僕を地面へと叩き落とす。重力に従って落下したが、その直前に僕は雷変を使って勢いの軌道を変えてそのまま体で地面を転がった。


 素早く態勢を戻し構えると、向こうへ着地したビヨンドの魔素が急激に高まったが分かった。


(まだやつは本気じゃないのか?)


 魔素の流れは彼の体から発したもの以外に、装備している剣からも出ていたが、それらが急激に増加、さらに剣へ注がれる循環を見せた。


(これはっ?)

『秘術が来るぞっ!』


 人体に留めることができる魔素の総量をはるかに超えて、それを剣が纏う。僕自身は雷哮を放ったことがあるのでこの現象を知っていた。高まった術はその契機と方向付けをしてやるだけで発動する。


(まずいっ!)


 奴との間には遮る物は何もない。地面も下は強固な石が張られていて、逃げ隠れもできない。

全力の雷変で放射方向と垂直に、威力の範囲外へ逃げ出すしかない。


 その決意をしたところで、


「や~ぁ~めいっ!!」


とチャードのそれはそれは大きな声が闘技場内に響き渡った。


 お読みいただきありがとうございます。

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