第八十話 選抜
再開します。
「お主、高額な依頼を探しておるのか?」
武器屋内で声をかけられた僕は対応に困った。自分は話しかけてきたオッサンのことを知らない。だが向こうはこちらのことを知っているかのように、慣れた様子で話しかけてきたのに違和感を抱いたからだった。
(なんか気持ち悪いな)
このオッサン、身なりはえらく良い。
どこでもそうだが冒険者ギルドに来る者たちは何かしらの装備を付けているが、傷が付いていることが多い。中には血の匂いがすることだってある。外で冒険しているのだから当然だと思う。
しかし、このオッサンは厳格そうな顔下には綺麗な藍色のローブときている。今朝まで新品であって、初めて着たかのように折り目がついていて、服装に気を使っているのが一目でわかった。
「あらっ! チャード執政官」
後ろから、僕が話しかけるはずだった冒険者ギルド受付嬢のラメルが声を上げた。
「チャード? 執政官?」
こんな奴を僕は知らないという素振りをしたら、ラメルが突如怒った。
「こらっ! シュウっ!」
コツンと後頭部を叩かれて、
「こちらは王都クラスノの執政官であるチャード様、よ」
と紹介された。
「ふぅん」
再びコツンと叩かれる。
「痛いなぁ」
「そんなそっけない態度とっちゃダメよ」
「よいよい」
チャードという執政官は寛大だった。他人を落ち着かせる、それでいて室内に響き渡るいい声がギルド受け付け前の空間に広がる。
「話を戻すが、そこの冒険者よ。報酬の良い依頼を探しているのではないか?」
「私はシュウといいます。たしかにその通りです」
「正直だな。よろしい」
チャード執務官は腕組を解くと顎鬚をなぞってから、僕に
「良かったら腕試しに参加してみないか?」
と言った。
腕試し企画をチャードが主催していて、勝ち抜けでなんと報酬が出るという。
「うーん……」
(腕試しで報酬? あやしいな……)
正直言って王都では目立ちたくない。先日のドルドビ盗賊団の件もある。僕の警戒心は安易に受けるべきではないと結論をはじき出した。
「……どういう内容なのかはわからないですが、別用がありまして……」
「そうか……」
あからさまな嘘だったがチャードはそれ以上追及してこなかった。彼は背を見せてギルドの出口へと歩き出す。背後に屈強そうな部下が数人いたが、その者たちの隙間を抜けるように、
「残念だよ。勝者には金貨五枚までは出そうと思っておったが……」
と僕の地獄耳は聞いた。
そう。
確かに聞いたんだ。
依頼と報酬が釣り合っていないことに違和感があったが、それを自分の頭が考え始める前に、僕は反射的にチャードを追いかけるべく狭い室内を走り出していた。
******
行きがけの道で、指輪から例のごとく『阿呆だ、馬鹿だ』と言われ続けた。あまりにもしつこいので念話を遮断してやろうと思ったぐらいだった。
先ほどチャードから勝ち抜けの金額を聞いた瞬間に走り出し、ギルドの出口から間もなくのところで彼に追いついて、依頼を受ける意思を伝えた。そのあとからずっと僕は指輪の罵声を浴び続けて今に至る。
(なぁ。落ち着いてくれよ。銭なくして、飯は食えないよ。武器だってそうだろう。結局お金がないとなーんにもできないんだよ)
『ぶぁっかもん! それだから敵に付け込まれるのじゃ』
(チャードとかいうオッサンが敵だと決まったわけじゃないだろう?)
『あれだけの人がいるギルドで、ただ依頼掲示板を見ていて見つけただけで、お主に声をかけるものか。よ~く考えてみい』
(そうかな……)
『当り前じゃ』
言われてみればそんな気もする。
―――時を同じくして――
シュウの前を歩くチャードは、一緒に移動している横の補佐官と話していた。
「チャード殿。なぜあのような者に声をかけたのですか?」
「不服か?」
「いえ、とんでもございません。ただ……」
「ただ……?」
「今回の目的は、ビヨンド様の御前試合に出る実力者の選定です」
「ふむ、その通り」
「確かにあの者、弱くは見えないですが、強くもないように思います」
「……」
「体格はいいですが、装備品がちょっと……」
足早に王都の外へ通じる門に向かいながら、その通りだともう一度チャードは頭で反復した。
御前試合ための選抜として、冒険者ギルドから金で冒険者たちを引っ張って、実力者に声をかける予定だった。そのはじめとしてまず冒険者たちに競争させるのである。必然と強いものが残り、それらに最終的に今回の目的を伝えて了承を取り付ける算段だった。
すでに本日の選抜戦を行うに十分な輩を集めていたのだが、最後の最後にこの若者が気になって声をかけた。
(こやつ……)
シュウとかいう冒険者の身なりは普通だ。
普通というのは市街地を歩くものとして遜色ないという意味で、この冒険者は強力な武器や、屈強な鎧、盾といった防具を何一つ装備していない。
チャードは鑑定の魔素術に長けていた。装備品の特性を見抜くことは得意で、息をするかのようにできる。
(……こやつの装備は鑑定が通らん)
大した装備はないようだが、それなりに体を纏う魔素が強そう。しかし、装備品といえば釣り合わない短剣のみ。その判断をしかかったとき、彼の左手の指輪に気づき、念のため鑑定をかけた。いつもは視界の中心に鑑定したい物品を数秒いれると、情報が頭に入ってくる。
だが、この指輪からチャードは全く情報が取れなかった。
その時のことを思い出しながら後ろを振り向き、様子を確認する。
自分が最後に誘い出した冒険者はまるで隣に知り合いでもいるかのように、口元を少し動かしながら、結局は後ろをついてくる。話しかける相手もいないはずなのに。
(はて、声をかける奴を間違えたかな)
まもなくチャードとシュウたちは王都クラスノの正門を越えて、野原まで出た。
******
いつぞやよりも寒くなった風が自分の頬をたたいてくる。ひとたび風が吹けば体温を奪われることを防ごうとして身を小さくする。地面には枯草のほか、ほんのりと雪が積もっていた。
(先に人がいるな)
冒険者だろうと遠めからでもわかる姿が視界に入ってきた。数は五十人ぐらいだろうか。中にはたちが悪そうな輩も交じっていた。彼らがだんだんと近づいてくる僕たちに気づき、その中で最も綺麗な装備をしていたチャードに視線が移っていった。
「それでは始めるか」
草原の中心に着くなり、チャードは視線で補佐官たちへ合図を送った。
「皆の者、よく聞け。今日ここに集まってもらったのは、強い者を選ぶためである。とある理由で私たちは腕の立つ冒険者を探しておる」
金が待ちきれないのだろう。顔つきの悪い冒険者たちが数名ほど悪態をつく。
「まぁまて。そう急ぐな」
彼は金の入った袋を音が鳴る様に振った。
(じいさん、わかってるじゃないの)
結局、皆現金に弱いのだ。騒いでいた冒険者たちが再び黙り込む。
「金を渡す条件は簡単じゃ。すでにお主らの周囲には魔素陣を張っておる」
僕たちを囲むようにチャードのお供が四角に展開して、五十メートル四方の陣を作り出していた。正確には魔素術で、地面に赤い線が引かれているだけだと追加の説明が入る。
「その魔素陣の外にほかの者を押し出したら勝ちじゃ。最後の一人になるまで続けてもらうぞ」
(そうきたか……)
黙り込んでいた冒険者たちが僕と同じく一様に不満を叫ぶ。
(まんまとしてこのじいさんにやられた)
城の役人についていって、かるーい依頼をこなせば金貨五枚ぐらい、のつもりだった。だが、世の中にそんな甘い話があるはずない。日本でも異世界でも同じなのだ。続いて指輪からまたも説教が始まる……かと思い始めたとき、
「武器の使用は認めるが、殺してはならぬ。魔素術は使用可、気絶は離脱とみなす。それでは……」
とチャードは高々と手を挙げた。
その場にいた者たちが質問をしようとした時、チャードが手を振り下ろして『はじめっ!』とひときわ大きな声がその場に響き渡らせた。
『どうするのじゃ?』
指輪が僕の意思を確認してくる。すでに視界の隅では武器を構える者、正面に立つものをはじめの敵として選んだ者、それぞれが試合開始の合図に反応していた。
横から気配を殺さずに抜き身を放ってきた冒険者に、僕はなめらかに後ろへずれて足払いをかけて転倒させた。続けてそのまま魔素をたっぷりと練った利き足で蹴り飛ばした。そいつは初めから酔っぱらっていたようで、近くにいた僕を最初の相手として選んだらしかった。纏う魔素の量は少なく密度は薄い。さらに足運びと音からすぐに大した実力ではないと分かった僕は、その対応で処理した。
酔っ払いは数メートルほど飛び、王都の役人が言う魔素陣を越えて転がった。
(やるに決まっている)
魔素陣を越えた瞬間、彼の体がぼんやりと橙色に数秒輝く。
(あれが陣から出たときの判断材料か)
僕は瞬時に頭を切り替えて次の標的を見つけ出した。そいつはちょうどさきほど悪態をついていた冒険者風情だ。魔素で体を満遍なく覆っているが、その総量に力強さはない。
(やれるっ)
『当り前じゃ! かっ飛ばしてやれぃ』
そもそもこの広場に着く前に、魔素探知をかけた指輪は驚異的な存在がいないことを告げていた。
(あの金貨、いただきだ)
そこからしばらく怒声が野原に響き渡ったが、時間とともにどんどん小さくなっていく。まもなく僕と最後の一人となった。指輪からの警告もあり、僕は雷の魔素術を使わずに、身体能力と立ち回りでここまで残った。
魔素陣の外側からは補佐官どもが監視している。さらに途中からあのチャードというじいさんは眼に魔素を集めていて、僕の方をしたたかに見つめている。何かの術を使っているに違いなかった。
最後の一人の攻撃を短剣でいなして、ジュウゾウさん仕込みの足蹴りをたっぷりと魔素を練りこんで放った。それは頭に直撃して兜の一部を凹ませ、最後の相手の意識を刈り取ることに成功した。
「それまでっ」
再びチャードが大きな声で終了を告げた。自分以外を魔素陣の外へ出すか気絶させるという明確なルールで、僕が最後の一人だったことに文句をつける輩はいなかった。
「おめでとう、たしかシュウといったな」
ずっしりと重めの財布はまだ彼の方に握られている。
「すこーしだけ、話をしたいがよいか?」
金がまだ渡されていない以上、従うほかはない。十数歩ほどほかの参加者から離れて、
「なかなかやるではないか」
とチャードは言ってきた。
「いえいえ、とんでもないです」
「報酬が気になるか?」
「えぇ、まぁ……」
僕の視線に気づいている彼はやはりしたたかに感じた。一体いつ約束が果たされるのだろうと思っていたら、以外にも彼はその後すぐに金貨を報酬として渡してきた。役人の前で金貨を数えようか迷ったが、先ほどからのお供とのやりとりやラメルの話だと相当高位の役人だろうと思い、僕はあえてしなかった。
「シュウよ、鍛えこんでおるようじゃな。まだ稼ぎ足りないのではないか?」
「そりゃ、そうですよ」
事実である。
「どうじゃ。良かったら一週間後に、さらなる腕試しがある。参加してみないか?」
「内容次第です」
この爺さんに深入りはいけないと本能が警告する自分がいたが、握っている金貨の重さが判断を狂わせる。
「王都の施設内で、ある人物と模擬戦をしてもらう」
「参加人数は?」
「十人以下じゃ。言っておくが今回のような乱戦ではない。あくまで一対一じゃ」
「相手は手練れなのでしょう?」
「ふむ」
「それなりの実力者とやるとなると、いかに模擬戦でも魔素術を使う場面が出てくると思います。そこはどのように扱ってもらえますか?」
あえて魔素術を使わなかったのにチャードたちが気づかないわけがない。
「そうきたか。術や戦闘について、秘密は漏洩しないよう配慮する」
「どうしてそう言い切れるのですか?」
「模擬戦の間は、外部からの監視ができないようにする。具体的にさきほどと同じような魔素陣を使い、視界と音をふさぐ。これで外部へ情報が漏れる可能性はないと言っていいじゃろう」
「魔素陣の中に入るのは、僕と対戦者一人だけですか?」
「先に報酬の話をしようか」
チャードが話題を変えきた。
「模擬戦に出て、晴れてお眼にかなうようなことがあれば、金貨二十枚を出そう」
「それはいいですね。で、中に入るのは?」
「わかってくれ。たかが模擬戦で破格の提示じゃ。わしとお供の者数人は中に入る。模擬戦には関与しないが、その戦いは見届けねばならぬ」
僕は金貨二十枚だと、魔素言語が入った剣に手が届きそうだと計算した。それと王都の数人に僕の魔素属性がバレることを天秤にかける。
『シュウよ、のせられるでない』
(ああ、わかっている)
今はお金がないとはいえ、生活に困っていない。ドルドビ盗賊団の件もある。転移の魔素術を完成させるのが一番の優先事項だ。そう言い聞かせて、金貨二十枚を諦めようとしたとき、
「もし……」
とチャードが続けてきた。
「……もし……?」
「……お主が模擬戦で優秀な成績を残したらの話だが、その場合には報酬にさらに上乗せすることができる」
「具体的には?」
「金貨五十枚以上は硬いじゃろう」
「!」
唾をぐっと飲む。がんばれば金貨五十枚……。理性の指輪が淡く光っているが、それに気づいたチャードが指輪を一瞬みたあとに、すぐに僕の顔に視線を戻した。
「ぐっ……それでも……」
「ではこうしよう。模擬戦の価格を初めから金貨五十枚にあげてやる。その先は交渉次第じゃ」
僕はすぐにチャードの手を両手でやさしく、それでいて力強く握りしめた。
******
空いた時間は食事睡眠以外のほぼすべてを、転移の魔素術完成に費やした。
最終的にはどこから発動させても一定の場所へ戻れるようなタイプではなく、一対一対応となるように二つの転移陣を往復するという条件に狭めて、その代わりある程度の自分の魔素を陣に注ぎ込むことで誰でも発動させられることと、距離を確保することを優先した。
これ以上欲張っても術の完成が遅くなりそうで、今の僕の魔素術技量でできる範囲で最大限の利便性が出るようにした。
最終テストとして、王都クラスノと隠者の里に転移の魔素陣を描いた。片方は王都クラスノ内でケンザブロウと一番最初に出会った茶屋奥に設置した。まずは物で、その次に魔物の遺体で、その後自分で試して、問題ないことが確認できた。
これで彼らは転移玉を使わずとも、王都と隠者の里との往復がしやすくなる。 術の完成に協力してくれた彼らへの僕なりの恩返しのつもりであった。
お読みいただきありがとうございます。




