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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第二章 指輪の記憶
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第七十七話 未完成

 第二章終盤に入ります。

――王都クラスノの宿『火雲亭』の庭にて――


「……くっ……くく……」


 早朝。


 僕は日課の鍛錬を始めていた。


 柔軟と筋力トレーニングをバランスよくおこない、そのあとに剣術と魔素術の稽古をする。こちらの世界に転移してからも欠かさずやることに決めている。


 いつもは一人で黙々とやるのだが、最近は僕だけではなかった。


「……ぐっ……っ……くそっ!」

「……は……ぁ……、もうだめだ……」


 隣にはタクヤとコウタロウがいる。彼らは僕と一緒に大学校舎ごと異世界に転移した時に巻き込まれた同じ被害者だ。


 僕が通うはずだった大学校舎が転移した先は、カスツゥエラ王国の貿易都市トレド近くだったが、そこから遥か遠いストラスプール国の王都クラスノで偶然この二人と出会うことができた。


 見つけた当時、彼らは奴隷身分だったが、僕が身分を契約の魔素術で開放して自由の身となり、今に至る。この二人は日本の大学四年生なので僕の先輩にあたる。


 柔軟の後、腕立て伏せのトレーニングに入っていた。が、彼らの方が先に限界がきたようだ。両腕がプルプル震えて、続いてペタンと顔と胸をつけるように二人とも倒れこんだ。


「はぁはぁはぁはぁ……きついわ」

「……同じく……」

「シュウ、おまえ鬼畜だって」

「そうですか?」


 僕はまだまだ続けられそうだ。


 単純に鍛錬した時間が二人より多いとは思う。が、それ以上に今いる異世界での職業と階位の影響があると推測していた。


 先日、タクヤとコウタロウは王都の教会で職業と階位の鑑定を済ませていた。タクヤは狂戦士の階位二十一、コウタロウは探偵の階位二十であって、それぞれが階位二十を越えていた。


 職業の分類はどのように方向づけられているのかよくわかっていない。それぞれの戦闘スタイルの影響を受けるのだろうと僕は思っている。


 タクヤは目の前の敵を全滅させるように狂いながら戦う癖があったので、もしかしたら彼の性格も影響したのかも……。


 同じくコウタロウは追跡が得意だった。ただしこの職業の系統は以前にクーンが歩んでいたので、狩人の上にいくと僕は思っていた。しかし実際には探偵になっていた。


 性格や得意分野のほかにも、自分の経験や思考が影響されるのだろうと考えている。コウタロウは大学四年生ですでに就職先が決まっていて、それが探偵事務所だった。


 僕の方はというとこの国に流れ着いてからは、教会での職業と階位鑑定を受けていない。


 以前に貿易都市トレドの教会でシスターマリーからの鑑定を受けた時、職業は『イレギュラー』だと言われていた。この職種は一般的な職業ではなく、この国で鑑定を受けると何かと目立つ可能性があったので控えている。


 前回の鑑定から相当数の魔物討伐をおこなっていたが、階位が大きくあがる直前の兆候を体感でつかんでいた。


 僕はあと少しでとうとう階位四十に届くと予想している。


 これには根拠があった。先日の元隠者の里十傑の狐人族から魔素を吸収して倒した時、体の魔素が『うずく』感覚があったのだ。


 以前に階位三十へと到達した時に、実はこの予兆みたいな感覚がその少し前にあったのだが、僕自身がよく分かっていなかった。


 だがその後、階位が大台を越えたときにはじめて前兆だとの結論に至った。魔素が体内で自分の意思を越えて()()()()のである。それを僕は『()()()』と表現した。


 その『うずく』感覚が今回出ていたので、あと少しの経験や魔素吸収で階位の大台が変わると思っているのだった。



 話を戻そう。


 今、僕たちの目標は日本に帰ることにほかならない。


 そのために日本への転移陣がある隣国のカスツゥエラ王国貿易都市トレドまで戻る必要があり、現在地との間にある魔境をどうしても越える必要があった。


 魔境には当然魔物がいるし、距離もある。どうしても強さが必要だ。


 ちなみに冬になっても、王都クラスノの沖合は荒れ模様がおさまる気配がない。出航はすべて取りやめの状態がずっと続いているため、航路は絶望的なままだ。


 港では最近あまりにも暇すぎて、どうやら正規職員が転職を始めたらしい。今まで見かけなかった日焼けしてゴツい体格の港男たちが日中に街中でよく見かけるようになった。



 僕は二人よりも数分ほど負荷トレーニングを続けてから、体を起こして座った。起き掛けにもう一度彼らが僕のことを鬼畜だと言った。


 タクヤたちは僕の組んだトレーニングメニューに毎朝悲鳴をあげている。それらをどうにかこなして、さらにこの後稽古をする。


 それから生活資金稼ぎと階位上げの魔物討伐に行くのがルーチンになっていた。


「あら、やっていますね」


 火雲亭の殺風景な庭に二人がやってきたのはコトエとギンジだ。


 彼らは隠者の里で上十本に入る実力者の『十傑』であったが、今は自分の意思で里を出て僕と一緒に行動している。


 正式に仲間として迎え入れた後、契約の魔素術を交わして、王都クラスノの冒険者ギルドに夢幻の団として登録した。


 いま王都クラスノ側のギルドへの登録内容は僕がリーダーで、タクヤ、コウタロウ、コトエ、ギンジの合計五人で夢幻の団となっている。


「待っていたよ。いつものやつ、やろうか」


 一人でのトレーニングを終えて、ここから五人での訓練に切り替わるのだ。


 宿の庭はそれなりの広さがあるが、五人一度では訓練ができない。指導する側と指導される側、それに他人の技術を見て学ぶ側の三組に分かれるのが通例になっていた。


 ちなみに訓練は、真剣ではなく木の枝や木刀を使う。


 この五人の中に治癒術ができるのは、僕とコトエの二人だけだ。


 僕は他人への治癒術を施すには非常に効率が悪く大量の魔素を消費しなければできない。コトエもどちらかというと得意ではなく、負傷には最大限注意するというのが僕らの暗黙の了解となっていた。



 コトエとギンジの二人が加入したのは非常に大きい。


 彼らは高い戦闘能力を有しているほか、隠者の里の技術を惜しみなく僕らに伝授してくれている。魔素術は日本で進歩した科学技術や勉強を済ませていて、想像力たくましい僕らの方が術の威力が出やすい印象があった。


 だが足音を消しての歩行、急所を狙ったりするなどの戦闘技術に関して、実際にやってみると僕の技術は彼らの足元に遠く及ばなかった。


 こうした内容についてはコトエたちの指導が適時入ってくる。



 それが終わると一緒に宿で朝ごはんを食べた。


 最中に僕は聞いてみる。


「そういえばコトエとギンジって家族なのか?」

「うふふ、違いますよ。きっと誤解されていそうだなって思っていました」


 当たり障りのない返事だ。


「そうなんだ」


 彼らは親の顔も覚えていないぐらいの年頃で隠者の里に保護されたと教えてくれた。


 隠者の里の訓練は大変厳しく、自分が生きるために戦いと魔素術の技術を磨いてようやく今に至るのだという。


 ちなみにタクヤはコトエのことが気になってしょうがない。きっかけはコトエが毒牙の剣で負傷して身動きが取れなかったことが発端だ。

 さっきからチラチラみていて、ギンジとの関係が気になって気になって仕方ないので、僕は見かねて先ほどの質問をした。


 一方のコトエはタクヤのことを全く気にしていない様子。


 気づいていて知らないふりをしているのか、まったくわかっていないのか、僕には判断つかない。彼女の職業が忍者であれば、恋の駆け引きもうまいのかもしれないが、それは探りすぎだろうと思った。


 そんな会話をしながら宿での食事を腹に流し込む。


 この後は冒険者ギルドに顔を出して、適当な討伐依頼を受けて、王都内から出る予定であった。


******


 王都クラスノはストラスプール国の海に接した都市である。海の反対方向には平原を挟んで広大な森林が広がり、クラスノは海と広大な森林の間に位置する平原に築かれていた。各都市への道はすでに石詰めで整備されており、森林を貫くように各方面へ伸びている。


 以前にはドルドビ盗賊団が都市間を行き交う馬車を襲ったので街道封鎖されたこともあったが、僕と隠者の里の連中で壊滅に追いやったので今はもうその脅威はない。


 冒険者ギルドは現在も盗賊団の情報を提供して団員を捕縛した者たちを探しているが、一向につかめていないらしい。


 隠者の里長であるケンザブロウの手腕はやはり見事と言わざるを得ない。


 そのケンザブロウがいる隠者の里は王都の北側に位置し、そこからさらに北へ行くと魔境奥深くへ入っていく。



 本日は魔境に入らずに森林で軽めの狩りをすることにしていた。王都の正門から出て街道に沿って移動し、そこから少しだけ森の奥へ入る。


 魔物の探索は僕の(指輪の魔素)探知、コウタロウの新しい職業である探偵やコトエたちの能力で、比較的簡単に捕捉されていった。


 今の季節は冬だが、この土地は海に近いためか雪が積もってもわずかで歩行に支障が出るほどにはならなかった。氷が地面を覆うこともない。


 だが長時間外で行動するにはやはり寒いので、数週間前に僕たちは耐えきれずにとうとうデイビットの武器防具店で新しい防寒具を購入していた。


 魔素言語が彫られている耐寒性の高い防具は値段が高くて手がでなかった。やむなく防寒着として衣類やマントの類を購入したのだが、僕たちの貧相な様子をみかねて、特別サービスで耐寒性を上げる魔素言語を入れてくれた。以前に群れ蜘蛛を倒した時に残った素材を渡していたことで印象が良かったらしい。


 暑いとまでは言わないけど、彼の防具や衣類を着れば寒さを気にせずに狩りができる。相変わらず無愛想だけど、ドワーフ族の仕事は質が高くて本当に助かっていた。


 本日は特に何事もなく、狩りがそれなりの戦果をあげたところで早めに切り上げて王都に戻る。そこからケンザブロウと王都内の茶屋で会う予定があった。


 先に冒険者ギルドで討伐証明と報酬をもらい、その足で茶屋へ顔を出す。大通りに面した茶屋の腰掛にケンザブロウがすでに座っていた。正体を知らなければただのオッサンが茶を飲んで、のんびりしている構図である。


「お待たせしました」

「ん。お主、いま儂の悪口を考えていたじゃろう」


(ギクッ)


「いえいえ、そんなことはございません」

「あやしいのう……」


 ケンザブロウは年齢か、里の長として能力なのか不明だが、人物眼やその人の思考を読み取ることに長けていた。


「お世話になっているケンザブロウさんに対して、そんな思いはありません」

「本当かのぅ……」

「本当です」


 ここは言い切らないと今後の関係に悪影響が出ると思い、これ以上突っ込まれないよう声を張った。


「まぁ、よい」


 僕はケンザブロウさんに転移の魔素術をみてもらう約束をしていた。


 すでに生物であっても魔物では体に傷なく転移できるレベルまで、僕の術はレベルアップしていた。


 ここから人間族で、それも長距離での転移を成功させたい。そのために僕の術と、隠者の里長が代々預かっている転移の魔素術を込めた筆で描く術式との比較を頼んでいた。


 もしも転移の魔素術が完成すれば、僕はストラスプール国の魔境側から転移陣をつなげて、隣国のカスツゥエラ王国魔術都市ルベンザをまずつなごうと考えていた。もちろん隠者の里に転移陣を置くのは当然だ。


 こうすれば魔境の奥深くを経由しても精神汚染の影響を回避したまま、あるいは影響が少ないまま隣国へたどり着けることができる。魔物の襲撃も受けないというメリットだらけだ。


(どうにか早いうちに転移の魔素術が完成すれば……)


 本日はその打ち合わせでケンザブロウと会っていた。


「して、調子はどうじゃ?」

「ボチボチです」

「なんじゃ。歯切れが悪いのうぅ」

「まだ生物と言っても気絶させた魔物でしか成功していません」

「慎重なのは良いことじゃ」

「ありがとうございます。それで……」

「また初代お頭特製の筆をみたいのじゃったな?」

「その通りです」

「明日は空いているか?」

「はい」


 一週間のうち、二日は休みにすると夢幻の団五人で取り決めていた。その二日の休みの始まりが明日にちょうどあたる。


「明日、日中のうちに里に来い」

「わかりました」

「ん。ではまた」


 ずずぅーと残っていた茶を飲み干してケンザブロウさんは茶屋を出ていった。


 転移の魔素術が人間族でも成功したとすれば、次は距離の問題が出てくる。すなわち転移できる距離が長ければ長いほど、大量の魔素と精巧に転移陣を描く必要があった。


 だがこの点はすでに解決策を思いついている。


 複数の地点に転移陣を描けば、それを経由することで距離の問題を解決できる。そう考えていた。


(何個でも作ってやるさ。そうすれば……)


 そうすればタクヤたちと同じく自分の意思に反してこちらに転移して足を怪我しているアリサでも簡単に移動できる。


 明日に備えてこの日は早めに就寝したのだった。


******


 翌日。


 指定された時間に間に合うように、僕は王都クラスノから走って魔境近くの隠者の里に入る。隠者の里は光学迷彩のようなもので全体を覆われていて、知らない者たちは入ることができない。


 僕はすでにその位置を教えてもらっているので、迷彩を潜り抜けて難なく里の中にはいった。


 すでに里長の家にはケンザブロウさんが待っていた。


「シュウよ。待っておったぞ」

「お待たせしました」


 彼はよっこらせと言って腰を上げると、僕について来いといった。


 黙って後ろを歩くとそれなりの広い草原で立ち止まる。


 僕とケンザブロウさんの二人だけで、本日は珍しくお供がいなかった。


「ではここでやるか。さっそくだがシュウよ。お主の転移の魔素術をみせてみろ」

「はい」


 僕は左右に数メートルの距離を置いて転移陣を魔素術で描いた。


 左に石を置いて陣を作動させて、右の陣へ移動させた。石を取り出すと以前についていたような傷はない。すなわち物理的衝撃を受けていないことを示す。


(ここまではいいんだ)


「ふむ……」


 ケンザブロウさんは転移陣をみてずっと考えていた。


「お主の術はなかなかいいと思うぞ」

「ありがとうございます」

「では次にわしが転移しよう」

「えっ!」


(生物での転移がまだ怖いから相談に来たつもりだったのですが)


「でもまだ完成しているか試していないです」

「そうじゃろ。だからやってみるのじゃ」

「はぁ……」


 彼は試す気満々らしい。しかも自分でやりたいようだ。


「では……」


 石と同じくまず左側の転移陣の上に立つ。


「転移陣の起動には魔素が必要です。少量の魔素を放っていただければ作動します」

「ふむ。転移したい者が大量の魔素を消費し無くてもできるようにしたのじゃな」

「はい。術式に大量の魔素を組み込むことで、この点を解決しました」

「素晴らしい工夫じゃな。どれ」


 彼は自分からひねり出した魔素を転移陣に向かって放つ。


――ブゥン――


 鈍い音を出して、僕の左側にいたケンザブロウさんが消えて右側に出現した。


 大丈夫でしたか? と声をかけようと思ったが、彼の左腕があらぬ方向へ曲がっている。


(まずいっ……!)


 僕には以前に経験があったので、おそらく転移の時に外的な力が働いたのだとすぐにわかった。


 振り向いたケンザブロウさんは……


……


……


 鬼の形相だ。


「ぶぁっかもんっ!」


 唾がいくつも飛んでくる。


 普段は静寂な隠者の里であるが、今日は昼間から怒号が響いた。


 お読みいただき本当にありがとうございます。

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