第七十六話 秘蔵の品とこれから
第二章の秋が終わります。
「ここじゃ」
隠者の里内の畑横のあぜ道を通り、もうすぐ魔境の森へ出るのではないかと思われる端の草地まできて、長のケンザブロウは立ち止まった。
「……何もありませんが……」
僕は一緒に向かっている先は里の蔵だったと認識だが、そこには何もない。
(彼らには僕が見えていない何かが見えているのだろうか……?)
「あせるな。これから蔵を出すのじゃ。コトエ、ギンジよ。手伝え」
「はいっ」
「はっ」
三人は魔素を練り始める。すると何もなかった地面が隆起した!
隆起はおおよそ五メートル程度となり、土を被った蔵がちゃんと出てきたのだ。横も奥行きも僕が想像していたよりもずっと広い。これなら期待できそうだと思った。
「そういうことですか」
「そうじゃ。これが約束の蔵じゃ。普段は土中に埋めておる。出せるのは里長と十傑のみで、複数人の協力が必要じゃ」
(安全だな)
仮に里に侵入しても蔵の位置がわからないし、分かっていたとしても認められていない(資格のない)者には入れない仕組みになっていた。
「儂も久々じゃのう。どれどれ、ちょっと初代お頭様とご対面といくか」
(……初代お頭って昔の人物ではなかったっけ?)
僕はケンザブロウが何を言っているのかよくわからなかったが、何か面白そうな気がするので黙って聞いていた。
「へ~こらっしょっと」
蔵の扉は何かしらの金属製で厳重に閉じられていた。
扉は錠ではなく魔素術で封印をされていることが僕にはすぐにわかった。その扉の前でケンザブロウは手をかざして魔素を放つ。
すると彼の魔素が蔵にぶつかる。途端に、
――ブゥン――
といつもの鈍い音がでる。しばらくした後、扉が大きなこすれる音を出しながらゆっくりと開いた。
(なるほど。個人の魔素を事前に登録させておいて、それと一致する魔素以外には反応しない術だな)
すばやく僕は浮き上がった蔵の扉の魔素術式を覚える。これはあとで何かの役に立ちそうだと思った。
「封を解くには先代から承認を引き継ぐ必要がある。先代が暗殺された時、それはいろいろと大変じゃった……思い出すのぅ……」
「……。どうやったのですか?」
「ん?」
「先代は亡くなったのですよね。それだと先代の魔素は失われたも同然で、ケンザブロウさんには引継ぎができないのでは? と思ったのです」
「なるほど」
ケンザブロウは蔵の中に入った。続いて僕、コトエ、ギンジだ。
蔵の中は長い期間喚起されておらず、空気がこもっていた。埃や塵も積もっていて、それを吸い込んだケンザブロウが咳をしながら答えてくれる。
「ゴホッ、ゴホッ。こりゃひどいな。どれ……」
空気を動かすような魔素術を発動させて、蔵の空気を入れ替えた。
「これでよしと。先ほどの続きじゃが、里にはいろいろと秘伝の技術があるのじゃ。死体であっても、魔素を取り出して調べることはある。特に死因不明の遺体から情報を得る必要もあるわけじゃ。先代には大変失礼だと思ったが、引継ぎがないとどうにもならん。なのでやむなく秘伝の技を使って、遺体から魔素を回収した。その先代の魔素を使ってどうにか蔵の扉を開けて、儂が継承したのじゃ」
最後にケンザブロウは『あれはもうやりたくないのぅ……』とつぶやいた。よっぽどのことだったのだろう。
実はその秘伝の技とやらに僕は興味が出てきたが、それ以上聞くのは失礼になりそうでやめておくことにした。
蔵の中には入って正面にはとても強そうな人が扉側を向いて座っていた。一瞬ぎょっとしたが、それは人形だとすぐにわかる。紛らわしいことに人に似た人形がまがまがしい魔素を放つ装備を纏っていたため、見間違えそうになったのだ。
「あれはなんですか?」
目に見えるほど濃い魔素を放つ魔素道具だ。黒装束の一種ではあるが、その頭部に付けられている鬼面と相まって、まるで蔵の番人である。『俺がいる間は自由にさせないぞ』。そう語りかけてくるようなすさまじい雰囲気を出していた。
「あれは初代様が愛用していた『黄泉の黒装束』という装備じゃ」
「聞くからにすごそうですね」
「装備者は次の戦闘で身体能力が二倍となる。ただし逃走が許されぬ」
「えっ」
(そんなの呪われた装備じゃないですか)
「闘争や戦闘に敗北したと装備品がみなした時、黄泉の黒装束は装備者の命を吸う。吸われた命は亡霊となり、この世を永遠に彷徨うのだと教わった」
(めちゃめちゃヤバイよ。それって成仏できないっていうことじゃないか?)
「初代お頭は命を賭けた一戦にこれを装備して戦い、無敗だったと聞く。歴代のお頭でもこの装備を愛用していたのは初代だけじゃ」
「その後は?」
「何回かつけたお頭はおったようじゃ。最近では滅多に聞かん」
「よく見れば人形の背中にある剣も魔素を放っていますね」
「気づいたか。あれは名刀『霧の剣』じゃ」
「どういう効果があるのですか?」
「聞いて驚くなかれ」
(すでに蔵に入って数分ですが、いっぱいびっくりしていますよ)
「その魔剣は刀身部分が透明なのじゃ」
「えっ? それってすごくないですか?」
「刀身は自分の魔素で創り出す。それゆえ自分にしか見えないのじゃ」
「ほしいなぁ~」
「ちなみに曲げて刀身を出すこともできる。敵は見えないゆえに受け方を間違えるのじゃ」
僕はケンザブロウに寄ってみた。
「ほしいなぁ~」
「……」
彼はプイッと背中を向けて奥へ歩いて行ってしまった。
(ちぇ。ダメか。帰るときにこっそり……)
そこまで思って、あの黄泉の黒装束がなんとなく霧の剣を守っている気がしてやめた。盗みは良くないなと思い直す。
「こっちじゃ」
ケンザブロウはさらに奥に入った。
続いて僕も入っていくと、その部屋は綺麗に陳列された書物とガラスのような玉がたくさん置いてあった。
「その書物見てもいいですか?」
「盗むなよ」
先ほどのまでの僕の行動をみていたケンザブロウは注意してくる。思考を読まれた気がした。
「そんなことしませんよ」
「本当かのぅ」
そんなやりとりをしながらも僕は書物をパラパラとめくった。予想通り、というかかなり古い日本語で書かれていた。句点の使い方や文字の形そのものが少し違うので全部は読めなかったが、一部分がなんとなく読める。
「……我、ここに……送……。うーん、読めないな」
アオイやレイナは歴史学に博識だと聞いていたので、彼女たちに見せれば何かわかるかもしれない。そう思っていたら、
「我、空間の裂け目に呼び込まれ、この地に生きる。主君真田幸村の身を案じる」
とケンザブロウが呟いた。
「えっ!」
僕はまたまた驚いて里長の方へ向く。
「今のはなんですかっ⁉」
「里に代々伝わる話じゃよ。初代からの伝言であるらしいが真相は定かではない」
(真相も何も……)
異世界で日本の武将「真田幸村」が出てきたのである。それはもう日本から転移してきた先人に違いなかった。
「我、空間の裂け目に呼び込まれ、この地に生きる。大阪の戦に参加すること能わず、主君真田幸村の身を案じる」
(間違いない)
大阪の戦と言えば冬か夏かだが……。そこまでは判断できなかった。
「ケンザブロウさん。この書物を預けてくださいとは言いませんが、今度友人を連れてきたときにまた見せてもらってもいいですか?」
「ん。かまわんよ」
「約束ですからね」
「男に二言はない」
次に彼はガラスのような玉を手に取った。
「さて、初代様に久々に会うかのぅ」
「どう意味ですか?」
「今にわかる。驚くなかれ、そこの壁を見ていなさい」
ケンザブロウはガラスのような玉に自分の魔素を流した。するとガラス球から一筋の光が出て、蔵の壁にぶつかった。
壁には笑顔の人たちが映っている!
(映写機のようなものかっ!)
壁にはかなり鮮明に動画が映し出されていた!
「これは……びっくりですね」
「そうじゃろ」
動画の中の真ん中の人はきっとケンザブロウのいう『初代お頭』なのだろう。さきほどの黄泉の黒装束を装備していた。とても素敵な笑顔で、そして強そうだった。
「真ん中が初代お頭じゃ。それはたいそう強かったと聞いておる」
「一度お会いしたかったですね」
「ふむ。先ほど会うと言ったのは、この『景色玉』で見るという意味じゃ。実際に死んだ者を蘇らせるわけではない。変な期待を抱かせて悪かったのぅ」
「全然ですよ。すごい技術です」
「これも初代が残した遺産じゃな。初代お頭は『光の魔素術』が得意だったようで、その景色を魔素術にて玉へと閉じ込めたのじゃ」
「今もその技術があるのですか?」
「ある。転移の魔素術は筆で代々のお頭が扱う決まりになっておる。それと同じで、別の道具があるのじゃ」
「なるほど」
(光の魔素術って珍しいのか? 指輪)
『珍しいわい。雷よりも光や闇は珍しい』
(ふうん)
『だが強いかどうかは別じゃぞ。数が少ないのであって、光や闇の系統の魔素術が扱えても弱い者はどうしようもなく弱い』
(そっか)
僕はそれを見せてもらいたいと思った。があまり要求ばかりすると関係を悪くしそうなのでやめておくことにした。
日本との明確なつながりが、この隠者の里にはあった。この事実をつかんだだけでも僕はもう満足だった。
「せっかくだからすべて見ていくか?」
「それはもう」
「では次じゃ」
次に出てきたのは前のお頭とは違っていた。どうも歴代のお頭ごとに全員で集合写真のような形で記録を残しているようだ。
その後も次々とこのガラス球から映し出される映像に僕の心はときめいた。
「そろそろ先代じゃのぅ」
先代というのは暗殺されてしまったケンザブロウの前の里長に他ならない。
「ほれ」
映ったのはまたもや全員の集合した映像だ。
初め僕はこの映像を何気ない一時の里人たちと考えていた。眺めていると指輪が珍しく大きく念話を送ってきた。
『おいっ! シュウよっ!』
(なんだよ、うるさいな)
『気づかぬかっ!』
(意味の分からないことを言うなよ。今いいところなんだから)
『あほうっ! 中央横の人物をよくみろっ!』
(ん?)
あまりにも指輪が大きく声を頭に響かせるので、真ん中の先代のお頭と思われる人物から右横に顔を眺めていった。
みんな笑顔でいい映像じゃないか。
そう思っていた時……
(!!)
ドキンと強く心臓が鼓動を打つ。続いて脈が速くなるのが自分でもよくわかった。
『気づいたか?』
(……ああ……)
先代お頭の右横二人目に並んでいたのはカーターだった!
若かりし頃の姿であるが、何度も戦った僕が見間違えるはずはないっ!
そのまま後ろまで眺めていくと、今度は二列目にローズベルトを見つけた。
(……)
「なんじゃ? もう飽きたか? 知り合いがいないから退屈だったか」
僕とカーターとの腐れ縁は隠者の里関係者には何も話していないので、ケンザブロウにわかるはずがない。
「いいえ。そうでもないです」
「どうしたのじゃ? そんな険しい顔をして」
コトエとギンジも僕の異常に気付いていた。
「シュウ殿、どうしたのですか?」
コトエが気遣ってくれた。が、僕はそれを無視してケンザブロウへ聞いた。
「ケンザブロウさん」
「なんじゃ?」
「この映っている人たちですが、ケンザブロウさんの先代にあたる人達で間違いないですか?」
「ん。違いない」
「中心の先代お頭と思われる人から、ちょうど右へ二人目の人ですが……」
「おお、懐かしい。あれは儂の弟子で相当強かったぞ。たしか名前が……」
「カーター。……。カーター=ハミルトン」
「そうじゃ、そうじゃ? ん? お主何で知っとる?」
「ちょっといろいろとありまして」
「ふぅむ」
「後ろ二列目にいるのが……」
「たしかカーターと兄弟だったはずじゃ。名前が……」
「ローズベルト=ハミルトン」
「そうじゃ。お主何でしっとるんじゃ」
「……ふぅ……」
僕は大きく深呼吸をして落ち着かせようとした。
さきほどカーターを見つけた瞬間から、荒ぶる気持ちを抑えるのに必死だ。僕の左手の『理性の指輪』が光っていて、自分の感情の暴走を抑えてくれている。
少しずつ、少しずつ。自分の感情を整理して呼吸を整えて、左手甲の十字の紋章も輝いていたが、やがて光を失って同時に理性の指輪も光らなくなった。
コトエたちは先ほどから僕の様子を伺っているだけだ。普段は感情を見せない僕だからきっと驚いたに違いない。
「ケンザブロウさん。このカーターとハミルトンは今どうしていますか?」
「だいぶ前に里を離れた。カーターは儂の弟子でな。中でも頭一つ抜けていた腕前で、元十傑じゃ。里長に推す声もあったが、弟が足を引っ張った。弟に実力はないが出世欲は強い。それを危惧した者たちの反対にあってのぅ」
「そうですか……」
「なんじゃ。先ほどから珍しくお主の魔素が乱れておるぞ。どうしたのじゃ?」
「実は……」
僕はストラスプール国側へ流れ着いて、初めてどうしてここへ流れ着いたのか。そのいきさつを話した。
初めはカスツゥエラ王国貿易都市トレドの冒険者ギルド所長としてカーターと出会ったこと。その時は敵対する関係ではなく、そのうち同じ都市にいたローズベルトが手を出してきたので返り討ちにしたこと、ローズベルトは盗み出された国宝の魔剣を使って僕に罪をなすりつけようとしていたこと。
さらにカーターはひそかに裏社会の犯罪者と手を組んでいて、数々の犯罪に手を染めていたこと、二度戦って僕は負けて致命傷と魔剣を折られてこのストラスプール国へ流れ着いたこと。
こちらの住人からみれば異世界となるが、日本と呼ばれている土地から来ていることまでは最後まで言わない。
が、僕の怒りは十二分に伝わったようだ。
「なんと……!」
蔵でするには重すぎる話だったので、僕たちは場所を変えて外に出ていた。
ケンザブロウは空を仰ぎ見ながら眼を閉じた。
「ではお主は、カーターと戦うのじゃな?」
「ええ、必然的にそうなります」
「……わしはお主を愛弟子同然に思っておる。短い間であったが素晴らしい進歩を見せた」
「私もケンザブロウさんをこの国の師匠だと思っています」
恨むべきはカーターであって、ケンザブロウさんではない。
不思議な雰囲気の空気が二人の間に流れたとき、ケンザブロウさんは背中を向けて来た道を歩き出した。
「同門、相まみえるか……」
そんなつぶやきを聞いた気がした。
******
その後僕たちは話すことなく隠者の里を後にした。
転移玉で王都クラスノに戻る気にはなれず、僕とタクヤ、コウタロウ、コトエ、ギンジの五人にて小走りで戻った。
皆、僕を気遣ってずっと無言だった。
タクヤたちは空気を読んで日本から来ていることを黙ったままでいてくれた。
「シュウ」
声をかけてきたのは彼だった。
「おまえ、これからどうするんだ?」
「どうもないさ」
「どういことだ?」
「明日からまた魔素術の特訓と元の場所へ戻る方法を探すさ」
「そうか……。さっきの……」
みんな歩みを止めた。
「さっきのカーターとかいう奴、会ったらお前戦うのか?」
「僕にその気がなくても、カーターが向かってくると思う」
「シュウが生きてること、そいつは知ってるのか?」
「多分知らないと思う。僕がやられた時は、間違いなく致命傷だったしね」
「武器はどうするんだ?」
「奴の魔剣はとんでもなく強い。通常の武器だと話にならない」
「ってことは魔剣も探さないといけないな」
「手伝ってくれるのか?」
「あたぼうよ」
どうやら僕は思っていた以上に味方に恵まれているらしい。
「明日から魔剣探しとカスツゥエラ王国へ戻る方法をまた探そう」
「了解した!」
コトエたちももちろんと言わんばかりに協力することを約束してくれた。
「あっ!」
空から雪が降り始めた。
魔境は山に近いので雪が降ることはあったが、王都クラスノでは初めてだった。
これから本格的な冬がくる。
「冬ですね……」
「だが俺たちの前途は明るいぞ」
「先輩たち、心強いですよ」
「いいってことよ! 困ったときはお互い様だぜっ!」
僕一人では間違いなく死んでいた。
この土地に流れ着いて、同じ日本人を見つけ、現地の仲間も得た。
彼らの助力なしに今の僕はいない。
この幸運に感謝する。
歩みを再開した五人の目の前には王都クラスノの正門があった。
腐れ縁の王都警備兵をやり過ごして宿へ戻るのに大通りを歩く。
(久々にいつものやつをいきますかっ)
『どんとこい!』
僕には指輪もいる。
(これからも……)
『……ずっと冒険じゃ!』
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次話はあらすじと登場人物紹介、その次で物語が再開します。
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作者よりお知らせ
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