第七十五話 異世界で冬を迎える
本日午前投稿です。
――ドルドビ盗賊団の一斉討伐からしばらくして――
王都クラスノおよび冒険者ギルドの連名で発表があった。
内容は、
・王都内およびその周辺のドルドビ盗賊団の拠点を掃討した
・周辺の街道封鎖を解除する
・引き続き盗賊団に関する情報提供を求む
だった。
最後に『詳細な情報を提供した者は名乗り出れば報酬を出す』とも付け加えていた。情報提供者とはすなわち僕たちにほかならない。
が、僕やケンザブロウたちは名乗り出る気がない。
僕は目立ちたくないし、情報を得た方法を根ほり葉ほり聞かれてもすごく面倒だったからだ。ケンザブロウたちも隠者の里でひっそりと暮らすことを望んでいる。
世間には悪いことを考える奴らばかりで、自ら情報提供者と名乗る輩が後を絶たず、王都クラスノの役人側からみれば確認作業の仕事が増えるばかりだったらしい。そのうち、この一文は削除されていた。
盗賊団の本拠地は僕たちにはわからないままだったが、王都警備兵に捕まえられたか、あるいは僕たちが捕縛して引き渡した盗賊団員から情報を引き出して、近くの山に潜んでいることがわかったらしい。
それで一連の問題に決着をつけるべく、王都クラスノ側の精鋭を集めて、その場所を片づけたのだ。文字通り拠点のある山ごと吹き飛ばしたというから、その場に残っていた盗賊団員は誰も生きていないと思う話になっていた。
幹部を全員捕縛したのかと言われたら、きっと逃げ出した奴もいるのだろう。だが盗賊団は王都周辺の拠点を失い、壊滅に近い状態に違いなかった。
王都側は脅威を取り除いたと言っているが、残兵がいる可能性はある。それでもこの発表は王都周辺の交通が回復し、皆の生活に大きく影響を与えていた脅威がなくなったことで住民を安心させた。
王都クラスノには活気が戻りつつあった。
******
今、僕は宿でタクヤとコウタロウと話し合っている。
「二人には今回のことでお礼を言わなくてはいけません」
「いいってことよ! 困ったときはお互い様だぜ」
「そうだな。シュウがここで女性遊びにハマっていなくて安心したよ」
この二人はまだ僕の行動を疑う心を捨てていなかった。
彼らは戦闘の面で言えば間違いなく僕の下だ。しかしその彼らの機転が今回の全滅危機を救った。
僕はとうとう二人には今までずっと隠していた、自分の契約魔素術のことを打ち明けた。
反対するかと思っていたが、『なんでそんな便利な能力を黙っていたんだ』と怒られてしまった。
僕とタクヤ、僕とコウタロウで契約の魔素術を結ぶ。内容はもちろんアオイたちと交わした『僕が全力で対象を助ける、対象が僕を全力で支援する、罰則はお互いに命を賭ける』だ。
もっと弱い内容を提案したが却下された。
「おれらはもう一蓮托生だっ!」
「そうだっ!」
強い意志で彼らは契約を望んだ。
――ボワァン――
僕と彼らとの腕に緻密な魔素文字が浮かび上がって消える。
「これで完了です」
「ふぅん、あまり変わりないな」
「実感は薄いと思います。ですがこれで遠くにいても方角がわかります」
そのほかに多分攻撃力や防御力増加、経験値増加の恩恵があると僕は考えている。これは後日彼らに感覚で教えてもらうしかない。
話すことを一通り終えて気分転換に宿から出ようとしたら、珍しく笑顔のコトエとギンジが出口で待っていた。
******
実は今回の狐人族の件でタクヤたちとコトエたちとの間に僕を挟んで面識ができた。
僕は命の恩人であるからには、タクヤたちへ彼女たちのことを話した方が良いと考えていた。
コトエたちは元よりそのつもりだったらしく、例の茶屋経由で隠者の里へ案内するといった。タクヤたちはわけがわかっていないようだが、面白そうな匂いを嗅ぎつけたのか間もなく『行く』と返事をした。
魔境の境目にある隠者の里には一定以上の力、すなわち階位がないと精神汚染の影響を受けてしまう。その懸念を伝えたとき、タクヤたちは『この間、階位が二十を超えた』といった。
もしも、だ。精神汚染が起きても魔境の端ならばコトエたちがいつもやっている『魔境の草を煎じて飲ませて耐性を持たせる』対応をすればいいと考えた。
五人で移動を開始、王都正門前の隠者の里出身の方が経営している茶屋に着いて奥に通される。今日は走らずに転移玉を使って、向こうへ移動させてくれるようだ。
転移玉が地面にぶつかった後、視界が切り替わった。
タクヤたちは当然この移動に慣れていないのに驚いていた。
もうすでに魔境の端にいるのだが、幸いにも彼らは精神汚染の影響を受けてはいないようで、どうやら階位二十が耐性をもつ大きな目安になるようだ。
いつかケンザブロウさんと話した場所で腰をおろした。
僕、タクヤ、コウタロウに、コトエ、ギンジで待っていると隠者の里長である彼が到着した。
「待たせたな」
(もっと早く来ることもできたくせに……)
ケンザブロウは策士である。僕は一連の行動をみていてそう判断していた。彼の行動には必ず意味がある。この後すんなりいくとは思えなかった。
そんなことを知らずに、すでにタクヤたちは出された茶と団子を食べつくし、おなか一杯になっていた。
「さてさて」
ケンザブロウは話し始める。
「まずはお主たちに礼を言わねばなるまい。シュウには今回里の魔石を確保するのを手伝ってくれた。それに加えて、里の掟を破って殺人を犯して逃げ出した者たちを倒してくれた。まことに真の恩人である」
彼の話は続く。
「先日、君が死闘の果てに倒した狐人族は、聞いたかもしれんが里の元十傑じゃ。奴も里長を暗殺して逃げ出していた一味のうち、最後の一人になる」
「となると、結局僕がすべて討ったのですか?」
「いいや。里の情報網はそこまで悪くないぞ。他にもおったが、ちゃんと決着をつけたわ」
「奴はすごく手ごわかったです」
「そうじゃろうな。あの後こちら側で、奴の使っていた魔剣を回収した。あれは『毒牙の剣』という名前でな。身をもって知ったと思うが、斬った者を毒状態にして、空気中へも毒を散布させることができる。耐性のない武器だとその毒性に耐えられず、溶けてしまうという恐ろしい剣じゃ」
「二度と悪人の手にわたらせないようにしてほしいです」
(もう一回、あれを持つ敵と戦うのはごめんだ)
「それなんじゃが、今回の討伐はシュウが最後のとどめを刺したと聞いた。ならばお主が持つべきじゃが?」
僕は正直喉から手が出るほど魔剣が欲しい。短剣は先の戦闘で失っていたし、通常の武器では自分の技に耐えられるか心配であった。
だが自分は毒を使うタイプだろうか? ふとその考えをしたときに毒を使ってニヤニヤしながら、あの狐人族みたいにジワリジワリと敵を攻め立てるのは合わないと思った。
「遠慮します。里に預けますので、上手く使ってください」
「いいのか?」
「かまいません」
「ふぅむ……」
ケンザブロウは自分の顎髭をやさしくなでた後、『わかった』といった。
「里に厳重に保管しよう」
「よろしくお願いします」
「いつぞやの約束とかねて、里の蔵を開放しておく。好きにみるがよい。説明はそこにいるコトエたちから聞くのじゃ」
「ありがとうございます」
さらに話は続く。
「連れのタクヤにコウタロウは、うちの里の重症人を背負ってくれたと聞いた。この点も非常に感謝しておる」
「いえいえ」
「とんでもないです」
狐人族を倒した後、僕のダメージが酷くてコトエとギンジを代わりにタクヤたちに背負ってもらったのだ。
「命の恩人の二人にはこの里に来るときに通った茶屋を利用した場合、半額へ値引きしようぞ。すでに代表者へ話は通してある」
(そこは無料といってほしいところだよっ!)
僕は突っ込みたい気持ちを抑える。
話が終わりかけたとき、
「里長。話があります」
「私もです」
とコトエとギンジが話にはいってきた。
(なんだ? 二人とも珍しいな)
彼らは僕とケンザブロウの話には入ってこない。そう思っていた。
「私はこれから里を出たいと思います」
(!)
コトエは間違いなくそう言った。ギンジも同じだとばかりに頷く。
「その目的は?」
先ほどまで柔らかい物言いだった里長が急に険しくなった。
「彼らと一緒に行動して、少しだけ世間を知りました。今この時をもって里を出て、シュウ殿と一緒に行動して自分の見識を深めたいと思います」
(ん?)
「里に残る気はないと?」
「そのようには思いません。研磨を積んで必ず里に戻ってこようと考えています」
「ギンジも同じか?」
「はい」
コトエとギンジの眼差しは真剣だ。
だがみんな忘れている。
(僕の意向を無視しているぞ)
「ふうむ」
(里長よ、言ってやってくれ!)
「わかった」
(おーい)
「二人は里を出ることを希望するというからには、儀式があるのを知っているな?」
「もちろんです」
僕の意向を確認しないまま、さらに話は進んでいく。
「儀式、ですか?」
タクヤが聞いてくれた。
「そうじゃ。残る里の者たちと出ていく者たちで戦うのじゃ」
「なんですと! それでは多勢に無勢では?」
「戦うと言ってもみんなで実力を試すのじゃ。里から出して良いものかと、とな」
「しかし……」
「心配するでない。地面に突っ伏したら離脱じゃ。本気でやらんわい」
言っていることは正反対に、ケンザブロウの眼はギラギラしている。
(やべぇよ。このおっさん。絶対本気だよ)
今さら二人とは仲良くしませんとは言えない。続いて、
「里の者を引き込むからには『シュウ殿』とその仲間とやらも参加してもらわんとなぁ」
と言って、ニヤリと笑う里長。
(そうきましたか。おっさん)
「コトエとギンジはそれでいいのかい?」
僕はすぐに動けるように服を直しながら彼女たちに聞いた。今にも戦闘が始まりそうな気配である。このおっさん、何するか全く読めない。
「はい」
「僕たちの目的を知らないのでは?」
「見ていれば薄々わかります」
「後悔は?」
「しません」
「わかった」
ギンジも当然同じ答えだ。
僕は彼らと契約の魔素術を結ぶことを決めた。
内容はつい本日タクヤたちと結んだ契約と同じである。二人には一切迷いがない。彼らの期待に僕は応えるためにも、手の内を明かした。
――ボワァン――
魔素術が僕とコトエ、僕とギンジの腕に光って空気中で魔素文字を展開した。
「これでよし」
「何かあるのですか?」
「お互いの位置が離れていてもなんとなくわかるようになるんだ」
「なんと!」
さらに僕は補助として新しい仲間のタクヤ、コウタロウ、コトエ、ギンジに雷の補助魔素術をかける。
これで彼らの攻撃は電撃を帯びて相手を痺れさせ、防御は少しだけ強化される。弱い魔素術ならば弾いてくれるだろう。
今にも里長が僕たちに攻撃を仕掛けてきそうだ。
(とんでもない里だよ)
『そういうな。コトエとギンジとやらは眼が輝いておる。お主という存在に未来を視ているのじゃ』
(そうかなぁ……)
「準備はよいな?」
里長がそういった瞬間、僕の足元の地面が少しだけ動いて、無数の土槍が向かってきた!
(『本気でやらんわい』って言ったじゃんか!)
******
そこから必死にやってみた。
一言でいうと乱戦。
僕とコトエ、ギンジはそれなりに戦って、そのうち組み伏せられてしまった。何せ一人に対して百人以上が向かってくるのだ。
だがこれはこれでいい経験だった。
僕は主に格闘で対応した。里から出る二人は実際の武器で戦ったらしいが、ある程度知った顔同士なので、それはそれでお互いに加減したらしい。
どうも僕は前回ケンザブロウ含めて退けた経緯があったので、里の者たちの標的にされていたらしい。どうりでみんな僕に向かってくるときは血眼になっていたわけだ。
ちなみにタクヤたちは開始早々に穴に落とされて終わっていた。
この里から出る儀式(僕は『卒業式』だと思った)が終わり、里からコトエとギンジに首飾りが渡された。状態異常耐性の魔素術が込められていると教えてくれた。
「さて、最後に蔵を案内しようかのぅ」
(待ってました)
僕は隠者の里の蔵には日本との関連があるものが眠っていると考えていた。何が出てくるのか楽しみにしながら、案内するケンザブロウに続いて歩き出した。
今後も読み続けていただければ嬉しいです。よろしくお願いします。




