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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第一章  発端
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第十話   貿易都市トレドと職業鑑定

 クーンは暇を持て余して大きなあくびをした。


 カスツゥエラ王国にある貿易都市トレドの陸路側の北門でいつもの不遇な職務についていた猫人族がいた。貿易都市トレドは広大な平地に堅固な城を築き、背後にそびえる山から下る二本の川から街へ水を引く設備を備えて、海岸にも面していて港を構えていた。城周囲には人口が集まって街となって人々の生活圏をつくっていた。人口およそ二十万人ともいわれているが、人の出入りが激しく城の役人たちも正確な人数は把握できていなかった。


 この貿易都市を治めるのは、カスツゥエラ王国の四大諸侯であるレナード=クロスロード公爵である。度重なる戦争で疲弊した都市を先代と一緒に引き継いだレナードは都市の繁栄のため、まず道や住居を整備して商人たちにかかる税を軽くし、警備部隊を整えて治安を良くした。さらに港も整備して、沿岸警備隊を発足させて周囲の海賊を取り締まった。入港税がとらえるようになったが、それでも商人たちは治安が良くて商売のしやすい都市の税を高いとは考えなかった。結果、商人や付近から流れてくる人々はこの住みやすい街に流れ込んで住みつき、そこで生活を送った。現在の当主はレナードであり今年で五十歳になるが、聡明な領主と評判されていた。


 貿易都市トレドの北門に控えていたクーンはもう一度顔の半分が口に変わる大きなあくびをした。


(今日も暇だニャ)


 猫人族であるクーンの役割はトレドに入る人たちの世話係であった。世話と言っても、普通は旅の支度をしてトレドまで来るので、手にかかることはまずない。門の警備兵がする必要のない雑務をこなして銭を稼ぐのである。


 クーンが控えていたテントに警備兵と一人の男が入ってきた。男は体格がよかったが、服装は貧しくてどこからの死体から引っ張ってきたような薄汚い服装をしていた。警備兵が、


「おい、こいつは言葉がしゃべれないらしい。魔素屋へ行って言語を覚えさせてこい。もう入門税はたっぷりいただいたから大丈夫だ。はっはっは」


と雑務を言い渡してきた。


「わかったニャ。そこのお前、ついてくるニャ」


 よくわかっていないような様子の男を引っ張って、トレドの街の中に入る。北門の出入り口付近には、到着や出発する人達の需要を満たす商店がびっしりと並んでいて、その一角にクーンが目的とする魔素屋があった。入り口の木戸をたたいて入ると、老婆が一人奥にたたずんでいた。


「ニーナばあや、客だニャ」

「なんだい」


 ニーナと呼ばれた老婆は面倒くさそうに腰を上げて、入ってきたクーンとボロの男を見た。


(おやっ、面白そうなのが来たねぇ)


 椅子に男を座らせるとクーンはその男が言語を話せないことを伝えた。


「覚えさせるのは、カスツゥエラ語でいいのかい?」

「頼むニャ」


 ニーナばあやは透明な水晶を出す。


「いまから私が言葉を覚えさせてやるから、言語をのせた魔素をしっかり受け取りな。といっても言っていることがわからないか」


 なんとなく仕草で伝わった様子で、男は水晶に向けて両手を出した。光る魔素は男の両手に吸い込まれるように入っていった。


「これがこの世界の言葉か」


 その男は生まれて初めてカスツゥエラ語を話した。


******


 レイナとシグレと別れて、門前にできている長い列に僕は並んだ。周囲は何を言っているのかわからず、とうとう僕が警備している兵に手招きで近づいてくるよう合図をされた。黙って近づくが、兵が何を要求しているかやっぱりわからなかった。両手を開いてわからないという仕草をすると兵はため息をついて、右手で親指と人差し指で円を作ってきた。


(ああ、やっぱり金なのか?)


 持っていた硬貨の価値がわからない僕は、ボロ布に包まれたありったけの金をみせた。すると険しい顔から一変して兵は笑顔となった。ご機嫌な様子の兵はそのうちのいくつかを持つと後ろに控えていた同じ格好の兵に渡して、何かをしゃべった。その振り向きざまにいくつかの硬貨が彼の袖口を消えたのを僕は見逃さなかった。


(こいつ、やりやがったな)


 ここでトラブルはまずいと思い、黙って兵のあとに続いていくと、テントに案内されて中に入った。中には暇そうな顔をした猫の顔と人の体格をした動物が座っていた。


(遠くから少しだけ見えていたが、やはり獣族もいるみたいだな)


 警備兵とその動物は一言二言かわすと今後は猫の顔をした人が警備兵に変わって僕を案内した。門をくぐったのでおそらく大丈夫だったのだろうと思っていたら、古臭いあやしい店に案内される。


(大丈夫かな)


 カウンター奥から出てきた老婆に促されるまま水晶に手をかざして、飛び上がってきた光る物体を受け取るとすっと体に沁み込んできた。直感で理解する!


「これがこの世界の言葉か」


 僕は久々にしゃべった。


******


 それから猫人族だというクーンとニーナばあやと話をした。悪人の印象は受けないのと時間もないので、自分は戦争から逃れてこの地に流れ着いた者であって、実はまだ外に二人仲間がいると伝えると『連れてこい』と言われた。街の門を出るときに税は必要ないが、入るときは身分証がないと税を払う必要があると言われ、余っていたお金をみせると十分すぎると。二人には目立ってほしくないので、自分と同じようなボロ服をもらおうとすると、ニーナばあやが店の奥から三人分のそれなり服を引っ張り出して渡してくれた。


 僕は着替えて再び外に出て、二人の待つ場所へ戻った。


「ただいま。どうにかなったよ」


 レイナとシグレは木陰に隠れていたが、近づく僕に気づいていた。


「どうだったの?」


 手短にいきさつを話して、持ってきた服に着替えてもらい、再度門に並んだ。目立ちすぎるとまずいため、必要な道具だけ取り出して旅行ケースは土に埋めて、レイナには顔を汚してもらっていた。手ぶらな三人を招いたのはさっき入門税の一部をくすねた警備兵だった。


「おっ、さっきのやつだな。言語はわかるな?」

「はい、わかります」

「残りの二人は仲間か? 何が目的なんだ?」


 先ほどからのやり取りから、この警備兵はお金が欲しいのだろうと予想した僕は、そっと彼の袖口に硬貨を忍ばせた。


「ん? ああ、そうか。通っていいぞ」


 ザル検問を通り過ぎて再び先ほど古い木戸から室内に入り、クーンとニーナばあやを紹介して、僕と同じように二人にカスツゥエラ言語を習得してもらった。そこで僕らは、この都市のことを聞いた。



「……とこんな具合に、このトレドはなっているニャ」

「いろいろとありがとうございました。まだ聞きたいことはありますが、ひとまず安全に休めるところはないでしょうか? 手持ちのお金でしばらく泊まれるところがいいです」

「それならここの二階を使うがよい。家賃は……そうじゃな、明日話そうか。クーンも明日またおいで」

「わかったニャ」



 夜、ニーナばあやの店の二階で僕とレイナとシグレだけになって、今後のことを話し合った。目標は自分たちの元々いた世界に戻ることである。そのため、魔素を大量に使える方法を探すことが最優先だった。生活の確立も同じぐらい大切だったが、お金の稼ぎ方を僕たちは全く知らなかった。こちらでも肉体労働が主流なのだろうか?


「こんな感じでいこうと思う。また明日起きたら聞くことがいっぱいできたけど、ひとまず宿となるところを見つけられてほっとしたよ」

「そうですね。シュウがいなかった時間のことを思うと、いまはよっぽどマシですね」

「明日また考えよう」

「おやすみ」


 僕とシグレは部屋に残り、レイナは隣の部屋へ戻って、それぞれ寝た。



 夜中、僕は指輪と話す。

(なあ、指輪。この街のことは知っていたのか?)

『知らないぞ』

(でも、魔素のことは知っていただろう)

『そうじゃ』

(ふぅん。不思議だな。あそこになんで指輪はあったんだ?)

『知らんわい。知っていてもおぬしに言う義務はないのじゃ。それよりも、戻る方法にアテはあるのか?』

(あの戻る『門』も返す『門』も、放出した魔素に確実に反応していた。問題は魔素の量だと思う。いまの僕たちでは足りないので、まず仲間を集めて、次に僕たちも能力を上げること。これが近道だと思う)

『賢明な判断じゃ。してどうする?』

(それは……)

『前におぬしたち人間がゴブリンやオークの魔物を倒して、お金をもらっていたところを見たことがある。その制度とやらを利用してはいかがじゃ? 生活の資金も稼いで、能力も上がる。一石二鳥じゃ』

(名案だな。さっそく明日聞いてみる)

『魔素の訓練もやっておるな?』

(ああ、当然だ)


 そっと両手を出して、三十センチメートルぐらいの距離をとると、その間で電気を通した。


(だいぶ能力は上がったよ)

『まだ弱い。全力で雷を放ったら、周囲一帯を吹っ飛ばすぐらいまで訓練をつみな。そしたら一人前』

(はいはい)


******


 翌朝、僕は勝手に店の裏庭を借りて、棒を振っていた。金属バッドも持ち込んでいたが、それでは木刀と勝手が違いすぎて、型の稽古にならなかった。ストレッチ・トレーニングをしてひたすら稽古をする……


「もう、起きていたのか?」


 ニーナばあやに声をかけられる。


「はい」

「よい心がけじゃ。三人ともそろったら、飯を食べながらでいいので話がある」


 まもなくレイナとシグレが起きてきて、食事を食べながらニーナばあやの話を聞いた。食事は少しだけ野菜が入ったスープと固いパンで、お世辞にもおいしいとは言えなかった。


「あたしゃ、あんたたちをタダで泊めるつもりはないよ。食事だって見ての通り、三人も増えたら私は飢えて死ぬしかなくなるんだ」

「それでは何をすればよいでしょうか?」

「物分かりが良くて助かるよ。ここは魔素で能力を売る店なんだが、ここ最近は店が乱立してそれだけじゃ食っていけないのさ。それで薬を調合して稼いでいるんだが、その薬を取りに行くのに危険が伴うのさ。そこであんたたちの出番だよ。代わりに指定した薬草をとってきてちょうだい。それでしばらく宿賃は無料にするよ」

「オーケー。どこへ行けばいいか教えてくれ」

「オーケーってなんだい?」

「『わかった』ってことさ」

「ふぅん」

「ところで、手堅く稼げるところを知らないですか。できれば戦闘があったほうがいいです」

「ほぅ、おぬしらは戦闘狂(バトルマニア)か。あたしゃ、どっちでもいいんだがね。それならギルドに登録して依頼を受けるといいよ。冒険者ギルドの方だからね、まちがうんじゃないよ。これだけの都市だから、腐るほど依頼はある。魔物討伐に商隊護衛、人探しから入手困難な物の依頼。海千山千あるさ」

「冒険者ギルド以外にもなにかあるのか?」


 シグレが聞く。


「あとは商業ギルトだね。店を構える人たちはほとんどみんな入っている。犯罪者ギルドなんてのも噂には聞くけど、そっちには手を出すんじゃないよ! 犯罪者には厳罰があるからね。奴隷となって鉱山で死ぬまで働いたり、魔物だらけの秘境で人柱となるのさ」

「それは勘弁だな」


 そのあとシグレは商業ギルドについて聞いていた。どうも冒険者ギルドよりもそっちに興味があるようだった。


「ほかに教会もあるよ。怪我したらお金を払って治癒したり、職業の案内をしてくれるんだ。ちゃんと職業を知っておかないと自分の適正がわからないし、ほかに魔素の適性をみないと自分の得手不得手もわからないんだよ」

「魔素の属性だけは知っています」

「ほぅ」


 レイナはそれぞれの得意な属性を答えた。ここに着く前にシグレの属性も確認済みで、彼は土であった。


「どのぐらい扱えるんじゃ」


 レイナが火の魔素を使うと、


「なかなかいいぞ。魔素に想像力がしっかりのせられているのを感じる。おぬしは?」


 そう言われて僕は両手を出して電撃を見せた。


「珍しいね。火水土風はよく見るが、雷の属性は滅多に見れるもんじゃないよ。だが、威力は全然足りないね」


 ムッとしたが、そのまま話を聞く。


「あたしが手ほどきしてやるよ。レイナと言ったね。裏庭に出て体の周囲に魔素を展開しな。そうだね、体からこの棒一本分を離して円を描くように展開してみな」


 裏庭に出てレイナは体から約一メートル離して、炎のサークルを描いた。


「そこからさらに棒一本分の感覚で、炎の円を描いてみな」


 レイナは二重の炎を展開した。最後には三重までいったが、四つ目をやろうとして魔素のコントロールが乱れて、炎が維持できず消失してしまった。


「覚えてすぐでこれなら相当期待できるよ。すぐに熱探知の技もできそうだ。そっちのシュウとシグレは?」


 ……僕は一つが限界だった。練習、練習。


 シグレも一つで、これから戦闘をする場合には僕とレイナがいるので、攻撃よりは補助と回復を覚えた方が良いとアドバイスされていた。土も回復の技との相性がいいらしい。僕の魔素が役立つ日はいったいいつになるのだろうか。


 しばらく魔素の練習をしているとクーンが店に来て、今日は僕たちを案内してくれると言った。僕たちは冒険者ギルドに行って依頼を受けたいことと、武器防具をみたいこと、教会へ行きたいことを告げ、まず協会に行くことになった。


 僕ら三人とクーンで通りに出て、教会へ向かう道を歩きながらこの世界のことを聞いた。通りには商店が並んでいたけど、働いている人たちはみな人間だった。猫人族、犬人族、狼人族など多民族で通りは溢れているのにすごく不思議だった。クーンが言うには、人間はずる賢くて、獣人族が商売を始めてもうまく立ち回れずに店が潰れてしまうんだそうだ。


「この都市は比較的まともで、僕たちもやりやすいニャ。それでも僕たちはあんまり頭が良くないので、商売となると人間にかなわないんだニャ。都市の議会にも僕たちの長老が一人いて獣人族もいるけど、大勢は人間だニャ。あまりいい仕事が回ってこないので、僕は門で雑務をしていたニャ」


 通りを都市の中心である城側に向かってしばらく歩き、商店の数がだんだんと少なくなって民家が多くなってきたと思ったら、教会を見えてきた。


「さぁ、ここだニャ。中に入ると職業を確認したいと言って、寄付をするニャ。お金は銀貨一枚だニャ」

「ずいぶん高い気がします」


 レイナが呟いた。カスツゥエラ王国の貨幣は、銅貨・銀貨・金貨の三種類でこの順番に貨幣価値が高くなり、銅貨百枚が銀貨一枚、銀貨百枚が金貨一枚の交換比率だった。一人一食で五銅貨からというから、銀貨一枚はかなり高いと感じた。


「それだけ職業を知ることが大事だニャ」

「職業がわかったとして変更はできるのですか?」

「できるけど、条件が厳しいニャ。お金があることと魔素の強い特定の道具が必要だニャ。この二つを満たすのはとても難しくて、実際には一度職業を確認したら、一生そのままの人が大半ニャ。ちなみに、職業は生まれたときに調べても何もわからないけど、十五歳になると成人するので、その時に教会に行って調べてもらうのが一般的だニャ」


 教会は二階建て相当のレンガで建てられていて、僕たちは教会に入った。


「こんにちは。どのようなご用件で?」


 話しかけてきたのは四十歳ぐらいの落ち着いたシスターで、クーンの知り合いのようだった。


「マリー、新しい友達を三人連れてきたんだニャ。職業をしらべてほしいニャ」

「それはそれは。ではこちらへお並びください」


 シスターはマリーと呼ばれていた。まずレイナが歩み出ると、祈りを捧げるよう伝えられてしばらく目を閉じる。ふとレイナの体周囲が魔素に包まれたと思ったら、


「はい、鑑定が終わりました。もう楽にしてもらって大丈夫です」


と。シスターは、


「あなたは魔素術使い《見習い》です。階位は七にあたります。」


と告げた。


 レイナは予想通り魔素を使うタイプの職業だった。次にシグレが鑑定してもらうと、商人《見習い》だとわかった。階位は一。戦闘をこなしていないので当然だと思った。最後に僕の番になった。


(格闘家とか、剣士だとか、そっちタイプだと思うな。勇者とかでもいいな)


 好き勝手に想像しながら僕は祈りを捧げる。しばらくしてシスターがふぅとため息をついた。


「あなたの職業は――」


 この瞬間が一番ドキドキする。


「――イレギュラー《見習い》です」

「は?」

 

 よくわからない職業を伝えられて、思わず悪態をついてしまった。


 ご愛読ありがとうございます。

 よろしければでかまいません。ブックマーク、評価をお願いしたいと思います。

 よろしくお願いします。

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