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新入大学生と不思議な指輪の異世界探索  作者: 蜜柑(みかん)
第一章  発端
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第一話   強襲

初投稿です。よろしくお願いします。

 その日、黒田修二くろだ しゅうじにとっては記念すべき大学講義初日であった。


******


 前週の金曜日、多くの新入学生が都内一流ホテルで、盛大な入学式とオリエンテーションを受けて華やかな大学生活をスタートしていた。


 入学式では大学長や招待者などから祝辞をもらい、退屈な時間を過ごす。その後式典会場を出て広大なホールに戻ると、部活やサークル勧誘のため、二年生以上の学生が集合していた。


「きみ、うちの部活どう?」

「テニス興味ある?」

「野球するよね?」


 あか抜けた感じのする上級生たちが、ホールに出た初々しいスーツ姿の新入生を歓迎のため、自分の所属する部活へと誘っている。体格の目立つ人は体育会の部活へ熱心に誘われるようであった。


 僕は百七十センチメートル後半で、どちらかというと長身であったので、体育会系の勧誘が多かった。高校では家計を助けるため、放課後はアルバイト生活とその傍らで勉強をしていたため、部活や遊びには縁がない。周りは欲しいものばかり手に入れていたが、金なしではどうにもならなかった。


(何かしようかな)


 しかし浮かれていた気持ちを引き締める。


 学生としてまたアルバイトをこなしつつ、学費を稼がなければ、卒業できないことはわかっていた。部活には部費・道具・遠征費など出費がつきもので修二には重い負担であった。しつこい勧誘を振り切ってホールから外に出た後は、夕食の買い物をして自宅へ戻り、家族に報告をした。


 家は都内ではあるが駅からは遠く、木造の古いアパートだった。土曜日・日曜日はアルバイト面接と大学の予習をおこない、準備万端にして明日からの講義初日に備えて早めに体を休めた。


 黒田修二は大学に自宅から通学することに決めていた。一人暮らしはお金が必要であったが、実家から通学すれば大きく節約できる。家は母と高校二年生になる妹1人であったことも気になっていた。


 早くに父親を病気で亡くし、家計は楽ではない。大学進学は悩んだが、母の一押しによって行くことに決めた。学歴をつけることが今後の将来に重要だとの認識と、同じ話が学校側からあったことが理由で、学業成績は決して悪くなかった。


(通学は時間がかかるが、仕方ない)


 そう割り切っていた。


******


 月曜日、講義初日の朝は雨だった。


 使い古したシューズ、ジーンズにパーカーという恰好で早めに家を出て、本・書類を詰めたリュックを背負った。


 雨で服が汚れるのを嫌ったわけではなく、単純に金がなかった。周りはどんな格好だろうな……なんて思いながら、湿気の強い車内を我慢して、満員に近い電車に二回ほど乗り継いで大学のある近くの駅に降りる。


 大学は都内有名大学で入学者は理系文系合わせて千人以上、過去に数々の経済界で活躍する卒業生を輩出していた。大学校舎敷地手前で立ち止まり見上げてみると、立派な門と学舎を備えていた。


(がんばろう)


 そう思って門を越えようと足を踏み出した。


 その瞬間、凄まじい轟音とともに視界が暗転した。意識が一瞬途切れたような気がしたが、体に異常は感じない。


 しかし、歩き始めてすぐに空が晴れていることに気づく。


(不思議だ)


 傘をたたんでまた歩きだすと、突然背中に強い衝撃を感じて前のめりに倒れこんだ。背部の痛みから肺から空気を吐き出してしまい、派手に前方へ転んだ。


 頭を打たないようにしつつも、地面に突っ伏してしまった時の衝撃で、眼鏡を落として自分の手で踏みつけてしまい、レンズが破損した。


(この野郎っ)


 頭に血が上って後ろを振り返ると、そこには緑色した身長百三十センチメートルぐらいの背の低い生物が立っていた。肌色が悪く、狂った顔つきをしていた。口を開けたまま、そのまま自分に迫ってくる!


「くっ」


 反射的に出した左腕は引っかかれてしまい、せっかくのパーカーが破れて、腕から出血した。すぐに右腕で頭をぶん殴ると、そいつは衝撃で横に転がったがまだすぐ近くにいる。


「ギギギギィ」


 歯ぎしりのような音を出して、また襲い掛かってくる様子であった。


 その時、緑色の生物の後ろにある景色の異常に気付いた。門より向こう側にあるはずビルや道路が見当たらず、木々が茂っていて緑一色だった。あるはずの都会の景色がない!


(ありえない!)


 そう思うのとほぼ同時に、また緑色の生物が自分に向かって襲い掛かってきた。今後は蹴って距離をとる。不十分な体勢からの蹴りであったが、相手をひるませる分には十分だったようだ。


『武器を取って戦え!』

「言われなくたってぇ!」


 相手が最初に手を出しているので、正当防衛にはなるだろう。立ち上がって大学校舎の入り口にある門とは反対側に走った。走りながら武器になりそうなものを探すと、誰かが校内で捨てたと思われる瓶が落ちていた。


 反射的に瓶をとって振り向くと、そいつにはすぐそこまで接近されている!


 躊躇する暇はなかった。


 瓶を握ったまま、手加減せずに接近してくる頭を殴った。瓶はガラス製だったようで、破片を周りにまき散らす。緑色の生物は一瞬止まって、足取りがおぼつかない感じになった。


 自分を落ち着かせるため深呼吸をして相手をよくみると、鋭い目つきでこちらを睨んでいて、戦意を全く失っていなかった。


「ウガァー」


 声にならない叫びをあげて、また襲い掛かってくる。


(殺す)


 生命の危機を感じて、手元に残った瓶の鋭く尖ったガラス部分を相手の首に突き立てた。左腕をまたつかまれてしまったが、首にねじ込んだ瓶をそのままさらに押して、突き刺して抜いた。血管を切ったらしく血液と思われる液体が、重力に逆らって噴出する。


(まだ生きているっ⁉)


 倒れそうで倒れない相手に、近くにあった石を持って、振り下ろす形で思いっきり頭を殴りつけた。


 ゴキッと鈍い音がして、緑色の生物は突っ伏すように倒れた。動きは完全に止まっているように見えたが、起きて反撃される場合も想定して、慎重に近づいて反応を確かめる。間違いなく動かないのであおむけにひっくり返して、呼吸が止まっていることを確認した。


(初日からやってしまった!)


 何はともあれ生物を殺しているので、この後が面倒くさくなりそうだなと考えていたら、


『ほら、言った通りにやったら、助かったじゃろう』

「だれだっ⁉」


と確かに声を聞いた。


 しかし周囲をみても僕に話しかけた人が見当たらない。敷地内では騒ぎがあちこちで起きているようで、さっき自分で殺した生物と同じやつが多数歩いていた。門から入って、大学の敷地内へ散らばるように入ってきているようだ。門の向こう側の遠い緑の茂みには、それよりもずっと大きい生物も混ざっていた。


 ふと足元付近で反射する光が目について、落ちているものに気づいた。近づいてみると、黒い指輪だった。それは禍々しい雰囲気を持った『黒よりも黒い色』をしていた。


(素敵だ)


 なんとなく手にしてみた瞬間、


『さっさと気づかんかい』


と再び声がする。その声は直接頭に響いてくることに気づいて驚いた。


「なんだ!?」

『いいからさっさとつけな。生かしてあげるよ』

「そんなの自分で決める。僕に指示するな」

『なら自分で生きな』


 声が止まった。


 しかしさきほどより周囲の騒がしさが増している。


 付近では自分と同じように人間が襲われていた。すでに動かなくなった人もいるようだが、ここからではどうなっているのかがよくわからない。


 たまたま自分の隣を走り抜けた女性が、その先で緑色の生物数匹に捕まった。複数で顔を殴りつけられて、動かなくなったと思ったら、服を破られて体を食べられる! 背筋が凍るような光景が、校舎敷地内のあちこちで繰り広げられていた。


――阿鼻叫喚。そんな言葉がふさわしい光景だった。


(このままここにずっといるのはまずいな)

『そうじゃよ、さっさと移動しろ』

(勝手に思考に入ってくるな)


 指輪をポケットにいれると、門の付近は危ないと思って大学校舎方向に向かって全力で走った。体が軽くなったようで、走っている周りの景色の変化がいつもより早い気がする。


(眼鏡がないのに見えている⁉)


 走っている直前上の進行方向に、倒れている女性を襲って馬乗りになっている緑色の生物がいた。


「どけぇ‼」


 勢いのまま膝で頭を蹴り飛ばしたら、耳付近にヒットして相手は吹き飛び、バランスを崩した自分も転んだ。それほど痛くないのを感じつつ、止めと思って相手にチョークスリーパーのような技をかけようと組み付いた。頭に衝撃を受けて昏倒していたのであろう、簡単に取りつける。


『殺せっ』


 取るべき行動はすでに決まっていて、頭に響くその言葉を聞くか聞かないの瞬間に持てる力の限りで相手の首を締め付けていた。その生物は少し暴れた後に、抵抗が完全になくなった。少し緩めても動かないので、締め付けから解放して確認すると、呼吸は完全に止まっていた。


「ありがとうございました」


 襲われていた女性から感謝を言われた。


「はやくっ!」


 服装はすこし乱れていたが大した傷はないようで、女性の腕をつかんで校舎まで一直線に走る。


「ちょっと待ってくださいっ!」


 校舎まで着いたときに、彼女の移動が遅いのでずっと引っ張っている形になって腕が痛かったらしい。


『ゴブリンに犯されるよりマシじゃ』


 女性は大学校舎付近に着くと知り合いを見つけたようで、僕から勝手に離れてしまい、その人と一緒に走ってどこかへ行ってしまった。


(ゴブリン?)

『さっきの生物じゃ』

(いったいどうなってるんだ?)

『質問ばかりじゃな。少しは役に立つことをしたらどうじゃ』

(役に立つ?)

『魔素をよこしな』

(そんなものあるわけないだろう)

『やつらを殺したら、勝手に引っ張るよ。あと指輪をつけな』

(おまえはいったいなんなんだ?)

『知りたければさっさとやりな。ほらきたよ』


 ハッとして周囲を見回しても、ゴブリンという緑色の生物はいない。


 背中になっていた校舎の角から向こう側を覗き見ると、今後は三匹のゴブリンがこちらに近づいていた。ターゲットを探しているようだ。


 後ろにあった窓を開けて校舎内に入ったら、武器になりそうな物を探して、すぐにだれかが使っていたのだろう果物ナイフを見つける。


(これで護身ができそうだ)

『いまのおぬしなら、棒でも持って殴ったほうが良いぞ』

(勝手なこと言うな)


 窓に身を伏せて外を伺うと、向かってきた三匹のうち一匹が窓下の砂利道を通って行った。


(いまなら背後から襲えるな)


 残りを探すと、二匹はあちこちを見ながら反対方向へばらばらに歩いていた。こいつらは統率されてはいない。


(殺せる)

『殺せっ』


 二つの意思が出した答えで反射的に動いた体は窓から身を飛び出して、気づかれる前に背部から接近して口を塞いだ。首の動脈付近を目いっぱいの力を込めて、果物ナイフで掻き切った。声を出す時間を与えずに一匹を処理して地面に転がした後、後ろを振り向いて確認したが、残りの二匹はこちらに気づいた様子はなかった。


(続けてやれるが……)


 だが仮に一匹を同じ手で殺しても、もう一匹が余ってしまう。


『一匹を殺ってやるから、はやく指輪をはめよ』

(あんた、なんなんだ?)

『はやくしろ』


 向こう側を歩いていた二匹のうち一匹が鼻を使い始めたと思ったら、すぐに後ろを振り向いた。自分と倒れている仲間を視認すると、声をあげて二匹とも襲いかかってきた。指輪をはめるか迷っていた僕は、指につける直前の状態であった。反射的に左腕の中指にはめ込んで敵に向かって走り始める!


 さっきの感覚だと蹴りはかなり有効だ、そう考えた僕は先頭を走っていたゴブリンに飛び蹴りを放った。相手も飛び掛かってこようとしていたが体格で競り勝って、相手がくの字のように腹部が折れて後ろへ倒れこんだ。しかし、その後ろからもう一匹に飛び掛かられる。


(まずいっ)


 着地したばかりでバランスが悪い。その瞬間、左手の中指から一本の電撃がゴブリンに向かって放たれ、ヤツが感電した。動きが止まったのを好機に、すぐに果物ナイフを首に突き立てた。また大量の出血が出て、切られたゴブリンが倒れた。先に腹を蹴られて苦悶様でうずくまっている残り一匹にも止めをさした。


 鼻が使えるのであれば、すぐに嗅ぎつけられる。そう思った僕は死んだゴブリンを放置して、すぐに校舎内に引き返して窓を閉めて隠れた。


(さっきのはなんだ?)

『雷じゃ』

(そんなのはわかっている。どうやった?)

『おぬしの魔素をもらって放った』

(なに?)

『おぬしも使えるぞ。しかもおぬしの魔素を借りて放つより、自分で放つほうが威力が高いぞ』

(そんなの知らない)

『では覚えればよい』

(どうやって出すんだ?)

『体の中にある魔素をつかんで、指から放つんじゃ。放つ物体のイメージに魔素をのせろ』


 言われたとおりに体内を感覚で探ってみると、たしかに腹の奥に温かいものを感じた。これかなのかと思って、腹の底から自分の意思で引っ張って腹から指まで持っていて、放つ!

……イメージをのせて……。その瞬間、指から電気がピリッと放出された。が、先ほどより格段に威力は弱く、電撃というより静電気であった。


(弱いぞ)

『訓練不足じゃ』

(これじゃあ使えない)


 指輪を眺めていた時に、左手の甲に十字の黒い紋章ができていることに気づいた。痛みもなく触ってもなにも変化がないが、確かに今朝はなかった。


(これ……あんたがやったのかい?)

『関係ないね』

(その言い方、何か知っているんだろう?)

『知りたかったら……』

(魔素をよこせってかい⁉)


 指輪からの返事はなく、会話は途切れた。しばらくその場で考えた末に、指輪はつけたままにすることと魔法には頼らないことにした。この威力ではゴブリンとやらの動きを止めることはできないだろう。


 さて次にどうするかなと周囲を見渡したら、体育館のほうにゴブリンが複数走っていくのを見つけた。向こうには行かないようにしよう……そう思った瞬間、物がぶつかるような音に交じって悲鳴が聞こえてきた。


(くそっ……)


 体は自然に体育館方向へ向かっていた。声は女性のものだった。


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