第九話
その後、ゴブリン退治はつつがなく終了した。
残ったゴブリンも、カミラたちが三体のうち二体を撃破し、一体をあえて逃がして巣穴の場所を探り出すと、そこにいた残党含めてすべて退治した。
ルーシャたちはその日は村で宿泊して、翌日に街へと帰還する。
その帰り道、ぽかぽか陽気の森の中の小道をぷらぷらと歩いているとき、ルーシャはカミラからこんな話を切り出された。
「で、ルーシャさ。昨日のゴブリンに撃ったすっごいあれ、何だったんだ?」
カミラは戯れに、ルーシャの腰を抱えて持ち上げ、少女を自分の肩に乗せつつ聞いてくる。
その突然の肩車姿に、横を歩いていたローズマリーが「えっ、どうして。ずるい。尊い」などとわなないていたが、さておき。
肩車をされたルーシャが、自分の下のカミラに向かって聞き返す。
「昨日撃った『あれ』って、どれのことですか?」
「ほら、ババババーッて、魔法一発でゴブリン十体ぐらい一気にやっつけちまったじゃん。フレイムアローって言ってたけど、ただのフレイムアローじゃ、ああはならないだろ?」
「……? いえ、普通のフレイムアローですけど」
「えっ?」
「えっ?」
ルーシャは首を傾げる。
カミラも首を傾げていた。
そこにローズマリーが口を挟んでくる。
「ねぇルーシャ、ウィザードが使うフレイムアローっていうのは普通、火の玉を三個ぐらい作り出す初級魔法なんですわ」
ローズマリーにそう言われても、ルーシャは首を横に振る。
「違いますよ。おじいさんのフレイムアローは、もっとすごかったです。私はまだまだ未熟です」
「いや、そりゃあ大賢者マーリンぐらいになりゃ分かんねぇけどさ。普通はベテランのウィザードでも四個か五個ぐらいって──」
カミラがそこまで言って、何かの可能性に気付いたようだった。
ローズマリーもピンときたようで、ルーシャの眼下で、二人で顔を見合わせる。
「まさか……それってつまり、ルーシャのフォースがベテランのウィザードより……」
「……いやいや、それはおかしいだろ。だってこんなに小っちゃい子供だぞ」
そう言われれば、ルーシャはカミラの肩の上でむぅっと頬をふくらませる。
「カミラさん! カミラさんは私のことを子供子供って言いすぎです!」
「ははは、わりぃわりぃ。見た目がちまっこいもんだから、ついな」
「むーっ。……そりゃ、カミラさんみたいには、大人じゃないですけど」
「いや、別にあたしも大人ってわけじゃないさ。そんな大したもんじゃない」
そう言ってカミラは、ルーシャを再び持ち上げて、地面に下ろした。
ルーシャが再び森の小道を自分で歩き始めると、カミラが聞いてくる。
「ルーシャは大賢者マーリンに言われて冒険者になったんだったよな?」
そう聞かれれば、ルーシャはこくんとうなずく。
「はい。おじいさんが、お前には才能があるからやってみろって」
「ふぅん。じゃあさ、ルーシャ自身が何かやりたいことってないのか? 冒険者を続けて、将来的にこうなりたいみたいなのでもいいけどさ。やっぱおじいさん──大賢者マーリンみたいになりたいか?」
「えっと……」
ルーシャは少し考える。
自分がやりたいこと、やってみたいこと──
ルーシャがこのとき思い出したのは、彼女がもっと小さかった頃、山の家の暖炉の前でおじいさんが語ってくれた話だった。
大賢者マーリンは若い頃、冒険者として世界各地を旅して回った。
どんな危険な地も、どんな秘境も、マーリンにたどり着けない場所はなかった。
でも、ただ一つ。
大賢者マーリンが、そこにだけは到達できなかったと言っていた場所があった。
ルーシャはそれを口に出す。
「──『神々の霊峰』に、行ってみたいです」
「神々の霊峰……? って、あの、おとぎ話に出てくるアレですの? 神々が住むと言われている、幻の山ですわよね」
ローズマリーがそう口を挟んでくるが、ルーシャは首を横に振る。
「いえ、おとぎ話じゃないです。おじいさんは言っていました。『神々の霊峰』は実在する。世界各地の遺跡にあった記述が、それを証明しているって。でもおじいさんは、生きているうちについにたどり着けなかったって」
「へぇ、大賢者マーリンでもねぇ。そりゃまた雲をつかむような話だな。けど、そういうのっていいよな。あたしは応援するぜ、ルーシャ」
「でも、今すぐにじゃないです。私はまだまだ未熟です。もっと力をつけないと」
「そうだな。──やれやれ、ルーシャみたいな子供がこんな志の高いこと言ってんだ。あたしたちも頑張んないとな!」
「そうですわね」
「だから、カミラさんは子供って言いすぎです!」
「あははははっ、わりぃわりぃ」
ルーシャたち三人はそんな話をしながら、森の小道を歩き、街へと帰っていく。
そして、そんなルーシャたちを、木陰に隠れながらこっそり追跡している者もいたのだが──
ルーシャはそれを、あの人いつもついてくるなぁと思いながら意識の端っこに引っかけるだけで、今日もまたあまり気にせずにいるのだった。