第八話
それから数時間後。
夜の村に、闇にまぎれて襲撃者たちがやってきた。
ゴブリン。
人間の子供を醜悪にしたような姿のモンスターだ。
手には棍棒や石斧などの粗末な武器を持っている。
それが十体以上。
小柄なモンスターたちはガサガサと、まだ十分に育っていない小麦の畑を踏み荒らしながら、村の領土へと我が物顔で入り込んでくる。
その様子を──ルーシャたち三人は、少し遠くの住居の陰に隠れて窺っていた。
「来やがったな、ゴブリンども。数は──十二、三体ってとこか。前情報通りだが、まとめて相手をするにはちぃと厄介な数だな」
カミラがつぶやく。
ゴブリンは決して強いモンスターではないが、数が多い場合には油断できない相手だ。
慢心したレアリティホルダーが単身で巣穴に突入し、そのまま帰ってこなかったという逸話も珍しくない。
それに夜はゴブリンどもの時間だ。
暗視能力を持ったゴブリンに対し、暗闇に弱い人間では、夜の戦いはどうしても不利を強いられる。
今は隠れるために灯りは付けていないカミラたちだが、もしたいまつなどによる灯りを用意したとしても、昼間とまったく同じというわけにはいかない。
どんな死角からの攻撃で窮地に陥るか、分かったものではないのだ。
無論、それでも勝てる自信があるから、カミラたちはこの迎撃方法を選んだわけだが──
「手傷の一つや二つは、覚悟しないといけませんわね」
「だよなぁ。武器に毒とか塗ってないといいが」
「そんな上等なゴブリンはそんなにはいませんわ。万一の場合も、私の祈りで解毒するのでご心配なく」
「だからって、毒とかもらって気持ちのいいものでもねぇんだけど。ま、でもいざってときには頼りにしてるぜ相棒」
ローズマリーとカミラがそんなやり取りをして、拳を軽くぶつけ合う。
それから、カミラはルーシャのほうを見た。
「ルーシャ、まずは魔法で、一体でもいいから仕留めてくれ。それからあたしとローズマリーが出ていって接近戦を仕掛ける。そこからは状況を見てあたしたちの援護だ。やれるな?」
ルーシャはカミラにそう言われ、こくんとうなずく。
そして、懐から取り出したワンドを手にして精神集中。
体内の魔力を高めていく。
「よし、頼んだぜルーシャ。──ローズマリー、敵の担当はいつも通りあたしが七、ローズマリーが三だ。──それじゃ、行くぜ」
「オーライですわ」
カミラが背中のバトルアックスに手をかけ、ローズマリーも腰に提げていたフレイルを取った。
そして建物の陰からわずかに顔を出し、慎重にゴブリンたちの様子を窺う。
それを横目にしながら、ルーシャは思う。
戦闘開始の合図は自分の魔法だ。
しくじらないようにしないと。
ルーシャは自身の魔力が臨界まで高まったのを感じると、建物の陰からゴブリンのすべてを目視できる場所へと飛び出した。
そして──
「──フレイムアロー!」
ワンドを前方に向けて、魔法発動のためのコマンドワードを唱える。
すると──
ボッ、ボボボボボボボボボッ!
ルーシャの差し出したワンドの前の空間に、多数の火の玉が現れた。
その数、全部で十。
「「えっ?」」
それを見たカミラとローズマリーが、首を傾げた。
確か初級攻撃魔法のフレイムアローは、火の玉を三つぐらい出せる程度の魔法だったような……。
それに、一つ一つの火の玉も、あんなに大きかったっけ?
でも攻撃に集中しているルーシャは、そんな二人の様子には気付かない。
「──いけっ!」
ルーシャはワンドを横に薙ぎ払う。
子供の魔法使いごっこのように可愛らしいが、それにしては堂に入った手慣れた動作。
それと同時に、ルーシャの目の前に浮いていた火の玉が、一斉に発射された。
十個の火の玉は、十条の炎の矢となり、それらがゴブリンたちへと殺到すると──
──ドォオオオオオオンッ!
激しい炎が巻き起こった。
炎の矢の直撃を受けて全身火だるま状態になったゴブリンたちが、バタバタと倒れていく。
無傷で残っているゴブリンはわずか三体で、それも突然起こった出来事に慌てふためいている様子だ。
それを確認したルーシャが、振り向いて二人の先輩冒険者に声をかける。
「さあ! カミラさん、ローズマリーさん、今です!」
「……えっ? あ、お、おう」
「そ、そうですわね」
カミラとローズマリーは、釈然としない様子で首を傾げながら、残ったゴブリンたちに向かって駆けていった。