第二話
しばらくすると、ルーシャはギルドの二階にある応接室へと通された。
その部屋には髭面の偉丈夫が待ち構えていて、受付嬢はルーシャを案内すると部屋から出ていった。
髭面の男──冒険者ギルドのギルドマスターであるバートランドは、その逞しい両腕を組んでルーシャに語り掛ける。
「大賢者マーリンの養女、ルーシャといったな。レアリティの保持数に関しての話は、マーリン殿から聞いているのか?」
テーブルを挟んでバートランドの対面の席に座ったルーシャは、その問いに素直に答える。
「はい。おじいさんが★★★★、私が★★★★★と聞いています。レアリティの数が分かるマジックアイテムが存在するのだとか」
「ああ。国宝級のアーティファクトだがな。しかしマーリン殿が言うからには嘘ではあるまい。手紙の筆跡も確かにマーリン殿のものだった。俺はマーリン殿とは古い知り合いでな。──それよりルーシャ、レアリティの保持数に関しては、ほかの誰にも言うなよ」
「どうしてですか?」
「理由は二つ。一つはレアリティの保持数という情報そのものが、国の重鎮や特にレアリティの高い者にしか知らされていない極秘情報だからだ。そしてもう一つは、お前自身の平穏と身の安全のためだ。お前がスペシャル中のスペシャルであることが知れ渡れば、良からぬ輩が寄ってくる」
「良からぬ輩、ですか」
「ああ。マーリン殿以外の人間をろくに知らないお前には、まだ分からないかもしれないがな。いずれにせよ、レアリティの件は黙っておいた方がいい」
そう言われて、ルーシャはこくんとうなずいた。
そして、バートランドとほかにもいくつかの話をした後、最低限の手続きを済ませ、ルーシャは晴れて冒険者として認められたのだった。
***
冒険者登録を済ませ、最下級のFランク冒険者となったルーシャ。
彼女は次に、仲間を探すことにした。
冒険者は普通、パーティを組んでクエストに挑むものだ。
レアリティホルダーといえども、凶悪なモンスターの群れを相手に単身で挑むのは、よほどの頭抜けた実力がない限りは自殺行為だからだ。
それにルーシャは、マーリンからこう言われていた。
「街に出て、多くの人と触れ合いなさい」と。
だからルーシャは、冒険者ギルドに併設されている酒場に行って、まず一番手近にいた冒険者たちに声をかけた。
「あの、はじめまして、ルーシャといいます。あなたたちのパーティに入れてもらえませんか?」
「……あぁん?」
そのテーブルで飲んでいた三人の男たちは、見るからに飲んだくれの酔っ払いといった様子だった。
彼らはルーシャの姿を見ると、ぷっと噴き出す。
そしてニヤニヤと嘲りの表情を浮かべながら、仲間内で弄りはじめた。
「おいおい、俺の空耳かぁ? 目の前のチビッ子が、パーティに入れてくれと言ったように聞こえたぞ」
「いやいや、俺も聞いたぜ。──なぁお嬢ちゃん、俺たちとパーティを組みたいんなら、ちょいと親睦を深めるために宿まで付き合ってくれよ」
「ギャハハハハッ、バァカ! お前、相変わらずロリコンだな!」
だが世俗に疎いルーシャは、男たちの言葉に無邪気に首を傾げる。
「宿で親睦を深めるんですか? ……分かりました。パーティを組むためにそれが必要だというなら」
ルーシャがそう答えると、男たちはぽかんとした。
そして皆、ごくりと唾を飲む。
ルーシャは自分では分かっていないが、かなりの美少女である。
ふわふわとした桃色の髪は背中まで伸びていて、同色の瞳はつぶらでぱっちりとしている。
唇や首元あたりを見れば、可愛らしさの中にもそろそろ子供と侮れないぐらいの色気すら帯びつつある。
山で男手一つで育てられたために飾り気はないが、磨けば途方もなく輝くであろう一級品の美貌の持ち主で、それは特に審美眼のない男たちが見ても一目で分かることだ。
そして男たちは今、酔っぱらっていた。
目の前の素朴だが極上の美少女を見て、男たちのうちの一人のタガが外れた。
先にロリコンらしい発言をした男だった。
「よぉし、お嬢ちゃんよく言った! 立派な冒険者になるためにはぁ、そういう未知なるものに飛び込もうっていう冒険心が大事だ! だがぁ、そこには危険があるということも、知らなければならない! おじちゃんが、それを教えてやろう!」
「はあ……」
男は立ち上がって、ルーシャの手を取り冒険者ギルドを出ていく。
ルーシャはそれに、気の抜けた返事をしつつ従った。
──一方、件の酔っ払い冒険者たちとは別に、その光景を見ていた者がいる。
「……なんだありゃあ?」
女冒険者のカミラは、お花を摘み終えて仲間が飲んでいるテーブルに戻ろうとしたとき、その光景──酔っぱらった男の冒険者が、年端も行かない女の子の手を取ってギルドの外に連れ出すところ──を目撃したのだ。
その一方で、三人分の料理や酒が並んでいる近くのテーブルで、二人の酔っ払い男がひそひそ話をしているのも見つける。
「お、おい……大丈夫かあいつ」
「いや……あいつ酔っぱらってると見境なくすし、危なくねぇか?」
「まずいだろそれは。まずいまずい」
「今から連れ戻しに行くか?」
「いやでも、あいつだってそこまで分別がなくは……ないと信じたいが……」
と、そう内緒話をしていた男たちのテーブルに、件の女冒険者──カミラがどっかりと腰を下ろした。
そしてカミラは男たちの首周りに両腕を回すと、にっこりと笑って言った。
「その辺の話、ちょーっと詳しく聞かせてもらえるかな、野郎ども?」
カミラの殺意交じりの笑顔に、男たちはひぃっと震えあがり、持っている情報をただちに吐き出した。