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第十九話

「……ん? あれは──」


 シノは遠くの高い木の上で、何かがキラリと光ったのを見逃さなかった。


 シノがその木を注目して見ていると、光ったあたりから何かが木を下りている姿がかすかに見える。


 誰かが自分たちを監視していた?

 あの方角は、襲い掛かってきた多数のキマイラが元々いたであろう方面だ。


 シノは仲間たちを見る。

 カミラとローズマリーは、体育座りをしてうわ言のように何かを言っているクライヴを、木の枝で突ついて遊んでいた。


 そして、もう一人はというと──

 ルーシャはいつの間にかシノの横にいて、くいくいと黒装束を引っ張ってきた。


「シノさん、あの木」


 そう言って少女が指さすのは、シノが直前まで注目していた木だ。

 シノは苦笑する。


「やっぱり気付くんだね、ルーシャちゃん」


「誰でしょう? シノさんが知っている人ですか?」


「ううん、多分違うと思う。バートランドが改めて別に監視を付けた、とは考えにくいね。あっちはキマイラが元々いたはずの方角だし」


「捕まえに行きます?」


「そだね。──カミラ姐さん、ローズマリーさん、ボクたち野暮用で、ちょっと出てくるから」


 シノがそう伝えると、カミラがクライヴを突つく遊びをやめて、シノたちのほうを見てくる。


「んあ? おう、花摘みか。気を付けろよ」


「ちょっと違うんだよなぁ。あとデリカシーが足りないんだよなぁカミラ姐さん。まあいいや、行こう、ルーシャちゃん」


「はい。──でもカミラさん、お花摘みなんて意外とメルヘンなんですね」


「うん、多分ルーシャちゃんも勘違いしてるね」


 そんなやり取りをしながら、シノとルーシャはその場から走り始めた。


 ぐんぐんとスピードを上げて、やがて二人は風のような速度で疾走する。


 しばらく二人が走っていくと、目標であった背の高い木のもとまでたどり着いた。


 だが周囲を見回してみても、人影らしきものは見当たらない。


 シノはそれならばと、注意深く地面を調べ始める。

 するとルーシャが、シノを呼んで手招きをした。


「シノさんこっち、草が踏まれた跡があります。多分向こうに行ったと思います」


 それを聞いたシノは、かくんと肩を落とす。


「だからそれ、ボクの仕事なんだよなぁ」


「山にいた頃は、動物の足跡は毎日たどってました」


「おのれ。野生児おそるべし」


 二人は方向転換して、足跡が進む方向へと走る。

 しばらくそのまま進んでいくと──


「あ、あんなところに家があります」


「うん、家っていうか、小屋って感じだけど……」


 二人の視線の先に、少しだけ木々が開けた場所があり、そこに一軒の小屋が建っていた。


 シノとルーシャの二人は、その小屋から少し離れた場所にある木の陰に隠れ、様子を窺う。

 すると──


「あ、誰か出てきました。男の人です」


「うん。……あ、木に向かっておしっこし始めた」


「あの小屋には、トイレがないんでしょうか?」


「そこはわりとどうでもいいと思う。ともあれ今がチャンス。ルーシャちゃんは小屋の方を見張ってて」


 シノはそう伝えると、こっそりと忍び足で、用を足している最中の男へと近付いていく。

 そのことに、男はまったく気付かない。


 男が用を足し終えて、ぶるるっと震えたそのとき。

 シノが男の肩を、とんとんと叩く。


「ねぇお兄さん、キマイラをけしかけてきたのは、お兄さんで合ってる?」


「ああ……? なんでそれを知って──ぶほっ!」


 男の振り向きざまに、その顔面にシノが拳を一発。


 さらにボディブロー、アッパーカットと連続で叩き込むと、男はそれでノックアウトして、ずるりと崩れ落ちた。


「ふふん、一丁あがり♪」


 それからシノは素早く小屋へと近付いていくと、入り口の扉に耳をあて、ついでその扉をわずかに開いて中を覗き込む。


「中には誰もいないみたい」


 ルーシャにそう言って、シノは小屋の中に入っていく。

 そして、ほどなくして再び外に出てきた。


「小屋の中には何にもないね。毛布と、あとこれ、連絡用のマジックアイテムか何かかな。これがあっただけ」


 シノはそう言って、イヤリングとブレスレットを手の中で弄んでみせる。

 その二つは、セットのアイテムなのか、デザインがよく似ていた。


 シノはそれを懐にしまい込むと、先ほど気絶させた男の元に戻る。

 ルーシャもシノのそばまで寄った。


「さてこいつ、どうしよっか」


「シノさん、これ『おちんちん』っていうんですよね。おじいさんが、男の人にはみんな付いてるって言ってました」


「大賢者マーリンめ、幼気な女の子に何を教えたんだ。さておき、さすがに乙女的には、こういう汚らしいものを丸出しにされているのは気分が良くないよね。とりあえずズボンははかせよう」


 シノは男のズボンを引き上げると、自分の懐からロープを取り出し、それで男の手足を縛った。


 それから、男の頬をぺしぺしと引っぱたいて、彼の目を覚まさせる。


「うっ……」


「おはよう、お兄さん。どう、お目覚めの気分は?」


「お前たちは……何なんだ……国王に雇われた冒険者か……?」


「うん、そうだよ。ボクたちは冒険者で、国から依頼され……って、何だって、国王?」


 男の言葉にシノは驚き、眉根を寄せる。


「ちょっと待って。ボクたちが国王に雇われたって、どういうこと? 確かに国からの依頼だとは聞いたけど」


 シノがそう聞くと、男はせせら笑った。


「なんだ、知らずにこんな仕事をやらされているのか。あわれな冒険者どもだ」


「……どういう意味? キミは一体何を知っているの?」


「くっくっく……喋ると思っているのか、この俺が。クリフォード様に信頼されたこの一の部下、オーエン様が喋るとでも?」


「ふんふん、キミに指示を出しているのは、クリフォードって人物なのね」


 それを聞いた男は、驚愕の表情を見せる。


「な、なにぃっ!? お、女、なぜそれが分かった!?」


「あと、よっぽどの人材不足、と……。でも、クリフォード、クリフォード……どっかで聞いた名前のような……」


「くくくっ……無知蒙昧な冒険者め。クリフォード様といえば、このグランヴィル王国の第三王子、クリフォード・グランヴィル様に決まっているだろう!」


「ああーっ、それだ! ……でもキミそれ、ボクたちに喋ってよかったやつ?」


「はっ……し、しまったああああああっ! おのれ、誘導尋問とは狡猾な真似を……!」


 大変アホな会話が繰り広げられているのを聞きながら、ルーシャはふああっとあくびをする。

 この話、どこまで続くのかな……。


 一方でシノは、顎に手をあてて考え込む。


「で、その第三王子が黒幕で、依頼してきたのが国王……? 何だそれ。親子喧嘩?」


「はっ、愚鈍だなぁ女。クリフォード様の偉大なる研究に国王が嫉妬し、クリフォード様を亡き者にしようとしたのだよ。だが聡明なるクリフォード様は、愚かな国王の考えなどすべてお見通しだったのだ。だから自ら王都を出て、闇の結……おおっと、これ以上は喋れねぇな」


「……闇の毛? 何それ」


「闇の結社だ! なんだ闇の毛って!? 下の毛がすごくもじゃもじゃしていて大事なところが闇に覆われている様子なのか!?」


「すごい下ネタ妄想力だね。そんなこと少しも考えてなかったよ。で、その闇の毛と第三王子が緊密な関係なの?」


「おぞましい言い方をするな! クリフォード様は闇の結社に身を寄せ、その幹部となったのだ!」


「あ、そう。でもそれも多分、喋っちゃいけなかったやつだよね」


「はっ……し、しまったぁあああああああっ!」


 そんなやり取りを聞きながら、ルーシャは眠たそうに目をごしごしとこする。

 ぽかぽか陽気だし、そろそろお昼寝がしたいな。


「あの……シノさん……」


「あ、ごめんねルーシャちゃん、面白くてつい。そろそろこの人持って帰りたいんだけど、どうしようかなって」


「分かりました。むにゃむにゃむにゃ──スリープ」


 ルーシャが魔法を唱えると、シノが問い詰めていた男の顔面周辺にほわんほわんと謎の霧のようなものが現れ、それを吸い込んだ男はすぐに意識を失って寝息を立てはじめた。


「おー、眠った。すごい、さすがルーシャちゃん」


 そしてシノは、芋虫のようになった男をよいしょっと持ち上げると、自分の肩に乗せてみる。


 さすがのレアリティホルダーの腕力だ。

 女性の細腕にもかかわらず、大の男一人を易々と担いでみせる。


 だがそれでも、さすがにパワー特化のカミラのようにはいかないようだ。


「おっとと……うーん、ちょっと重いな。運びにくい。どうしよう」


「だったらシノさん、魔法で運びましょう」


「え、そんな魔法あるの?」


「はい。──フローティングディスク!」


 ルーシャが次なる魔法を発動すると、彼女の前の空中に、光る円盤のようなものが現れた。


 円盤は食卓ぐらいの大きさで、ルーシャの胸ぐらいの高さにふよふよと浮いている。


「シノさん、その人をここに載せてください」


「うん、わかった。……おおー、ちゃんと乗っかる」


「倒した獲物を持って帰るのに便利な魔法です。──じゃあ、帰りましょう」


「そだね。でもこれ、どうやって動くの?」


「こうやって、私が動くとついてきます」


「ホントだ。うわぁ、飼い犬みたい。なんか可愛い」


 そうしてシノとルーシャは、ふよふよと浮かぶ円盤を引き連れて、カミラたちのいる場所へと戻っていった。


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