第十八話
「──ガウゥッ!」
「うわぁああああっ!」
鞭のように列をなしたキマイラの先頭の一体が、ついにクライヴに向かって飛び掛かった。
ロープでぐるぐる巻きにされた彼は、為すすべもなく襲い掛かられてしまう。
「こ、このっ、バカ魔獣! 噛むな! ぎゃああああっ! お前たち、見てないで助け──じゃなかった、この僕の盾になって──ぎゃあああ痛い痛い!」
さらに一体、二体、三体と、キマイラたちがクライヴに群がっていく。
それを見ているカミラ、シノ、ローズマリーの三人は、みんな引きつった顔をしていた。
「あ、あのさルーシャ……もうクライヴ、噛まれ始めてるんだけど」
「はい、でもまだです。ローズマリーさん、お願いします」
「えぇいもう、何だか分からないけど破れかぶれですわ──マジックプロテクション!」
ローズマリーが祈るように手に収めた聖印が光り、プリースト魔法が発動する。
キラキラとした聖なる光が、クライヴに向かって降り注いだ。
しかしクライヴは、依然として噛まれ続けている。
ローズマリーが使った魔法は、キマイラが行う物理攻撃に対しては何の効果もない。
そろそろ列をなすキマイラのすべてが、クライヴの周囲に集まりつつあった。
そこでようやく、ルーシャが動く。
「全部範囲に入りました──行きます、ウィンドストーム!」
ルーシャは高めた魔力を解放し、魔法を発動した。
クライヴの周囲に集まっていたキマイラたちの、中心となる位置。
そこに緑色の魔力の塊が生まれると──
──ゴォオオオオオオオオオッ!
魔力の塊が弾け、恐ろしい勢いの暴風が巻き起こった。
「ぐっ……!」
「嘘でしょ、何この威力……!?」
その暴風の威力に、魔法の範囲外にいるはずのカミラやシノ、ローズマリーまでが思わず両腕で顔をカバーするほど。
ルーシャ一人が、自身の魔力の障壁に守られて無風地帯にいた。
一方そんな中、嵐の中からは悲鳴が聞こえてくる。
「ギャワワワワーッ!!!」
クライヴだった。
彼は見事に、暴風の攻撃圏の真っただ中にいたのだ。
しかもその暴風の内部は、ただ風が吹き荒れているだけではない。
風の刃が暴風内を無数に飛び交い、その内部にいるものをずたずたに切り裂いていた。
さらにそれだけではなく、暴風そのものが範囲内の獲物を翻弄し、まともに動けない状態にする。
範囲内の対象の移動・行動を妨害する効果と同時に、無数の風の刃でダメージを与える。
それがルーシャの使った、ウィンドストームという魔法の性質だった。
ルーシャはその魔法を、十数体のキマイラの群れだけでなく、クライヴをも巻き込んで使用したのだ。
シノがおそるおそる、ルーシャに問いかける。
「あ、あの……ルーシャちゃん……? いえ、ルーシャさん?」
「はい。なんでしょう、シノさん」
「ひょっとしてだけど、クライヴのやつに、相当怒ってた……?」
「あ、ローズマリーさん。早く治癒魔法使ってあげないと、あの人死んじゃいますよ」
「無視した!? ルーシャちゃんが反抗期っ!?」
「いえ、だってほら、あそこに集まってくれないと全部のキマイラをまとめてウィンドストームの効果範囲に入れられなかったですし」
「ルーシャちゃん、そう言いながら、ボクと目を合わせようとしないね……」
「…………」
ふいっと、ルーシャがシノから顔を背けた。
シノが苦笑する。
「──ヒーリング!」
一方でローズマリーが、ルーシャの指示に従ってクライヴに治癒魔法をかける。
嵐の中にいるクライヴの傷が、完全にではないが癒されていく。
やがて嵐がやむ。
そこには全身をずたずたに切り裂かれた多数のキマイラと、その中心でうずくまったクライヴの姿があった。
「ぐっ……うぅぅっ……よ、よくもこの僕に……クソガキぃ……!」
クライヴが、ほうほうの体でふらりと立ち上がる。
またキマイラたちも、ウィンドストームの一撃で生命力が尽きたわけではない。
伏せていた身を起き上がらせ、ぐるると唸りながらルーシャたちのほうを見て──
そのとき、ルーシャがもう一度ワンドを掲げ、魔法を放った。
「ウィンドストーム!」
「ギャワーッ!!!」
「「「えぇぇー……」」」
再び嵐が巻き起こり、キマイラたちとクライヴを巻き込んだ。
それを見たカミラ、ローズマリー、シノの三人はドン引きだ。
一方のルーシャは、ローズマリーに向かって言う。
「ほら、ローズマリーさん。回復魔法をバンバン飛ばしてください」
「ば、バンバンって、ひょっとして……」
「はい。ウィンドストームはそんなに攻撃力の強い魔法じゃありません。キマイラたちが全滅するまで撃ち続けます」
「「「うわぁ……」」」
怖い、この子怖い。
それがカミラ、ローズマリー、シノの三人の総意だった。
その後も事は、ルーシャの計画通りに進められた。
すなわち──
「ウィンドストーム!」「ギャワワワーッ!」「ヒーリング!」「ウィンドストーム!」「ギャワワワーッ!」「ヒーリング!」「ウィンドストーム!」「ギャワワワーッ!」「ヒーリング!」「ウィンド──」、…………。
結局、ルーシャは五発目のウィンドストームを撃ち終えたとき、ほぅと息をついた。
そのときには、嵐の中にいたキマイラはすべて動かなくなっていた。
そして──
「悪かった、悪かった、俺が悪かった……もうクソガキなんて言わないから……許してぇ……」
服も鎧もボロボロに引き裂かれたクライヴは、ただ体の傷だけが治癒魔法で癒された状態で、地面にうずくまっていた。
それを見たルーシャは、つぶらな瞳でカミラに聞く。
「クライヴさん、少しは反省したでしょうか?」
「それは分かんないけど、もうやめてあげて……見てて可哀想になってきた……」
「……? キマイラは倒したから、これ以上攻撃はしませんけど?」
「そ、そうか。そりゃよかった」
カミラたち三人は、ルーシャを本気で怒らせるのはやめようと、そう心に誓ったのであった。
一方その頃。
その光景を遠くから、望遠のマジックアイテムを使って見ている者がいた。
「ぜ、全滅……!? 十二体のキマイラが、全滅!? 三分もたたずにか」
森の木々から抜きんでて背の高い木の上から、マジックアイテムのレンズを覗き込んでわなわなと震える一人の男。
彼はマジックアイテムを慌てて懐にしまうと、木から降りていく。
「なんということだ……つ、伝えなければ、クリフォード様に……!」
男は地面に降り立つと、つんのめるようにして森の中を駆けていった。