第十三話
それから、ルーシャたちがしばらく待っていると、シノが戻ってきた。
「お待たせ。バートランドがみんなを呼んで来いってさ」
シノがそう言うので、ルーシャ、カミラ、ローズマリーの三人は、黒装束の少女のあとについていった。
三人がシノに連れられて二階の応接室に行くと、部屋の中ではギルドマスターのバートランド──たくましい筋肉に満ちた髭面の偉丈夫が待っていた。
「来たな。まあ座れ」
バートランドがそう言うので、ルーシャ、カミラ、ローズマリーは三人掛けのソファーに腰かける。
バートランドはテーブルを挟んでその対面に座り、シノはバートランドの斜め後ろに側近よろしく立った。
バートランドが話を切り出す。
「シノから話は聞いた。お前たちが聞きたいのは、キマイラ退治のクエストに関する背景事情だったな?」
それにうなずくのはカミラとローズマリーだ。
「ああ。受付で話を聞いた限りじゃ、キナ臭くてしょうがねぇ。あれじゃあのクエストは受けられねぇよ、ギルドマスター」
「右に同じですわ。あのクエストは国からの依頼だそうですわね? 本来群れるはずのないキマイラの、群れに襲われたというキャラバンの護衛の証言──普通は証言者の報告内容を疑いますわよね? だというのに、当たり前のようにクエストとして降りてきた。あやしすぎますわ」
「ま、クライヴのアホは、疑いもせずに受けたらしいがな。ある程度の常識がある冒険者なら、裏を疑って当然だ」
二人から畳みかけるようにそう言われ、対するバートランドは嘆息する。
「まあ、お前たちの言うとおりだな。だがその上で言うが──極秘事項だ。それ以上は何も話せん」
「──それはつまり、この国の偉い人たちが何かを隠したがっている、その偉い人たちが隠したい何かが、このクエストの内容と関わっている──そういうことですわね?」
そのローズマリーの鋭い切り込みに、バートランドがしかめっ面をした。
口にこそ出さないが、ご名答、という様子だ。
それからバートランドはバリバリと頭を掻き、付け加える。
「……俺から言えることは、そうだな……Cランクの大規模クエストに設定したなりのクエスト難易度が想定される、ということぐらいか」
「ああ、なるほどな。普通のキマイラ退治だったら、Dランクの通常クエストがいいトコだもんな」
「キマイラが複数いる想定にしても、Cランクの通常クエストか、Dランクの大規模クエストに設定されるのが普通。Cランクの大規模クエストに設定されているのは、それ以上の危険が想定されるから──そういうことですわね」
「……やれやれ、丸裸だな。いずれにせよ俺から言えるのはそこまでだ。そしてクエストを受けるかどうかを決めるのはお前たちだ」
「そう言われちまっちゃ、しょうがねぇわな」
この話はそれで終わり。
バートランドと、カミラ、ローズマリーとの間で暗黙の了解が成立した。
ルーシャはそれを、難しい話してるなぁと思いながら、どうにかあくびだけはしないように気を付けつつ聞き流していたのだが──
「──さて、ルーシャよ」
「ひゃっ、ひゃいっ!」
突然に話の矛先が自分に向かってきて、飛び上がったルーシャ。
ルーシャはおずおずその場にいる全員を見回して、恥じ入るように頬を染めて恐縮する。
カミラがその手で、ルーシャの頭を優しげになでた。
気にすんな、という様子だ。
ローズマリーはというと、小さな少女の可愛らしい姿を見て、はわわはわわと興奮していた。
それらを見たバートランドが、表情を和らげる。
そして彼は、ルーシャに向かって言った。
「シノから話は聞いた。この二人にも事情を話したい、ということだったが」
「は、はい。……二人に隠し事をしているのは、なんか、騙しているみたいで嫌です……」
「だろうな。……いい仲間に巡り合ったな、ルーシャ。この二人は信用していいと俺も思う。それにカミラ、ローズマリーともステータスを見るにレアリティ★★──レア級のレアリティホルダーだ。この二人には、いずれ話す機会もあるかもしれんと俺も考えていた」
バートランドはそう言うと、自らの口から、カミラやローズマリーに説明を始めた。
レアリティ保持数の話、そしてルーシャが★★★★★──レジェンドレアという最高レアリティの保有者であること。
それを聞いたカミラとローズマリーは、ソファーにどっかりともたれかかり、天井を見上げる。
「なるほどな。今の話聞いて、逆にいろいろと合点がいったわ」
「そうですわね。あとそれだったら、ルーシャの冒険者カードも他人には見せないほうがいいですわ」
その二人の言葉に、バートランドがうなずく。
「まあ、そうだな。レアリティ保持数が極秘事項であるのに、冒険者カードにステータスが明示されるのは本来ならば片手落ちだ。一般にレアリティ保持数の多い者はステータスも高くなる。★★ぐらいならそう目立ちはしないが、ルーシャほどとなればな」
そうしてひと通りの説明が済んだところで、ルーシャはソファーから立ち上がり、カミラとローズマリーに向かって頭を下げた。
「カミラさん、ローズマリーさん、今まで黙っていてごめんなさい」
するとカミラは、そのルーシャの頭に手を置いて、いつものように優しくなでてくる。
「いいっていいって。事情が事情だ、仕方ねぇよ。世の中クライヴやコンラッドみたいなアホもいるからな。誰彼構わず信用するってわけにもいかねぇさ」
一方ローズマリーはというと、ふらふらと立ち上がり──
「わ、私は、深く傷つきましたわ。だからその……この私の心の傷を癒すために、ルーシャをぎゅーっと、ぎゅーっと抱きしめてさせてほしいですわ……ハァハァ……ハァハァ……」
プリースト姿の美女が鼻血を垂らしながらゾンビのようにルーシャのほうに向かってきたので、ルーシャは思わず怯えて後ずさった。
怯えられたのを見て、ローズマリーはかくんと肩を落とす。
「ど、どうして私だけ……」
「だから怖ぇんだよお前は。普通にしろ普通に。あと弱みに付け込んで欲望を満たそうとすんな」
「うぅ……普通……普通って何ですの……?」
「ダメだこりゃ。重症だわ」
カミラがそう言うと、その場に笑いが漏れた。
と、そういったところで、バートランドは自分のかたわらに立つシノへと視線を向ける。
「さてシノ、こうなってしまっては仕方がない。お前もルーシャと行動をともにしてくれ。ルーシャは我々人類の至宝と言っても過言ではない存在だが、俺はマーリン殿からルーシャをできる限り普通の人間として扱ってほしいと頼まれた。だから折衷でお前をルーシャにつける。頼んだぞ」
「あいあいさー、ボス! ま、大船に乗ったつもりで、ボクに任せておいてよ」
「不安だ……。お前、腕はあるんだけど、そのキャラがなぁ……」
「な、なんだとーっ!」
そうしてまた、場に笑いがあふれる。
そんな中にいて、ルーシャは思う。
こういうのいいな、と。
おじいさんはルーシャに、「街へ出て、多くの人と触れ合いなさい」と言った。
おじいさんがルーシャに見せたかったものはこれなのだろうか、と思う。
少なくとも言えることは、今のルーシャには、おじいさんのほかにも「好きな人」ができたということだ。
その代わりに、クライヴのような「嫌いな人」もできたけれど。
──その後、バートランドと別れたルーシャたちは、みんなで話し合った結果、キマイラ退治のクエストを受けることに決めた。
そして必要な準備を済ませると、ルーシャたちは街を出て、キマイラが現れたという場所へと向かった。