第十二話
ルーシャたちはシノを連れて、冒険者ギルドへと戻ってきた。
シノを加えて四人パーティとなった一行は、あらためてクエストが貼り出されている掲示板へと向かう。
「よし、ちゃんと残ってるな。ま、Cランクなんて上級クエストは、そうそう売り切れねぇよな」
そう言ってカミラが、掲示板から「キマイラ退治」のクエストを剥がすのだが──
と、ちょうどそのとき。
クエスト申請を終えたと思しきクライヴらのパーティが、そこを通りかかった。
それを見たカミラが、「げっ、また鉢合わせかよ……」などとげんなりした様子を見せるが、一方のクライヴは少し意外という表情だった。
「ほぅ、これは驚いた。キミたちもそのクエストを受けるつもりかい? よくもまあ女子供だけで頭数を揃えて……逆に感心するよ。カミラの負けず嫌いも、ここまで来ると病気だね。な、そう思うだろ?」
クライヴが自分の仲間たちに向かってこれ見よがしにそう言うと、彼の取り巻きの女性冒険者たちは彼に同調するようにくすくすと笑う。
それにカミラが何かを言い返そうとしたところで──
ルーシャはカミラの服の裾をくいくいと引っ張って、それを止めた。
「ん……? なんだよルーシャ、言い返すなってのか?」
「違います。私に言わせてください」
「へっ……? ちょっ、ちょっと、ルーシャ……!?」
驚いているカミラを差し置いて、ルーシャは代わりに自分が前に出る。
そしてクライヴの前に、胸を張って立った。
「おや、どうしたんだいお嬢ちゃん?」
クライヴが、見かけ優しそうな表情でルーシャにほほ笑みかけてくる。
だがルーシャは、そんなものには騙されないとばかりに言った。
「違います、クライヴさん」
「違うって、何がだい?」
「カミラさんじゃありません。私がカミラさんに、このクエストを受けたいとわがままを言ったんです。クライヴさん、私はカミラさんたちのことをバカにする、あなたのことが嫌いです。必ずぎゃふんと言わせます」
ルーシャのその言葉を受けたクライヴは、一度きょとんとした顔を見せた。
だが次には、くっくっと含み笑いを始める。
「……やれやれ、カミラ病がこんな子供にまで蔓延しているとはね。可哀想に」
クライヴは、ルーシャと目線を合わせるように屈み込んできた。
「いいかいお嬢ちゃん、キミはカミラに騙されているんだ。女っていうのは、強い男に守られて幸せになるものなんだよ。もちろんキミだってそうだ。だからキミみたいな可愛い子は、もっと男の人に好かれるように、従順にならなきゃね」
クライヴはそう言って、ルーシャの頭をなでようと手を伸ばしてくるが──
──パンッ。
ルーシャはその手を自らの手で払い除け、拒絶した。
そしてルーシャは、驚いた表情を見せるクライヴに向かって言う。
「ひょっとしてですけど──『強い男』って、あなたのことを言っていますか?」
「……。……まあ、そうだね。僕ほど強い男はそうはいないよ」
子供相手に本気で怒るのがみっともないと思ったのか、クライヴは弾かれた手をプラプラとさせながら、一応の体裁を保ってみせる。
だがそこに、追い打ちをかけるようにルーシャは言った。
「そうですか。でも、多分ですけど──私、あなたより強いですよ」
「……はあ?」
クライヴはすっとんきょうな声を上げた。
だが次には、やれやれといった顔になって立ち上がり、仲間の女性たちに向けて肩をすくめてみせる。
「手遅れだな。まったく、子供の妄想にも困ったものだ。──さ、もう行こうみんな。妄言には付き合っていられないよ」
そしてクライヴは、仲間の女性冒険者たちを連れて冒険者ギルドを出ていこうとするが──
カミラの横を通り過ぎるとき、クライヴはカミラの肩にポンと手を置いて、言い捨てる。
「ま、せいぜい子供のおままごとに付き合ってやるといいさ」
そしてクライヴは手をひらひらと振って、取り巻きを連れて冒険者ギルドを出ていった。
それを見送ったルーシャは、ぷっくーと頬を膨らませて地団駄を踏む。
「何なんですかあいつは! 男だとか女だとか、おじいさんはそんなこと言ってませんでした! ほんっと『嫌なやつ』ですねあの人!」
「どう、どう、落ち着けルーシャ! あたしのために怒ってくれたのは嬉しいけど、お前のほうがもっと怒ってどうする」
「もうカミラさんとか関係ないです! あいつは私の敵です! 絶対ぎゃふんと言わせてやります!」
「ははは、そ、そっか……」
ぷんすかと怒るルーシャを見て、困ったように半笑いを浮かべる残り三人なのであった。
***
冒険者ギルドのクエスト受付窓口。
その前でルーシャは、カミラたちが窓口の受付嬢を相手に難しい顔をしているのを、横でちょこんと見ていた。
「つまり、シンプルにキマイラがたくさんいるらしいってことか?」
カミラがそう確認すると、対する受付嬢は神妙な面持ちでうなずく。
「はい。原因は分からないですけど、街道を旅していた大商人のキャラバンが、多数のキマイラに襲われて全滅したそうです。情報源は、命からがら逃げてきた護衛の人なんですけど……」
「その証言をした護衛が嘘をついているとか、話を誇張してるって可能性は?」
「それは分からないです。ただ……」
「ただ?」
カミラに聞き返されると、受付嬢はあたりをきょろきょろと見回して、それから小声でカミラに伝える。
「その話を上にあげたら、ろくに間を置かず、『国から』このキマイラ退治のクエストが下りてきたんです」
「なんだよそれ。めちゃくちゃキナ臭いじゃん」
カミラが呆れるように言った。
それに受付嬢もうなずく。
「はい。クライヴのやろ……クライヴさんはろくに話も聞かずに、しかも横柄な態度で『受付なら余計なことを言わずに受付だけやっていろブスが』とか抜かしやがったんで、知るかこんな奴らと思って普通に申請通しましたけど、ひょっとしたらこのクエストはやめておいたほうがいいかもしれないです」
「おう分かった、サンキューな。ところで今度一緒に、クライヴの野郎ぶっ殺す飲み会とかやらね?」
「それは是非……! 秘蔵のボトルを持っていきます」
受付嬢とカミラは互いにサムズアップをして別れた。
そしてカミラはルーシャも連れて、みんなで円陣を組んで作戦会議を始める。
「さて、というわけでこのクエストはめっちゃ怪しいってことになったわけだが」
そのカミラの切り出しに、まず意見を言うのはローズマリーだ。
「放っておいたら、クライヴがクエストの最中に勝手にお亡くなりになってくれるかもしれませんわね。受けずにやめておくっていうのもひとつの手、かしら?」
「まぁな。けどあんな野郎でも……いや、この世からいなくなってほしいのは山々なんだが、実際死なれるってのもちっとだけ寝ざめが悪い。それにあいつ剣の腕だけは超一流だし、ああいうやつは殺されても死にそうにねえ。あとで怖気づいたとかなんとか言われそうで嫌だってのはあるんだよな」
そう言ったカミラに向かって、ルーシャがうんうんとうなずく。
クライヴにはこの世から消え去ってほしいし、速やかにくたばってほしいし、何なら自分らがこの手でその身を粉砕してやんよファッキンクソ野郎というテンションだけれど、かと言って実際に本当に死んでほしいかというとそれもなぁという、矛盾した心境の女子たちだった。
「じゃあ、とりあえずバートランドのおっさんに話を聞いてみるっていうのは?」
そう割り込んだのはシノだ。
ちなみに相変わらずの黒装束姿で、冒険者ギルドでも非常に目立っている。
「バートランドって……ああ、この冒険者ギルドのギルドマスターか。でも、ギルドマスターに話なんて聞けんのか?」
「ボク、ルーシャちゃんの監視・警護依頼はバートランドから直で受けてるんだよ。ボクなら直接接触できるし、それに──まあとにかく一度聞いてくるよ。少し待ってて」
そう言ってシノは、冒険者ギルドを出ていった。
建物の外から、直接ギルドマスターに接触するルートがあるのだろう。
「んじゃ、とりあえずはシノ待ちか。したらその間にこっちは、ルーシャの冒険者カードを受け取ってくるか」
「はい!」
元気よく返事をするルーシャ。
クライヴ騒ぎですっかり忘れていたが、ルーシャには自分の冒険者カードを受け取るという重大な任務があったのだ。
そんなわけで、ルーシャたちは総合窓口へと向かった。
ルーシャはカミラたちに見守られ、身長的に厳しい高さのカウンターの前に背伸びして立って、窓口の受付嬢に向かって言う。
「あの、ルーシャといいます。今日、冒険者カードを受け取れるって」
「ルーシャさんの冒険者カードですね。できあがっていますよ。えっと……はい、これですね。まだレベルは1ですけど、ステータスは──んん?」
受付嬢は目をごしごしとこする。
それから眉を寄せてカードをじっと見て、怪訝そうな顔をして、それから首を傾げる。
「えっとぉ……ちょ、ちょっと待っててくれるかな? ──先輩~、この冒険者カード、数字がおかしいですよ。冒険者カードに誤植とかあるんですか?」
そう言って受付嬢は、奥の方の別の職員に話を聞きに行くが──
「あー、それね。なんかギルドマスターが、それはそれでいいんだって言ってたよ。細かいことは極秘事項だって」
「出た、ギルドマスターの必殺技、極秘事項。……まあいっか。ギルドマスターがいいっていうなら」
受付嬢は戻ってきて、あらためてルーシャに冒険者カードを渡す。
「お待たせしました。こちらがルーシャさんの冒険者カードになります。紛失されると再発行にはお金がかかりますので、失くされないように気を付けてくださいね」
「はいっ、ありがとうございます!」
ルーシャは受付嬢にお礼を言ってぺこりとお辞儀をすると、待っているカミラたちのもとに向かった。
ちなみにだが、ルーシャの応対をした受付嬢は、元気よくお礼を言ったルーシャの姿を見て「何あれかわいい……かわいい……」と頬に手をあてて感動していた。
知らぬ間にファンを増やしてしまう、罪作りなルーシャなのであった。
さておき、カミラたちのもとへと戻ったルーシャ。
「お待たせです、カミラさん、ローズマリーさん。ステータスはこんな感じでした」
「ほうほう、どれどれ……って、んんっ……?」
――――――――――――
名前:ルーシャ
クラス:ウィザード
レベル :1
パワー :194
スピード:411
タフネス:292
フォース:503
冒険者ランク:F
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ルーシャの冒険者カードを受け取って見たカミラは、そのカードを凝視し、ついで目元を軽く指で押さえた。
「……なぁローズマリー、あたしの目がおかしいのかな。ちょっと見てみてくれよ」
「なんですのカミラ、ルーシャの冒険者カードがどうかしましたの──ってあぁんもうっ! 冒険者カードのルーシャの肖像も、最っ高に可愛いですわっ……!」
「違う、見るところはそこじゃねぇ。ステータス見ろステータス」
「もう、だからなんですの……? そんなのルーシャの可愛さの前にはどうでも──って、なんっですのこれは!?」
ローズマリーが、カードに顔を限界まで近付けてまじまじと見た。
「ふぉ、フォース……503……? 他のステータスも、パワーがほぼ同値であることを除けば私より圧倒的に上……ていうか、レベル1なのにこのステータスって……計測器の故障とかじゃありませんの……?」
「分かんねぇ……。ってか、なんでまだレベル1なんだ? この間ゴブリンあれだけ倒して──って、これそうか、ステータス計測したのはゴブリン退治に行く前か」
「そこは問題じゃありませんわ……いえ、レベル1なのにこのステータスっていうのは大問題ですけれど……。でも逆に、このフォースの値なら、ルーシャが使ったフレイムアローのあの馬鹿げた威力にも納得できてしまいますわ……」
そして二人の先輩冒険者は、おそるおそるといった様子で連れの少女の姿を見る。
二人の先輩冒険者から注目されたルーシャは、えへへっと言って、ちょっとだけ照れていた。