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09,アイガとゼオ


「おのれ……! 腐っても救世の英雄か……足の速い事だ……が! 追い込んだぞ!」

「ッゥ~……!?」


 暗い路地裏の袋小路に響く、息切れ気味のブロードの勝ち誇った叫び。


 必死の逃亡も虚しく、アリスターンは早々に追い込まれてしまっていた。


「み、道を間違えた……!」


 そう、このアンポンターン。

 予定よりひとつ前の角を曲がってしまい、自ら袋のねずみを演じる事になったのである。


 憧れの高校生活開始初日に番長とか言う変なのに絡まれ、更にはその後を継がされた辺りから御察しだが……。

 実は結構、不幸体質である。


「観念するんだ、アリスターン・ヴァイパー……! これ以上、私に労をかけるなマジで……!」

「ぐ、ぐぬぬ……!」


 銃口を向けてにじり寄ってくるブロード。

 アリスターンは憎き壁に背を押し当てて、必死に思考を巡らせる。


 だが、もうダメだ。

 ブロードの指が引き金にかかる。

 手足を撃って抵抗を封じるつもりか、頭を撃って最低限の損壊で殺すか。

 どちらにしても、確実に痛い。恐い。


 ――誰か……助け――


「どっこいしょぉっと!」

「こらしょー!」

「「!?」」


 威勢の良い掛け声と、どこか間延びした声。

 それらと共にアリスターンの背後の壁を飛び越えてきた二つの影。


 すたっ、とアリスターンとブロードの間に着地したのは――


「ミドリン!? ゼッちん!?」


 愛雅と善央、見慣れた二人組である。


「やっほほ~い、アリス先輩。ほんとにピンチっぽいねー」

「しかも予想外に物騒なノリみたいだな、ったく……」


 日本のものとは若干形が違うが、ブロードの拳銃が拳銃である事は認識できる。

 その上で、愛雅はパキパキと指を鳴らして臨戦態勢。


「まぁ、さすがに正面突破はアホらしいな。善央。あれ、頼めるか」

「おけまる~」

「ちょ、あんたら……何でここに……!? いやそんな事より! あれ見えてるでしょ!? 相手は拳銃持ちよ!? 逃げ――」

「ぐぉッ!?」


 アリスターンの必死の叫びを遮ったのは、ブロードの短い悲鳴だった。


「……へ?」


 ブロードの手中、凶器と言って然るべき拳銃が――発火した。


 ブロードは驚愕に声をあげ、拳銃を手放してしまう。

 路地裏を燃え盛りながら転がっていく拳銃は暴発する暇もなく、消し炭になって消えてしまった。


「な……んだと……!?」

「ふっふーん。残念だったねー、悪いお兄さん。僕たちに見つかったのが運の尽きだよー」


 自慢げに笑ったのは、善央。

 タイミングからして……、


「え、今の、ゼッちんが何かやったの?」

「うん。僕の特殊体質でねー。僕が心から『焼きたい』と思ったら、それはアッと言う間に焼け焦げて消し炭になるのー。鉄も生き物も関係無し。朝食の目玉焼きでさえも……ね」


 最後は少し寂し気だった。


 善央は何事も焼き加減はキツめ派。

 つまり、料理を作る時はすごくしっかり焼きたい派。

 おかげで、調理担当は愛雅に任せざるを得ないのだ。


 それはともかく。


「ぐッ……天与能ギフト……!? いや、この世界では使えないはずだ……私たちの世界とは別系統の異能か!」

「さて、おっさん。どうする? 肉弾戦もイケる口か?」

「ッ……何故、邪魔をする……どうせ何の事情も知らない分際だろう、貴様らは!」

「おう。知らないな。あんたの都合なんざ。だから俺らの都合でやらせてもらう」

「なら教えるまでだ! 良いか! そこの女は、我らの世界における英雄だ! 英雄には、英霊になる義務がある!」


 ブロードの言葉に、愛雅が目を剥いて反応する。

 善央も表情は微笑のままだが、眉がぴくりと跳ねた。


「つまり――」

「黙れ」


 愛雅が、ブロードの言葉を遮る。


「ああ、何でかわからないけれど、何でだかわかるぜ、お前が何を言うか。だから言ってやる。――ふざけんな!! どんな力を持っていようが、人間は人間だ!! たった独りに何もかんも押し付けて背負わせてんじゃあないぞ、クソッたれが!!」

「バカを言え。世界、即ち数多の人間のためならば、個の人間ひとりなど無価値に等しい」

「……【本音】で言いやがったな、クソッたれ」


 愛雅が牙を剥き、拳を堅く握り込む。


「わー……あのおじさん。愛雅の地雷原でブレイクダンスしてるよー……本当、愛雅はアイガのまんまだなー……」


 あちゃー、と善央は頭を抱えた。


「貴様と同じ事を言って、アリスターン・ヴァイパーをこの世界に逃した魔法使いがいたな。ふざけた行為だ。度し難い。エゴの極致だ。国家反逆罪で処刑されて当然の極悪非道だ」

「処刑……? あ、アタシの、せいで……?」

「番長ォ!」

「ひっ……?」


 アリスターンに背を向けたまま、愛雅が叫ぶ。


「言い間違えんな。どこの誰だか知らないが、そいつが死んだのはお前のせい(・・)じゃあない。お前のため(・・)だ」

「ふん、何が違う?」

「何もかもだ、このクソッたれ。誰かに巻き込まれて死ぬのと、誰かのために命懸けで戦った結果に死んじまうのが、同じ訳があるかよ」


 まるで、その違いを実際に体感して知っているかのように。

 愛雅の言葉は力強い何かが込められていた。


「後者なら、嘆くな。バカ野郎とでも罵って笑ってやれ。そいつは、お前を悲しませたくて戦った訳じゃあないだろうが!!」

「……やれやれ、余り、笑わせるな」


 愛雅の咆哮を、ブロードは鼻で笑った。

 気狂いの説教だと、笑い飛ばした。


「ああ、そうかい。じゃあ笑えないようにしてやる」

「やってみろ。腕自慢のようだが、所詮は小僧だ。こちらは軍人だぞ」


 ブロードも拳を構えた。口だけではない、堂に入った構え。

 素人が実戦の中で磨き上げた構えとは比べものにならない、雰囲気だけでも充分に強さを感じさせる風格がある。


「シッッッ!!」


 迅雷。ブロードの一撃は、そう表現しても良い拳速と威勢を備えていた。

 余りの速度、愛雅は本音を聞いてその一撃を予期していたものの、躱す事ができずに顔面にヒットをもらってしまう!


「ふん、やはり小ぞ――」

「今、何かしたか。クソッたれ」


 ブロードパンチの余りの威力に、愛雅の頬は皮が裂け、鼻からも血が出ている。

 だが、その瞳は一切ぶれていない。痛みに揺れる様子が無い。

 怒りだ。激情が、痛覚を焼き殺している。


「ッ」


 ヤバい奴の目だ――そう直感してブロードは下がろうとしたが、遅い。

 愛雅の手が、ブロードの首を掴んだ。

 そしてそのまま、ブロードを横合いの壁に叩き付ける。


「がッ……!?」

「くたばれ」


 ブロードの綺麗な鼻筋に、愛雅の鉄拳が突き刺さる。

 鉄拳はブロードの後頭部を壁にめり込ませ、壁に放射状の亀裂を刻んだ。


「げ、ぁ……は……」


 愛雅が手を放すと、ブロードは呻きながら崩れ落ちた。

 ノック・アウトである。


「さて……気絶する前に、面白い本音が聞こえたなぁ、っと」


 愛雅はしゃがみ込み、ブロードの上着を漁り始め……そして、ある装備を剥ぎ取った。


「なにそれー、無線機?」

「おう。俺に殴られる直前に、『帝国との連絡無線を破壊されてはまずい、帰れなくなる』とか言う本音が聞こえてな」

「へぇ~」


 事情を聞き、善央はにっこり。愛雅も笑う。


 そして愛雅がぺいっ、と無線機を放り投げると、一瞬にして発火。消し炭と化した。

 言葉で打ち合わせるまでもなく、愛雅の意図を汲み、善央が焼き消したのだ。


「クソッたれが相手だろうと、命を取るのは面倒だ。丁度良いだろ」

「そだねー。帝国とやらが見つけてくれるまで、浮浪生活をしてもらおーよ。そうすれば少しは懲りるかもだし~」


 そう言いながら愛雅と善央は手分けしてブロードの全身をまさぐり、ナイフなどの凶器類を全没収。

 すべて、善央が特殊体質で消し炭に変えていく。


「ついでだから、この偉そうな勲章も全部焼くか」

「うんうん、精神的ダメージ狙いだね~。すっごく良いと思う」


 二人ともそこそこ地雷を踏みぬかれたため、容赦も慈悲も無い。


 結局、ブロードに残されたのはパンツ一枚のみだった。

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