07,暗雲の夜
暗雲に月が隠れた夜道。
外灯のおかげで視界は充分に確保できるが、不気味な雰囲気は拭えない。
そんな夜道を、三つのカラフル頭が並んで闊歩していた。
「ふぅ……一年分は食い溜めたぜ……」
「はぁー、食べた食べた。そりゃあもう鬼神の如く食べたわ」
「店員さんも周りのお客さんも後半は引いていたねー」
愛雅・善央・アリスターンの三人である。
制限時間いっぱいいっぱいまで、ただひたすらにケーキを食って食って食いまくった三人。
途中「……これ、本当にJKのケーキバイキングか……?」と気付いた愛雅ではあったが「いやまぁ俺らJKじゃあないし、良いか」と言う事で最後まで走り抜けた。
善央も同様の気付きがあったようだが、結論も同様。
「友達みんなでケーキバイキング……JKよね!」
アリスターンに至っては、この期に及んで薄らとすらも気付いていない様子。
ついには滑稽にも鼻唄まで歌い出す始末である。
「ん?」
ふと、アリスターンが何かに目を止めた。
「あん? どうしたんだよ、番長。……車の信号機か?」
アリスターンがじっと見上げていたのは、ライトが三つ並んだ車用の信号機。
「何かあれ、アタシらっぽくない?」
「本格的にイカれたのか?」
「いやいや、よく見てよ、ほら!」
アリスターンがまず指差したのは、青信号。
そして、愛雅の緑頭。
「ミドリン」
次に、黄色信号。
そして、アリスターン自身の金綺羅頭。
「アタシ」
最後に、赤信号。
そして、善央の赤頭。
「ゼッちん」
「…………………………」
「わぁ~本当だー」
「ね? でしょ!? すごくない!? よし、アタシら三人であの信号機を背景に写真撮ってSNSにあげましょう! このネタ感は絶対にバズるわ!! 水色のゴキブリがバズる界隈だし、カラフルは正義よ!!」
「何か嫌だわそれ」
水色のゴキブリと同列視とか絶対に嫌だ。
それに、ネット界隈で「信号機トリオ登場!」とか話題になっても困惑でしかない。
「ふふ、運命を感じるわね。これはアタシ達、友達になるべくしてなったに違いないわ」
「信号機で運命を感じている奴なんて初めて見たぜ」
「いや、でもすごい偶然でしょ?」
「では、ここで一度、あちらの歩行者用信号機をご覧ください」
「そう言う意地悪を言わない!」
そんな他愛の無い戯れ合いと共に歩く事、しばらく。
「んじゃ、アタシはこっちの道だから。また明日」
「ばいば~い」
「おう。じゃあな」
上機嫌な足取りで歩いていくアリスターンの背中を見て、愛雅は溜息。
「なんつぅか、ほんと同級の友達って感じだな。あれがあと二年で成人とか、にわかには信じられないぜ」
「うふふー」
「ん? 善央、何笑って……ッ」
ケーキで腹が満たされた事により、愛雅の精神状態は極めて冷静。
あらゆる動物の【本音】を聞き取る体質も正常に稼働している。
なので、善央の「最初の頃はアリス先輩にツンケンしてたくせに、ナチュラルに友達扱いするようになったねー」と言う口に出していない声も聞こえた。
「いや、まぁ、それは……ピーマンやら半額クーポンやら恵んでもらった手前、無下にはできないってだけで……」
「愛雅はツンデレの素質があるね~」
「これがツンデレなのか……?」
やはり、よくわからない概念だ……と愛雅は思う。
◆
――楽しい。
これが、ずっと、望んでいたもの。
かつて、異世界からの放浪者から聞いた……夢のような国。
そこにいきる「女子高生」と言う存在の生き方に、強く憧れを抱いた。
最初は、遠くて、遠くて、アタシには無縁な話なのだろうと思っていた。
だから諦めて、求めすらもしなかった。
アタシは、救世の英雄。
誰かが言った。
英雄には英霊になる義務がある。
アタシは後の世に続く新しい英雄の規範になるためにも。
最期の最後まで、英雄として戦い続けなきゃあいけないんだ……そう、諦めた。
だって、世界のためだって。
そんな大局を持ち出されたらさ。
アタシ独りの幸福なんて、笑えるくらい小さいじゃんか。
諦めるしかないって、もう、笑っちゃって。
でも、「そんな訳があるか」って怒ってくれる人がいた。
人間独りにできる事なんて、タカが知れている。
世界を一度でも救ったのなら、もうそれは充分過ぎる偉業だって。
君はもう、これ以上、独りで背負い込む必要は無いって。
いつ来るかもわからない、そもそも次があるかもわからない世界の危機に、独りで備える必要なんてどこにもない。
もしも次が来たのなら、その時は、皆が全員で立ち向かうべき事なんだ。
何度も何度も、たった独りにすべてを押し付けて背負わせるだなんて、絶対に間違っている。
――君は、報われるべきだ。
そう言ってあの人は、アタシをこの世界に送り出してくれた。
だからアタシは、この世界で――
「ようやく見つけたぞ、救世の英雄――アリスターン・ヴァンパー」
――幸せになりたいと、思っていたのに。