表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

05,ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガン


 スポーツカフェ【パンチャーズ・ラブ】。


 店内中央はやや床が下げられ、ボックスリングが設置。

 リングを囲むようにテーブルが並び、観客たちが食事を嗜む。


「うふふー、いらっしゃいませ~、アリス先輩。さっきぶり~」

「あら、あんただけなの?」


 席についた学ラン姿の女番長・アリスターン。


 その接客対応に現れたのは、半裸と言って差し支えない陸上競技のランナールックに身を包んだ善央だった。

 どうやら、このランナールックがこのカフェの制服らしい。

 のほほんとした雰囲気の善央だが、その肢体は意外と筋肉質である。


「うん。僕はウェイター」

愛雅ミドリンは厨房係?」

「うーん。たまにヘルプで厨房に入る事もあるけれどー……愛雅は基本、ファイターだよー」

「ファイター?」


 と、アリスターンの疑問に応えるように、店内のあちこちで歓声が上がった。

 店内中央のボックスリングに、ボクシングパンツ姿の二人が入場したのだ。


 一人は熊のような巨体に、これまた熊のような剛毛に包まれた大男。


 そして相対するは、


「あ」


 ヘッドギアから零れた特徴的な緑髪。

 不敵に笑う口元から零れる白い牙。


 間違いなく愛雅だ。


「……え? なに? 闇格闘技大会的な?」

「ちゃんと合法的なスポーツカフェだよー? フード&ドリンクが充実した、アマチュア格闘家の公開試合って感じかなー?」

「へぇ、あいつボクサーだったんだ……キックの方?」


 確かに今朝の飛び膝蹴りは見事だったわね。うわ、よく見ると腹筋えっぐ……とアリスターンは独り言ちる。


「えー? 愛雅はボクサーじゃあないよ~? 今日はボクシングの日ってだけー。柔道だったり、空手だったり、レスリングだったり、人が揃えばカバディもやるよー」

「た、多芸なのね……」

「愛雅はすっごく器用だからねー」


『さぁさぁさぁ! 昼の部最終試合! 皆様、白熱する用意はよろしいかァーーー!!』


 アリスターンと善央のやり取りを遮るように、店内中に実況・解説の声が響き渡る。


『初のマッチングにして注目の大一番! 二年にも及ぶNASA国際月面活動基地での宇宙的修行から無事帰還し、鋼の肉体に磨きをかけた人間チタン! おかえり我らが至高の最強! ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガァァァーン!!』


「HAッ! 宇宙の拳をくれてやるマスYO!」


『気合充分ーッ! そんな宇宙怪獣と相対するはァ! 半年前、突如として私たちの前に現れた超新星! その正体、なんと現役の男子高校生! これまで我々は彼が敗北するどころか、膝を汚す所すら見た事が無ァい!! 無敗無敵のヤング・ルーキー! 藍坂ァァ、愛雅ァァァーーーーーーー!!!』


「おう。相手が誰だろうと、無敗記録を更新して特別ボーナスをもらってやる」


『遊ぶ金欲しさが彼の拳を強くするゥーッ!!』


「おい、事実だけど何かやめろその実況」


 風評に障る。


「フッフゥ~ン……ミーに比べればベリー・リトル……でも油断はノッッ。月面活動基地で日本のコミックマニアに教えてもらた。日本の男子高校生は小っちゃくたってイチニーンマーエー。世界を複数回も救えるスペックあると。さすがはブシドーの国……まだまだ知り尽くせないそのエタイ」

「わかりやすく日本を誤解しているな、おい……」


 まぁ、舐めてかからないのは正解だぜ。と笑い、愛雅は拳を構える。


 ここは合法的なスポーツカフェ。

 勝ち負けで露骨にファイトマネーが上下する事はない。

 ぶっちゃけ、勝とうが負けようが定額だ。


 先ほど愛雅が言った特別ボーナスも金ではなく。

 支給されるのはプロテインバーの詰め合わせ。

 プロテインバーは甘く、腹持ちも良い。

 つまり、当面のおやつに回せる=おやつ代に余剰が生まれる=遊ぶ金が増える。


「待ってな、善央。今週末はお前の大好きな漫画喫茶に行くぞ。俺はソフトクリームをめっちゃ食う」

「わーい。愛雅ー、だーい好きー!」


 善央の声援に、愛雅は拳を突きあげて応える。


「なに、あんたら付き合ってんの?」

「うふふー、恋人なんてちんけな関係じゃあないよー? 親友だもーん」

「親友って恋人より上なの?」

「ずっと上だよ」


 間延び無しの断言。

 そこまで力強く言われては、アリスターンは「そ、そうなんだ……」と納得するしかない。


『さぁ、試合開始のゴングだァァァーーーーー!!』


 ッカァァァァアアアアアン!! と威勢の良い音が鳴り響き、試合が始まる。


 先に動いたのは宇宙怪獣、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガン。

 熊とタイマンした上で当然のようにねじ伏せてしまえそうな巨体。


 愛雅もそれなりに肉付きが良く大柄な部類ではあるが、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンとは比べるべくもない。


「ぬぅぅううん!! コスモ・ナッコォォォォオ!!」


『おぉぉおおっと!? ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガン、いきなりの必殺パンチだァ~!? 超新星相手に容赦躊躇い一切無し! 本気の本気、超本気の模様ォーッ!!』


「ほいさ」


『藍坂愛雅ァ!? 非常に軽やかに躱したァ~!?』


「……? 何かあいつ、動き出しが早過ぎない? もう『未来予知でもしてんの?』ってタイミングで避けてたけど……」

「おぉ~……さすが番長だねー。よく見てるぅー。愛雅はそれに近い事ができてるんだよー」

「へ?」

「愛雅はねー、あらゆる動物の【本音】が聞こえるんだー」

「本音?」


 何のこっちゃ、とアリスターンが首を傾げたのと同時。

 愛雅の強烈なカウンター飛び膝蹴りを受け、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンの首も大きく傾いた。


 客たちの歓声が、待っていましたと爆発する!


「GHU、FU……!?」

「おう、首が太いな! 流石に一発KOは無理か!」


 愛雅、空中で派手に身を捻り、追撃の回し蹴り。これもクリーンヒット!

 ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンのこめかみを抉る。


 大きく揺らぐガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンの巨体。

 愛雅はすたっと着地して、更に追撃に臨む。


 リングロープではずみをつけて、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンの鋼の腹筋に渾身のボディブロー。


「ゥウップス……!!」


 呻きながらも、流石は宇宙怪獣。

 ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンはアームハンマーの要領で反撃。

 しかし、これまた愛雅は軽やかに躱す。そしてもう一発、ボディブロー。


 以降は、仔細は変われど繰り返し。


 ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンは、かなり健闘した方だ。

 普段、愛雅の対戦相手は分も持たない。まさに秒殺。

 だが、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンが倒れたのは、試合開始から一分二七秒後だった。


「ふぅー……久々に試合でこんな動いた気がするぜ……ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンさん、だっけか。あんた、すごく強いですね」

「ぬぅん……日本の男子高校生……想定を……遥かに超える……モンスター……宇宙での修行よりも、ユーとの試合で得られるものの方が、多そうデス……! 良き同僚として、これからよろしくお願いしマース!」

「うっす。光栄です」


 よろめきながらも身を起こしたガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガン。

 その肩を支えながら、悪手に応じる愛雅。

 美しきスポーツマンシップである……!


「男の世界って感じねー」


 アリスターンは正直、それほど白熱した様子もなく。

 善央が持ってきたプロテイン配合のタピオカミルクココアをちゅーちゅーと吸っていた。


「でさ、さっきの本音がどうのって、なに?」

「ん? そのまんまだよー。愛雅の不思議体質。色んな動物、人間も込みで、その時に考えている本音が聞こえるんだってー」

「……それって、読心、って事?」

「何でもかんでも聞こえる訳じゃあないらしいけどねー。強く考えている事はまず聞こえるって言ってたよー」


 故に、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンの行動が先読みできていた、と。


 卑怯、と考える事もできるかも知れないが。

 愛雅は「男と男のガチンコ勝負なんだ。持てる全力を出さない方が卑怯だろ」と言う主義だ。


「超能力じゃん……」


 超能力者ってこんな身近にいていいの? とアリスターンはぽかん。

 そして――自嘲気味に笑った。


「……まぁ、アタシが人の事、言える義理じゃあないか……」

「? アリス先輩、なにか言いましたー?」

「いいえ。何も」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ