05,ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガン
スポーツカフェ【パンチャーズ・ラブ】。
店内中央はやや床が下げられ、ボックスリングが設置。
リングを囲むようにテーブルが並び、観客たちが食事を嗜む。
「うふふー、いらっしゃいませ~、アリス先輩。さっきぶり~」
「あら、あんただけなの?」
席についた学ラン姿の女番長・アリスターン。
その接客対応に現れたのは、半裸と言って差し支えない陸上競技のランナールックに身を包んだ善央だった。
どうやら、このランナールックがこのカフェの制服らしい。
のほほんとした雰囲気の善央だが、その肢体は意外と筋肉質である。
「うん。僕はウェイター」
「愛雅は厨房係?」
「うーん。たまにヘルプで厨房に入る事もあるけれどー……愛雅は基本、ファイターだよー」
「ファイター?」
と、アリスターンの疑問に応えるように、店内のあちこちで歓声が上がった。
店内中央のボックスリングに、ボクシングパンツ姿の二人が入場したのだ。
一人は熊のような巨体に、これまた熊のような剛毛に包まれた大男。
そして相対するは、
「あ」
ヘッドギアから零れた特徴的な緑髪。
不敵に笑う口元から零れる白い牙。
間違いなく愛雅だ。
「……え? なに? 闇格闘技大会的な?」
「ちゃんと合法的なスポーツカフェだよー? フード&ドリンクが充実した、アマチュア格闘家の公開試合って感じかなー?」
「へぇ、あいつボクサーだったんだ……キックの方?」
確かに今朝の飛び膝蹴りは見事だったわね。うわ、よく見ると腹筋えっぐ……とアリスターンは独り言ちる。
「えー? 愛雅はボクサーじゃあないよ~? 今日はボクシングの日ってだけー。柔道だったり、空手だったり、レスリングだったり、人が揃えばカバディもやるよー」
「た、多芸なのね……」
「愛雅はすっごく器用だからねー」
『さぁさぁさぁ! 昼の部最終試合! 皆様、白熱する用意はよろしいかァーーー!!』
アリスターンと善央のやり取りを遮るように、店内中に実況・解説の声が響き渡る。
『初のマッチングにして注目の大一番! 二年にも及ぶNASA国際月面活動基地での宇宙的修行から無事帰還し、鋼の肉体に磨きをかけた人間チタン! おかえり我らが至高の最強! ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガァァァーン!!』
「HAッ! 宇宙の拳をくれてやるマスYO!」
『気合充分ーッ! そんな宇宙怪獣と相対するはァ! 半年前、突如として私たちの前に現れた超新星! その正体、なんと現役の男子高校生! これまで我々は彼が敗北するどころか、膝を汚す所すら見た事が無ァい!! 無敗無敵のヤング・ルーキー! 藍坂ァァ、愛雅ァァァーーーーーーー!!!』
「おう。相手が誰だろうと、無敗記録を更新して特別ボーナスをもらってやる」
『遊ぶ金欲しさが彼の拳を強くするゥーッ!!』
「おい、事実だけど何かやめろその実況」
風評に障る。
「フッフゥ~ン……ミーに比べればベリー・リトル……でも油断はノッッ。月面活動基地で日本のコミックマニアに教えてもらた。日本の男子高校生は小っちゃくたってイチニーンマーエー。世界を複数回も救えるスペックあると。さすがはブシドーの国……まだまだ知り尽くせないそのエタイ」
「わかりやすく日本を誤解しているな、おい……」
まぁ、舐めてかからないのは正解だぜ。と笑い、愛雅は拳を構える。
ここは合法的なスポーツカフェ。
勝ち負けで露骨にファイトマネーが上下する事はない。
ぶっちゃけ、勝とうが負けようが定額だ。
先ほど愛雅が言った特別ボーナスも金ではなく。
支給されるのはプロテインバーの詰め合わせ。
プロテインバーは甘く、腹持ちも良い。
つまり、当面のおやつに回せる=おやつ代に余剰が生まれる=遊ぶ金が増える。
「待ってな、善央。今週末はお前の大好きな漫画喫茶に行くぞ。俺はソフトクリームをめっちゃ食う」
「わーい。愛雅ー、だーい好きー!」
善央の声援に、愛雅は拳を突きあげて応える。
「なに、あんたら付き合ってんの?」
「うふふー、恋人なんてちんけな関係じゃあないよー? 親友だもーん」
「親友って恋人より上なの?」
「ずっと上だよ」
間延び無しの断言。
そこまで力強く言われては、アリスターンは「そ、そうなんだ……」と納得するしかない。
『さぁ、試合開始のゴングだァァァーーーーー!!』
ッカァァァァアアアアアン!! と威勢の良い音が鳴り響き、試合が始まる。
先に動いたのは宇宙怪獣、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガン。
熊とタイマンした上で当然のようにねじ伏せてしまえそうな巨体。
愛雅もそれなりに肉付きが良く大柄な部類ではあるが、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンとは比べるべくもない。
「ぬぅぅううん!! コスモ・ナッコォォォォオ!!」
『おぉぉおおっと!? ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガン、いきなりの必殺パンチだァ~!? 超新星相手に容赦躊躇い一切無し! 本気の本気、超本気の模様ォーッ!!』
「ほいさ」
『藍坂愛雅ァ!? 非常に軽やかに躱したァ~!?』
「……? 何かあいつ、動き出しが早過ぎない? もう『未来予知でもしてんの?』ってタイミングで避けてたけど……」
「おぉ~……さすが番長だねー。よく見てるぅー。愛雅はそれに近い事ができてるんだよー」
「へ?」
「愛雅はねー、あらゆる動物の【本音】が聞こえるんだー」
「本音?」
何のこっちゃ、とアリスターンが首を傾げたのと同時。
愛雅の強烈なカウンター飛び膝蹴りを受け、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンの首も大きく傾いた。
客たちの歓声が、待っていましたと爆発する!
「GHU、FU……!?」
「おう、首が太いな! 流石に一発KOは無理か!」
愛雅、空中で派手に身を捻り、追撃の回し蹴り。これもクリーンヒット!
ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンのこめかみを抉る。
大きく揺らぐガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンの巨体。
愛雅はすたっと着地して、更に追撃に臨む。
リングロープではずみをつけて、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンの鋼の腹筋に渾身のボディブロー。
「ゥウップス……!!」
呻きながらも、流石は宇宙怪獣。
ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンはアームハンマーの要領で反撃。
しかし、これまた愛雅は軽やかに躱す。そしてもう一発、ボディブロー。
以降は、仔細は変われど繰り返し。
ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンは、かなり健闘した方だ。
普段、愛雅の対戦相手は分も持たない。まさに秒殺。
だが、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンが倒れたのは、試合開始から一分二七秒後だった。
「ふぅー……久々に試合でこんな動いた気がするぜ……ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンさん、だっけか。あんた、すごく強いですね」
「ぬぅん……日本の男子高校生……想定を……遥かに超える……モンスター……宇宙での修行よりも、ユーとの試合で得られるものの方が、多そうデス……! 良き同僚として、これからよろしくお願いしマース!」
「うっす。光栄です」
よろめきながらも身を起こしたガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガン。
その肩を支えながら、悪手に応じる愛雅。
美しきスポーツマンシップである……!
「男の世界って感じねー」
アリスターンは正直、それほど白熱した様子もなく。
善央が持ってきたプロテイン配合のタピオカミルクココアをちゅーちゅーと吸っていた。
「でさ、さっきの本音がどうのって、なに?」
「ん? そのまんまだよー。愛雅の不思議体質。色んな動物、人間も込みで、その時に考えている本音が聞こえるんだってー」
「……それって、読心、って事?」
「何でもかんでも聞こえる訳じゃあないらしいけどねー。強く考えている事はまず聞こえるって言ってたよー」
故に、ガルギニエフ・ボルグシュタインズヴァルガンの行動が先読みできていた、と。
卑怯、と考える事もできるかも知れないが。
愛雅は「男と男のガチンコ勝負なんだ。持てる全力を出さない方が卑怯だろ」と言う主義だ。
「超能力じゃん……」
超能力者ってこんな身近にいていいの? とアリスターンはぽかん。
そして――自嘲気味に笑った。
「……まぁ、アタシが人の事、言える義理じゃあないか……」
「? アリス先輩、なにか言いましたー?」
「いいえ。何も」