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02,ある二人の朝食風景


 藍坂あいさか愛雅アイガは頭がおかしい。


 いや、クレイジーと言う意味ではなく。

 彼はどちらかと言うと、良識のある男子高校生だ。


 ではどう言う意味かと言えば。

 純粋に、頭髪の色がおかしいのだ。

 日本人の形質としては異例とも言える、緑毛なのである。染めた訳ではなく、地毛で。

 猫のような瞳に、犬のような牙もかなり異質な部類だろう。

 まるで異世界人のようだ、と、学友に言われた事もある。


 そんな彼にはひとつ、特殊な体質があった。


「……毎度、朝からうるさいんだぜ……」


 ベッドからむくりと起き上がった愛雅が、不機嫌そうに溜息を吐く。


 時節は秋の始め頃。

 夏のじめっとした暑さは秋風に吹き飛ばされ。

 空気が澄み渡り、清々しい朝だと言うのに。


 ……まぁ、無理も無い。


 毎朝、窓辺でちゅんちゅんちゅんちゅんと囀る小鳥の声。

 それは「最近、カラスどもイキり過ぎだべ? 腹立つわー」だの。「ピーちゃんの尾羽はセクシー過ぎて凶器」だの。

 愚痴やら発情話やら、寝起きに聞いていて心地好いものではないのだから。


 そう、愛雅は――あらゆる動物の声、そこに含まれる【本音】を理解する不思議体質なのである。


 動物とコミュニケーションを取りたい時には、この上無い素敵能力だが。

 朝のひと幕においては、ストレス源でしかない。


 愛雅はストレスに眉をぴくぴくさせながら窓を開け、牙を剥いて「散れや!」と叫び、小鳥たちを追い払う。

 小鳥たちは「毎度ぷんぷん丸だな、こいつ」「心せまし」「いつか目ん玉つついてやる」とそれぞれ捨て台詞を残して撤退。


「クソッたれ……全然、効果がないじゃあないか……」


 寝ぐせで跳ねた緑髪を手櫛で雑に下ろしながら、愛雅が恨めしそうに見つめるもの。

 それは、窓辺の手すりに設置した鳥避けの目玉風船(レジ袋で自作)。


 設置初日に「何これワロス」と嘲笑されたくらいで。

 以降、これについて小鳥たちは何のコメントも無い。

 むしろ足癖の悪い奴は会話中にこれを蹴飛ばして遊ぶ始末。


 爽やかな朝を守るためにも、もうひと工夫、勘案する必要がある。


 課題として脳の片隅に置いて、愛雅は「よしッ」と切り替えた。


「んじゃあ、まぁ、朝飯を作るか」



   ◆



 2DKとそこそこ広いものの、築年数四〇年は流石にごまかせていないボロアパート。


 愛雅はしっかりエプロンとバンダナを装着し、小さなキッチンで朝食の支度を進めていた。


 朝のメニューはオーソドックス・イズ・ベスト。

 白米に味噌汁、おかずには目玉焼きと薄切りポーク、そしてミニサラダ。


 何故、愛雅は高校生の身空で毎朝のキッチンワークに勤しんでいるかと言えば。

 それはまぁ、代わりにやってくれる人がいないからだ。


 愛雅は、親と面識すら無い。

 生活に困窮したシングルマザーだった……と言うのは、養育施設職員の噂話を盗み聞いて知った。


 昔は「酷い親だ」と思ったものだが。

 施設を出て、バイトしながら学業もこなしつつ家事炊事も……な生活を始めて、思う。


 母さんもまぁ、大変だったんだろうな……と。


 働きながら子供を育てる……おそらく、手助けをしてくれる人はおらず、家事炊事もこなさなければならなかったならば。

 無理に我が子を背負って自分ごと潰してしまうよりは……と考えるのも頷けてしまう。

 寂しい事ではあるが、恨む気持ちは無くなった。

 むしろ、その決断にどれだけの苦悩を伴ったか……想像して、やるせない気持ちを覚える。


 それに、だ。

 施設で育ったのも、悪い事ではない。

 何せ、生涯の親友に出会えたのだから。


「ふぁああ……おはよー、愛雅」

「おう。おはよう、善央ゼオ


 このボロアパートにてルームシェアをする親友。


 召野めしや善央ゼオ


 燃え盛る炎のような赤い長髪を雑に束ねた、ポニーテールの眼鏡男子。

 愛雅に負けず劣らずの派手髪だが、こちらも天然物。


「ごはん、できてるー?」

「もうちょいだな。たまごは芯までしっかり、ポークはカリカリ、だろ?」

「もーちろん」

「先に米と汁をよそっといてくれ」

「はいは~い」


 善央は眠そうに首を掻きながら、食器棚からふたり分の食器を取り出して、ひとまずは卓上へ。


 毎朝の役割分担だ。

 愛雅が作って、善央がよそう。

 作業の比重が釣り合っていない感はあるが……生憎、善央は【特殊体質】のせいで炭しか作れない。

 食材を無駄にして食費を無為に増やせるほど、バイト代と奨学金で保たれる生計に余裕は無い。


「つぅか善央、お前、また夜更かしをしたのか? わかりやすくいつもより眠そうだぜ」

「……シテナイヨー」

「俺の体質に嘘が通じないのは御存知だろ、間抜け」

「……許してお母さん。アプリゲームは四六時中が戦争なんだ。課金ができない貧乏学生は睡眠を捧げるしかないんだよう」

「誰がお母さんだ。ったく……これで今月二回目だかんな。あと一回やったらスマホ没収だ」

「あんまりだー……僕が何したって言うんだー……」

「夜更かしだろ」


 とか何とかやっている間に。

 ポークと目玉焼きが善央にとってモストな焼き具合に到達。

 愛雅は慣れた手つきで、フライパンの中身を卓上の皿へと移していく。


「ねぇねぇ愛雅、少し考えてみて欲しい。深夜も起きて働く人のおかげで、今の便利社会はなりたっているんだよう? まるで夜更かしを罪悪のように糾弾するのは間違っていると思うんだー」

「今時は二四時間営業のコンビニの方が少ないだろ。働き方改革の波に乗り遅れんな。あと勤労とゲームを一緒にすんな。尊さがダンチだぜ」


 エプロンとバンダナを外しながら、愛雅は善央の言い分を一蹴。


「ぐぬぬ……正論でごまかしてはいけない。それは逃げだよう」

「意味のわからない事を言ってんなよ。もう良いから、とっとと飯を食え」


 愛雅に促され、善央はおとなしく着席。

 釈明はまだまだあるが、親友が作ってくれた朝食をクールダウンさせてしまうのは本意ではないのだ。


「仕方が無いから、一時休戦だねー。うふふー、いつも作ってくれてありがとー。そして、いただきま~す」

「既に支離滅裂な言い分で論争たたかいにすらなっていなかったけどな。そっちこそ皿を用意してくれてありがとよ。んじゃ、いただきます」


 善央は笑顔で、愛雅はやれやれと言った呆れ顔で共に合掌。

 朝食を始める。


「ところで愛雅。昨日の漫画、読んだ?」

「ん? ああ、悪ぃな。まだだ」

「あれ、ほんとオススメだよー。昨今流行りの異世界転生ものに斬新なエッセンスを――」

「あー、それ昨日で聞いたから」

「良いよねー、ファンタジー世界への転生。僕たちもしてみたくない? ふたりで軽率に世界とか救っちゃったり~」

「世界ねぇ……」


 あんま興味が無いなぁ、と言うのが愛雅の正直な感想。


「世界を救う前に、もうちょい良い暮らしがしたいぜ」

「ちょ。ファンタジーの話にとんでもないリアルぶっこんでくるのやめて? そーゆーところまでお母さんムーブしないで?」

「いや実際問題、もうちょい遊ぶ金が欲しいだろ?」

「うん。オタ活の軍資金めっちゃ欲しい。躊躇わず課金したい」


 現状、「日々の食事と身なり風体で妥協をするのは健全じゃあない」と言う愛雅の主義により、衣食はそれなりの水準を保てている。

 だが、そのために趣味嗜好に割く予算は低め設定。

 そして、ふたりは高校生。遊びたい盛り。

 健全な生活のためならば遊ぶ金などどうでもいい……と言う訳ではないのだ。


「俺はもっとカラオケに行きたいぜ。あとはケーキだな。名店のケーキをバイキングかよってくらい山ほど食いたい」

「愛雅、歌うのと甘いもの好きだもんねー。僕はコミケとワンフェスに行きたいなー。今の財政で行っても生殺しマーケットと生殺しフェスティバルだし~」

「……でも、シフト増やすとなぁー……」

「きっついよねー」

「ああ。今だって私生活に影響が出ちまうかどうかのギリギリラインを攻めているから……」


 生活に余剰を作りたくて金が欲しいのに。

 金のために生活を削っては本末転倒。

 そんな愚は冒せない。


「難しい所だーねー……」

「それなぁ……」


 高校生とは思えない話題と共に、愛雅と善央は朝食を進めていく。


「こう言うところでファンタジーが欲しいよな。無料のネット懸賞で一等一〇〇万円に当選とか」

「いやーん。ファンタジーがそこそこ現実寄りだよう。でもわかりみが深イイ~」


 そんな他愛の無い話を繰り広げながら、ふたりの朝は進んでいくのだった。

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