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理不尽の塊

「ぐへえ......疲れたぁ......」


 再度ルシファーに【ダンジョン】に送り込まれ、そして帰還した俺はルシファーのところに行く前に与えられた自室のベッドに倒れこむ。


「あんのクソババア......何も考えずに【ダンジョン】に送りやがって......どれだけ酷使しても死なないからってちっとは考えろよ......」


 俺はベッドの上でゴロゴロとしながら契約主の愚痴を言う。

 下僕の契約は本来主人に対する悪意等は本来制約が降りかかるのだが、契約当初からガンガンぶち破ってその痛みに耐えるもんだから解除されている。

 その代わり、俺が話したことは全部ルシファーに筒抜けになっているため、愚痴を言えばあとで仕事が増やされるのは目に見えている。だからと言ってやめるつもりはない。うざいものはうざい。


『おい下僕。帰ってきたのならすぐに私のところに来ないか。早く来ないと四肢を引き千切ってベヒモスの胃袋に......』

「今すぐ行く!だからそれだけは勘弁しろ!」


 俺は脳内に響いてきたルシファーの脅しに飛び起きるとすぐさまルシファーの所に走る。

 いくら死なないと言っても、痛いものは痛いし苦しいものは苦しい。

 そして、四肢を引き千切ってルシファーのペットのベヒモスの胃袋に放り込むというのは最大級の罰だ。

 死ねずに、まともに動けず、痛みと苦しみをベヒモスの体外に排出されるまで味わうというのは、二度と受けたくない。

 普段噛み付いている俺だが、これを出されたら行くしかない。とっても不服だが。


 不服を胸に抱えながら、俺はルシファーの元へ走る。


「こらっ!廊下は走らない!」

「うるせえ!ベヒモスの胃袋は回避しなきゃいけねえんだよ!」

「あなた、またやらかしたの!?」


 途中でここで働いているサキュバスのメイドに叱られるが、俺は怒鳴り返してその忠告を無視する。

 俺に向かって何か言っているようだが、聞こえない聞こえない。聞こえないふりをする。


「おらぁ!来たぞ!」


 バンッとドアを開け、ルシファーの仕事部屋に突撃する。


「遅い」

「ぐはっ」


 だが次の瞬間、出迎えたのは万年筆だった。

 見事に俺の眉間に突き刺さり、俺はその場で倒れる。


「痛えじゃねえかおい!」

「私が呼び出してから23秒。遅すぎる。3秒で来い3秒で」

「無理だわ!んなもん!俺は人間だ!」


 眉間に突き刺さった万年筆を引き抜き、俺はルシファーを睨みつけるも、当の本人は書類とにらめっこしていて、顔は見えず、サラサラとした金髪と特徴的な二本の角だけが見える。

 それに腹が立って手に持った万年筆をぶん投げるも、こちらを見ずに指先で掴み取って、それで書類を書き始めた。


「ちっ、化け物が」

「ん?なんか言ったか?」

「化け物って言ったんだよ、このクソババアが。難聴まで始まったか」


 俺がそう悪態つくと、ヒュン、と万年筆が飛んできた。


「うぉっ!あぶねえなおい!」


 眉間に突き刺さる前に今度は掴み、こちらを嗜虐的な色を目に写しながら見てくるルシファーを睨む。


「ちゃんと聞こえてるぞ?それに、お前もできるじゃないか。何が化け物だ、失礼な」

「タチの悪い奴だなおい!って、俺は見てやったけどあんたは見ずにやっただろ!一緒にすんな!」


 俺はルシファーにそう叫ぶと、ルシファーの座っている馬鹿でかい事務机に近づく。

 そして万年筆を机に叩きつけると、腰に提げていたポーチ、収納袋(インベントリ)の口を逆さにしてそこに入れていた魔石をぶちまける。

 大小様々な魔石が机の上で山を築く。

 そして魔石が出終えると、コロンコロンと爪やら牙、皮や鱗が転がり出てくる。


「ほら、今回の成果だ。ちょっとは満ぞ」

「足りん」

「やっぱそう来ると思ったよこのクソババア!運営の仕方が下手なんじゃねえのかこの浪費ババア!傲慢だかなんだか知らないが見栄張ってるだけだろこの見栄っ張りババア!街の装飾に金やら魔石やら使い込みやがってこのゴージャスババア!ちっとはマモンさんのところ見習って節約したらどうだ!?強欲の悪魔が節約してるってのもあれだけどてめえよりかはましだろ!この意地っ張りババア!」

「うるさい下僕が」

「がはッ」


 前回より成果を上げたというのに、足りん、の一言で返された俺は思いつく限りの罵詈雑言を浴びせるが、ルシファーの拳一つで黙らされてしまう。

 鳩尾に突き刺さった拳で悶絶した俺はまたカーペットに顔面を埋める。

 そして例の如く、俺の頭の上にブーツが置かれ、踏み躙られる。


「それに、ババアババアうるさいぞ。私はまだまだ若い。それに乙女だ。少しは傷つくぞ」

「......1400年生きててババアじゃなければなんだって言うんだよ。それに乙女は人の頭を踏みにじったり」

「あ?」

「ぐああああああ!!」


 頭にかかる圧が増え、頭が割れそうな痛みに俺は絶叫する。

 ってか、ミシミシ言ってる!割れる!割れる!


「割れるわけ無いだろ?加減してるんだから」

「心の中読んでんじゃねえよ変態ババア!ってがああああああ!!」


 ミシミシという音がさらに大きくなり、そして、


「ぁ」


 俺の意識は、吹っ飛んだ。



 •••



「ったく、いくら死なないからって頭を潰すなよ......」

「主に対するあなたの態度が悪いんですよ。ちょっとは懲りたらどうですか?」

「間違ってねえけどよ!だけど心までは負けたくねえ!辞めるつもりはねえな!」

「ベヒモスに心折られてる癖に」

「......うるせえ」


 ルシファーの仕事部屋のカーペットを掃除しながら、サキュバスのメイド、リリイとそんな会話をする。

 黒ベースのメイド服に身を包んだリリイはその可愛らしい相貌をほんの僅かに歪めながら俺と一緒に掃除をする。

 汚れている原因は、俺の血と脳漿だ。ごめんリリイ。


 あの時、下手なことを言った俺は頭を潰された。

 もっとも、これが初めてじゃないからなんてことないが、後片付けが大変だから潰すのはやめてほしい。あとかなり痛いから。()()()()()()()すぐに修復されるからいいけど。


「主にあんな態度とれるのはあなたぐらいですよ。同じ大悪魔の方々でも主にあんな態度は取れません。ましてやババア呼ばわりなんて。大物というか、バカというか......」

「おいこら、バカというなバカと」


 可愛いメイドの悪口に俺はキッ、と睨みつけ反撃する。


「ほら手が止まってる。また踏み潰されるよ」


 だが大人の対応をされ、スルーされてしまう。


「はあ、はいはい」


 俺は大人しくリリイの言うことに従う。

 何が悲しくて自分の血と脳漿を処理しなきゃいけないんだか。


「そう言えば、ソウルウエポンのレベルはどんな感じになったんですか?」


 脳漿を処理する手を止めずに、リリイはそう尋ねてくる。


「全然上がんねえよ。レベル10までは1週間でホイホイ上がったけどそれが2ヶ月前だ。あれから9レベしか上がってねえ。能力も増えねえから次の段階に踏み出せねえし、本当に帰す気あんのか?」


 俺は一旦手を止め、手に魔力を流し、猛毒の籠手(ポイズンガントレット)を出す。

 紫色をしたそれは、ぬらりとした輝きを放っていた。


「確かレベル20になれば新しい能力が解放されるんでしたっけ?」

「ああそうだ。そうなれば第30層より先に進めるんだが、中々上がらんからな」


 俺は忌々しげに紫色の籠手を睨む。





 契約の印を埋め込まれた時に渡された武器、猛毒の籠手(ポイズンガントレット)はソウルウエポンと呼ばれる超レア武器だ。

 使用者の体内に核を埋め込むことで初めて使用できるそれは、使用者と共に成長していく。

 成長に必要なのは、魂。

 奪った魂を経験値として、ソウルウエポンは成長していくのだ。

 魂の質—戦闘力や知力の高さ—が高ければ高いほど経験値は多く、レベルを上げやすい。

 そして一定レベルになると、体の強化が爆発的にされて、ソウルウエポンに能力が加えられる。

 共に強くなっていく武器、それがソウルウエポンだ。


 これをルシファーが俺に与え、これのレベルを魂の解放条件にした理由はよく分からないが、理由の一つに魔石の回収を効率的に行うため、ってのがあると思う。

 解放されるためにレベルを上げなきゃいけないし、レベルを上げるためにモンスターを倒さないといけない。そしてモンスターを倒せば死体喰らい(デスイーター)で魔石に変換することができるからな。その理由は絶対入っている。

 あの浪費ババアめちゃくちゃ魔石使うから。


 そんな俺のソウルウエポンのレベルは19。目標のレベル100に全然及ばない。能力だって基礎能力ともう一つしか発現していない弱々なソウルウエポンだ。

 それでもしっかりと体は強化されてるし、無下にはできない。

 もっとも、俺が元の世界に帰るための条件であるためもうちょっと上がりやすくてもいいのではないかと思うが。

 ちなみに、大罪の悪魔の7柱は全員ソウルウエポン持ち。そしてレベルは90越え。そしてトップはルシファーの97。もはや化け物......悪魔なのだから元から化け物か。


 そして何より恐ろしいのが、条件にした本人すらソウルウエポンのレベルを100にしていないこと、だ。何千年と生きている悪魔、それも大悪魔がだ。あいつ絶対達成させる気ないだろ。帰れるかも、っていう人参目の前にぶら下げてロバのように走らせるためだろ。魔石集めのために。

 だけど俺は諦めるつもりはさらさらない。絶対レベル100にしてやる。






 何故かソウルウエポンの話を振られて俺は決意を新たにするが、可愛いメイドが手を止めていることにジト目で睨みつけてくるため、猛毒の籠手(ポイズンガントレット)を消して作業に戻る。


「いいですよね、省吾さんは。主からソウルウエポンを与えてもらって。私なんて100年勤めてるというのにそのようなものを与えてもらったことありませんよ?」

「あれだろ?ほらリリイはあのババアのお気に入りだから戦わせたくないっていう親切心から与えてないんじゃないかな」

「あら、私は戦闘もこなしますよ?主に暗殺ですが。それがどうかしました?」

「あ、はいさーせん......」


 虚ろな視線に耐えきれなくなり、俺は小さくなりながら脳漿を処理してカーペットに染み付いた血糊等を取り除く。

 視線が痛い。

 そして流れる沈黙の時間。


「なんか答えたらどうですか?」

「返す言葉もありません」

「そうですか」


 氷柱のように冷たく鋭い雰囲気を醸し出しつつ作業を続けるリリイ。

 ......沈黙が辛い。

 なんだろう、話を振られた側なのになんで不機嫌になられなきゃいけないんだろう。俺何か地雷踏み抜いた?


「ふう、終わりましたね」

「あ、あぁ」


 冷たいリリイに頭を悩ませていると、カーペットの脳漿取り除き作業は終わっていた。

 時間にして30分。だが色々あって1時間くらいに感じた。


「お疲れ様です。カーペットは私が主の部屋に運んでおきますから、省吾さんは罰として与えられた仕事に励んでくださいね」

「お、おう。ありがとう」


 そう言うと、リリイは器用にカーペットをくるくるくるっと巻き、肩に担いでルシファーの部屋へと運んでいった。

 1人取り残された俺は、重苦しい沈黙から解放されてぼーっとするも、与えられた仕事、【ダンジョン】の魔石回収があることを思い出し、だけど行きたくな——


『よし終わったな。行ってこい』


 脳内にルシファーの声が響き、それと同時に時空の穴が目の前に出現する。

 それが出た瞬間、俺はクルッとターン。全力ダッシュする。


『おい、何を逃げている』


 だが、ガシッと後ろから何かに掴まれ、そのまま引き摺り込まれる。


「嘘だろおおおおおおおお!!嫌だあああああ!!」


 時空の穴に引き摺り込まれながら、俺は全力で叫んだ。

 そんなことをしても現実は変わらず、気がつけば目の前に【ダンジョン】への入り口が広がっている。


「あんのクソババア!!取り敢えずてめえは死ねえ!!」

『ギギィ!?』


 強制的に【ダンジョン】に飛ばされた恨みを晴らすかのように、俺はゴブリンに怒りをぶつけた。



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