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プロローグ

『ブモオアアアアアア!!』


 轟っ!

 周りの空気を揺るがす雄叫びと共に、二足歩行の牛の化け物『ミノタウルス』はその手に持ったバスターソードを振り下ろす。


「甘え...んだよ!」


 まともに食らえば人間の体など簡単に粉々になるその攻撃。

 俺はその攻撃を、手に嵌めた籠手で受け止め、力が伝わる前に受け流す。


 ズドン!と地響きを立て地面に食い込むバスターソード。

 ミノタウルスの圧倒的膂力で振るわれたバスターソードはその刀身の半分を地面に埋める。


『ブモッブモオオオオオオ!』


 避ける、ではなく受け流されるというのが予想外だったらしく、ミノタウルスは驚いたような声を上げる。

 だが、ミノタウルスも甘くはなかった。

 すぐさまバスターソードを引き抜くと、横薙ぎにそれを振るう。


「だから、甘えつってんだろうが!」


 力の向きを読み、一瞬刀身に籠手をぶつけると、斜め上に弾き、軌道をずらす。

 キンッ、という甲高い音が響き、俺の頭上をバスターソードが通り抜ける。


 振り抜いた形で止まるミノタウルス。

 その隙を、俺は見逃さない。


「らぁあああああ!!」


 ズドン!

 籠手に魔力を通し、ガラ空きの脇腹に拳をぶつける。

 真っ黒な粒子を纏ったそれは、ミノタウルスを数歩後退させる。

 それと同時に、黒い粒子がミノタウルスの脇腹に吸い込まれていく。


『ブモオオオオオオオ!!』


 後退させられたことがミノタウルスのプライドを傷つけたのか、怒り狂ったように叫び、バスターソードを振り下ろす。


「繰り返すだけじゃ、意味ねえよ!」


 俺はまたバスターソードを弾いて受け流すと、籠手に魔力を通し、距離を詰め鳩尾に拳を突き立てる。

 ズンッという音と共に、ミノタウルスの体が数センチ浮く。


『ブ、ブモオオオオオオオ!!』


 苦しげな雄叫びを上げ、ジリジリと後退し俺との距離を開けるミノタウルス。

 だが、その目は全く死んでおらず、寧ろ一方的にやられていることへの怒りが滲んでいる。


「さすがミノタウルス、ってとこか。タフネスさはモンスター随一ってのは伊達じゃないな」


 たった2発しか攻撃をいれていないが、それでもほとんどダメージの入っていない様子のミノタウルスに、俺はそう呟く。


『ブモオオオオアアア!!』


 その呟きが、自分への攻撃が通じずに嘆いているとミノタウルスは捉えたのか、ニタリと笑みを浮かべ雄叫びを上げる。

 そして、バスターソードを振り上げると、全力で振り下ろす。


 いや、振り下ろそうとした。


『ブ、ブモッ、ブモッ!』


 ミノタウルスは、バスターソードを振り上げた形で止まったのだ。

 それを見て、俺はミノタウルスに向けられたようにニタリと笑みを返す。


「だが残念だったな。俺の能力はてめえみたいな防御力が高い奴でも関係なしに発揮するからな」


 俺はそう言って籠手に魔力を通す。

 真っ黒な粒子が籠手から溢れ出して、地面を伝う。


猛毒の籠手(ポイズンガントレット)の基本能力、【インジェクションポイズン】。籠手に魔力を通すことで攻撃する度に相手に毒を注入する能力だ。それでてめえの体の動きを止めさせてもらった」


 スタスタと、俺はミノタウルスに近づくと、ズンッ、と鳩尾に拳を突き立てる。


『......!!』


 もはや声すら上げることが出来ず、ズシン、と俯せに倒れるミノタウルス。


「こうやって毒を注入するわけだが、致死性の毒を注入できないのが難点だ。せいぜい今みたいに動きを止めるのが精一杯。だが、それでも十分だ」


 次の技に繋げられるからな、と俺はポイズンガントレットに魔力を通す。


「【デビルクロウ】!」


 一言、俺はそう叫ぶ。


 瞬間、右の籠手から真っ黒な粒子が放出される。

 それは籠手の周りを渦巻き、次第に形取っていく。

 そしてパッ、と弾けると、そこには鋭く長い爪を携えた真っ黒な手が現れる。


「こいつは食らわせた相手を確実に殺せる毒を注入する能力だが、一度振るえばしばらく使えない上に命を奪えなきゃ自分にその反動が来る厄介な能力だ。外したら手痛い代償が来るが、こうやって確実に仕留められる場面さえ作れば最強の能力になる」


 脈動するように真っ黒な粒子が蠢く右手を見ながら、俺はそう呟く。


「ま、言葉を理解できないお前に説明しても無駄か。じゃあな、ミノタウルス」


 俺はそういうと、倒れているミノタウルスの背中に【デビルクロウ】の爪をズブリ、と突き刺す。


『......!!』


 ミノタウルスは無言で何かを叫ぶと、ビクリと震える。

 次の瞬間、真っ黒な蔦のような模様がミノタウルスの全身に広がる。

 そしてビクンビクンと痙攣すると、ミノタウルスは息絶えた。


「ふう」


 息を吐き、俺は【デビルクロウ】が解除された右手を見る。

 右手の甲にあたる部分を見て、俺は、はぁ、と溜息をついた。


「レベルは上がらず、かぁ......。結構強敵だと思ったんだけどなぁ」


 萎えたようにそこに書かれている数字【19】を見ると、腕を少し振るい、ポイズンガントレットを虚空に消す。


「上がらなかったものは仕方ないし、ここで嘆いても何も始まらない。進むかあ......。契約主がうるさいからもうちょい頑張らねえと」


 俺はそう言うと、腰に提げていたポーチを取り出す。

 そしてそれをミノタウルスの死体に放り投げる。


死体喰らい(デスイーター)、餌だ」


 パフッ、とミノタウルスに着地したポーチにそう声を掛ける。


「キキキキキッ」


 するとポーチの口に無数の牙が生え、ミノタウルスの死体を貪り始めた。

 バリボリと骨ごと喰らい、見る見るうちに小さいポーチの中へと消えていく。


 数分後、ゲフッとポーチがゲップすると、キィ!と鳴き声をあげ、俺の手元に飛んできて、収まった。

 そしてペッ、と紫色の結晶、魔石を吐き出す。

 手元に収まった魔石の大きさを見て、俺はニヤリとする。


「20センチ。レベルは上がらなかったけど中々これは美味しいんじゃないか?」


 ホクホク顔で腰に提げていたもう1つのポーチに魔石を放り込む。


「この調子で頑張るか」


 そして、俺は薄暗い洞窟の先に歩を進めた。


 •••


「で、お前はこれっぽっちの成果でおめおめと帰ってきた訳か」


 黒で統一された部屋、その中央で俺は毛の長いカーペットに顔面を埋めていた。

 いや、正確には()()()()()()()()()

 俺の頭の上には、ブーツが乗せられて、その持ち主がグリグリと俺の頭を踏みにじっているのだ。


「うるせえクソババア。街が1ヶ月不自由しないだけの魔石を取ってきてまだ採ってこいってか。この浪費ババアめ」


 俺は頭を踏みつけている奴にそう反撃する。

 だが、それを言い放った瞬間周りの空気が凍ったようにガラッと雰囲気を変えた。


「ほう、下僕ごときが私に楯突くか」


 俺の頭を踏みつけていゆ奴はそう言うとふっ、と頭の上からブーツを退けた。


「ガッ!」


 そして次の瞬間、途方も無い衝撃が後頭部を襲った。

 ズン、と館全体が揺れるような音が辺りに響く。


「契約に溺れた下僕の分際で、相変わらず口の利き方がなって無いな。お前は私の言うことを素直に聞いておけばいいんだよ」

「く、くそが......」


 頭の上で、嘲笑われているのが分かる。

 だが、俺にはどうしようもない。

 俺には頭の上のブーツを退けるだけの力も、何もない。

 ただ踏みにじられるだけ。


「せいぜい悪魔の力を頼ったことを後悔するといい。と、何度言ってもお前は私への態度を変えぬがな」


 奴はそう言うとグリグリと頭を踏みにじる。


 悔しいが、俺にはそれを受け入れざるを得ない。

 それが、過去に道を踏み誤った俺への罰。





 俺は桐谷省吾。ごく普通の大学生だった。

 一人暮らしで大学に通い、バイトをして、時々授業をサボり友達と遊ぶという生活を送っていた普通の大学生。


 びっくりするほど面白みのない人生だったが、それが変わったのは夏休みのこと。

 大好きだった彼女が、寝取られたのだ。

 これも大学生ではよくある話。だけど俺にとっては悔しくて仕方のなかったことだった。

 殺したくて仕方なかった。

 彼女も、寝取った男も。

 だけどそんな勇気もなく、だけど怒りは収まらず、胸の中で燻っていた。


 そんな、心の中が絶望と怒りで埋め尽くされている時、怪しげな男が俺に話しかけてきた。


『今お前が抱えている願い、叶えてやろうか?』


 俺はその時どうにかしていたと思う。

 その男の言葉を疑うことなく、提案にホイホイ乗ってしまったのだ。

 男が提案してきたのは、殺しの代役。

 俺の代わりにその2人を殺してくれるというものだった。


 一も二もなくその提案を飲み、俺は契約書をよく読むことなくサインをした。してしまった。

 報酬について何も言ってなかったから何もないだろう、そう甘い考えが頭にはあった。


 だが、それが全ての始まりで、終わりだった。


 結果としては、2人は死んだ。

 ベッドの上で変死体として見つかった。

 当時の俺はそれを死ぬほど笑った。

 自分を裏切った奴が死んで、せいせいした。


 だけど、そんな俺の元へ怪しげな男は現れた。


『契約を履行します』、と。


 次の瞬間、目覚めたのは禿山の前だった。


『契約に従い、お前はここで働いてもらう』


 その男はそう言うと俺にツルハシを手渡し、禿山にぽっかり空いた穴に放り込んだ。


 後から聞いたところによると、その男は悪魔で、その2人の命を奪う代わりに俺は魔界の鉱山で永久労働させられるという契約を結んでいたらしい。

 だが当時の俺はそんなこと全く知らなかったので、全力で暴れた。

 こんな理不尽なこと許されるか、と。


 俺を取り抑えようとする異形、悪魔を俺は手に持ったツルハシで抵抗した。

 何やら魔法のようなものを撃ってくる奴もいたが、別の悪魔を盾にして防いだりした。


 何人かの悪魔をツルハシで殺し、俺は逃げ出した。

 俺はボロボロで、身体中に攻撃を受けたのとは別の謎の激痛が走っていたが、この世界で人間の魂は死ぬことはないらしいからそんなのを気にせずに走った。

 アテもなく走り続けた。

 元の世界に戻りたいと思っていた。

 ただひたすらに走り続けた。


 だけど気がつけば、目の前に俺が逃げ出し禿山がそびえ立っていた。

 そして前よりも増えていた悪魔が、俺を出迎えた。


 また暴れ回り、そこに来ていた悪魔をまた殺した。

 今度は強くて全員とはいかなかったが、半分ぐらい殺した。

 そしてまた逃げ出した。

 だけど気がつけば目の前に禿山がそびえ立っていた。

 そういう呪いを、俺にはかけられているのだと、その時気がついた。


 そいつを殺そうと向かっていったが、それは無理だった。


『ほう、こいつが例の奴か』


 1人の女の悪魔が、そこに立っていた。

 今までの悪魔と雰囲気が全然違っていたが、俺は構わずに襲いかかった。


 だが、一切歯が立つことなく俺は地面に転がされた。

 何度も立ち向かったが、傷一つつけることができず、地面に転がされた。


 痛みでついに体が動かなくなった時、奴は俺の体に手を当てた。

 すると、俺の体を苛んでいた謎の痛みが消えた。


『制約の痛みでまともに動けなくなるというのに、よくもまあ動き回るものだ』


 そして手に紫色の光を宿らせると、魔法陣のようなものが浮かび上がり、それが俺の体に吸い込まれていった。


『気に入った、お前を私の下僕にしてやろう』


 奴—大悪魔ルシファーは俺にそう話しかけた。

 この瞬間、俺の未来は定まってしまった。




 そして今に至る。

 ルシファーの下でエネルギー源となる魔石——過去に魔神が悪魔以外のモンスターを閉じ込めた【ダンジョン】にいるモンスターから生成される高エネルギー物質のようなもの——を集めながらルシファーの身の回りの世話、そして事務処理等魔石集め以外は秘書のようなことをさせられている。


 ——ルシファーは俺に契約の印を埋め込んだ際、籠手—猛毒の籠手(ポイズンガントレット)を渡しながらこう言った。


『もしお前がこいつをレベル100まで上げたら、お前を元の世界へ返してやる』と——


 俺は元の世界へ戻るため、理不尽に耐えながらも、モンスターを倒し、レベルを上げる。

 それがどれほど大変な道のりだとしても、俺は歯を食いしばって生き抜いてやる。

 もっとも、魂を破壊されない限り死ぬことはないのだが。




「よし、もう一回【ダンジョン】に行ってこい」

「ちょっ!?」


 そう言うや否や、ルシファーは俺を蹴飛ばし、同時に作り出した次元の穴の中に俺を放り込む。

 そして出た先には、さっきまで俺が潜っていたダンジョンの入り口があった。


 ......歯を食いしばるって言ったが、別に愚痴とか叫んだっていいだろう?


「あんのクソババアがああああああ!!!」


 俺の魂の絶叫は、生き物の気配すらない辺りに虚しく響き渡った。


「とりあえず死ねえ!」

『ギヒィッ!!』


 俺は入り口から出ようとしていたゴブリンを殴りつけ、絶命させると、ずんずんと奥へと入っていった。



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