鬼の出現2
骨を折って、翌日。医者の腕が良かったことを感謝すべきか、恨むべきか…
「さあ、本気で来なさい。」
目を覚まし、執事長室へ向かうと、ニコニコ笑ったポール執事長に訓練場へ連れていかれ、立ち会うことになってしまった。刀を舐める鬼の姿に、一歩、二歩と足が退く。
「本気で来なさい。一応、言っておきますが、本気を出さねば死にますよ。」
執事長は剣を投げつけた。ズッシリとした鈍い温度の塊、真剣だった。
「し、執事長!訓練では木剣を使うのでは⁈」
執事長はホホホと指をピンと伸ばし、こちらへ向けた。執事長の指先が明るく光り、幾千の石ガレキが襲いかかってくる。
「コルン。戦場では敵はそんなに悠長な事を言いませんよ。」
右、左、前転…。
どうにか避けつつ、真剣を持った。が、違和感強く、僕は投げた。
「おや、どうしました?」
執事長は攻撃を緩めず、首を軽く傾げた。ガレキの1つが頰をかすった。
「剣は僕に合いませんので…」
僕は収納魔法の陣を展開し、刀を取り出した。
「行きます!」
掌を地面に押し付け、霧魔法の陣を起動する。陣は水色の光を放ち、白い煙を放った。煙は徐々に濃さを増し、全体へ。辺りは灰色の冷たい雲が広がるだけだ。
「ほう、なるほど。コルンは水属性でしたか。だが、この私に一撃を加えられるかな?」
「舐めないでくださいよ。」
僕は身体を低くめて駆けた。執事長の吐息が雲を伝い、耳に入る。その方向に足音立てずに近づいた。
「覚悟!」
執事長の背後に回り、一閃。だが…
「甘いですなあ。荒すぎる。」
ドゴン!
腹に衝撃が走り、体が飛ぶ。鈍い衝撃が全身を襲った。血が吹き出す。体が沈み、地面に叩きつけられた。ヨロヨロ立ち上がろうと手をつけば、体が起きない。
「勝負、ありですかな…いや」
霧魔法が解け、あたりが緑に包まれ始めると、目の前に朗らかな顔した執事長の姿が見えた。執事長は僕をヒョイっと持ち上げて
「こんなものじゃ無いでしょう。さあ、立ち上がりなさい。」
とボールの様に蹴り飛ばした。僕はグキボキと鈍い音と共に壁に埋まった。
「はあ、はあ、はあ…」
ガレキを退かし、なんとか抜け出た。ボォっと意識を奪う痛みに襲われながら何とか立ち上がった。
「ふむ。じゃあ、次で終いですなあ。」
鬼が迫る。
僕の中の何かが疼いた。気づけば、頰が動いていた。僕は掌に魔法陣を展開させ、水玉を作った。水玉の流れが徐々に早まる。執事長の顔が見えた。彼も笑っている。
「執事長!」
「来なさい。」
僕は水玉を投げ飛ばした。執事長の腹に当たった水玉は、ぐんぐんとめり込み、やがてパンっと音立て破裂した。執事長がゴロゴロ転がり、大きな穴が壁に開いた。
「ほほほ。やりますねえ。だが、まだ弱い。」
執事長はサッと立ち上がり、姿を消した。
ポンッ。
首に何かが触れ、辺りが暗く沈んだ。
「目を覚ましましたか。」
目が覚めて、痛む身体を軋ませると、自分の部屋の椅子に執事長が腰掛けていた。
「執事長、一体、これは…」
執事長はポンと僕の頭に触れた。
「マトリート家の執事たるもの強くなくてはなりません。コルン。あなたはまだ弱い。けれど、あなたはどこまでも強くなれます。それを確認したかっただけです。」
執事長はゴリゴリと優しく僕を撫でた。
「さ、コルン。もうそろそろ、お嬢様のお起床の時間です。今日も誠心誠意、ご奉仕しましょう。」
「はい!」
体の痛みが温かく、じんわり広がった。僕はガチャンと捻り、薄暗い廊下を駆け出した。