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マトリートの執事譚  作者: 秋嵩 トマト
執事事始
4/5

鬼の出現

ご主人様の部屋に着くと、何やら不思議な塊が置いてあった。

「ご、ご主人様、これは?」

ご主人様は鼻下すりすり、小さな胸を張った。

「よくぞ、聞いてくれた!これは、自動洗浄機だ!水魔法、風魔法の術式を応用した、優れものだ!」

「自動洗浄機、ですか。」

「そう。ほら、お風呂で体洗うのってめんどくさいじゃ無い。だから、自動でできればなあって!」

無邪気に笑うご主人様。

「あれ?でもご主人様。ミーナさんがお手伝いしているのでは?」

ご主人様はパンっと手を叩き、

「まあ、とにかく動かしてみるね!」

物体の後ろに回った。


この世界には魔力が存在し、大きく2種類の魔法がある。1つは詠唱して唱える魔法。体内魔力を消費する魔法である。魔法属性に沿った魔法と無属性と呼ばれる魔法を使用できる。ちなみにコルンの属性は水である。もう1つは、術式と呼ばれる魔法陣を使った魔法。外にある魔力を消費する魔法である。魔法陣に魔法式を書き込み、魔法を発動する。魔力を直接使うため属性関係なしの優れものだが、手間がかかるのが難点だ。


「え、えっと…」

目の前の少女はケラケラ笑い、

「ちょっと来てみて!」

と不思議な物体に向かって僕の背を押した。

「うわ、ちょっと!な、何するんですか!」

不思議な物体は大きな口をガッと開き、僕を飲み込むとガチャンと閉じた。

僕はガンガン、ガンガンたたいたが全く動く気配がない。ただ、外からケラケラと笑い声が聞こえるだけである。

「ご主人様!」

「コルン、ちょっとジッとしててね。じゃあ、スイッチ、オン!」

ガガガグガガ…

不気味な機械音が響く。僕は耳を塞ぎ、目を閉じた。すると、淡い光、魔法陣の光がうっすらとまぶたに写った。

「さあ、どうなるかなぁ。成功するかなぁ。」

ガタガタ、ブルブル…

震える手足を縮こまらせた。涙が出そうだ。一体、何が起こるというのだろう。

震えながら時を待つ。拷問に似た苦しみ…。

ドバババ!

ついに、物体が動いたようだ。水色っぽい魔法陣から大量の水が溢れ出した。僕の体の半分ほどまでたまると、次は上から強い風が吹き付けた。

「ウワップ、ウップ…」

激しい流れが僕を飲んだ。激流は頭や体を壁にゴンゴン打ち付け、動かぬように耐え忍ぼうと手をぐんと壁に貼り、顔を出せば突風が吹き荒れ、目も開けられず、水に戻される。何度も何度も同じことを繰り返すたびに力が抜けゆく。

ああ、僕はここまでなのか…。母上、もうすぐそちらに逝けそうです。マトリート家の皆さん、短い間、ありがとうございました…


「コルン!コルン!目を覚まして!ごめんなさい、ごめんなさい、目を覚まして!」

ポタリポタリ…。いつのまにか激流は収まり、その忘れ露が掌に落ちてきている。妙に暖かい露はじんわり、僕の体を伝って、静かに落ちて行く。

ああ母上、どうやら助かったみたいです…

「う、うーん、ゲホ、ゲホ…」

目を覚ますと涙に潰れたご主人様がギュンと飛びついてきた。

「ごめんなさい!ごめんなさい!目を覚まして!」

ご主人様はどうやら涙で見えていないよう…。クスリ。僕は気絶し続けることに決めた。

「コルン、コルン!」

ガチャ。

「お嬢様、コルンの様子は?」

ポール執事長の声が聞こえた。

「ぜ、全然起き上がらなくって…こ、こんなはずじゃ…グスン、グスン。」

「今はとにかく、涙をお拭きくだされ。今、ミーナが医者を呼びに行っておりますから、落ち着きくだされ。」

薄目で覗くとポールのゴツゴツした手が優しくご主人様の涙をぬぐっていた。

「しかし、鍛え方が足りませぬな。明日からこれは鍛える必要がありますな。」

え、えー!!な、何言っているんだ、この人!!

「お嬢様、気を落とされるな。コルンは必ず目を覚まします。覚まさなければ、おい、コルン…」

優しい、いつもの眼差しが嫌に冷たく突き刺さる。ポールは僕をジッと見つめた。

「ほう、これは…お嬢様、どうか部屋の外へ。良い治療法を思いつきましたが、これはちょっとばかし危険なものなので、下がってくだされ。」

汗が止まらない。この屋敷に忍び込んだあの晩以上に。

「グスン…うん、わかった。ポール、お願いね。」

バタン。地獄のドアが閉まる。目の前には地獄を束ねる鬼の1人…

「承知いたしました。さあ、コルン。歯を食いしばりなさい。」

バシーーン!ビキ、ビキビキ…

体を起こされ、ビンタされ、壁にめり込んだ。

「コルン!お嬢様を泣かせるとは何という失態…。しかもお嬢様のお気持ちを知った上でのあの態度…どうやら本格的に説教しなくてはならないようだ…。


こうして、鬼は現れた。後で聞いた話だとミーナが連れてきた医者は、僕の体の状態に汗を流しながら治療に当たったのだそうだ。晴天転じて荒天となる。人はうわべだけで判断してはならないとよく学んだ1日だった。


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