コロッケ蕎麦
蕎麦は本来
蕎麦粉の香りを味あうもの
余計なものは一切乗せないのが
本当の蕎麦っ食いっていうもんだ
昔ながらの古風な門構え
この店だけは昭和で止まっている老舗の蕎麦屋
屋号は当たり屋
落語の世界に出てくる
矢が的に刺さってる意匠
この店は蕎麦とダシ巻き以外のメニューがなく
店の頑固親父と手打ち蕎麦の確かな味が
愛想も料理の種類もない、この店の看板
今日は暇日
夕方から店開けてるのに
客はさっぱり来ない
余りにも暇なので
この親父、独り言を云い始めた
(親父の独白)
俺も商売だからやってんだけど
メニューが多すぎるのもいけねえよな
こんなにメニューが多くなった理由
競合店と対抗しようとしたからだよな
なんで蕎麦の上に色んなものを乗せなきゃいけねえんだ
そんなもんは邪道だよ
俺は元禄の時代から続く本当の江戸っ子だよ
うちの店は代々、「もり」と「かけ」しか出さなかった老舗
譲歩しても天麩羅とダシ巻きしか出さなかったんだよ
気に入らねえんなら他行きやがれが
うちの店の主義だった
それでもよ
時代の波には逆らえなかったよな
俺も不覚だった
あの時はどうかしてたんだ
客は来ねえ、借金は増えるばかり
苦肉の策として身を切るおもいでメニューを増やしたんだ
あの不二そばの野郎め
うどんやラーメン、果ては丼にカレーライスまで出しやがって、
あんなもんは蕎麦屋で食うもんじゃねえよ
うちの店は江戸時代から続いてる老舗
曾曾爺さんから続いてんだよ
二八蕎麦の屋台から夜鷹のお姉さんに贔屓にされてよ
鍋焼きうどんブームにも負けなかった当たり屋の蕎麦だぜ
老舗の江戸っ子の心意気を暖簾に背負ってるだよ
それなのによ
変な蕎麦が流行り出したよな
俺は最後まで抵抗したんだよ
でも常連客にさ
どうしても食いたいからと云われてさ
渋々、メニューに出したんだ
コロッケ蕎麦?
なんだこれ!
この蕎麦は関東でしか食わねえらしいじゃねえか
関西じゃこんなの無いってよ
だいたいコロッケを蕎麦の上に乗せるか?
誰がこんなの考えたんだろうね
せっかくの出汁が台無しになるだろう
コロッケの衣を吸ってベチャってなるのよ
俺はあんな蕎麦は許せないね
(トッピング達の会話)
ねえねえ
また親父さんがぶつぶつ言ってるわよ
職人はややこしいね
お客さんが喜んでいるんだからいいじゃないのね
お揚げはうんざりしながら呟いた
きつね蕎麦は出汁を吸ったお揚げが人気なのよ
貢献してんじゃん
そうよね
私が入ると味が薄くなるなんてね
失礼しちゃうわ
卵も同調した
月見蕎麦は情緒があるのよ
僕なんて同じ天麩羅なのに
いつも海老天兄さんと比べられてさ
安く見られるよ
僕のも小海老が入ってるのにさ
かき揚げが悔しそうに呟いた
ぼ、ぼくは親父さんに嫌われてんだよ
けっこう出て人気あるんだよ
でも注文受ける度に
ぼくを睨むんだよね
そのたびにビクっとしちゃうよ
ぼくも本来なら蕎麦出汁の上に載るとは思わなかったよ
ぼくは洋食だよ
ひと昔前なら綺麗なお皿に載って
横にキャベツやグラッセした人参が添えで
ぼくはフォークとナイフで食べられるメインだったんだよ
それがさ
いつのまにか
芋がメインになるなんて許せないなんて言われてさ
今ではパンに挟まれるか
グリルの添えでしかない扱いになったよ
それでも蕎麦出汁の上に載せられて
衣がベチャってなるよりかはマシだけどね、、、、
「おーい、親父‼」
サラリーマン姿の中年男性が呆れ顔でそこに居た
常連客の中島さんだ
中島さんは溜息つきながら
「親父、聞いてるの?コロッケ蕎麦ひとつ作ってくれよ」
「それとその前に、ビンビールとダシ巻き頼むね」
「へ、へい、ありがとうございます」
親父は大急ぎでダシ巻きを作り
ビールと一緒に中島さんのテーブルに持って行った
「全く親父はいい年してアンパンマン世界が好きだね
ぶつぶつ言ってるの聞こえたよ
でもまあ、親父が作る蕎麦は本当に旨いや」
人の好さそうな笑顔で
中島さんはにこやかに親父に話しかけた
しまった
前から中島さんが居たんだ
俺の妄想独り言聞かれたな、、
俺の妄想劇場聞かれたよね
いい年して恥ずかしいよな
俺のキャラは頑固親父で通ってたのにな、、
親父の顔色は真っ赤になっていった
汗が一斉に噴き出した
身体が硬直してしまっている
それと何故か
この災厄の全てが
自分の嫌いなコロッケに原因があると
苦し紛れの責任転嫁した
とっても理不尽な親父である
(それにコロッケ蕎麦だと!)
俺が一番嫌いな蕎麦じゃねえか
コロッケの衣がビチャビチャになって
せっかくのうちの出汁が損なわれるじゃねえかよ!
親父はいかつい顔ながら
精一杯の愛想笑いを常連客の中島に向けて言った
「へい、すぐに作ります
お待たせしまして申し訳ありません」
蕎麦を茹で、出汁を丼に張って
飾り切りした蒲鉾と葱を散らし
そしてトングでトッピングのあれを掴んだ瞬間
コロッケがビクっと震えた
「また、おめいか!」