30踏み 姫と副団長
私の横にいる文字通り高見の見物をしている姫様。
このリズボーン王国の第3王女で名前をローリエ=リズボーンと言い、年はまだ6歳になります。
薄紫の柔らかい髪を2つ、髪色と同じ透明なリボンで束ねており、幼いながらも整った顔立ちは将来性を伺わせているのですが何分まだまだ子供なのです。
「次は誰が出るのじゃ?」
「姫様。そこに資料があるでしょう」
「わらわは、字が嫌いなのじゃ!」
「そこは、素直に読めないと仰ってください」
はぁ、姫様にも困ったものです。妹はこの歳には、とうに読み書き出来ていたのに。
ああ、妹と言うのは私ラインツ=ハーバードの妹、エル=ハーバードのことです。
私ラインツは、妹のために生き、妹のために死ぬ国家魔法団の副団長をさせて頂いております。
え? どうして国家魔法団のクセに妹優先なんだって? わからないのですか? この国に妹は居るのですよ。妹を守ることがこのリズボーン王国を守ることになるのです。
国家魔法団の団長をしている父も娘大好きを公言しているのですが、私から見たら……まだまだ甘いです。
「おい! ラインツ! 結局次は誰なのじゃ!?」
やれやれ。姫様にも困ったものだ。仕方ない、資料を見てあげましょう。
「おや、次はフローラですね」
「あのおっぱい女か!?」
「姫様……もう少しおしとやかに……」
「何!? わらわは、“しとやかさ”が服を来て歩いているみたいなものじゃぞ!」
「姫様、後でゆっくりと、“しとやかさ”についてお勉強しましょう」
私は、姫様の勉強のスケジュールに、“しとやかさ”に関して2時間ほど組み込むことに決めました。
それで、フローラと組むのは…………ふむふむ、これは…………!!
私は、資料を握り潰しました。
「ど、どうしたのじゃ? ラインツ? そんなに怖い顔をして」
おっと、いけませんね。表情に出してしまいましたか。
「何でもありませんよ、姫様。ちょっと魔法学院の学院長にお説教を、と思いましてね」
「な!!? 何時間コースじゃ?」
「そうですね。6時間ですかね」
「6時間! わらわのおねしょの時と同じか!!」
姫様は、ぶるぶると震えてらっしゃいますが、そんなに怖くはないですよ。ただ、学院長には強めにいかないといけませんね。
「姫様、そろそろ次の試合が始まりますよ。おっ……フローラと《麦》という固有スキルを持った少年ですね」
「うむ! 楽しみなのじゃ!!」
さっきまで震えていたのに。急にはしゃぎ出すのはいけませんね。あとで1時間コース、お説教しますからね。
◇◇◇
「タイヤー、気持ちはわかるけど緊張しないで」
エルは僕をなだめる様に肩に手を置く。
「う、うん。頑張ってくるよ。行こう! フローラ」
「う、うん……」
僕とフローラは、闘技場に上がる。僕が必要以上に緊張している原因が目の前にいる。
僕達の対戦相手は、魔法学院に入学した当日に、教室で僕の顔を踏んだ男子生徒。改めて見ると大きい。体格はグレイスに負けていない。
そして、もう1人。対戦相手の後ろでニヤニヤしている元担任。
「……ヤーくん……タイヤーくん!!」
フローラに両頬を手で挟まれ、ようやく我に帰った。
「タイヤーくん……もう、大丈夫?」
フローラが僕の頬を撫でるように手を離す。くすぐったい……僕は、頷き肯定した。
「準備しよう、フローラ」
僕はそう言うと、闘技場へ寝そべる。そして、フローラが僕の横に立った。
観客席から、ざわめきが起こりやがて嘲笑へと変わった。
だけど、気にしない。これが僕の……いや、僕達のベストなんだ。元担任も気にしない。対戦相手の名前も気にしない──つもりだったのだけど、もう1人の対戦相手が気になって、気になって仕方がない。
対戦相手の女子生徒。その格好は、まるで下着姿だ。黒く光る革のような下着みたいなものを身に付けていて、手には鞭を持っていた。
やたらと体格のいい男子生徒、鞭を持った女子生徒。どっちかと言ったら剣術学院の生徒だ。むしろ僕達が魔法学院の生徒に見える。武器を持っていないし。
「ほーっほっほっほ! あなたがフマレタイね! ワタクシが踏む代わりに叩いてあげますわ!!」
女子生徒が鞭で地面を叩いて見せる。
「ワタクシの固有スキル《タタキ》で、あなた方をギャフンと言わせてあげますわ! ワタクシのスキルは強いですわよ。何せ叩いた相手を強化出来るのですのよ。ほーっほっほっほ」
まさかのネタバレ!? 黙っていた方が有利なのに! 大体ギャフンって、なんだよ? ギャフンて!?
「ぎゃふん……」
ぎゃふんって言った! ぎゃふんって! 僕じゃないぞ! 言ったのはフローラだ!!
「ぎゃふん……ぎゃふん……ぎゃふん……ぎゃふん」
あの真面目なフローラが最高の挑発を見せる。僕も、エルも、剣術学院の全員が笑いを堪えていた。
いや、1名だけ。サラだけは、パンツ丸出しで大声で笑いながら地面を転がっていた。