2踏み 地獄の日々
次の日、僕は学院に行かず部屋に引きこもった。
家に帰りたい……だけど妹のルカと同じ顔を、同じ侮蔑の視線を両親にされたら……想像しただけで、気が狂いそうになった。
その日の夜、事件が起きる。僕の部屋に先生達がやって来て、無理矢理部屋のドアを壊して僕を引きずり出す。
「タイヤー=フマレ! なんで学院に来ない!!」
担任でもある自己紹介の時の先生の言葉を聞いて、とうとう僕は壊れ始めた。
「うるさい」
「何!」
「うるさい! うるさいっ!! うるさいっ!!! 何で、来ないだって!? お前がいるからだよ! 僕を笑い者に晒しておいて、何でそんな事が言える!! へらへらへらへら笑いやがって! 僕も好きでこんなスキルを持ったんじゃない!!! 人の事を変態だの何だの……人を平気で嘲笑い、人を平気で貶める。お前らの方がよっぽど変態じゃないかぁ!! くそ! 離せ!! 離せよぉ!!!」
僕は暴れに暴れたが相手は大人だ、敵う訳もない。
「アエリア先生! 縄を! 縄で縛って!!」
「え!? でも、それは……」
「早く!!」
「わ、わかりました……え!!!?」
◇◇◇
そこから、ぷっつりと記憶がない。
気がついた時、僕は指導室とは名ばかりの独房のような所に丸一日いた。
「な、なんで僕が……」
僕は、膝を抱えながら泣いていた。
ガチャリと音が鳴り独房の扉が開き女性の先生が入ってくる。
「タイヤー=フマレ君、ご両親が面会に来ているわ。出なさい」
両親──その言葉を聞いて再び妹ルカの顔が浮かぶ。
もし、両親にまであんな顔をされたら……僕は……きっと……
僕は、ふらつきながらも自力で何とか立ち上がり、独房を出る。
ゆっくりと歩き面会室へとたどり着くが、ドアノブが回せない。
怖い……怖い……怖い……
僕は、震える手を押さえ両手で扉を開ける。
そこには、悲痛な顔をした両親がいた。
両親は、僕を見るなり立ち上がり駆け寄ってくる。
父さんは握りしめた拳を僕の方に向けた。
ボカッ!
咄嗟に目を瞑ったが、痛みはなかった。
恐る恐る目を開けると、両親が僕を抱きしめてくれる。僕の視界の端に倒れてる女性の先生がいた。
「タイヤー……ああ……こんなにひどい顔をして……遅くなってごめんなさい」
「あんたらは、ウチの子に何て事をするんだ!」
母さんは抱きしめながら僕に謝り、父さんは先生に文句を言っていた。
「遅くなってごめんね。ルカがね、私達に手紙を送ってきたの。お兄ちゃんを助けてって」
そう言って、母さんはルカの手紙を見せてくれた。
──お父さん、お母さん。お兄ちゃんを助けて。お兄ちゃんを私が傷つけてしまった。周りがお兄ちゃんを壊していく。お兄ちゃんも、もう限界かもしれない。お願いお兄ちゃんを助けて。お兄ちゃんを助けて。お兄ちゃんを助けて。このままじゃ、お兄────
所々、乾いた跡があり最後の方は掠れて見れない。だけど、僕にはその理由がわかる。
今、僕が流している涙と同じ涙に違いないから。
◇◇◇
「ちょっと、いいですか?」
父さんに殴られた女性の先生が口元を拭いながら、起き上がって近づいてくる。
母さんは僕を守る様に抱きしめる力を強め、父さんも身構える。
「あ、すいません。特に何かしようと言う訳ではありません。落ち度はこちらにありますし、殴られた事も問題にする気はありません」
僕は、耳を疑った。
「タイヤー=フマレ君を、独房に近い指導室に入れたのも、これ以上暴れられない様に誰も近づかせない為の処置です。タイヤー君は、私の事を覚えていますか?」
僕は、そう言われて気付いた。確か、僕を縛ろうとした先生だ。
「えっと……アリアとかアエリアとか」
僕の担任がそんな名前を呼んでいた気がする。
「アエリアです。では、あの後の事は覚えていますか?」
僕は、小さく首を横に振る。
そうすると、アエリア先生は、面会室の窓の外を指差す。
僕と両親が外を見ると、僕のいた寮があり、一部の壁に穴が開いている。
位置からみて僕の部屋だった。
「あれは、タイヤー君が魔力暴走を起こした結果です」
「えっ!? 僕が?」
僕だけでなく両親も驚きを隠せなかった。
「タイヤー君を押さえつけていた先生と、周りにいた他の先生も負傷しました。私は、かろうじて離れた為、怪我らしい怪我はしなかったのですが」
あの先生が怪我!? 僕に一体何が起こったのか全くわからなかった。
「追って説明します。私がタイヤー君、君を縄で縛るように押さえつけていた先生が、言ったのは覚えていますか?」
そこは覚えている。思い出すと、また暴れそうな気持ちになってきたが、我慢して一先ず肯定した。
「私も、そこまでするべきかとは思ったのだけど。ごめんなさい、私は君を縛ろうとしたのです。ですが、その際に慌ててたせいもあって……そ、その君のね……ま、股の所を…………踏んでしまったの」
「「「………………は!?」」」
僕と両親は、突然の告白に一瞬この先生は何を言っているのかと思った。
「え? 先生何て?」
「その……股を……」
僕は、耳をほじってもう一回聞き直した。
「僕の何を踏んだって?」
「そ、その股……の辺りを……」
「もう一回!」
「もう! 何で、そんなに何回も言わせたいのよ!」
先生は、顔を両手で伏せてしゃがみこんでしまった。
◇◇◇
「そ、それで多分、タイヤー君の固有スキルが発動したの。だけど、タイヤー君が興奮していた事もあって……」
アエリア先生は何とか立ち直ったみたいで、説明を続けてくれた。
「タイヤー君。今回の事で君が気に病む必要は無いです。あの担任の先生がした事で招いた事です。自己紹介の話は、他の生徒から聞きました。あの先生は、クビになるはずです」
「別にクビとかどうでもいいよ」
本当にそう思った。あの担任の名前すら知らないし、知りたくもない。どうでもいい。それしかなかった。
「今回の事は、教職一同反省しております。タイヤー君、そしてタイヤー君のご両親。本当に申し訳ございませんでした」
アエリア先生は、僕や両親に深々と頭を下げて謝る。僕は、急に馬鹿らしくなった。
アエリア先生は一切関係ない。そんな人に謝らせる学院も学院だ。
「アエリア先生、僕はもう学院に行くつもりは全く無いのだけど、辞めさせてくれないの?」
クラスメイトに会いたくなどない。こんな所、さっさと辞めたかった。
だけど、アエリア先生は首を横に振る。
「ごめんなさい……学院を辞める事は許可されてないの」
「随分、勝手じゃないか!」
父さんが、僕の代わりに怒鳴ってくれた。
「勝手なのは、重々承知してます。ですから、私から一つ提案があるのです。固有スキルを持っている生徒は学院を辞める事が出来ません。ですが、学院は一つではありません」
確かに、リズボーンにはこの魔法学院の他に剣術学院がある。
そうか、転校か。
いや、しかし剣術学院にも僕の事を知っている生徒は大勢いる。転校しても、同じだ。
「実は、こっそり剣術学院にタイヤー君の事を伝えました。そしたら、引き受けて構わないとの事でした」
「向こうにも、僕の事を知っている人はいるよ」
結局、同じだ。何も変わりはしない。
「はい……ですが、ここよりはマシになるはずです。引き受けると言った人物ですが、先生ではなく生徒なんです」
「…………は? 生徒って……」
「もちろん、向こうの先生も引き受けると言ってくれました。だけど、決め手は彼女でした」
彼女、つまり女の子……意外だった。僕を一番毛嫌いするのは、女の子達だ。
「その子の名前は、エル=ハーバード。知ってますよね?」
知っている。学園出身なら知らない人はいない。
当時異例の3期連続生徒会長だった子で、勉強が得意だった僕が唯一成績で抜けなかった子。剣術が得意で、赤い髪を振り回すその姿形から────
「タイヤー、どうする? もし、あなたが嫌なら私達も……」
「いいよ、行くよ。同じ地獄でも“鬼”がいるってわかってるだけ、ちょっぴりマシだよ」
────通称“赤鬼姫”。それが彼女の通り名だった。
7/3改稿




